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2021-12-20 1:03:02

第七十七回 山村三者放談──人文知の拠点から

東吉野村、「人文知の拠点」ルチャ・リブロ館内のこたつからお届け。録音前日のON READING でのイベント(21年12月22日にオムラヂにて配信予定)の振り返りから、ゆるゆるとおしゃべりを続けます。

00:30
はい、こんにちは、ポイエティークRADIOです。本日は、人文知の拠点からお送りいたします。
ということで、お相手は、私柿内正午と、本日はゲストでありながら、どちらかというと今回、この場をお借りしているという意味ではホストでもある、このお二人に来ていただいているという、僕が来ています。
はい、えー、なんだっけ、人文系施設図書館ルチャリブロの青木です。
マスクです。
そうだ、だから、オムラジの革命児こと青木でもある。
マスクです。
ここだからそうなんだ。
名乗りがね。
オムラジとルチャリブロと名乗りが微妙に違うんだよね。
確かに違いますね。
そうかそうか。
マスクさんって、ここで急に言われるとドキッとする。
そうかそうか、僕の中でオムラジから入っているから、マスクさんマスクさんってついつい呼んでしまうけれど。
でもここでオムラジを収録するときも、オムラジの革命児と言ってですね。
オムラジの革命児ってなんやねん。
よく考えると、そんなことで東吉野村までね、わざわざ来ていただいてありがとうございます。
東吉野村のルチャリブロからお送りしておりますが。
本当にだからあれですよ、たまに言うけど、ルチャリブロのチャブ台の上からウンヌンカンヌンというのはここです。
そうだ今日は僕はこれだから、オムラジリスナーとしてはある意味聖地巡礼じゃないですけど、
まずこう着いてから、お昼はトマオニに行ってもらって、その後車乗りながら僕はコンビニが見えるたびに、あれコンビニの駐車場来るんですか?
まだですか?
いや、あれじゃないんですか?
あれですか?コンビニが見えるたびに聞いてたりとかね。
そんなに見えないんだけどね。
本当に2軒。
見て、宇多野のコンビニをね、見てきたんで。
見てきましたね。
まだあんなにコンビニに注目して日を走ることもないだろう。
そうだそうだ。
だから三村夫婦邦団の収録地だったりとか、山岳納都に出てくるレストランだとかっていうところに行きながらっていう、
03:04
大変だからこうなんだろうな、ミハ心が満足するような。
ミハなのかな。
でもなんかそれこそやっぱり文章の中で見るご飯ってすごいおいしそうに見えるじゃないですか。
トマオニってそのなんだろうな、僕の中で全く馴染みのない言葉だったので、
すごいだから海外の児童文学とか読んでて、ここに出てくるこのなんとかクリームとかっていうのはどういうものなんだろうって思ってるのと同じように、
なんかトマオニっていい響きだなっていうところで始まってる。
わかるな。なんか僕もね、チューインガムってすんげーおいしそうな気がして、
でもなんだろうねチューインガムってっていうか、そういうのあるね。
そうなんですよね。
ヌガーとかね、最初食べた時思ってたのとだいぶ違うんだけど。
そうなんだよな。
サマープディングってなんだろうな。
サマープディングは絶対想像のサマープディングの方がうまいよ。
絶対そうですね。
絶対そう。
イギリスでね。
イギリスでね、ほんとに食べたんですよ。
そうかそうかそうか。
本物のサマープディング。
もうなんかね、原骨みたいなね、サマープディングっていうかなんか、で、
大味ででかい。
大味でで、なんかアイスが乗っかってんだと思ったら全部クロテッドクリームでね。
うーん、なるほどね。
深層になったっていう思い出がありますけど。
そうなんですね。
まあそういう意味ではトマオニはすごいこう。
トマオニどうでした?
でもすごいなんかちょうどよかったです。
なんかやっぱりその、なんかこう、なんていうのかな。
日常使いにちょうどよく寄り添ってくれるファミレスとして、
なんか一個のこうなんか、あそうそうこれ言うのがいいんだよみたいな。
その、なんて言うのかな。
これでいいんだよって言うとすごいこう、失礼な言い方でもあるんですけど、
いやこれでいいんだよとか普通においしいみたいな。
ある意味ちょっとこう、ちょっと失礼な言い方だけど、
なんかでもそのぐらいのちょうどよさを感じて。
確かにこれはたくさん出てくるわ日記に。
そう。
納豆感がありましたね。
でもやっぱりちょうどよさってすごい大事だなと思ってて。
そうですね。
あの車で、えっとね、
灰原駅のあたりから東吉野に来る間でも、
なんていうか駅前と内っていう、
なんかその2点の移動じゃなくて、
やっぱり灰原駅から、
なんていうのかな。
まあ徐々に田んぼが広がっていって、
で東吉野っていうのも山村だから全然違うじゃないですか。
そういうなんていうのかな。
グラデーションみたいなのを体感してもらえたんかなっていう。
そうそう。
だからやっぱり駅から車でこう、
何だろう。
連れて行ってもらう時の景色の変わり方とか、
受け取る情報の変わり方が、
実はそのなんていうのかな。
ある意味すごいステレオタイプな言い方をあえてするならば、
都心は変化に富んでて刺激的。
田舎は平坦単調で退屈みたいなイメージがあるけれども、
割と目で受け取る情報としては、
06:02
駅前にはこういう感じの個人の商店もまだあったりとか、
とはいえ割と学習塾もあったり、
子どもたちも多そうだなとか、
いろいろ受け取る情報がありながら、
だんだんとそれこそやっぱり今田んぼで、
この時期は特に今お休みだなみたいなのを見ていきながら、
だんだん今度はまたちょっと坂道に入っていって、
ここの民家の人たちって何してる人たちなんだろうみたいなことを考えていると、
ふっと急に横に入っていくと山道になっていって、
本当にこれから山に入っていくんだって思うと、
体感としては山道に入ったら登っていくはずなのに、
どんどん下っていくっていうところで結構こっちは混乱してきて、
あれ山道に入った途端に下っているぞみたいなことを思っていると、
そのままこのジャリ風呂のあるところにたどり着くっていう、
なんだろう、すごい受け取るものが多いし、
何回も場面が転換したなっていう感じがすごいあるので、
日々受け取るものとしては、
むしろ万全とずっとうるさいみたいな中でいるよりも、
一個一個変化を受け取りながらたどり着くみたいな、
その道筋がすごい僕は面白かったなって。
確かにな。
だから僕も文章だと都市と産村とか、都市と農村とかって、
二項対立的に書いて、そこを往復するっていうことなんだけど、
実際はその間すごくグラデーションがあるというか、
スペクトラムがあるというか、そういうことですよね。
だから行ったり来たりって、どこでもドアを使ってやるわけでもないんだから、
ポンポンポンポンって行ったり来たりっていうんじゃなくて、
やっぱりアナログというか、実際に地面を走っての行ったり来たりっていう、
しかも車を使ったり電車を使ったり、時には歩いたりとかしての行ったり来たりだから、
もうちょっと変化の中で多分いろんなもの、刺激なり何なりですけど、
いろんな質の違う刺激っていうのを、
なんかすごく人為的に作られた強烈な広告みたいな刺激だけじゃなくて、
いろんな自然の刺激も含めてを受けながら行ったり来たりっていうのができるから、
多分、程度の問題っていうのになるんじゃないかな。
そうそう、だから程度の問題っていうか、
青木さんの話をいろいろと聞いている中で、
何となく自分で理解してるつもりだったんですけど、
どうかやっぱり、それこそ通勤と家に帰ってからみたいな、
割と単純なオンオフじゃないけど、
09:01
割とスイッチングみたいなイメージで、
そのスイッチングを上手い具合に切り欠けていきながら、
ちょうどいいオンとオフの割合のバランスを考えていきましょうみたいなものとして、
多分、案外みたいなものだったり、
曖昧さっていうものを多分僕は捉えていたところがあったんだなっていうのを、
その道を行く中で、いやいやそもそもオンオフじゃないなっていうか、
段階的にそのグラデーションがある中で、
そもそもそこの切り替え自体が全く1・0じゃなくて、
徐々にアナログに凝ってきていることだっていうのは、
考えてみれば当然なことなんですけど、
割と都心での通勤であったり移動の中だと、
割とオンオフだと錯覚できちゃう部分があるんだなっていうか、
オンオフって言うしね。
そうなんですよ。
あれだからすごい罠だなというか、言葉遣いの罠だなっていう感じがして。
なんかだから、
よく一つ映像作品のギャグとして、
なんか今から行くぞみたいな感じで、
すごいスピーディーにカット割りがあって、
よし行くぞって言った瞬間に動き出す車がものすごい遅いみたいな、
お約束のギャグみたいなのがありますけど、
でもあれ実際真実で、
実はのっぺりとずっと移動している時間っていうのは、
ないことにはならないんですよね。
みたいなのが、
すごいこうなんだろう、
そんなことすら見落としてたのかみたいなところが結構、
自分では面白かったですよね。
ちょっと今回はですね、
この収録日、前日の夜からですね、
オンリーディングさんで、
トークを約2時間くらいし、
その後に飲み会で打ち上げで、
中華料理屋さんに行き、
そこでも喋り、
で収録日ね、
今日の朝に集合して、
で近鉄電車の特急に乗り、
その中でも喋り、
ずっとデカメロン、
デカメロン状態っていうか、
でもその中でも、
なんでしょうね、
あの、なんていうかな、
こういうことだと思ってました、みたいなのをね、
かけないさんに言ってくれたりとかして、
だから、なんでしょう、
これだけ話が通じているというふうに、
思っていたりとか、
デカメロンやったぐらいだから、
いろいろと話してくる時間も、
相当に長かったわけだけど、
でもなおやっぱり、
そういうことなんだ、みたいな、
なんていうのかね、
悪い意味じゃなくて、
思い違いみたいなのが、
結構お互いにあって、
それも面白かったなと。
すごい面白かったですね。
たぶんこれを配信する、
その次の日というか、
次の水曜日に、
オムラジでオンリーディングさんのイベントの模様が、
配信されるので、
12:00
ちょっとフライングっちゃフライングなんですけど、
でもそのオンリーディングさんのイベントで、
話している中でも、
だんだんだんだんそれこそ、
前回までのイベントを踏まえて、
ある種プロレスっぽくなっていく中で、
お互いのロールじゃないけど、
こういう役回りの、
プレイスタイルにしましょう、
決まってきた感じがあって、
僕は憂鬱の効かない01人間側に、
自分を一旦置いて、
そこで喋ろうっていう感じが、
ちょっとあって、
それはたぶん、
本来はそこまで、
物分かり悪くないなとか、
青木さんの話は分かってないわけじゃないな、
っていうのを思いつつも、
でもやっぱりなんとなく、
不に落ちきらない部分があって、
とはいえ、やっぱり言ったら、
自分は都市側の人間なんだな、
っていうのを、
オンリーディングさんでは、
意識的に演じるものとして、
演技として、
一つ添い身振りをしてたんですけど、
今日移動してる中でだんだんと、
思ってたよりも、
あの演技には、
自分の本意じゃないけれども、
割と乗っかってたなっていうのを、
実感してきた、
時間になったなって感じがあって、
だからずっと思ってました、
思ってましたっていう話は、
たぶん、
何だろうな、
分かった気になることと、
分かることとの間って、
言葉上ではそんなに差なくて、
分かった気になっている言葉だけで、
割と分かっている人と、
通じ合えちゃうんですけど、
でもやっぱり、
ちょっとそのちょっとの差、
ジャンプするのって、
やっぱりちゃんとその場に、
体を晒すだとか、
何かしらちゃんと、
やらないことには、
なんかその、
あんまり、
言葉以上のものにならないな、
みたいなことを、
やっぱり感じましたね。
その間にもやっぱり、
童貞があるというか、
その間にもグラデーションになっていくか、
っていうのが、
グラデーションになっていく過程が、
ちゃんとあるってことですよね、
結局ね。
そうですね。
分かったような気をした方が、
うまくいく部分も、
あったりして、
で、
いや、
それってどういうことですか、
とかっていうのを踏み込むことによって、
なんかうまくいかないっていうか、
話が進まない場合もあったりしてて、
今までは、
今までは今までで、
話自体は、
できてたし、
進んでたというか、
と思うんだけど、
でも、
よくよく考えると、
それってどういうこと?
とかって、
一歩踏み込むっていうね。
そうですね。
そういうことができたから、
非常に、
なんだろう、
15:00
お互いの違いも、
明確だったけど、
逆に、
同じものを、
同じ方向に向かっている、
方向に向かっては、
まあ分かんないけど。
昨日の話もそうですけど、
結局最終的には、
お互いに、
同じものをめがけて、
はさみ打ちじゃないけれども、
都市側と産村側から、
目指しているところとか、
話している者の射程は、
同じところにめがけているんだな、
みたいなところがすごい、
なんか、
感じる瞬間が何回かありましたね。
いい話じゃない。
あったんだけど、
なんていうかな、
予告編として少し話すと、
結構だから、
ここではこう言っているのに、
そう言うっていうのは、
どういうこと?とか。
すごいこう、
なんて言うんだっけ?
面接じゃないけど、
決められる感じ。
そこはね、ちょっとね、
死亡動機と今言っていることは、
ちょっと違いますね。
ちょっと圧迫感が。
そうだね。
ちょっとそこは、
そこが気になったというか、
昨日の場合は、
すごくそこが大事だと、
僕は思うんで、
そこ大事な部分を、
そこに行って、
そっかそっかとか言って、
わかるよわかるよ、
みたいにしちゃっても、
何も面白くないですからね。
せっかく話すんだからね。
本人が目の前に、
いることにね、
やっぱり。
それはやっぱり、
ズームとかだとね、
やっぱりちょっと、
棘があるっていうか、
棘っていうのかな。
それだけで受け取っちゃうから、
なんか、
なんか言われたと。
そうそうそうそう。
ザラッとしたことだけ伝わるっていうか。
やっぱりリアルだと、
青木さん受け身を取っているじゃないけど、
さあ来いみたいな感じの、
やっぱり感じるわけじゃないですか。
今行くとこだみたいな。
技を掛け合うとこだみたいな。
やっぱりそこの、
はありますよね。
その辺りを、
加味して、
ぜひ。
水曜日のオムラ寺で。
確かに。
水曜日のオムラ寺、
僕が聞いても、
結婚してないかなみたいになるかどうか、
結構楽しみですね。
当日は楽しく話してるつもりだったけど。
客観的に。
でもそこは、
なんていうのかな、
我々って僕と書けないじゃないですか。
思ってる以上に、
そうは見えてないの。
そうは見えてないっていうのは。
僕らからしたら、
結構詰め合ってるっていうか、
18:01
ここでこう言ってんのに、
今そう言ってるって、
矛盾してんじゃん。
言葉にするとそういうこと。
を言って、
僕が言って、
そこはそうじゃなくて、
っていうね。
言葉にすると、
結局そのラリーなんだけど、
そこは我々が、
そういう所誠術ですよ。
言っちゃうと。
所誠術。
このやり口で。
すごい嫌そう。
表情を伝えたいっていうね。
このやり口で、
はっきり言っても組織の中で、
なんとかかんとか、
ポジションを取ってて、
ともすれば、
認められちゃってるわけでしょ。
お互いにね。
出世してる。
窓際族、
みたいなことではないわけじゃないですか。
なんとかかんとか。
仕事だけで消耗して、
休日何もできません、
というわけでもなく、
っていうぐらいの、
なんていうの?
感じでやってる人間だから、
そこは多分、
そういう感想も、
そういう感想も、
もらってたかもしれないけど、
なんか結構、
その、
喧嘩とか、
一般的に言われるね。
言われる、
喧嘩っていうのは、
なってないっていう。
それが多分、
山崎雅宏さん曰く、
山崎さんのように、
反抗はしてるんだ。
僕もね。
山崎さんよりも、
洗練しているというふうに、
山崎さん言ってくれてるんだけど、
それが洗練されているのか、
どうかわかんないけど、
そういうね、
打撃じゃないんですよね。
打撃でやるよりも、
グラップリングっていうか、
寝技っていうか。
笑顔で寝技。
そうそう。
地味に寝技の方が痛いんだよ。
音とかあんまりしない。
そうか。
そうなのかもしれないですね。
確かに。
文字化したら、
もうちょっと違うと思うの?
文字化するんだったら、
もうちょっと変えないと、
バチバチファイトみたいになるかもしれない。
なるほど。
それは確かにそうかもしれないですね。
面白いな。
二人とも基本優しいって、
感想をね。
うん。
聞いた人が書いてくれて。
そうですね。
寂しくはないんだけどなって。
笑顔で寝技かけあって。
そう。
っていうね。
そんなことで。
非常に。
でも楽しかった。
楽しかったですね。
リアルで、
オンリーディングさんの場で
21:01
オンリーディングさんが
リアルでオンリーディングさんの場で
お話しするのは
3回目だったから。
やっぱりそういう
周りの詰め方とか、
ここだっていう時が
お互いすごい
分かってきた上での
ファイト。
その上で、
もうちょっと聞きたいっていう。
ここどうなん?みたいな。
もうちょっとが
だいぶできるようになってきたというか。
そうそうそうそう。
でもよく考えたら、
なんていうのかな。
端から見たら同じように見えるかもしれないけど、
マウントの取り合いっていうのとは全然違うじゃないですか。
はいはい。
マウントの取り合いとか、マウントの取り合いほど
不毛なものはないって僕は思ってて。
でもたまに
あるんですよね。
マウントっていうか、
その話の中身自体には
別にどうでもよくて、
それを
主導権を握り合うための話って。
それはやっぱり
苦手っていうか、
つまんないなって。
それを例えば
青木さんの振りというか、
一つの
これはどうなんだ?みたいな
問いかけっていうのは、
青木さんが何かの
主導権を握りためとか、
俺すげえみたいなのは全然なくて、
普通に
いや、もっと飛べるだろ。来いよみたいな。
ある意味
そこに
僕、相手の
メッセージとしてやるわけじゃないですか。
やっぱりそこ
すごい大事な違いですよね。
自分のことを
でかく見せたりとか、強く見せるために
やるそういう掛け合いと
相手に
負荷をかけて
ここまでおいで、ここまでおいでっていう風に
やっていくっていう
その喋り方っていうのは
結構
肌から見てどこまで違うかわからないですけど
違うんですよね。
そう、全然違う。
やっぱりそう聞いてると
すごくプロレス的というか
なんか上手
上手かどうかわからないけど
上手な人は
相手を強く見せるのが
上手っていうか
相手のすごいいいところを
引き出すのが
上手な人が
実は受けがすごく上手いとか
だから
自分がすごくかっこいいだろうばっかり
考えてると
それって上手くできないのかな
って感じなので
すごくだから
プロレス的な会話だったんじゃないかな
って
聞いてないけど
だんだんちょっと不安になってきました。
ここまで言っておきながら
一緒に仲良く喋ってやがるみたいな
そうだね
でも
そう聞こえると思う
今の話を聞いてると
24:01
そう聞こえちゃうんだろうなって
気がしてきましたね
わかんないけど
まだ聞いてないけど
でも前回も
プロレス観で
そんなんじゃないでしょ
プロレス観で
でもわかんない
そういう話もしたんだけど
文章があるでしょ
文章と現場の
中間に
ラジオがある
それはすごくよく分かります
と思ってて
文章だと
コンテンツ
中身
論理
ロジック
を伝えることだし
現場は
僕は
現場で
話の内容と筋を
完璧に覆うって難しいと思うから
やっぱりその雰囲気
会場の雰囲気であったり
その辺を
感じれたら
十分なのかなと思ってて
ラジオって
会場の雰囲気は
完全には分からないんだけども
話してる
二人の
テンポとか
語調とか
語彙選びによって
楽しそうにやってるなとか
盛り上がってるな
みたいなことが分かるから
またちょっとでも
僕らの体感と
ラジオで流したときに
聞く人
僕と柿内さんと会ったことない人が
聞くのと
知ってるっていう前提で聞くのが全然
また違うし
面白いっちゃ面白いし
面白いですよね
面白いし
本当に誤解の可能性も
無限大っちゃ無限大
っていうか
いい意味でも悪い意味でも
前に
ポエティックラジオで柿内さんが
人文章の
いいところっていうのは
語読のやつが
たくさんあるところだって
言ってたから
誤解のやつがたくさんある
っていうのは
面白いことなのかな
うん
どの分野で
その話をしたか全然覚えてないですけど
なんだったかな
でもそれこそやっぱり
プルストを読む生活の
中でも多分書いてたけれども
プルストにおいて
言われる一つの話として
やっぱり結局
本を読むっていうのは
何を読んでるかっていうと
自分を読んでるんだと
何を読んだとしても何を見たとしても
最終的には自分がそれをどう読んでるか
自分がどう見てるか
どうしてもなっちゃうんだ
みたいな話をしているのが
割と僕
トークイベントに
自分が参加者側としていくときに
27:01
すごい感じること
あんまり人なし聞いてないんですよね
やっぱりその場で
一言単語が入ってたときに
そういえばあれってどういうことなんだろう
みたいな感じで
好き勝手に自分で他のことを
考え始めちゃうのがやっぱり
その場にいる
意味というか良さで
実はそれ自分自身を
聞きに行ってるんですよね
人の話聞きに行ってるふりして
だけどラジオとか音声だけで
後で聞こうとすると割と真面目に
言えるんで
やっぱりそこの違いは結構
あるのかな
それこそ多分僕が今回初めて
東吉野に来て
いろいろと
自分は本当はこういう風に思ってたんだ
みたいなところが出てきてるのって
イベントに参加してるからだと思うんですね
やっぱり現場に来たから
初めて自分と対話しだした
それまで文章だったり
音声として知っているレチャリブロであったり
とかオムライジっていうものに
対してある意味
文章だったり
ちゃんと
ある意味対象の読解になってたんだけど
こっちに来るとある意味
いじわらないことをすると
僕は実は何も見てないんだと思うんです
何も見てなくて
この現場で受けるものに対して
自分は今こういうことを感じてたのか
こういうことを考えてたのか
ってことに迷惑が向くようになる
みたいなところに
現場の効能じゃないけれども
効能って言うとちょっとあれだけど
現場にいることで
応用される効果みたいなものっていうのが
あるんだろうな
っていうのはすごい改めて
いやー面白かったですね
面白かったですね
僕の心配としては
僕は柿内さんに対してよりも
またちょっと
違う
イベントの中でね
違う
違う場面で
僕の
なんて言うんですかね
なんて言ったらいいのかな
なんかその
ちょっとあんまり
アナギーな部分
アナギーな部分が
出ちゃってるっていうのも
そこがどう
聞こえるかが
ちょっと不安ではあります
多分聞いてくださりますもんね
関係者というか
そうだね
そっちもそうだし
両方ですわ
冒頭でも僕はちょっと
冒頭の方でもなく
最後のね
質問があったんですけど
そうですね
ちょっとね
なんて言ったらいいのかな
って感じで
でもそこ結構
なんだろう
さっきの本当に優しくないんじゃないかな
みたいな話とも繋がってくると思うんですけど
大事なことだと思っていて
何かを発信したりとか
例えばそれを
30:01
家を開いていたりとか
とかってしていくと
うーん
なんていうのかな
電動車扱いされるじゃないですけど
何かしら救いを求めて
来る
みたいなところって絶対
あると思うんですよ
それこそもしかしたら
気持ちよく
電動電車にマウントを取って
ボコボコにして気持ちよくなりたいとかいう
歪んだ考えかもしれないし
もっと単純に
昨日来てくださった方たちみたいな
今の世の中で会社員ってどうしたらいいんだろうか
みたいなことをちゃんと真剣に考えてる人たちも
来てるかもしれないし
っていう人たちは割と
ある意味救いを求めに
来る部分がある
でもそれに対して僕らの方が
必ず答えなきゃいけないかというと
あんまりそうでもない
安倍が割と
明らかになった瞬間だなって
でもそれでいいと思うんですよ
こっちも別に成人でもないし
宗教者でもないから
あなたたちを救いに来ました
ってわけじゃないじゃないですか
ある意味極端なことを言ってしまえば
あなたたちと仲良くなりに来ました
でも実はない部分が
あるみたいなところの
その
なんていうのかな
受け手との関係の
持ち方とか
距離の取り方みたいなところでの
ある意味一つの
東吉野だから家を開いてる
とかも含めて
なんかその
青木さんの中での防御の取り方とか
身の守り方とか
ガードのね
っていうところが
垣間見えた
カルチャーセンターでこういう風景が
広げられてるんだな
たびたびそういうこともあるし
でもなんか
昨日のね終わった後に
サイン会とかしてね
小木合さんの方が
相談みたいな
結構受けてて
たぶんあれは一つ会社員の哲学
っていう本を出したよ
ってとこもあるんだろうし
会話の中で
あいつに相談しても
これどうしようもねーなってたぶん
やってくれたんだな
たぶん
そういう視点でもね
ちょっとまた聞いてもらえたらと
思いますけど
僕らはその場でいて
その会場の雰囲気とかも
会場前
あと会場してから
会場後のサイン会
打ち上げ
そこまでのね
ライン
線があっての
っていう視点で語ってるけど
それだけ聞いたときに
どうかなっていうのは
ぜひ感想もね
そうですね
ていうのもあるし
僕もやっぱり今本当に
また昨日みたいな話になっちゃうけど
思ったけど
小木合さんって
結構ラジオだと言うでしょ
33:01
って思ってんの
自分であんまその自覚がない
自覚がない
言うなと思ってんのに
文章だと結構ね
昨日の話で
予防線めっちゃ張ってるっていうのが
そこのアンバランスが面白い
っていうのはあるんだけど
でも分かる気がしますけどね
やっぱ文章にすると
強いから
強くなるし
そこに文字として
目に飛び込んでくるって
結構なこと
私で
残るっていうのもあるから
そういう気持ちは
分かる
全然
どうでもいいんだけど
小木合さんなんかちょっと
ギュンってくるときって
なんとかだっけ
って言い出す
なるほど
なんとかだっけ
文章じゃなくて話すときに
それってそういうことなんだっけ
みたいな
言い出すと
強くなってくるときだな
合図が
すごいしね
前回くらいから
これを言うと結構狂うとき
すごい
自分でも気づいてない
気づいてないもんね
結構それは
ぶっこむとき
そういうのが
でもだっけって言ったら
でもそれもちょっと
柔らかくなってるというか
なんかそんなに
なんとかでしょ
とかいうよりは
着地はふわっとして
感じがする
なって思ったけど
でも意外と
中身は
ハード
そうか
結構多分短くなったところで
出ちゃってる
今聞いてて
なんかやばいかも
昨日の話だと
結構だから
気使ってるんだって話でさ
傷つけたくないし
っていうことを言ってたから
そうなんだと思って
端から見るとめっちゃズボロだけどな
そうそう
そんなに気を使ってる人だと思わなかった
っていうか
文章読んでるとそうだと思うけど
ポエティックを聞いてる
でも
やり取りしてる限り
そんなにね
気使ってるのはわかるよ
もちろん
言葉きちんと選んで
それはわかるけど
そんなに気を使ってたんだというか
何があったんだろう
っていうぐらいに感じちゃうぐらい
結構気使ってるなと思って
でもラジオを
そもそもやろうと思ったのは
もうちょっとそういう
ギュンっていう面を
出す場として
36:01
そうなんだ
厳密してほしいじゃないけど
やっぱり
文章だとどうしても
八方美人みたいないい子ちゃんになっちゃうから
その誤解を解くために
そんなに
優しい人間じゃないですよみたいなところで
ラジオを始めて
自分の意地悪の部分だったり
資料の浅い部分がポロッと出ちゃう場として
ラジオをやってるっていうのは
あるにはあるんですけど
でもだから
そこも
なんでそこで文章とラジオとで
差があるかっていうと
ポルトガル人の方がハードル高いと思ってるからなんですよ
あー
そうか
文章は割とすぐ読めるけど
早いじゃないですか
同じ量のここまで話してる内容
多分今30分ぐらいかな
だけど多分文章で読んだら10分もかかんないで
読めちゃう量になる
この圧縮によって
ポルトガルになっちゃうと
僕は思っているから
わざわざ
面白いかどうかわからない
ポッドキャストをずっと30分でも
1時間でも聞いてくれる人
っていうところで
ある意味だから山奥に
図書館を構えるのと
同じようなバリア機能というか
距離の取り方みたいなところを
ゾーニングなのかなみたいなことをしてるんじゃないかな
っていうのは
確かに
ちょっと昨日も
ずっと喋ってたりしてることだけど
僕はやっぱり
本読む方がハードル高い
そこの想像力が
あんまり僕は至ってないんだな
自分みたいなやつしかいないと思う
自分みたいなやつが
たくさんいると思ってるから
僕もそうなんでしょ
同じじゃない
自分みたいなやつがって思ってる
お互い
自分にとっては
本の方がハードル高いから
そうかそうか
そうそうだと思うのね
だから
昨日もできるだけっていうか
文章化
したいっていうか
できる限り
言語化したいっていう
僕は言語化する能力が
そんなにないっていうのもあるし
いいじゃんみたいな
なんとなくでさ
っていうこと
言語化しない部分を
残すっていうことだから
そこもやっぱり違うよね
っていう話が
あったりね
そのあたりが
すごく
面白いなっていうのも
あったりしたし
それは
この前の
内田先生と
僕が話した時も
僕自体が
視覚的な人間じゃない
本に全然
視覚的な説明
っていうのが
多分新平さんの書いた文章から
視覚情報を全部抜いてみても
何も文章変わらない
39:01
っていうことを
言ってくれたりしてて
その時に
そうかみたいな
3.115に
なんかしなきゃっていう時に
一番最初に始めたのが
日記を始めてました
日記を始めてるっていうところで
それって結構
結果的に今も
読む生活
書く生活
喋る生活をしてるっていう意味は
一緒だけど
全然
確かにその筋道は全然違うんですよね
やっぱり
この間
寝ながら
寝てたら
寝ながら喋って
寝ながら喋った言葉
トンカチって
寝ながら喋った言葉
トンカチ
なんか
さっぱり動かなかった
トンカチ打たなきゃ
みたいな
なんだったのあれは
口走るって本当に
口が走るんだなって思って
口から行くんだって思って
やっぱりそういう意味で
喋る生活から
行くんだみたいな
そうだね
僕は喋る生活が最初なんでしょ
書く生活が最初でしょ
そうですね
でもそれこそ
幼少期とかから考えていくと
僕はずっと喋ってるなとは思います
じゃあ
喋る生活があるんだな
ある意味
書きない称号というペルソナを
自分で作って
書くときは書くところから始めてたんですけど
基本的にずっと喋ってる
みたいな
おしゃべりな子
でした
家でだけ
そっか
僕そんなにね
おしゃべりじゃないよね
僕最初に
一番最初に聞いたのは去年の12月かな
にオンリーリングさんで初めてイベントした後に
打ち上げでガスト行ったじゃないですか
そこであんなにイベント会場で
ずっと喋ってる
ガスト行くと誰も喋んないんですよ
青木さんは別に
ぽそって喋るぐらいだし
黒田さん達もそこまで
喋りはするけど
僕も別に
実はそんなに
その場では喋んないし
ある意味だから用事がないと喋んないじゃないけど
みたいなところは確かにちょっとありましたよね
本当は多分
おしゃべりな人ってそうじゃなくて
だって内田先生とか
本当喋ってるよね
打ち上げでも内田先生が
主に喋ってるし
本当にそれは
自分たちが悪いんだけど
内田先生が
今日7人だよとか言ってお店の人に
ちょっと席作ってみたいなことも
内田先生が
それはごめんね
それ本当はダメなんだろうけど
やってくれてたりとかね
それはちょっとまた
42:01
違う問題っていうのも出てくるけどね
でもそうですよね
だからなんか面白いね
書くとか読むとかね
喋るっていうのがやっぱりそこの
なんかウェイトみたいなところが
変わると
質の部分っていうか
そこも変わってきてるんだろうなと
それは思いますね
ちょっと話戻るんですけど
さっきの救済とか
なっちゃう
伝道師みたいになっちゃうっていうのは
結構自分も
知っていることっていうか
なんだろう
上がった人たちみたいになっちゃうと
すごく違うので
次出るのが
お悩み相談
そうですよね
本だけど
悩みに応えてる人たちは
上がった人たちって
そうなると
絶対違うから
どうしようと思って
それに載せるエッセイを
書いてた結果
すごいこの人ダメな人だなっていう
本になりそう
それはすごい良いことです
それこそ昨日の話とも
繋がるんですけど
電車の中で喋ってたかもね
電車の中で喋ってたかもね
書いたりと喋ったりとかして
だんだん自分の中で
ある意味他人の
ニーズじゃないというか
こういう風な人が喜んでくれるかもみたいなところに
どんどん軸足が移っていっちゃうと
結局自分のためにならないから
どうしようみたいな話の中で
僕は最近セブンイレブンで
印刷できるネットプリントで
壁新聞みたいなのふざけて作ってたんですけど
あれは正直別に
トイレで読めばちょうどいいぐらいの
何の内容もないやつなんですけど
僕が書いてる時楽しいんです
でもあれは確かにだから
何かのためというよりも
自分が楽しいから書いてるだけだな
みたいなのを書いていて
割とその何だろう
一回自分に戻せたなっていう感じが
あるんですけど
ちょっとそこで
前書きみたいなのの中に
ここも割といろんな人が
遊べる場所にできたら面白いから
どんなコーナーがあるといいと思いますかみたいなことを書いちゃったんですよ
書いちゃったらいろいろ
こんなのどうですかみたいなの来るんですけど
そこでお悩み相談をやってほしい
来てて
絶対やだー
お悩み相談の
上がった人というか
悩みという世界から
一歩外れた人扱いの
中での投げかけ
っていうものに
どうやっていけばいいんだろう
っていうので
何だったらできるかな
みたいなときに
お二人がやってたどちらかというと
一つの本みたいな形で
一個その本という
なんていうのかな
フィルターを通すだけでも
多少やらしさは
45:01
減るんだよなっていうのは
やっぱりそれは
自分が相談に答えるというよりも
この本読んで一緒に考えましょう
ってスタンスになるから
それだけで全然
お悩み相談やらしさってなくなるんだけれども
自分でやるとなったら
それパクってもしょうがないし
そういうところで
本当にね
本だし
土着だから
最初から解決はしません
土着へは近づきます
ってめっちゃ言って
でもそうじゃないと
絶対お悩み相談
とかできなかった
そうですよね
でもやっぱり
相談されるから
やっぱり答えてくれそうだから
ってことだと思いますよ
それってさ
電車内で言ってたやつで
欲望
ニーズ
欲望としたときに
今の社会
基本的に社会っていうのは他者の欲望によって
出来上がっていると
でもやっぱり自分の欲望って
何だったのかっていうところを
常に置いとかないと
良かれと思ってやったんですっていうことって
良かれと思ってっていうこと
他者の欲望に応えたんです
その結果
他者が欲望していなかったときに
自分がムカつくっていうか
なんだよってなってしまうぐらいであったら
僕は
良かれと思って
何かするのやめました
っていう人間だったりするから
基本自分の欲望ベース
そこで動いている
でもそういう人間に対して
お悩み相談来ないですもんね
っていうのが分かりました
分かったし
聞いたところで
ちょっと苦手だから
お悩み相談って答えるのがね
だからそういう意味では
きちっと他者のニーズっていうか
欲望にも答えるというか
寄り添える
っていう人だから
そこはでも
良いんじゃないですかねっていうか
って思ってます
なるほど
でも
そういう人なりの
悩みがあるっていう話でしょ
今の
だから悩みが
なくて
前にね
アジールに出てくるけど
磯野真帆さんと
革命時代
話して
高速道路の例え
現代社会を高速道路に
例えて
みんな本当はそんなに
スピードギュンって出ないのに
頑張って走っていて
高速道路なんとか降りれないか
っていう話を
したと思うんですけど
その後に
自分は
48:01
降りてもできることが
ないから降りれない
って
言ってる方がいたんだけど
でもなんか
なんだろう降りて
何かあると思ってた
わけでもなくてむしろ
弾き飛ばされて
でベチャって
落ちてでうわここ
どこ暗いみたいな
暗いのでも今も地図
ないとか言って
地図誰かちょうだいとか
言いながら走ってるっていう
実感なんだけど
でもなんか他の人からしたら
あの人たち上手いこと
降りれたねって
思ってるのかなって
思って
それはちょっとやっぱり
そうなんですよね
それすごい難しくて
いまだに高速道路を
走ってる人たちからすると
なんかこう
それがすごい苦しいからこそ
そこにもういない人たちが
すごい羨ましかったりとか
そこにすごい
過度に何か期待してしまったりとか
しちゃう気持ちも
やっぱりなんか一面では
分かるんですけどそこでやっぱり
なんていうのかな
だから俺たちもなんか上手に
降ろしてくれよじゃないけど
降りた人たちに
降りたように見える人たちにすがりついて
行くっていうことは
高速道路側の
勢力を拡大していくことにしかならない
だからやっぱりそこでは
なんか
自分はなんか
はじき飛ばされちゃったけれども
はじき飛ばされちゃっただけで
降り方を知っているわけではない
誰もが
こうすれば降りれますみたいなことは
教えられないみたいなところっていうのが
やっぱりでもなんか
すごいこう
難しいですよね
走ってるが爆発すれば
なんで下に道があるっぽいぞ
なんだところで思っちゃうのも
なんかやっぱりこう
そうはなるよな
みたいなのもあるから
上から見たらこうちっちゃく車がいるから
おい
どうやって
っていう気持ち
だよねっていうね
っていう
いやー
お悩み相談は
難しいなっていうのが今僕一番の悩みですね
それはその
新聞で
コーナー募集して
新聞でコーナー募集したらそういうのが来たから
次も新聞でやろうと思うんですけど
まず最初に自分のお悩みを相談しようかな
あーそうですね
自分のお悩みに答えてくれた人にだけ
のお悩みにだけ答えます
っていう方式にすれば
誰も来ないでそれで終わるんじゃないか
まあ
来たとしてもかきなりさんも悩んでる
っていうことが
わかるっていうか
それがフェアなやり方なんじゃないかな
そうですね
51:01
もう悩んでない人に
悩みを相談する
お悩み相談では
なくなりますね
本来悩みがない人にお悩み相談できないですよね
だって悩みない人に悩みわかんないじゃないですか
そうですね
だからそこでたぶん
青木さんにあんまり悩み相談来なくて
マスクさんに来るのはもしかしたらそういうことかもしれないですね
ある意味悩んでることは
感じられるから
わかってくれるかもしれない
この悩みを
一緒に悩んでくれるかも
みたいなところが実は大事なのかも
知れないと
結局そこで自分なりで
曖昧でいいんですよみたいになっちゃうと
そういうことが聞きたかったじゃないですか
それはそうかもしれないけど
それができれば
みたいなのは
確かにあるのかもしれないですね
なんかネタバタしてるように
より見えるやつに
大丈夫だよ
上がった人間なんて思われてない
思われてません
よかった
安心してください
間違いだった
よかった
気狂ってやつですね
気狂多いもんね
気狂多いね
空が落ちてくると思ってるもんね
それに対して相談するんだろうね
自分も空が落ちてくると思うんですけど
そういうことなんだろうな
そっか
お悩み相談に悩んでる
そうなんですよ
いいっすね
悩み相談悩みますね
いいじゃないですか
でもなんでもいいんですけど別に
なんていうのかな
それこそ
昨日の話でもありました
なんか
自分発信するっていうときに
別に
僕にそんなに言いたいことない
というか
自分で言うことに対して
別にそこまで
たいそうなものだとは思ってないから
誰かと
話したいとか
誰かと何か作りたいみたいなところで
なるべく主体を
増やしていきたい感じは
してるんですね
それを本当は文章でやれたらな
と思いながらも文章だとやっぱり
自分一人で
それこそいろんなところにたくさん
気を回せちゃうから
いろんな自分がいろんなことを書いて
結局どこにも着地しないっていう書き方を
2期とかだと意識的にしてるんですけど
なんかやっぱり
それだと仲間増えないとか
自分が分裂していくだけだなって感じが
やっぱりラジオだと
なんかこう
ちょっと出てくれませんかとか
ちょっと録音しませんかみたいなことが
できるので
こっちの方がそういう
増やすのはやりよいかも
やっぱりね
いろいろと
54:01
ツールというか
として
でもネットプリントってすごいですね
あれ面白かった
ずいぶん前からそういうことやってる人たちは
社会運動みたいな
デモとかだったら
番号だけ入れると
プラカードが出てくるみたいな
それはいいよね
でもあれなんかすごいだから
面白いなっていうか
僕に何にも得ないというか
出したかどうかも
よく分かんないんですよね
なんですけど
でもなんか
読みやすいんですよ
1枚1枚とかだから
10分とかで読み終わるから
本とかだと買いましたなと
リアルでも読んでますっていうのずっと
喋ってくれる人ってあんまりいないじゃないですか
ネットプリント出しました読みました
なんとかでしたみたいなところで
簡単にコメントしてもらえる
ちょうど音声でやることと
長く何か本の形で書くこと
の間に
差し挟める
なんか
ものというか
そういう新聞感があるな
面白いですね
いいですね
確かにね
そうか
ルチャリブロ新聞とかも
もしかしたら
でも今あれか普通にPDFとかで
あんまりしてるけど
本当にあれは別に業務連絡
ほぼルチャリブロの
日常発信してるものは
業務連絡
そうですね
いいですね
業務連絡
業務って
カタカナにするとフランス語っぽい
っていう
いますね業務ってね
ウィリアムのことじゃない
そういうことか
発音が
業務さんは
そんなことはどうでもいいんですけど
なんだったっけ
そんなことで
そんなことですね
だいたいもいいんじゃないですか
時間も
そんなこんなで
どうなんでしょうか
ルチャリブロまでね
わざわざ来ていただいて
すごい
良かったですね
一番良かったのは
かぼしちゃんが
めちゃくちゃ人が好き
っていうのが
なんだろうやっぱり
やっぱり
祖父母の家に猫がたくさんいたんですけど
やっぱり元気なちびっ子が
みんないなくなっちゃうんですよ
猫っていうのは知らない人とかが
来ると隠れてしまうもの
っていう擦り込みがすごいあったんで
なんか入った瞬間
横で寝てるからね
さっきちょっと床に手をつくときに
踏んづけそうになって危なかったんですけど
でも踏んづけてもたぶん
起きないかもしれない
横で眠ってくれる中
録音ができるなんて
57:01
ずっと
くっついて
あとあれですよね
ルチャレブロ来てくれて
大体の時間は
メキシコ人の人と喋って
初めてこのルチャレブロに
いらっしゃった
アンドレスさん
あの方たぶん
近いうちに村人出るんだろうな
めっちゃ話面白かった
めちゃくちゃすごかったしね
アミノヨシヒコを知ってる
メキシコ人がいるんだっていう
すごかったこともあったし
研究を
なさってたってことに
まさかの
すごい盛り上がって
なんかでも
僕もすごいシンパシーあったのが
人文系
人文系に限らずだけど
そういう人って
日本で知る限り
結構少なくて
研究は研究で
研究は客観的なものだから
できるだけ
社会に
主体的に
関わらないほうがいいみたいな
特に人文学系は
そういう人
最近はね
多くて
本当に
明るい気持ちになる
やりとりでしたよね
話が合うっていうか
ずっとモダニティの話をしていた
ずっとだから
僕がだいたい
ちょっと隙を見せると近代の話にしちゃう
同じような
同じことですかね
どこまで通じてるのかなって思ってた
最初
だったけど
全部通じてて
全部通じてて
全部以上のことで
三島が好き
って言うから
やっぱり文章
好きなんだろうなと思って聞いたら
1968年に
全共同運動が
確かに68年って
全世界的に学生運動が
盛り上がったから
メキシコもそうだったんだなと思って
やっぱりそれこそ
小説の話の中で
自分がやりたいことは
なかったことにされてしまった側の
歴史だったりとか
創作の側の記述としては
歴史ではない歴史
っていうものを
研究したいみたいなこと
研究というか描いていきたいみたいなこと
小説の話だったりもされてたり
するのを聞いて
やっぱり小説を
書いてらっしゃるということで
ちょっと
小説も好きだし
サイエンスフィクションも好きだし
なんていうんですかね
僕はやっと
いわゆる今のアカデミズム
じゃないけど
そっちじゃないなって
1:00:01
自分の発信するフィールドとか
って思えたけど
歴史が好きだから
当たり前だけどね
歴史が好きだから研究しなきゃいけない
わけではなくて
やっぱり好きなことと発信方法
ちょっと分けて考えても大丈夫だし
っていう風に
思えた
そうだ今日すごいだから
ルチャリブロっていう場と
すごい幸福な
出会いをする新しい来館者の方が
やってきて
ここで
時間をかけてだんだんとこの場に
馴染んできて最終的に図書カード
作って帰っていくっていう
そこを一緒に出くわせたのは
これは
すごい良い日に来たな
って
すごいね
でも本当に
かけださんがうちに来てくれ
なければ
僕は仕事休みじゃなかったから
アンドレスさんとも
会うことはなかった
そうですね
また会いたいな
それすごい
僕にとっても幸福だった
幸運だったのは
ここでお二人にだけ
会いに来てたら
お二人には最悪というか
会えるでしょうみたいな
どっかで会えるでしょうで
また東京なのか
どこかでお会いしましょうね
って終わってしまう可能性もあったんですけど
またこのアンドレスさんと
会いたいなって思ったら
僕も来るしかないんですよね
来るしかないって全然ネガティブな意味じゃなくて
ポジティブな意味の有限性というか
だってこの都市に来ないと会えない
基本的に会えないんだっていう人が
やっぱり具体的に
顔が増えていくことっていうのが
それこそこの
昨日のオンリーネームさんのイベントでも
何度も来てくださった人の顔とか
だんだん覚えてるみたいな人で
やっぱりその具体的なその凸に行かないと
見れない顔があるんだよな
みたいなのが
なんか一個
できたなっていう感じが
それはすごい嬉しいですね
確かに
なんかハブのサッシーフェスをやっぱり
うちでやった方がいいんじゃないかな
やりたいですね
めっちゃやりたい
夢ですね
なんか
そのぐらいのことをしたら
楽しそうですね
したいですね
松井さんね
松井さんこれを聞いてくれることをね
そうですね
願ってね
やってください
そうですね
結局最終的に丸投げ
やりましょう
というところで
ポイントいくらでしょうか
ポイントいくらでしょうか
お相手は私かけない状況と
オブラジオ革命児
青木と
マスクでした
ありがとうございました
01:03:02

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