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小島ちひりのプリズム劇場
この番組は、小島ちひり脚本によるラジオドラマです。
プリズムを通した光のように、さまざまな人がいることをテーマにお送りいたします。
子供たちの寝相と安らぎ
ふぅ、ようやくみんな寝たか。
カーテンの閉まった薄暗い教室には、小さな布団が並び、子どもたちが思い思いの寝相で安らかな眠りについている。
カーテンの向こうからは、子守唄のように雨音がしている。
若い先生に教室を任せて職員室に戻り、ふとスマホを見ると、着信履歴が残っていた。
私は、はっとして、「すいません、ちょっと使用の電話をしてきてもいいですか?」と教頭に言うと、教頭は、「ええ、構いませんよ。」と心よく言ってくれた。
廊下の隅で電話をかける。コール音が3回響くと、電話がつながった。
「ちょっと、なんですぐに出ないのよ。」という義理の母の声が耳元に響く。
御年78歳とは思えないしっかりとした声だ。
「すみません、仕事中だったもので。」と、抑えた声で答えると、
「嫁としての自覚はあるの?」と、またもや元気な声で言われた。
「政男さんの四十九日は八月五日で決まりました。お盆前で申し訳ないのですが。」と、いかにも申し訳なさそうに言う。
「そんな時期に親戚が集まると思ってるの?」と言われたので、
「お母様以外の方からは心よく承諾していただきました。」と、ちょっと意地悪を言う。
義理の母は一瞬、「うっ。」と言葉に詰まったが、
「みんなあなたに同情して気を使ってるだけよ。」と叫んで電話を切った。
「彼女は私を攻撃したいだけだ。知っている。」
夫が生きている間は、いつも夫が義理の母との連絡係りをしてくれていた。
義理の母が私のことを何か言うと、
「僕の好きな人をそんな風に言わないでよ。悲しいじゃないか。」と言って黙らせていた。
いい夫だった。私にはもったいないくらいいい夫だった。
お迎えの時間が始まると、子供たちはそわそわし始める。
早くママやパパに会いたいけど、お友達ともうちょっと遊びたい。
そんな幸せな葛藤に浮き足立っている姿は、何とも愛おしくもあり、羨ましくもある。
ゆうすけくんのお母様が到着した。
ゆうすけくんはリュックを置いたままお母様のところへ駆け出してしまった。
ゆうすけくんのお家はこの4月からお父様が単身不妊になったという。
ゆうすけくんは前よりも少しお母様にべったりになったような気がする。
「ゆうちゃん、リュック持たないと帰れないでしょ。」と言って、ゆうすけくんにリュックを渡した。
ゆうすけくんは恥ずかしそうにもじもじしていたが、自分でしっかりと靴を履き帰っていった。
子供たちが全員帰り、首を回しながら職員室に戻ると、
「たけい先生、これどうぞ。」と言いながら、ひらの先生がおまんじゅうの入った箱を差し出してきた。
夫と義母、家族のつながり
「どうしたの、これ。」と聞くと、
「いじちょうのお土産だそうです。」と言われたので遠慮なくいただいた。
ひらの先生はおまんじゅうを頬張る私の横で、
「たけい先生、聞いてくださいよ。彼氏がまた仕事やめるって言うんです。」とぐちり始めたので、
「早くそんな彼氏別れなさい。ひらの先生はまだ若いんだからもっといい人いるでしょ。」といつもと同じ返事をする。
「私もうそんなに若くないです。もう三十一ですよ。」
私から見れば三十一なんてまだまだ若いのだが、本人からすれば人生で一番年をとった状態なわけだから不安になるのもわかる。
「たけい先生は三十一のとき何してたんですか。」とひらの先生が尋ねてきた。
私はふと昔を思い出しながら、
「子育てしてたわね。主人は毎日仕事で忙しかったし、家のことは何でもやらなきゃだったから。」と答えた。
ひらの先生は、
「ええ、ワンオペか。大変そう。」と顔をしかめたので、
「昔はそれが普通だったのよ。」と答えた。
ひらの先生は、
「たけい先生から旦那さんの愚痴って聞いたことないですね。」と唐突に言った。
私は、
「だって、不満なんてないもの。」と言うと、
「ええ、うらやましい。」とひらの先生は大げさに言った。
ひとつだけ不満があるとしたら、
早くになくなってしまったことだけだ。
ひとり勝手に沈んでいると、ひらの先生が、
「ああ、たけい先生、見てください。」と突然窓の外を指差した。
私は驚きながらひらの先生の指の先を見ると、大きな虹がかかっていた。
「めっちゃ綺麗ですね。いいことありそう。」とひらの先生はのんきに言う。
夫のいない世界で私にとっていいことって一体何なのだろう。
ひらの先生は、
「虹っていいですよね。誰が見てもいいことじゃないですか。」と言う。
そうか、虹が綺麗だということは私にとってもいいことなのか。
確かに空の上から夫も見ているのかもしれない。
そう思ったら、夫が近くにいるような気がした。
いかがでしたでしょうか。
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それでは、あなたの一日が素敵なものでありますように。
小島千尋でした。