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2023-02-27 22:18

終戦で満州・朝鮮の工場を失い、事業転換~プラスチックホックのカジテック/梶浦社長インタビュー①

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昨年、創業100年を迎えたカジテック、もともとは旧軍向けに靴紐やハトメを製造・納品していた。終戦とともに、在満州の工場など海外資産をすべて失い、事業転換、卸売業になる。今では「プラスチックホックのカジテック」と言われ、副資材の大手に。製品はベビー服のロンパースなどに使用され、なくてはならない存在になった。

【ゲスト】梶浦 昇 氏(株式会社カジテック・代表取締役社長)
【聞き手】安本寿久(産経新聞大阪本社・編集委員)

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00:01
改めまして、今晩のゲストは、株式会社カジテックの代表取締役社長、梶浦昇さんです。
梶浦さん、こんばんは。
こんばんは。
来週よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。
いろいろと聞きたいことや思いなんですが、新聞等の切り抜きを見てますと、昨年の11月にちょうど創業100年をお迎えになったんですよね。
そうですね。詳しくは昨年の5月が創業日ですので、5月に100年を迎えたということになります。
11月は式典を行われたということですね。
もともとはシューズ用品などを扱っていたというふうに伺っているんですが。
もともとの発足は、主に軍の靴だと思うんですけど、
軍足に向けての、例えば靴紐であったり、あるいは靴紐を通すところに小さい輪っかがあるんですけど、丸い金属の輪なんですけど、
ハトメっていうんですが、そういうものを製造しているメーカーでした。
なるほど。これ軍足ですから戦前というぐらいになるわけですね。
そうですね。1922年のことですね。
戦後で大きく社業を変えざるを得なかったということが想像できるんですが、どうでしょう。
そうですね。戦前は、うちの祖父が創業したんですけども、
海外、特に今でいう朝鮮ですとか、満州にそういった副資材、ハトメとか靴紐を作る工場を持ってたんですね。
ところが第二次世界大戦で日本敗戦国になりましたので、海外資産が全部没収されてしまいまして、
日本に引き上げていって、そこで事業転換をして、メーカーという立場から卸売、出入業という方に方向転換をしたということになります。
そのときにやはりシューズというところはずっと続けておられるということですね。
まだ戦前戦後というのは、まだシューズの需要も結構多くて、需要はもちろん多いんですけど、
日本で作ってても再産があったんですよね。ですからまだ日本でたくさんの企業がシューズを生産されていた。
それに向けてパーツ、副資材を販売供給させていただいてたという形です。
今はプラスチック製ホックのカジテックというのが題名詞になっているんですが、
これはどこかで大きく、社業を転換しなきゃいけないような状況に陥ったときがあるわけですね。
それはいつ頃でどういうことだったかというのを教えてもらえますか。
1980年代ぐらいからだんだん円高が進みまして、
我々のお客様も日本の生産からだんだん拠点、生産基地を海外に移していったんですね。
ですので国内のパーツとか副資材の需要がもともと減っていきました。
03:01
それが1980年代からバブルが崩壊した1990年代にずっと減っていってたんですね。
その減っていった中で1998年に一番大きな徳井崎様、お客様が倒産しました。
これが一番大きなきっかけになりました。
いわゆる買ってくれるところがどんどん海外に行くと同時に、
大口のところがなくなってしまったということですから、
かなり経営が厳しくなったことは想像に難くないですね。
そのときにプラスチック製のホッグに変えられたということでいいんですか。
そうですね。取扱い商品をいろいろ分散してたんですけども、
どれもそんなに主力商品と言えるものではなかったんですね。
その中でやはり先ほど申し上げましたけれども、
大手が、徳井崎さんが倒産しましたんで、
なんとか立て直さないと経営が成り立たないので、
そこで何に注力しようかと今後ですね、
といったときにこのプラスチック製のホッグに注力しようという決断に至ったわけなんですね。
プラスチック製のホッグですから、今度は靴ではなくて、
違うものに使ってもらうということですよね。
そうなんです。
使うものはどういう商品だったんでしょうか。
プラスチックホッグの、言ったらダメなんですけど、
価格自体が安いので、1セットあたり何円なんですよ。
それをたくさん消費していただく、たくさん使ってもらうジャンルといいますか、
ものに供給しないと売り上げが上がりませんので、
そう考えたときに何がたくさん使ってるかなと思ったら、
ベビー服だったんですね。
赤ちゃんの前止めるだけでもかなりホッグ使ってますもんね。
だいたいロンパースとかっていう赤ちゃんの服で、
13セットから15セットくらいかな、使ってます。
そこがですね、数多く使ってるなっていうところにまずは着目してですね、
それが金属では付いてましたんで、そこを変えようと。
もともと金属を使ってたんですね、ベビー服メーカーが。
その当時だとほぼ100%金属製のホッグが付いてました。
それは金属よりもプラスチックの方が安全だとか、軽いとか、
いろいろなメリットを考えられたんでしょうね。
そうですね。ちょっとお目にかけられないので。
ラジオですからね。
これが金属製のホッグと言われるものなんですけど、
5つの鋭い爪みたいな形状がありまして、
これをガッチャンコということで服に付けてるんですね。
この鋭い爪の1つがたまにですけど、ピュって外に出て、
それで赤ちゃんのお肌を傷つける。
06:02
そういう事例が年に何回かありました。
それから金属ですので、どうしてもお肌の弱い赤ちゃん、
アトピーとか金属アレルギーのお子さん、赤ちゃんいますので、
やっぱりその金属よりプラスチックの方がいいだろうということ。
なおこれが服からピョイッと取れて、赤ちゃん何でも口に入れるので、
飲み込んで重大事故になった事例とかもあったので、
そこは変えたいなと。プラスチック製のホッグに変えることによって
そういった問題でも解消できるだろうということで、
このプラスチック製のホッグをPB服に販促始めたわけです。
なるほどね。これ大転換ですよね。
扱う商品も変えれば売り込み先と言いますか、顧客もガラッと変えるわけですから、
大変な苦労があったんじゃないかと思いますが、
その苦労をこれから順次聞いていきたいんですけど、
まず商品を確保するところの苦労ってのはどれくらいありましたか。
当社は販売会社ですので、物を作る会社が別にございますが、
作ってそこの独占と言いますか代理店で、うちは販売させていただいているんですけども、
もともとその会社もどちらかというと雑貨とか、
あるいは例えばですね、傘の折りたたみ傘とか、
クルッと最後回してパチッと止める。
ありますね。そういえばプラスチックですね。
開いたものですとか、あるいは本当の雨がっぱとか、
あるいは文具の筆箱とか、そういったところには使われてたんですけど、
アパレル向けっていうのはあまり生産してなかったんですね。
ですから、そういった雑貨向けのプラスチックフォックと、
アパレル向けのプラスチックフォックってやっぱりちょっと違うので、やっぱり繊細。
アパレルの方がどちらかというとオシャレに見えて、
そして手触りもいいよね。
そんな感じですよね。
ですからその辺で生産する時の苦労っていうのはありましたし、
後で申し上げますけど、赤ちゃんの服なので一番品質の基準が高いんですよね。
普通のプラスチックフォックよりも取らないといけないテストとか、
受からないといけないものっていうのがたくさんありまして、
それをクリアするのがやっぱり苦労したところはありますね。
じゃあそういったものをまず作ってくださいとお願いに行って、
一緒に商品開発をしていくということも結構あったわけですね。
実際にそこの製造されるところが、
新しいアパレル向けの小さなフォックを作られたっていうタイミングもあったんです。
ちょうどそのタイミングがあって、
なおかつ我々がベビー服の方にターゲットを絞っていこうと。
それは社長が探してこられたんですか?
09:00
偶然出会いがあったんですか?
もともとメーカーさんとはずっと合意にしてましたので、
そのタイミングがあったみたいな感じですね。
そういう話を持っていった時に向こう側の反応というのはどういうものでしたか?
ぜひともやりたいとか、あるいはちょっと難しいなとか、どちらでしょうか。
ぜひともという形でしたですね。
その当時は一番のお客さんが倒産をして、
変な話、うちの会社が業界の中でももうヤバいぞと。
買ってくれるところなくなったわけですからね。
潰れるんじゃないかというような噂が出たりもしたんですが、
でもその中でもそこのプラスチックフォックを作ってくれるところの社長さんは、
今までと同じまったく条件で販売もしていただいて、
我々がベビー服の方にプラスチックフォックを紹介していきたいと言った時も応援していただきました。
頑張ってくださいと。
それはなぜだったと思います?
その会社さんができた当時からうちの会社とずっと付き合ってまして、
そこが作ったものをずっとうちが売ってきた。
そういう意味は正反一対で、二輪三脚で頑張ってきたというようなことがあるんだろうと思うんですね。
ですからそこの社長さんからすると、恩を感じていただいていたというのがあったんじゃないかなと思います。
それはあれですよね、カジテックさんがもう100年やってるわけです。
その時もかなりの属跡を残されてるわけですから、
そこで培った信用とか同志感といったものが大きく働いてるような気がしますね。
やはりそのあたり、歴史がある企業の強みが発揮されたのかなという気がしますね。
ありがたいことだと思います。
じゃあ後半はですね、今度はウルトクロですね。
ウルトレクということで話を伺っていこうと思いますので、引き続きよろしくお願いします。
はい、後半ですね。引き続き株式会社カジテックの代表取締役社長梶浦信さんにお話を伺います。
梶浦さん、先ほど商品調達の苦労を伺ったんですが、今度優位を調達したホックですね、商品を売らないと会社としてはやっていけないわけですから。
ただ初めてのお客さんをこれから開拓しなきゃいけないわけですよね。
どういうふうな方法をとられました?
そうですね、電話をかけて、あるいは飛び込みで、アパレルの会社さん、あるいはベビー服を製造されているブランドさん、そこにアタックしていったという、ほんと単純じゃないですか。
それはもうあれですか、例えば電話帳とか業界の名簿なんかを見て次々に電話していくという形ですか?
はい、そんな形ですね。あとはインターネットで調べたりして。
12:01
なるほど。反応はどんなもんですか?
最初はなかなかうまくいかなくてですね、もともと金属のホックがついてた。
金属のホックを使ってるわけですよね。
もうそれがほぼ100%ですので、プラスチックのを持っていくと、いや、割れるんじゃないかとか、安っぽいとか。
工場にはですね、すでに金属製を取り付ける機械が設置されてるんですね。
ですからもうすでにラインで取り付けの機械が設置されてるから、もう今から変えるのめんどくさいとか、否定的な意見のオンパレードでした。
ということは、ベビー服を作ってる方としては、今でそんなに不都合を感じてないということでしょうね。
そうですね。逆にプラスチックホックに変えたことで、何か問題が起きたら、多分大変っていう風な感じを受けたんだろうと思います。
ああ、なるほどね。新しく設備を変えるのもお金もいいでしょうから、今で不都合がなければそのままいきたいというのが人情かなと思いますよね。
それを変えなきゃいけないわけですから、どういう努力をされました?
そうですね、本当に心が折れそうになっていくぐらい否定的だったんですよ。
ある時に、申し上げていいと思うんですけど、レナウンさんって誰もが知ってもらいますよね。大手さんなんですけど、
その当時、今はやってないんですけど、赤ちゃんの服やられてたんですね。
そこに紹介、反則に行った時に、今でも覚えてるんですけど、品質管理部の小林課長さんという方がおられまして、
その方が、これからは絶対プラスチックになるって断言していただいたんですよ。
お母さん10人に、赤ちゃんをお持ちのお母さんに、片方がプラスチックをつけたBB服、もう一個が金属つけたプラスチック。
モニターをやっていただいたんです。
その結果が、8人のお母さんがプラスチックを選んで、2人がどちらでもいいっていう結果を得られたんですよ。
それがものすごく我々を勇気づけてくれて、
お母さんたちはこっちの方がいいと思ってるんだっていうことをわかったわけですから、
それで改めて力を入れて、今まで本当に否定的に言われてたところも、お話ししに再度行った。
自信を持って今度は売り込みにかかれるという状況になったわけですね。
なりました。
という意味ではレナンさん、結構恩人ですね。
本当に恩人です。
そこも、ただいいと思った課長さんの考えじゃなくて、きちっと調査をされているところは、こちらにとっても心強いところですよね。
1人がただいいって言ってるわけじゃないわけですから。
そうです。
じゃあその自信を持って今度どのあたりに開拓に行かれましたか。
西日本ではやはり大手のチェーンの量販店さんとか、
あるいは東日本ですと、SPAの誰もが知っている日本を代表するアパレルさんとかいうところに行きました。
15:07
今度は自信を持って進められるわけですが、反応はどうでした。
やはりそういったデータ、消費者の方はこちらを求めてますよというデータがありましたので、やはり反応は良かったです。
なるほど。
じゃあ比較的、簡単と言った訳ですけど、比較的順調に。
その後はですね、先ほど申し上げました大手SPAのところもモニターテストをやります。
その結果が良ければ採用します。悪ければ採用しません。
でも先にレナウンさんでやってますから、もう絶対それだったらいけるという自信があるんですね。
だからどうぞどうぞやってくださいという形で結果的に採用になりましたので、そのモニターテストも良かったんだというふうに思います。
こういう栄養活動をしながら心境の変化というのは、自信を得たということはあると思うんですが、
同時に赤ちゃんを持っているお母さん方にそれだけ受け入れられるわけですから、広めることが一種社会的使命だというような気持ちも芽生えるんではないかと思うんですがどうでしょう。
おっしゃる通りですね。もともとは大手の企業、一番の得意先様が倒産して、何とか立て直しをしないといけないと思ってやってるんですけど、
だんだんとこれは赤ちゃんのためだ。あるいは安心して育てるお父さんとかお母さんのためだとか。
やっぱり我々がやってることって、実は社会のためになってるんじゃないかという意識がだんだんと出てきまして、それが背中をすごく押してくれるようになりましたですね。
消費者の立場から言わせてもらいますと、靴のハトメというのは、履くときは見ますけど見ないわけですけど、赤ちゃんのホックになっていると、ベビー服のホックになっていると、毎日何十回飛びますよね。
それだけに商品としての注目度が高くなったというのと同時に、それだけもし物事があると批判も受けるという立場になっているわけですよね。そういったところでもやっぱりかなり心境の変化というのはありますか。扱う商品が変わることによって。
そうですね。もちろん私自身もそうですし、もともと靴のハトメって、どこの商品かってわかりにくいんですよ。うちが入れてるのか、他社が入れてるのか、どこが入れてるのかってわかんないんですけど、プラスチック製ホックの場合、刻印とかがあるので、これはうちの商品だなっていうのがすぐわかります。
そういうことで、例えば私もそうですし、私の家族もそうですし、それから社員もそうですし、社員の家族もそうですし、お父さんお母さんがやってる会社のこれは商品なんだなっていうふうに認識されるので、みんな喜んでます。すごくわかりやすいですね、そこは。
かなり消費者と近づいたという感じがしますね。
そうですね。
となるとやっぱり売ってる方、あるいはメーカーさんも作りがいがあるということに徐々になっていきますよね。
18:04
おっしゃる通りだと思います。それだけ拡大してるのがわかるので、メーカーとしても喜んでくれてました。
今、シェアって言ったらどれくらいお持ちだという感じですか。
どうなんでしょう。その当時、日本のベビー服って金属0%。今はプラスチック製フォックが70から80%くらいになってると思います。
そのうちのおそらく半分くらいは我々が販売しているとは思います。
なるほど。となると全体の4割か5割近くは僕たちメインしてるわけですね。
だと思います。
ここまで来れたのはどこが大きかったですか。やはりそのデナウンの最初の事件ですか。
まずは会社を何とかしないといけないという発想ですよね。
この事業がうまくいかなかったら、たぶんうちの会社潰れてたので、ここは絶対に何とかしないといけない。
それは私の家族も社員の家族も守るという使命感がどうしてもありますので、何としても会社を守るという意思ですね。
それから先ほど申し上げましたけども、我々がやっていることって社会的使命というか正義があるなと。
世のため、大きく言えば人のためになってるという思いが結構強かったので、そこじゃないかな。
それがうまくいった理由だと思います。
それがあるからこそ飛び込み営業もできるし、電話もいくらでもかけられるということですね。
もう一つぜひ伺いたいんですが、社長自らそういうトップセールスをするというのは、社の歴史かあるいは伝統なんでしょうか。
どんなでしょうね。私の父親はそんなことやってなかったような気がするんですけども。
でもお客様との距離は結構近いところもありました。
でも飛び込みとか電話で新規っていうのはあんまりやってなかったとは思いますので。
社長自身は社長になられる前は営業はされてたんですね。
はい。うちの会社でやってました。
電話営業も飛び込み営業もあんまり抵抗なくできたということでしょうか。
そうですね。逆に新規ってできたらプラスなので、できなくてもマイナスにはならないじゃないですか。
元がゼロなので、マイナスにならないので、別にそこは苦じゃない。
新規は足し算ですから。
その力強い発想はいいですね。
引き算ギアなんですよ。
それはもともとの省分なんですか。
いや、だんだんそういう気になりました。
最初はやっぱり嫌だったんですけど、新しいところに電話するのも嫌だったし。
21:00
でもやってるうちに、できなくてもマイナスにはならないなと思ったので。
足し算の方がいいです。
本当に明るいトップなので、皆さん一生懸命喜んでついてこられてるような会社だというふうに目に浮かびますけども。
とても大事です。
わかりました。
今日は楽しいお話を伺いました。
来週も引き続き来ていただきます。
来週はもう少し梶浦社長のパーソナリティな部分に触れたいと思いますので、ぜひ若い頃からの話も含めてお話ししてください。
来週もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
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