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藤原です。 松崎です。 中村です。
というわけで、空地的ジンブン学公開収録というわけなんですけども、 お疲れ様です。
お疲れ様です。現在2日目です。 お疲れ様です。
お疲れ様です。 疲れちゃいましたよ、僕も。
疲れたよね。 いや、キロ太は歌ったから。
僕も疲れたよ。 やめて、そういうの。
ということで、指定役部外勤。
オロナミンではなくて。 オロナミン指定が一番だったけども、リポビタンで。
冷静に。 あ、力君、開けといていいぜ。
開けてていい。 開けてていい。
公開収録完了。
ありがとう。
冷静にクソ怖いよな、モンスターとリポビダン程度を見ながら話すんでしょ、君たち
これボスカフェインの世の中ですから、やっぱ世の中は
話したね
なんでも飲みがたいとか許されると思ったらいけない
ということで過去回も参照していただきつつ
はい
でもね、濁り団でね、この前ね、オール撮影あったんですよ
で、俺なぜかオール撮影、最初から最後まで行けなくて
間に4時間バイトがあるっていう
うんうん、だから昼からのバイトだったから
昼行って、1回バイト抜けて、バイト行って、バイト務め上げてから
もう1回行ったんすよ
めっちゃハードだった
で、バイト終わった瞬間に
リポビダンデーを飲みましたら
一睡もしようともできず
オール撮影終わりましたね
そういうのってさ、なんか意外と帰ってからも眠れなかったりするくらいだよね
そうそう
なんか別にカフェインがめちゃくちゃ多いわけじゃねーかよ
なんかそれ、たぶん普通にさ、体にそういう作用するさ
カフェイン以外に何かもいっぱい入ってるだろ
リポビダンデーじゃなくて、リポビダンデーゴールドっていう
あ、強いやつね
270円くらいするやつ
あ、わかるわかる
飲んだんだけども
でもね、結局寝たね
あの、最寄りで寝過ごして
最寄りの次の駅まで行って戻ってきた
逆によく起きれた
よく起きれたね、それで
やっぱ日本人って起きれるらしいじゃん
よくアメリカ人とかが言う
日本人をいじるジョークってさ
日本人は絶対に最寄り駅で目が覚める
日本人のサラリーマンが忙しすぎるみたいな
電車ってさ、最寄り駅着く時にちょっと緊張しない?降りるの
わかる?
わかるよ
ここは本当に最寄りかわからないから
いや違う
ここで降りなきゃっていうさ
降りなきゃヤバいっていうね
あーなるほど
そういうので緊張したりしない?
俺いつも緊張すんだよ、最寄り駅
俺ドア前にいるからさ、割と
あーそっか、俺帰り電車滑れること多いから
ちゃぶだな
そんなこと言うなよ
そういうこと言うなよ
そういう話じゃないのよ
ごめんな
まあというわけでね、今日は
どんな高校生だったかについて話そうっていう
高校生活と友達
はい、話しましょう
本当はね、俺はこれ芸祭で
高校生、日芸志望の高校生が来て
それに対して勇気を与えるみたいなさ
そういうつもりで来たんだ
そういうつもりで来たんだけど
マジで見事に打ち足がいなければ
めっちゃね、知ってる人ばかり
冷静にさ、やっぱさ
暗い中で話した方が良くないのかもしれない
どうなんだろう
昨日の記憶を遡るとさ
なんか古いさ
安保闘争とかの集会みたいな雰囲気だったもんね
革命戦士だ
昨日だってドア閉め切ってて
全員座って満杯だったじゃん
すごかったよ、昨日は
あれは異様な雰囲気でしたね
異様な雰囲気だった
暑かったしね
暑かった、室内暑かった
この部屋冷房効かないからね
最後みんなで煙草吸いに行こうぜって言って
終わるっていうのも含めておかしかった
あのまま東京に向かうところでした
いや本当に
まあそういうわけで
話は変わってどんな高校生だったかなんですけど
普通にどんな高校生だったか聞いて
どんな高校生だったかっていうのはね
今話すとやっぱね
捏造しちゃう可能性が大いにあるよね
そうだね当時の高校生だったら
自分にぶん殴られる可能性あるよね
高校だった時の自分にこう
切実な態度取れるかっていう問題があるんですけど
変わってしまってる分も大きいですから
でもやっぱさ芸妻だとさ
意外と高校のさ
友達が来てくれたりするじゃない
いや今日僕は昼前に来たんですよ
Gマーチのどっかの機械科に通ってる
テニス部の彼と
あともう一人どっかの外語大に通ってる
ベトナム科に通ってる
紫の髪のメガネ二人が来て
外語大って二つぐらいしかない
ででかい声でね入場してきて
それでもう基本的にさ
高校だと俺は割といじられる子だった
久しぶりだったんだよ
なんかあらゆることを大喜利で答えさせられる
あーあるね
これマジで男子高校生みんなやると思う
絶対やると思う
でやめろって久しぶりすぎて頭回らなくて
お前らは俺の芸妻切ってまで
俺の頭を絞らせるのかって言って終わったんだけど
やっぱり今なんか松崎おもんなくなったな
みたいな言われてね
松崎変わっちまったなみたいな
いやそういうことよりも
その後変わっちまったの流れで
インターン行き出してから連絡取らなくなった
友達の話になってみんなで
暗い話になっちゃって
来てくれるやつはね
そういうのに忙しくないからねこの連休も
会えないんだって
なんかそいつ含めた三人が
某外語大と某gマージ通ってるから
割と中央線沿いに住んでるんだよね
あとそのもう一人のインターンのやつも
その三人が家近くて
結構都保県内なんだよ
あの辺が大学が多い方が多いんだよ
それでなんか
よくは三人で会ってるみたいなこと言ってたから
最近どうなのか聞いたら
最近は本当に不動産のインターン忙しくて
全然会ってくれないし
たまにLINE来たと思ったら
営業的な?
なんだっけなんていうんだっけ
Googleが作ってるアンケート
Googleフォーム
Googleフォームで
友達だから吉見で答えたら
最後にこれを10人に広めてくれたら○○って書いてあって
チェーンメールじゃね?
そうチェーンメールが来て
ネズミコウ的な
俺はそれを既読無視したんだけど
そしたらそれ以来連絡がなくなって
ありますよね
今の時期ちょうどそういうことが起きて
そうこれは怒るよね
寂しいね
俺結構感動したけど友達から
これは完全にマルチなんだけど
なんかいぽくと一緒にフライパン売らないみたいな電話がかかってきて
フライパンなんだよ今のマルチって
フライパンはあれじゃん
ホニャララウェイ
そうホニャララウェイ
これ一番怖かったのが
その電話聞いた後に実家帰ったら
フライパン
フライパンあったんだよ
言われたやつが
某運営の良質なフライパンがあったわけだ
で30年経って
みんなに勧めたくなるフライパン
みんなに勧めたくなるフライパンがあったんだ
そうそれがね
何の話なんだっけ
ごめんごめん
会話浮かっちゃった
いやでもそうだね
同窓会について
俺もだから
そいつそのインターン野郎とは
もう毎日一緒に帰ってたわけですよ
もう毎日学校からそいつの側電車通学だったの
駅から
その駅まで一緒に帰ってて
割と何でも話せるようなやつだったんだけども
もうね
変わっちまった
1年以上会ってないですよ
最後に会ったのも
そいつのインターンやってる不動産屋の営業の話を聞き
その不動産屋に行って
スタバカードもらったっていう
寂しいね
切ないね
それが最後ですね
今の松石化してだいぶ距離あるもんね
そうだね今の我々からするとそういうね
俺は今
お前らはさそういう時期じゃん今
俺もうタメが現役で行ってたら
もう就活室終わってるぐらいの時期なのよ
4年ってこと
4年だから
もう来年から働くやつがいるから
でそういうやつの話を聞くと
わーもうそうかそんな時期か
それも全然会ってないようなやつとか
俺成人式行けなかったから
もうマジで卒業式以来誰とも会ってないから
もう身内しか会ってないから
でも成人式あるじゃんあんたたち
あーありますね
ありますね同窓会
あるよね
もうどうするかっていうのもっかい悩みですよ
これもっかい悩みですよ
行くか行かないか
やっぱ行くか行かないかもあるし
どういうスタンスで行くのかって話ですもんね
久しぶりにあえて嬉しいぜとは言い切れないじゃん
ゴシッパーとして生きたい気持ち
なんか今あいつこうなってるんだ
みたいな気持ちと
あと普通に友達に会いたい気持ちでしょ
あとさあれもあるじゃん
ナイブな青年もいるじゃん自分の中に
わかるわかる
友達中学の友達と会ってしまった時の
なんかどこで俺らは道を耕えたのだろう
というのがある
あるねわかるわかる
それは自分が良いっていう面もあるし
自分はこうなれなかったっていうのもあるじゃん
その両方を感じざるを得ない
同窓会というイベントに行くのかというのは
なかなかだからね
ぐちゃぐちゃになる日になるだろうね
マジで行っておきなさい
俺はマジで非公園として言うけど
本当にうるさそう
同窓会には俺は行けなかったから
いやあの会いたくない奴もいたのよ
いつもそのためみたいな感じで
喋ってくる人だから
たまにニュッとニコニコになる瞬間ね
政治意識の同窓会行っておきなさい
その地元では行かなくても良いかもしれないけど
その後の中高とかどっちかわかんないけど
のは行っておいた方が良いと思う
マジで一生会えない奴いるから
おせんちな気持ちになって帰りたいもんな
松崎のホスピタリティ
悪意ある言い方だけどな
わかるよ
でもおせんちになるのも時に必要だしね
そういうわけでどんな高校生だったかですよ
すごい話を迂回し続けてここに来てしまう
誰も時間席あるから
日光みたいになってるね
君日光行ったことある?
いろは坂ね
絶対誰かが酔って吐くやつ
そうそう俺吐く人だね
内輪さんの鬼と呼ばれてるんですけど
真ん中の席にしてください
お前車用意するんだ
車用意します
会話のいろは坂ですけどね
会話そりゃそりゃ
話して
それ町だった正直
いまいろは坂ね俺がすごい喋ってて
そうじゃなくて高校生だろっていう町だったら
内輪さんとか言い出して困っちゃったよ
松崎のそれを1年半やってると
本当にそれは松崎がまだ話したいのかなって思っちゃう
すごいホスピタリティを働かせられてるんだ
気使われてるんだよ
高校生時代の学校嫌い
藤原は学校嫌いなの知ってるから気使われてるもんな
俺がマジで学校嫌いだってシナリオのゼミで言ってた
マジで学校何なんだとか言ってたら
お前が学校嫌いなの知ってるし
割とみんな気使ってるよって
うわきついな
めっちゃ仲良い奴に言われて
みんなわかってるからそれは
俺気使わせてるの学校嫌いすぎて
そんなことはないだろって
でもさ高校生どんな高校生だったか話すと
どうしても学校嫌いな話になっちゃう人たちじゃん
そうだね
そういう話じゃないことしたくない
高校生普通にもう話始まんないから
俺がコンボステージやったこと話すけど
高校生の時は結構2個分かれてて
高校生活の変化
大学受験始まる前と後
なんか俺は生徒会活動みたいな
行事の委員みたいなやつだったんだけど
それの引退が決まってからと
その後全然違うんだよ
その前はもう夜遊び飛行やりたい放題みたいな
みんなすごい遊んで楽しくて
その時の日記に
俺は今日高校生時代のことを振り返りに当たって
高校時代の日記をちょっと読み返したんですよ
結構頑張ってる
高校時代の日記を読み返したら
その日記の中に
この日々を青春と呼ばなければ
僕には青春はもう二度と来ないだろうって書いてあって
そういう時があった高1の時
フレディーマーキュリー?
それはその1年後ぐらいに
ボヘミアンラプソディーが流行って
中学生ぶりにクイーンを聞き直した時期があった
その時に俺はフレディーマーキュリーじゃない
ちょっとだけ書いてある日記があって
そうだね
悩んでたんだよな
高校2年生の時は
人格が集めている
分かりますよね
ずっと銀団ボーイズ聞いててふと
俺ってみんなじゃねえなってなるもんね
だから
俺歌ってる奴が自分だと思ったら
俺じゃねえなってなって
次にじゃあこいつが俺のために歌ってるってなって
でも俺のために歌ってても
そいつの中に祖母があるんだよ
それでいいんじゃない?
それがいいとはなかなかなれない
俺去年さ
それでゾッとする瞬間じゃない?
それでも音楽に吹き入ったことでもないな
去年の朝さ話させてくんね?
いいよごめん気遣わしちゃって
気遣っちゃってごめん
どうぞ
どんなハニーワークス?
好きになっちゃったらごめんだっけ?
可愛くてごめん
話して
去年さ
うちの監督候補選考の忘年会があったのよ
で俺その時マジで
マジで上手く喋れなくて
グラスの底を2時間見つめてたら終わったの
ただただ悲しい話なんだけど
マジで
それは何の話なの?
高校生の話
いやそれで
音楽の話なんだけど
それで
なんかその後カラオケオールしたんだよね
で俺は不眠症だから一生もできずに帰ったのよ
ガラスの底を見つめて
でカラオケも別に楽しかったけど
別に特に盛り上がったわけでもなく
ガラスの底しか見えてないからね
ガラスの底だけが残って
帰りトムヨークのクリープ聴いた時に
でも俺トムヨークじゃねえなと思って
ガラスの底を見てね絶望したわけだ
そういう風にやっぱ高校から大学になっても
人ってやっぱ変わらないところってありますよね
そうだね未だにまとめるなよ
今のちょっと悪意あるけど
今悪意ある顔してたからね
知れないよ
ちゃんとMC果たしてるよ
なるほどね
高校時代
ずっと顔してるね
高校時代の話ちゃんとしようか
高校時代の話ちゃんとすることが怖いんだと思う
ずっと怖いんだよ
ずっと怖いのもあるし
なんだろうなやっぱりね
学校嫌いなのよ僕は基本的に
はいはい
だから高校時代もさ振り返ると
学校嫌だったなって思う記憶がすごい強いわけよ
でも今日高校の友達と久方ぶりに会って喋ったら
普通に楽しくて
なんか自分がこうやってね喋りながら
なんかね記憶を熱狼してるんじゃないかっていう疑いは生じて
今すごく高校の時の自分について
気軽に喋ることが難しい状態にある
熱狼されるよなそれはしょうがないよな
俺でもね今卒業してもう3年半ぐらいなんだけど
口が裂けても高校楽しかったって言いたくないんだよな
高校はまず辛い時期だった普通に
そうだね
高校時代のことって思い出すと普通に
あんまりなんか中身がないような
焦りばっかあって焦点が定まらない感じというか
お前らと俺の高校時代の違いはあるんだよ
俺ってコロナ世代じゃないの高校時代
確かに
俺は高3の卒業式がコロナ流行った時期で
コロナが初めて流行った時期で
効果性紹介できないぐらいのレベルでしかない
俺の高校時代の終わりって
だから普通に2019年で来年東京オリンピックじゃん
一浪したらオリンピック見れないぜとか
みんなで冗談で言ってたぐらいの時期だね
2019年って
まだ明るい時代だったキングヌーが流行って
ヒゲランが流行って
そうか確かにコロナは大きいかもしれないよな
コロナによってより幅が開いた感はある
コロナなかったらもうちょっと
社会的な意味でのまともな人間になってたかもしれないな
コロナの影響と浪人期間
コロナなかったら俺受験してたかもしれない
今付属だもんね
逆にね
学校もなくなったし公園が始まるとかは
コロナの暇な時間がさ
余計に自分を完全的な人間にした気がしてない
生活が立ち上がってなかった
学校という共同体の中での生活がなくなっちゃったからね
観念だけが暴走して
でも16歳だからみたいな感じ
高校時代は本当に2010年代だった
まだ日本が良くなるって感覚はどこにもなかったけど
政治も良くなかったし
でも疫病と戦争の時代ではなかった明らかに
2010年代の終わりはね
コロナと戦争ね
小沢賢治の歌詞で
昨日と今日という曲で
昨日と今日がくっついていく世界で
という歌詞があるけど
コロナってすごいそういう感じだった
昨日と今日が
その後ね
唇なめ渇きだけ潤せって歌詞が続くんだけど
潤すものがなかったから
普通に昨日と今日がくっついて
全てが曖昧になってしまって
そうするとやっぱり混沌としてくるよね
コロナの時期って宇宙終わったらどうなるのかなって思ってたよ
分かる分かる
世界が急に近づいてきた感じしたんだよね
社会が遠くなって
世界が近くなってくる
ちょっと抽象的な話になっちゃうけど
今まで距離を置いて見れたものが急に近づいてきて
訳が分かんなくなる時代でもあった
あんまり近すぎるとものって見えないじゃないですか
そういう感じだね
普通にここじゃない話じゃなくて
2020年代で浪人期間の話になるけど
デタッチメントが損なわれたっていう感覚があった
浪人中すごい元気がなかった時代だったんだけど
ちょくちょく夕方街を散歩してる時に
うちってベッドタウンなんだけど
全然都市的空気があんまないんだけど
夕方のチャイムが鳴った時
すごい人が帰ってるのね
どっちにもチャリが乗って歩いてる人もいて
全員がマスクしてるの見てめっちゃビビった記憶があるのよ
すごいもうここの夕方の何も圧力がない夕方に
みんなマスクしてて
俺だけヘア着でパジャマでマスクしながら歩いてたの
その中でデタッチメントすら失われた世界で
デタッチメントもコミットもしてない何かになったの
俺はって思ってた
なるほどね
やっぱり最近思うのはね
予定ツミツミじゃないですか
そうだね
ちょっとさやっぱりさ
なんで生まれてきたんだろうって思わないよね
思わないね
やることやるだけみたいになってきてる
やっぱね
高2の始めですかコロナは
高1の終わり
なんで生まれてきたんだろうって思ってなかった
とかあと
時間って終わりあるのかなとかさ
だからなんか時間がおかしくなった感覚はあったの
先行き見えない的な意味もそうだし
その通り昨日と今日がいうかにくっついちゃってて
だからなんだろうな
まあ10代特急のあれってだけじゃないだろうねそれは
重なったんだろうね
社会的な区切りっていうもんね
本当に世界ゼリーだったもんね
そういう感覚はあるね
だからやっぱ高校の話をするとやっぱそういう話に
せざるを得ない気はしますね
なんか抽象的な話だけど
高校の時は本当に空が落ちると思ってたからね
そういうことだと思う松崎の言葉を今俺の言葉で言うと
空が落ちてきて自分がちゃんと潰れると思ってたずっと
中村の一発ギャグね
空が落ちてくるから
これ言いすぎて一発ギャグにされちゃったんだけど
お前の空が落ちてくる
そんなことここで言ってたらひろとの小説読んだ時
笑っちゃうかもしれないからね
別に空を落とさないんですよ話ですからね
良かったら皆さん買っていただいてという感じなんですけど
だからそこですごいお前らとの高校時代の断絶みたいなのがあるんだよ俺の中で
俺は2010年代で
ガッツリした高校時代なんだよ生活が
毎日が濃度が高かった
ガッツリだったんだよ
ガッツリだったってこと?
べっこりだったんじゃない?
しっぽり高校生
高校生活しっぽりできたらいいよな
しっぽりした高校生ってやだけどね
言ってるね
高校生ってしっぽりできないのがいいから
ちゃっかりした高校生やだよそれは
ドッキリ
本当にごめんなさい
高校生は最終的に俺は日芸に来てるんだけど
2年かけて
高校の1年の終わり
高2の半ばくらいまで生徒活動があって
それが最終的に自分が自分を裏切った形で終わったんだよ
それはすごいね
今でも高校生の同級生の感覚としてあると思うけど
何もかもが終わってしまった感覚ってのがあって
そのまま大学受験にみんな流れ込んでいって
偏差値で測られるようになって話も面白い話になって
俺45人いたクラスで40人が東大志望のクラスだった
毎日がそういう感じになって
みんな勉強ばっかで
俺も勉強してたんだけど
俺は最終的に大学受験を諦めて家で生活するようになったから
どこもかしく自分が自分を裏切るという感覚しかなかった
高校生で
この前応援の後退青年研究所を読んだ時に
俺って応援の立ち位置でもなくて
俺自身が後退した青年なんだなって思ったんだよ
そういう
俺は当時の全教頭の感覚とはまた違うけど
でもそれは青年特有のロート上の深淵に落ちていくような感覚
っていうのが高校を卒業してからの2年だったなという
感覚はある
後退青年研究所っていい作品だ
高校生活の感覚
俺も好きなんだけど
俺どっちだと思ったんだろう
どちらにもなり得るか普通に
そういう風に読んでた
後退していく青年
バイトしてる青年だって別に変わらんからさ
でもそういう感覚みたいな自分が自分を裏切るのが最も嫌いっていう感覚は
今でも続いてて
そういう意味で今でも加害者意識とか社会に対する責任
みたいな感覚も多少あるんじゃないかなと思う
社会に対する責任
でも大学帰ってびっくりしたのは
大学帰るまでに高校のそういう感覚から全部一応捨てされたと思ったのよ
高校卒業する時に思わなかった
ちょっと自由になれたなって思わなかった
3月31日が終わった時に
俺高校時代の嫌なこととか自分の失意とか
裏切りみたいなのは一旦置いて
自由になれるなと思った
高校生じゃなくなったんだ俺は
やっと自由になれたと思った
高校卒業したところで責任の所在は変わらない
自分の中にありますから
でも大学帰ってやってみると
意外と変わんねえなっていう部分もある
でもちょっとは自由になった感あるよね
そうだね
自由になった感っていうのは
高校大学って違い以上に
やっぱコロナかな
急に2年になってから自由になった感あるね
2年になってから
今考えると1年の時ってすごいゆっくり時間が流れてた
暇だったよね
できることもなかったしね
暇だったんだよ
8万5千円くらい稼いでて
暇だよね
1万5千円稼げないですよ
稼ぐ時間はどこにあるか
松崎と1年ぶりめっちゃ会ってたよね
1年生の頃
ちょうどそのグラデーションの境目くらいだったよね
2年生になって1年間学んだのもあって
できることが増えてきたみたいな
単純に色々増えてますよね
知り合いとかも増えたかな
知り合いも増えた
休みの日にすることが増えてると思う
それ以上に社会が変わってきた
社会は変わってきてるよね
でも2010年代とも違う何かがあるよね
元に戻るとか
元に戻るではないよね
はっきり現れたのかな
延命というか延滞というか
今年の1年でもずいぶん変わったなと思った
大江死んだときと小田原死んだとき感覚違った気がする
どういう違い?
それは小田原と大江の違いというより
俺の中の感覚として
小田原死んだときは地に足ついて生活してなかった感覚がある
大江が死んで村上隼の侵略が出たときに
世界は若干当時って
今年の初頭ってさ
コロナ以前に戻りたいみたいな世界の感覚強くなかった?
強かったね
っていうのを強く感じた
コロナ以前に戻りたいっていうのは
今はちゅうぶらりんだよね
結局また新たな問題が立ち上がってくる
4月とかにさ
俺ら英語オンラインじゃないことにめっちゃブチギレてた記憶ない?
あるね
今もブチギレてる
今さ英語がオンラインじゃなくなったのって明らかに
コロナ以前に戻りたいって感覚じゃん
ポストコロナの時代ではないっていう感覚でしょ大学は
だってその抽選にしたりとかさ
意味わかんなかったじゃん
今だって在宅ワークがあるなしですごい議論してるもんね
なんだろうな
どんな高校生だったか
どんな高校生だったかっていう話なんだよね
俺はそういう高校生だった
中村どんな高校生だった?
お茶取ってくるわ
お茶取ってくる間に話しますけど
普通に見て待つだけで肌格好は近いんだけど
あれだな
松崎って行ってた学校の雰囲気も近いっちゃ近い
これはね
タイワンウルのお茶美味しいよって
色々喋ってるから
ごめんお茶取りに行く時に戻ってきたらぶっこもうと思って
ありがとう
松崎と似てるところが結構多いんだけど
住んでた場所とかが違うかな
育ってきた環境が違うか
ちょっと歌う気分になれないな
喋る気分になれないな
喋る気分になれないから歌うか
どういうこと?
歌ったら乗らないから
オリジナルソングで
そんな無茶振りしないよ
これ高校生だよ
高校生の話させて
このまま回避し続けると30分経っちゃうから
高校生の時って
焦点が定まらないまま
何か自分の中で膨らんでいくものだけがある
まとまらないし
みたいな状況でコロナがあったっていう感じなんだけど
やっぱ違うのは街で
家族環境とか全然違ってくるから
聴いてたものとかも違うし
何点だろうな
結構割と中高東京に出てきて
ベットダウンの郊外に住むんですけど
中学も高校も大学も23区までまだ出てくるっていう
やり方で7年間くらい過ごしてるんですけど
だからね
なんだろうな
高校生の時の感覚って
高校そのものっていうよりも
学校へ向かう電車の中っていう意識が強いんだよな
分かる?
向かわなければいけない場所があって
そこにでも通り過ぎることもあるじゃないですか
引き返すこともあるじゃないですか
っていう感じで
距離を保ちながら生活したのね
都会での生活
みんなそうなのかな
中学受験の感覚ってあるよね
俺は
12歳までの地元の生活が一気になくなって
東京出て毎回江戸川を越えて
都市の中心に行って
っていう感覚があったから
なんとかして東京で生きていかなきゃいけないんだっていう感覚があったんだよね
それって上京してる人とまた違う感覚なんだよね
家はあるから
家庭にも10代だから特に居場所はないし
地元とも誰も繋がりがないし
だから東京に信頼してる友人とかがいて
そこでなんとか
自分の場所を見つけたい
自分がそこで何かやるべきことをやりたいっていう感覚は
今でもある
だからなんていうのかな
やられた感じの下に中国に行って
中国のときから杉並区と
地元は立川なんですけど
立川市は何かで繋がれてる場所
異世界っていう印象が強かったから
その間って意外とないんだよね
吉祥寺ぐらいなんだけど
だからやっぱり宙ぶらりになったらずっと
だからそういう意味で外国に来たことによって
なんでなんだろうね
ずるいじゃんこのロッポ
西武線でずっと沿いだからじゃない
高校のときも西武線沿いだったんだけど
なんていうんだろうな
慣れた
慣れた
スクールのシステムの問題じゃなくて
あなたが高校での生活は地に足ついてる
大学の生活が地に足ついてるとかじゃなくて
普通にコロナのせいだと思うんです
あとは
高校と大学近いから
空は変わんないんだよね
風景も変わんないし
屋上から見てた景色って4階から見る景色あんま変わんない
うちの高校の屋上からは
ちょっと具体的に出しすぎだな
小木工の父親が見えたんだけど
この学校の6階からはなかなか見える
中央線の駅からの距離感とか
すっごい似てるんだよ
でも地に足ついた感っていうのはなんだろうな
やっぱり
地元との断絶感
焦点が合わないまま膨らんでいくということがなくなったんだろうね
やることやってるってこともあるし
焦点合わせなくちゃいけなくなってきて
高校生のときって本当に空飛びたかった
浮遊したくなかった
基礎的な意味で言うと
浮遊したくなってなかった
閉じ込められてる感覚しかなかった
体がどんどん浮いていっちゃって
空が高くまで行っちゃえ
遠吠えになっちゃえ風になっちゃえみたいな感じだった
俺は高校が六本木と恵比寿の間の駅だったの
高校の上級生とかになって上の階とかの教室になると
東京タワーとか森ビルとかがすごい見えるところで
放課後は六本木とかで
チェーン店で飯食ってみたいな感じだったから
ポンギね
ポンギで飯食ってたりとかしたから
どうしてもすごいもう
もうどうしようもない感みたいなのがしかなかった
このビルの中の
尾崎豊かみたいな
俺はこのコンクリートジャングルでみたいな性能だった
藤原の小説でも割と都会のこと書いてるもんね
フリーペーパーとかちょろっとしたものとかも読むと
そうだね
前回のフリーペーパーで
時のないホテルっての書いたんだけど
あれは実際に高校時代に歩いてた道だね
渋谷で朝まで遊んだりとかして
渋谷から学校まで首都高材を歩いていく道
国道3号線のことを書いた
あれそれってノートに上がってるんだっけ
ノートにも上がってるしインスタにも上がってる
ぜひぜひ読んでください
そこ微妙に違うわね
違うわ今ね
違うね
高校の時新宿とか行けないんだよな全然
杉並区とかその周りずっと生活してたから
都会で遊ぶ感覚なかったよね
俺はますますないっすよ
俺は一人一人今そうだよねって言うぐらいだったんだけど
どうだった高校生
そういう意味でエイリアンネーションなんですよ
エイリアン星、違法人間の高校生だったと思う
なんでかっていうと
僕ね千葉生まれで
今も千葉同じ所に住んでるんだけど
中学1年生の冬から
高3まで茨城なんですよ
そのやっぱり故郷と断絶された感っていうのがあって
いつしまでも文化も違うわけだし
彼らはまず鉛ってるからね
鉛がある、海が近い、山が近い
海産物が採れる
納豆がうまい
本当に見ていくとびっくりするからね
道に納豆屋があるから
でっかい藁のモニュメントあったら納豆屋です
でっかい明太子のモニュメントあったら明太パークね
で、そのガルパンの女の子が
その話にする?
大笑いのすべての店の前に
店主の等身大パネルとガルパンのキャラクターの等身大パネルが全部並んでる
ガルパンで街復興したからね
びっくりするよ、本当にガルパン
だって大笑いのテレビつけたらガルパンしかやってないらしいし
それは嘘じゃん、それがお前が大笑いの友達実装で
お前のテレビつけたらガルパンしかやってないんだろうってずっとコンクリートしてた
そいつが今インターンやろう
そんな話もありつつ
まず違法人間がそもそも
道という土地にあったわけよ
学校に馴染めるような人間ではなかった
一人っ子だった
一人っ子だったのがすごい大きいし
大きいでしょ、いまだに
どう見ても一人っ子だもん
他者に配慮できる
心の余裕をある皆様に仲良くしていただいて
生活してますから
松崎ってうこちゃぶだからね
でもきみまろにしてはあなたもうこちゃぶじゃない
互いにうこちゃぶできみまろなんだよ
それが社会なんだけど
うこちゃぶ3人で誰も配慮できない中で頑張ってる
きみまろの振りしてんだよ
お互いがお互いにとってのうこちゃぶでありきみまろであるかもしれない
学校と家庭生活のギャップ
完全にきみまろって違うよ
確かに自分の話に変えられると嫌だな
言ってるじゃん
だって初めてわかった
今ほんとに一人っ子だったよね
こういうことがされるまで気づけないのがやばいよね
今気づけた
やばいって共通点を作ろうとしてるよね
お前やばいこと言うなよ
ごめんまた言っちゃった
一人っ子でしたから
社会から遠いですよ
家の中に子供が他にいないと
社会性が薄くなる
だって急いで食べなくていいから
よく言うじゃん
家族で食べるペース合わせるんじゃなかった?
父親が食うの早すぎて
俺すっごく食うの早いんだよね
家族が増えるとそうなっていくのよ
何かしらの配慮が必要になってくる
生活レベルで言うと風呂の入る順番
そういうことで社会を学ぶ
家族の中で
家族の中で
家族の中で
ことって社会を学ぶからな
そういう意味で社会性はない
俺にはあまり
学校で他社がいる
エイリアンネーションが大きいし
今も続いてる?
今も続いてるかな
多少は絶縁されてるかもしれないけど
クラスってものがない
特に高校までは
学校にいる自分と家にいる自分が
ある
それが俺たち変わった過ぎない
家にいる自分
でも学校にいないと体浮き上がっていっちゃうんだよね
俺中学生の時に
留学校で先輩に脱がされて
池で相撲をやった後に
中原中矢師区で読んでた
そういう回りがあった
中学旅行に行って
友達とふざけた後に帰り道で
本買って家で読む
高校で予言までサボって
本読んでそこから
学校行ってバッハッハー
そういう回りはずっとあるよね
また質の違うものだよね
松崎のやつとは
松崎とは違うと思うけど
俺と藤原のほうが近いんだけど
その回りももちろんある
友達からの大喜励をちゃんと答えた俺は
その後家で帰って一人で補作書を読んで
そういう回りはあったし
松崎はそっくりつけようとするし
今の環境でしょ
だから学校にいても回りしてるんだよ
一人っ子でずっと家にいて
わりと
普通に美術系やってた中矢のおかげで
変な現代美術の色んなのが読まされたり
家にあったからね
マルセル・デュシャンとか小五六で読んだり
そういう過去のテキストから学んだ
思考の体系みたいな
こういうふうに世界を見ることは
わりと自分の中にインポジトリされてるから
学校でも何か友達と喋ってるときにも
これがマルセル・デュシャンが言ってたレディメイドのことなのか
そういうことを考えてしまったりして
そこで学校の自分との回りは常にあったわけよ
そういう芸術を通して世界を見るっていうことを
そういう英才教育を受けてきてしまったから
そういうふうに日常においても見えてしまうことがあるから
そういう自分と学校にいる自分のチューニングが合わなくて
そこでズレみたいなのが生まれてくるみたいなのは
あったね
だから切り替えが難しかった話だよね
だから俺やばいんですよ
実習のときも一歩引いた目で見ちゃうことがあるし
学校の授業とかでも
コミットしきれないみたいな
自己開示と芸術部の経験
自分の性分がそういうところから来てるかもしれない
なるほどね
毎朝僕電車乗ってチューニング合わせてきてますから
そうなんでね
電車乗るのがチューニングだったら
1時間かけてチューニング合わせる
だから電車でコミットする習慣って俺あんまないんだよね
でも俺さ中高時代みんなそうだったと
みんな電車通学だったんだけど
朝電車だったら一緒に来たくないから
みんな知らないふりして電車乗る
朝なくてももより駅から学校までとかある
そういうのはあったと思う
大学でもやってない?
それは周りに仲良い人と固めて寄せないようにしてるだけ
大学で電車で会うってこと?
うん
やっぱりあなたはタバコ吸うために
誰も乗ってない電車だからでしょ
そうだね
電車って悲しくはあるけど
本読めなくてあんまり読むの好きじゃなくて
チューニングするためにだから今でも
目的地に行って
音楽聴くんだよそういう時って
ちゃんとした音楽というよりかは
いわゆるアンビエントとかテクノとかそういうものを聴くようにしてるんだけど
その瞬間で高校生の時とは全然変わってないね
変わってない
だからまだ学生なんだなって感じがするよね
21歳でしたけど
違います?
全然違うな
変わった?
高校時代はね
個人的な話になるけど
上っていく感じだった
結局俺ってすごい今で
みんなから怖いとも言われるし
たまに
楽しいと思うことあるの?とか聞かれることがある
飯うまいと思ってるとか
そういう感情のない社会性だけを身についたっていう感覚がすごいあるんだよね
そうじゃない時ももちろんすごいあるけど
でもそれは
10代の時に
がっつりした感情っていうのに揺さぶられすぎちゃって
それで体調崩して2年間家にいたから
高校時代の夢
学者になることだったんですけど
国立目指しててそれも諦めてるから
何もかも失った感がすごい
今でも全然
だからあんまり感情が動かないし
そういう風に小説も書いてる気がする
第2号はそういう小説を書いたんだけど
その先の新しいものを見つけて今やってますけど
なんというかね
高校生について考えるということは
ここで今どうやって生活してるかってことを考えることでもある
この先について考えることでもあるから
なんかあれですね
やっぱ大学の方が僕は生きやすいですよ
明らかに
何だろうな
油断するとルサンチマンとかヘイトになりそうだから
言いづらいけどさ
あとこういう時に言葉を選ぶのがすごく難しいけど
表現したいという
人間というのはさ
一般の普通科の高校とか行くとさ
言ってしまえば一番笑われるような人間なわけじゃないですか
僕はそういう
イメージがあったね
やっぱり僕は割と
ありますね
僕ね中学の文化祭で
小説の朗読やったんですよ
一般募集みたいなやつがあって
僕はガレシアン・マルケスの
光は水のようっていうすごい短い短編があって
それを朗読するっていう
パフォーマンスをやったの
それは僕はやっぱりマルケスが本当に好きだし感動したし
この良さっていうのは万人に伝わるはずだと思ってたわけ
しかもそれをちゃんとやるっていうことが
何か責任じゃないけど
そういうことを感じたんだけど
例えばそういうことがあったし
言ってしまえば
いいなと思ってくれたっていう声がもしかしたらいたかもしれないけど
俺には届かなかったし
高校生の経験と成長
なんとなく変なやつみたいな
自分とは違うよね遠ざけられがあったし
あと美術部だったの中学時代
美術部って何だろうな
何してんのって言われがちではある
これは偏見とかでもなく
実体験としてあるから
自分がやりたいこととか面白いと思っているものっていうのが
学校だと隠さないといけないものだっていう
意識はすごいあるんですよ
それはあったの?
だから今学校でも堂々と本読めるから
一番冷笑に晒されやすい人間だなって自分は思ってたから
だからやっぱりもう
今でもあるよ
好きな音楽って聞かれた時に
ちょっと選んじゃうし
ちょっとそこで例えばFXツインっていうだけでも
音楽を掘ってるっていうだけで
ちょっと気持ち悪いやつみたいになると思っちゃうんだよ
高校生の経験で
予防線を先に張ってしまう自分がいて
自分はそういうものが好きだからこそ
自分とすぐその乖離があった
高校時代は
もちろんその上で仲良くしてる友達っていうのが正直あったかもしれない
自分の大事な部分を尊重されてない友達っていう
自己開示できない
自分のある一部が自己開示できないなっていう
今でももちろんしちゃいけない場所ってあるからさ
それ今でももちろんあるんだけどさ
だってこんなに
小説書いたら買ってくれる人がいらしていて
こうやってポッドキャストで自分の話をしてても
ちゃんと頷いて聞いてくれる人もいるし
割と無理せずというか
普通に自分が思ったこととか言いたいこととか
普通に言って受け入れてくれてる人がいっぱいいるっていう
本当にこの大学入って良かったなと思う
ことの一つではあります
やっぱりそういう乖離が
自分という人間を歪めてた部分があって
そういう意味今すごい楽にやれてるから
本当にみんなありがとうね
本当にありがとう
芸大の学校として日芸とか芸大の内容はともかく
今後進として良いところっていうのは
そういう何かを
芸術自体が笑われない環境であるってことで
そこだけで
そこが強いよね
あともう一個付け加えておきたいのは
高校時代の自分は決めつけたのかもしれないって今は思う
分かってもらえない
それは失礼な態度だと思う
周りに対して
やっぱりなんだかんだガチでやってるわけじゃないですか
シリアスに
俺の中で最上の褒め言葉は
シリアスなんだけど
シリアスにちゃんと
ちゃんとやって
ちゃんと書いてこれが面白いんだってことを堂々と言えば
もしかしたら伝わるのかもしれないっていう風に
思い始めている僕は今
昔は
よりも
自力を信じることが
他人と分かり合えるかもしれないっていう風に
思えるようにもなったなとは思う
松崎がどんどん人間になっていくってことですよ
おかげさまでもう皆様のおかげで
どんどん人間になってますね
松崎は人間になってきたね
1年の4月に
1年の4月に
松崎としてやってるじゃん
1ヶ月ぐらいしたらもう会話できない日があった
よかったな
やっぱりその
理解されないんだという
ひねえくれが
まともな会話を紹介したかもしれない
それはね
ガチでこいつ人に話聞いてもらって生きてきたんだなと思ってた
去年の5月に
話変わってくるぞ
今の俺の話全部嘘になってこない
他人と分かり合えるように自分を
分かってくれる人に自分の話してきたんだなと思ってた
家族とか
数少ない友達とか
課題の友達の話聞くときついよね
お笑いやってるやつがいるんだけどさ
ゼミの飲み会とお笑いコール
ゼミの飲み会行ったら
ゼミの
そいつはギャルって言ってたけど
お笑いやってるんでしょって言われて
お笑い一揆しろよってお笑いコールされて一揆させられたらしい
きついよね
あなたがお笑いチャンネル
お笑いチャンネルかっていうと
ゼミのコールが丸々チャンネル
茶味する飲み時は茶味するチャンネル
だからお笑いチャンネルなんで飲んでないのって言われて
本当にウォウウォウですよ
俺はまじで今すぐ
飲み会に殴り込んでいって水分殴りたい
でもそういう人たちにだって多分彼が
シリアスにお笑いをやり続ければ笑ってくれるんだって
思うことの方が大事なんじゃないかなって今思う
それ相互理解です
俺子供みたいになっちゃったけど
笑われるの一番嫌いだからね
また話変わった人だな
文学チャンネルのミーム化
その話があってから松崎がちょくちょく
俺のこと文学チャンネルって呼ぶんだからね
俺も文学チャンネルって呼ばれるんだろうなって思ってるし
俺が
書かないかとか
文学チャンネルって言った時になんなんだこいつって
でもそれでは真面目に話すと
一種の友人感のミーム化
ミーム化していくことで
自分にとって嫌だなとか
笑いじゃないけど無意味化していく作業なんだと思う
俺は巻き込まれてるけど
巻き込まれてるけどさ
巻き込まれてる?
いいよ別に
そういう風に振り返ると
我々早いじゃない?そういう内輪でのミーム化
早い
先生に怒られた時の先生のワードとかもさ
2回エピソードトークされたらそっからミームですからね
そっからミーム化するじゃん
それもなんだかんだライフハックというか
全てのことをどうでもいいと吐き捨てるみたいなこともあるし
どうでもいいと吐き捨てられないことを
せめてミーム化しようよみたいなところもある
それ自体悪いことではないね
アキチと小説執筆の話
俺ポッドキャスト喋ろうと思ったんだけどさ
昨日池袋松崎と歩いてたんですよ
その時に俺が首都高の前で
アキチ来たなって喋ってて
このアキチは松崎が
書く人募集しましてツイッターで増えたところから
すべてがスタートしてて俺が適当にリポ送ったところから
ここまで一生懸命小説書きたいってところまで来て
結構読んでくれる人もいて
作品も褒めてもらうことも増えて
今生活にとって書くことが最も大事なことだから
っていう風になってきたのは普通に
後退した青年だったら高校2年
高校の終わった後の2年からすると
独白でありあるいは前進なのかもしれないなっていうのは思う
普通に
これがこの先何か身を結ぶかっていうのはそんな大したことではなくて
少なくとも
後退した青年が前進し続けることなんだっていうのが
あの高校生を経た俺の今の感覚ではある
喋りすぎた
お疲れ様です
このポッドキャスト締め悪すぎる