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小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
夢と未来の議論
たくちゃんはさ、将来何になりたいの?
年末、ばあちゃん家でゴロゴロしていたら、急にりゅうちゃんに言われた。
なりたいもの?
特にないけど。
法学部の2年だろ?何にだってなれるじゃないか。
なれないよ、天才でもあるまいし。
弁護士とか?夢を持てよ。
無理に決まってんでしょ?バカ言わないでよ。
テレビでは、派手な衣装の演歌歌手が、若いミュージシャンを背後にたくさん引き連れて、知らない歌を歌っている。
うちの社長はいっつも言うんだよ。夢は大きく持て。夢は大きいほど遠くへ行けるって。夢って大切なんだぜ。
遠くって、どこへ行くの?
ここじゃない、どこかだよ。
ここの何がいけないの?
え?ここにいることの何が問題なの?
いや、場所の問題じゃなくて、未来へ行こうって話。
未来は何もしなくても勝手に来るよ。
そうじゃなくて、何もしなかったらいけなかったはずの未来に、夢を持てばいけるよって話。
それって、何の違いがあるの?
本来行くはずだった未来と、結局たどり着いた未来って、どっちかは見られないわけで、そういう意味では比べようがないよね。
だったら、どっちに行っても違わなくない?
頑張って手に入れた未来は幸せに決まってるだろ?
じゃあ、頑張らなかった未来は不幸なの?
そうだよ、頑張らない未来は不幸だよ。
じゃあ、病気とかどうしようもない理由で夢を持てなくて、頑張れなかった人はみんな不幸なの?
そうだよ、病気の人なんて不幸に決まってるじゃないか。
妹との思い出
りゅうちゃんは、きょとんとした顔で言った。
この人は、俺の妹ががんで死んでいるとわかってて言っているのだろうか。
この人は、俺の妹ががんで死んでいるとわかってて言っているのだろうか。
松永、明けおめ。
振り返ると、笠原が駆け寄ってきた。
笠原、明けおめ。年末年始リフレッシュできたか?
まあね、笠原はバイト?
大晦日まで働いて年始は休みもらった。
コンビニは大変だな。
なんか、元気ない?
え?そんなことねーよ。
そうか?ならいいんだけど。
笠原はおっとりしているように見えて、よく人を見ている。
笠原って、先生とか向いてそうだよな。
え?俺が?
無理無理。
でも、人と関わる仕事とか向いてると思う。
どうしたんだよ、急に。
いや、いとこの兄ちゃんになりたいものとかないのかって聞かれてさ。
あー、なるほどね。ないね。
笠原もか。
ないよ。むしろどんな仕事があってるのか教えてほしいぐらいだよ。
だよな。
おい、まだぼーっとしていていいのか?
ソファーでだらけていたら、親父から声をかけられた。
大丈夫だよ。まだ2時間あるし。
そんな座れ方していたらスーツにシワがつくだろ。
座るならちゃんと座りなさい。
へいへい。
ん?誰?
立派な成人だこと。
ばあちゃん?
わざわざすみません、お母さん。
こっちこそ無理言ってごめんね、れいこさん。
でもどうしてもタクシーの成人姿は見ておきたくて。
ねえ、あやちゃん。
ばあちゃんは仏壇のあやの家に向かって声をかける。
仏壇には今も小さな小つ壺が置いてある。
俺はこれが異常な光景であることを今は知っている。
じゃあ、お父さん。みんなで写真撮りましょ。
おふくろはいそいそとカメラを持ってきて、
親父はダイニングの机を動かし、写真を撮るスペースを作った。
そして俺を真ん中にし、ばあちゃんは俺の右側に、
親父は後ろに立った。
おふくろが、
じゃあ撮るわよー、と声をかけ、
急いで俺の左へ。
ばあちゃんの手にはあやの家がある。
急にばあちゃんが泣き出すので俺は驚いた。
たくし、あんたはおよこうこうだね。
立派に大人になって。
ばあちゃんはあやの家を強く握りしめた。
気がつくとおふくろも泣いている。
たくしはいい子。立派な子。やめてくれ。
そんな言い方、まるで、
あやが悪くて立派じゃないみたいじゃないか。
レポートを出すために歩いていると、
三宅教授の研究室の前に手紙が貼ってあった。
手紙?
その手紙には、子供たちが芝生の上でピースを食べていた。
その手紙には、子供たちが芝生の上でピースしている集合写真が貼ってあった。
子供たちの中には、バンダナを巻いている子や、車椅子に乗っている子もいる。
わあ、びっくりした。
ちょうど研究室から出てきた三宅先生と目があった。
あ、すいません。
どうした?
いや、あの、これ。
ああ、それ?
難病の子供たち専用のキャンプのお礼状。
難病の子供たち?
そう、小児眼とか心臓病とか、そういう子供たちでも楽しめるキャンプ。
医療施設完備のキャンプ場でさ、看護師とかも同行して、
普段できない遊びを思いっきりやるんだよ。
そういう活動のね、寄付をしているんだよ。
なんでですか?
なんでですか?
なんでって言われても、たまたま理事が大学の同期だからかな。
俺は、笑顔の子供たちの写真をもう一度見る。
頭の中では、あやが、たった三歳で亡くなったあやが、
芝生の上を思いっきり走っていた。
せ、先生、この団体のこと、もっと詳しく教えてください。
俺の声は震えていた。
三宅先生は、そのことについては何も触れず、
わかった、と、落ち着いた声で言った。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。