精神保健施設での入院について
心と体の専門家が様々なトピックを取り上げて、健康について考え直す番組、Rethink Healthということで、今回はみなさんよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
今回はですね、社会保障と健康みたいなテーマで喋ってみようかなと思うんですけど、
自分たち医療関係者とか介護とか福祉とかこの辺によく関わる人は、社会保障制度って結構身近なところで、
それによって活かされてるみたいな人も結構多いかなと思うんですよね。保健診療の施設で働くっていうことは。
なので、一般の人の健康にとっても大事だし、こういうセラピストの働き方も大事だし、
国とかそういう組織全体として最低限度の文化的な生活を行うみたいなところが日本はありますけど、
こういう国の制度とかと健康ってかなり密接なところなんで、テーマ広いですけど喋ってみようかなと思います。
はい。
という感じで、自分自身でも社会保障的なサービスを受けたりとか、そういう医療機関で働いたりしますけど、
ざっくりどうですかね、社会保障の制度について。
社会保障、そうですね。やっぱり私が経験の中で思い浮かぶことが、精神科病院に入院している患者さんって、圧倒的に世界の中でも日本って多いんですよね。
これってすごく1900年、遡っていくと今よりも40年50年前ぐらいから、精神疾患っていうところへの理解がまだまだ始まったばかりのときに、
社会的入院って言って、家には置くことができない患者さんをどんどん病院に入院させたまま、ずっと長期化して、
今80歳90歳になっちゃって、外に出られない患者さんたちがすごく増えて、
それってそのときには何の規制もなく、国としては全然それが社会のためって思ってやってたんだと思うんですが、
でも最近になっても全然社会に参加させていこうとか、地域支援っていうふうなことが推進されるようになったんですが、
そういったところがもう本当にその国の情勢が、言ってしまえば何も変わってないんですよね。
その精神疾患がある一定数の方いらっしゃるっていうこと自体はそんなに変わらないのに、
情勢とか人の考え方っていうか、受け入れ方とか、それによって制度も変わるし、
それによって何?って言ったら、病気を持ってる方々の本来叶えられたかもしれない自己実現とかニーズとか、
そういったところをおろそかになってしまったっていうこととかもあるので、
本当にこういう制度っていうのは便利だし、表面的にはすごく良かれと思ってやってるかもしれないけども、
本当に本質的にその人の役に立ってるかっていうことを実はちょっと考えてみると、
振り返った時にこれってって思うこともあるんじゃないかなと思ったことがありましたね。
障害に関する制度と支援について
そうですね、かなりセンシティブな難しいところですけど、
みんなに人権があるはずなんで、やりたいことはできるとか、無駄な制限は外したほうがいいかなっていうのはありますけど、
精神障害、救護施設とかっていう感じになるんですかね。
病院とか医療に近いような施設で保護する、それでなんとか生きていけるっていうのもあるでしょうけど、
ちょっとまだ足りないなっていうのはありますよね。
あと障害で言うと、身体、知的、精神みたいな大きく分けられますけど、
知的障害みたいなことを昔だと精神迫弱みたいな感じで言われてたりとか、
身体障害でももうちょっと違う、土地によっても言われ方違うと思いますけどね、
本当に差別的な言われ方してきたところもあると思いますし、
イメージはちょっとずつ変わりつつはあるかなと思いつつも、
まだまだ足りないところはたくさんある感じですよね、今は。
そうですね。
そういった理解の推進とか、もちろん色々な本当に科学的なエビデンスに基づいた
治療とか関わり方みたいなことっていうのは本当だいぶね、
昔に比べたらある意味本当にちゃんと人間らしく生きていくような状態には近づいてきてはいると思うんですけれども、
ただやっぱり福祉事業とかしていらっしゃる現場の方々に聞くと、
根本的に叶えたいことがあるけれども、
でもやっぱりその制度の中に収めていくと、どうしてもできることだとできないことがあったりするとおっしゃっていて、
だからそれはやっぱり財源の経済的な理由とか、そもそもの理念が違うとか、
さまざまあるんだとは思うんですが。
そうですね。
その辺も例えば障害のある方だったら障害年金とか、各種行政のサポートとかありますけど、
現物支給というか、サービスに対してサポートするみたいなのもあったり、
そういうのが多くありますけど、例えばそれが現金だったらもっと自分で自由で選べるかもしれないし、
福祉とか介護とか、そういう現場もやっぱりなかなか時間とか労力はかなりかかるけど、
収入としては少なかったりとかっていう現状もあるんで、
そういう経済的なところとこの社会保障とか障害者支援とかはかなり密接なんで、難しいところですね。
個人のスキルに合わせた能力発揮について
本当そうですね。本来は本当それをサポーティブな資源として活用するっていうふうに置くと、
その人自身がもともとそういうふうに生きていきたいかとか、どんなお仕事したいかとか、
それを叶えるためのあくまでもサポートっていうふうに捉えていけば、
そこに委ねすぎて依存したりとか、振り回されずに少なからずやっていけるかなとは思うんですけれども、
でもなかなかそういう綺麗事では済まされないし。
リシンクヘルスっていうことなので、ゼロからもう一回考え直してもいいかなと思うんですけど、
本当に一人一人個人で考えれば、うまく自分のスキルに合わせて能力発揮して、
仕事なりして、生活していけたらいいっていう感じだと思いますし、
そこは交渉があるなし、本当関係ないところかなと思うんで、
あとね、やっぱり生まれた環境とかによってどうしても勉強できないとか、
生活保護的なところも必要は必要だと思うんで、
生まれた状況による核差みたいなところがうまく減る方向に社会保障が必要できたらいいですよね。
確かにね、結局その根っこのところって言ったら、
生まれた時の周りの親の環境とか、教育できるかどうかとか、
そういったところの健全具合にもよるかなと思うんで、
一番投資すべきはもしかしてそういう根っこのところかもしれませんよね。
だから、自分の努力で本当どうしようもない不都合っていうか不自由さは、
優先的に解決するといいかなっていうのは個人的には思うんで、
そういう家庭環境とか経済的状況によって勉強できない子どもがいるとか言ったら、
そこは勉強できた方がいいし、
先手的な障害とかがあって不自由を抱えるところはやっぱりサポートしないといけないし、
中等の障害みたいなところでも、
言い方はあれですけど、例えば自分が不節制してとか、
それで体の不自由が出たとかっていうのと、
突発的な事故になって障害を負ったとかってやっぱりちょっと違うような気がするんで、
そういう優先度みたいなことは見直してもいいのかなとは思いますかね。
そうですね、すっごくそれ大切ですよね。
なんかそれって個人、ここで今結構情報とかはすごくあるので、
例えば物とかに、そこまでお金とかに縛られすぎずにあるもので、
十分に豊かに暮らしていく方法とかもあるし、
そうですよね、たぶんそれはみんな家族で楽しみながら、
例えばあまり添加物が多い外食とかしすぎず、
逆にコストを抑えて、家でおいしいご飯、
手作りで食べるほうが健康につながるしとか、
地道に実はそういうことを取り入れることが、
健康につながったり病気の予防とかになりますよね。
そうですね、そういう予防的な活動をしている人は、
もちろん仕事にも意欲的に取り組めたりとか、
健康にも過ごしやすいから、
そういう人たちにインセンティブがあるみたいな構造も、
もしかしたらいいかもしれないですし、
不利益な状態、あとちょっとまた話は違いますけど、
子育て支援とかめちゃめちゃ大事かなと思うので、
社会保障的にも、やっぱりそういうのがあっても、
仕事を続けやすいようにするためにはどうしたらいいのかとか、
子育て中のメンタルだったり体のケアとかは、
コミュニティとして、国としてとかは取り組むべきところかなと思いますし、
配分がやっぱり難しいですけど。
そうですね、でも確かに今すごい問題になっているのは、
やっぱりその孤独とか、子供の孤職とか、
親が各家族でとか、シングルマザーでとか、
マストリオや家庭、そういう孤独なところの解消ってすごく、
心の安定にもつながるので、
やっぱりそういうところには、ちょっと意識してほしいなっていうのはありますね。
そうですよね。
それが国としてなのか、
もうちょっと小さい市とか、町とか、
自治会単位とかなのか、
やっぱり大きくなると見えてこないところもあるんで、
ちっちゃい単位での贈与と社会保障
ちっちゃいそういうコミュニティづくりみたいなところも、
社会保障って国がやるものみたいなイメージがありますけど、
もっとちっちゃい単位で考えてもいいかなと思うんで。
確かに。
そうですよね。
いろんな問題を見て、
適切な形を考えるといいですね。
そうですね。
人生って結局時間じゃないですか。
だから、たとえば今日の夜ご飯、
どうせご飯食べるんだったら、
お友達を呼んで、家で、
手作りでそんなにコストかけないで、
すごくでも思い出に残る時間を過ごすとか、
そういう経験を、
ちっちゃい単位でも意識してやると、
お金には変えられない価値があったりするので、
そういうちっちゃい単位ってすごい気軽に持てるといいですよね。
交換とか贈与とか、
前に話したような感じですけど、
ちょっと余裕があるときに、
余ってるものがあれば、
やっぱり与えれたらいいですよね。
それをちゃんと感謝として受け取って、
また他の人に返せるような感じの流れになれば、
自然にいい形にはなるかなとは思うんで。
そうですね。
社会保障の仕組み自体が、
そういう贈与的な感じかなとは思うんですよね。
結局税金で国とかが取って、
それを分け与えるって、
だからちょっと所得の量に合わせて、
課税の形が変わったりとか、
国によっても違うと思いますけど、
だからちょっと余裕があるところから受け取って、
それを配分してるっていう流れなんで、
ちょっと自動的にというか、
コントロールできないところありますけど、
そういう贈与的なものが社会保障の仕組みかなと思うんで。
確かに。
それが国単位とかじゃなくても、
地域単位とかちっちゃいところでも、
それって家でちょっと作りすぎて、
ハマっちゃったわみたいな、
近所の人に分け与えるのも、
贈与っぽい感じですし、
そういう流れがうまくできると、
いいかなとは思いますよね。
本当そうですよね。
まずは与えてもらうっていうことを、
先に十分にしてもらったらいいと思うんですよね。
お返しの文化みたいなのってあるじゃないですか、
社会保障と健康についての考察
なんでもかんでもお返ししなきゃっていうのも、
大切なんだけど、
先にしっかりと与えてもらって実感して、
そっから自然に芽生えてくる、
この人に何かを還元したいっていう気持ちの方が、
大切なんだろうなと思いますね。
気持ち的には本当にそれが大事かなと思うんで、
だから子供のうちに、
しっかり愛を受けたというか、
与えられたなって感じる人は、
自分の子供にも与えやすくはなるでしょうし、
もっと他の人にもわけ与えようと思えるでしょうし、
そういう仕組みが、
社会保障的にもというかですかね、
後で気づくものにはなると思うんですけど、
そうですね。
それでいいかなと思いますし、
そうですね。
余裕がある人が考えて、
いい仕組みを作れたらいいでしょうね。
そうですね。
根本的には人間としてそういうものが根付いていることがあれば、
あとは社会保障が、
どのように制度が変更とかされても、
趣旨は選択しながら、
上手に組み合わせて、
自分がストレスなく暮らしていけることにつながるかなと思いますね。
そうですね。
本当に余裕を持つってめっちゃ大事なんで、
自分が余裕を持てば、
身の回りの人にはとりあえず与えられるし、
それもできるようになってきたら、
もうちょっと広く考えるっていうと、
もうちょっと大きいコミュニティとか組織単位で、
同じように困ってる人たぶんたくさんいるだろうから、
ここをうまく分配させようみたいな方向になるでしょうし、
そこでね、搾取しすぎないようにできたらいいんだろうと思うんですけど。
助け合いの大切さと仕組みの立て方について
そうなんですよね。
でも自分のメンタルの状態って、
自分がやっぱり一番よくわかってると思うので、
無理ない範囲で、
ちゃんと自分の中で循環ができてるかってことを、
何ていうかな、
しかしかできたり自分で自覚できる方法があるといいですね。
まあね、どうなんすかね。
自分の感情は自分で感じてるけど、
それをなかなか客観的に見れないっていうのはあるから、
そういうとこで専門家が関わると、
客観的に分析して、
今こういう状況だからこういうのしましょうっていうのもあるでしょうし、
そうですね。
まあまあそういう意味で、
医療界を福祉みたいな人たちは、
今余裕ないとか自分ではなかなかできない人に手を差し伸べてるところはあると思うんで、
助け合いですね、それまで。
そうですね、本当に。
一人ではね、なかなか見えなかったりすると思うので、
助け合いが必要かもしれないです。
課題としてはやっぱりその社会福祉的な仕事をしてる人が、
相手のことを思いすぎて自己犠牲してる人はやっぱり多いかなと思うんで、
本当に介護とか福祉系の人にちゃんと分配するというか、
報酬が上がるような形になるといいなとは思うんですけど。
マジでそうですよ、本当に。
めちゃめちゃ大変ですからね。
めちゃめちゃ大変で、夜勤もありますからね、基本的にその介護施設とかだと。
それでもなかなか本当に平均の年収以下の給料でもらって、
なんとか健康も維持してとかって本当に大変と思いますよ。
そこをぶっちゃけて言うと、そこに本当にお金を与えてほしいって本当に一つは思います。
そうなると、なかなか現場の仕事をしてお金を稼げるっていうものはないって言わないけど、
必要って感じなんで、それ以外の業界でお金稼げるようなところからうまく回るといいなっていうと、
結局法人税みたいな形で、儲かってる企業は何パーセントとかが税金で取ってきて、
それが流れるみたいな感じでしょうし、
稼いでる企業からしたら、もっと自分たちの利益が増えたらいいと思うかもしれないですけど、
国全体とかで見れば、そういう仕組みがあることによってうまく回るみたいなのもあると思うんで。
だから、個人的にそうやって医療従事者ですけど、株式会社とか作ってやってるのは若干そういう意味合いもあって、
現場で活動することもできるけど、ちゃんとビジネスとして稼ぐことで、
経済的な余裕が持てば、それで分配できることも増えるからっていうので、ちょっとそこは思考を切り替えてやってる感じですけど。
なるほどね、そうなんですね。
確かに根源的な国の資金って言ったら、やっぱり税に頼ったところがあると思うと、そうですね、確かにと思いました。
まあね、そこまで、でもとりあえずそれも結局自分が余裕持てないと無理なんで。
もちろんですよね。
だから広く考えてやることもあり、自分の欲を満たすっていうのもあり、
そうですよね。
みんながとりあえずね、ちょっとずつ自分自身とか身の回りの人のことも考えて、
税金の役割と個人的な考察
ちゃんと受け取りつつ余った分は与えるっていう、なんかね、そういう流れができてくればいいんじゃないかなという感じですかね。
その仕組みを子供のうちにわかりやすく図解化して教えてあげたりとか、やっぱり子供のことだけじゃなくって社会のこととかを考えていくことが自然に、
自分がそういうことに影響を与えられる人間なんだってこととかを一つ自覚させるのもすごく大切ですね。
まあそうですね。
はい。
だからまあ税金ってみんな払いたくないと思いがちですけど、
実は過去振り返ってみたら、子育て支援とかで親に入ってた分って結局自分のためにもなってるし、
何かしらね、医療機関で受けたりとか、まあそういうとこで受け取ってるはずなんで、
そうですそうです。
まあその分ね、それで健康に過ごせたら稼いで税金払ってみんな豊かになりましょうみたいな。
本当そうですね。
まあこれが合わなければね、本当にそういう自分の努力次第でっていう国とかに行けばいいと思いますし、
日本はこういう感じなんで今とか。
そうなんですよね。
日本の今の現状を頑張って踏まえた上で、そういう行動のやり方があるよってことですよね。
本当に社会保障の仕組み変えたいと思ったら政治家とかね、なってもいいですよ。
そうですね。
まあ確かに。
そうですね。
部分的にはすごくね、本当に制度もどんどん改革されてたりとかすると思うの。
社会勉強になる話
そういう情報とかは一応取り入れながら、自分がもし何か必要になるかもしれないっていう風には捉えていくと、損はないですよね。
という感じで、社会勉強になるような話も今後もしていけたらいいかなと思うんで。
今回は社会保障と健康みたいなテーマでした。
ありがとうございました。