1. 志賀十五の壺【10分言語学】
  2. #1 梶井基次郎『桜の樹の下に..
2020-02-16 05:36

#1 梶井基次郎『桜の樹の下には』朗読 from Radiotalk

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桜の木の下には死体が埋まっている。これは信じていいことなんだよ。なぜって、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。
俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかし今、やっとわかる時が来た。桜の木の下には死体が埋まっている。これは信じていいことだ。
どうして俺が毎晩家へ帰ってくる道で、俺の部屋の数ある道具のうちの、よりによってちっぽけな薄っぺらいもの、
案前かみそりの花んぞが千里眼のように思い浮かんでくるのか。お前はそれがわからないと言ったが、そして俺にもやはりそれがわからないのだが、
それもこれもやっぱり同じようなことに違いない。 一体どんな木の花でも、いわゆる真っ盛りという状態に達すると、
辺りの空気の中へ一種神秘な雰囲気を撒き散らすものだ。 それはよく回った駒が完全な静止に済むように、
また音楽の上手な演奏が決まって何が幻覚を伴うように、灼熱した聖色の幻覚させる高校のようなものだ。
それは人の心を打たずにはおかない不思議な生き生きとした美しさだ。 しかし、昨日おととい、俺の心を広く陰気にしたものもそれなのだ。
俺にはその美しさが何か信じられないもののような気がした。 俺は反対に不安になり、憂鬱になり、空虚な気持ちになった。
しかし、俺は今やっとわかった。 お前、この乱丸と咲き乱れている桜の木の死体、一つ一つ死体が埋まっていると想像してみるがいい。
何が俺をそんなに不安にしていたかが、お前には納得がいくだろう。 馬のような死体、犬猫のような死体、そして人間のような死体、
死体は皆不乱してうじがわき、たまらなく臭い。 それでいて水晶のような液をタラタラと垂らしている。
桜の根はどん乱なタコのようにそれを抱きかかえ、 磯銀着の触手のような毛根を集めて、その液体を吸っている。
何があんな花弁を作り、何があんな紙弁を作っているのか。 俺は毛根の吸い上げる水晶のような液が静かな行列を作って、
遺観測の中を夢のように上がっていくのが見えるようだ。 お前は何をそう苦しそうな顔をしているのだ。
美しい投手術じゃないか。 俺は今ようやく瞳を据えて、桜の花が見られるようになったのだ。
昨日おととい、俺を不安がらせた神秘から自由になったのだ。 2、3日前俺はここの谷へ降りて、石の上を伝い歩きしていた。
03:04
水のしぶきの中からは、あちらからもこちらからも、 ウスバカゲロウがアフロディットのように生まれてきて、谷の空をめがけて舞い上がっていくのが見えた。
お前も知っている通り、彼らはそこで美しい結婚をするのだ。
しばらく歩いていると、俺は変なものに出くわした。 それは谷の水が乾いた河原へ小さい水たまりを残している、その水の中だった。
思いがけない石油を流したような光彩が一面に浮いているのだ。 お前はそれを何だったと思う。
それは何万匹とも数の知れないウスバカゲロウの死体だったのだ。 隙間なく水の面を覆っている彼らの重なり合った羽が、光に千切れて油のような光彩を流しているのだ。
そこが産卵を終わった彼らの墓場だったのだ。 俺はそれを見たとき胸が疲れるような気がした。
墓場を暴いて死体を好む変質者のような残忍な喜びを俺は味わった。 この谷間では何も俺を喜ばすものはない。
ウイスやシジュウからも白い日光を鞘に煙らせている。 木の若芽も。ただそれだけでは朦朧とした心象に過ぎない。
俺には惨劇が必要なんだ。 その並行があって初めて俺の心象は明確になってくる。
俺の心は悪気のように憂鬱に乾いている。 俺の心に憂鬱が完成するときにばかり俺の心は和んでくる。
お前は脇の下を拭いているね。冷や汗が出るのか。 それは俺も同じことだ。何もそれを不愉快があることはない。
ベタベタとまるで精液のようだと思ってごらん。 それで俺たちの憂鬱は完成するのだ。
ああ、桜の木の下には死体が埋まっている。
一体どこから浮かんできた空想かさっぱり見当のつかない死体が、 今はまるで桜の木と一つになって、どんなに頭を振っても離れて行こうとはしない。
今こそ俺はあの桜の木の下で宿縁を開いている村人たちと同じ権利で、 花見の酒が飲めそうな気がする。
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