コロナワクチンの副反応
おはようございます、グッドモーニングボイスです。
11月4日土曜日の9時12分ですね。
昨日ショート動画、動画じゃないね、このショートフォトキャスト初めて、初めてではありませんがやってみて、
引き続き土日祝日はこのパターンでやっていこうと思いました。
それが短くなったからアクセスが倍増しになったとかは当然ないんですけれども、
しばらくはこの土日祝番は続けていこうと。
しかももう一つ思ったんですけど、このショートキャストはですね、
いらないんだなと。つまり、グッドバイブスとかタスクシュートとか、そういうものはなしにしようと。
ここでノンジャンルを特に集中的にやっていけばいいんだということに気づきまして、
最初逆に思ってたんですけど、長い方でノンジャンルにすればいいんじゃないかぐらいに思ってたんですけど、
それは多分今まで聞いていた人にとっては良くないんで、今までの聞いてくださっている方は基本変わらないという、
プラスアルファで何かがくっつくといった形にすれば、
そうするとただ自分が続けられるのかっていう話になるので、
だからここでショートでノンジャンルにすればいいんだなと。
理屈はそうだなって思ったんで、そういうことにしようと思いました。
今日はだから早速ですね、簡単に。
昨日、一昨日かな。
コロナワクチン打って、今回が一番厳しかったんですね。
本当になんかこう、今までは割とこんなもんだらなんてことないなぐらいな感じだったのが、
今回はきつくて、本当にこれだったら風邪ひいてるのと何も変わんないじゃんっていうぐらいまで来たんですよ。
厳しいなーっていう感じでですね。
だいたい丸28時間が経過したあたりからだいぶもうOKになってきたんですけど、
なんだかんだ最終的に考えてみると、ほぼ48時間、つまり丸2日ですね。
今になっていい、完全に問題ないかなみたいな。
ちょっと肩が痛いかなみたいな。
でもこれはもう本当、肩こり以下って感じなんで、これぐらいだったら別になんてことはないんで。
つまりこれで打つ前の健康状態と変わらないなって感じになって、
丸48時間近く、厳密に言うと40時間ぐらいかな。
きつかったですね。
一時多分9度ぐらいまで熱も来たんじゃないかと。
測った温度として一番高かったのは37.9℃だったんですけれども、
大変でした。
これで話終わっちゃってもいいぐらいなんですけれども、非常に大変だったという感じですね。
で、この間、それでも昨日もポッドキャスト撮りましたし、
その時もまだ37.0℃ぐらいで微熱があったんですよね。
通常僕は6.5℃ぐらいなんで、少し高い。
しかもそれはいわゆるカロナールですけど、解熱剤飲んでてそうなんで、
多分飲まないともうちょっとあったと思われるわけですよ。
だから昨日のポッドキャストの収録はちょっと変なテンションがまだ残ってた気がするんですね。
今日はもうごく普通のテンションだったんですよ。
だったというかなんですよ。
でも思うにこれは結構、この辺がgood vibes的というべきなのか、
単なる怪我の公明というべきなのか、
多分なんですが、このコロナワクチン打って痛い目見たのが
昨日のショートキャストをいきなりやるきっかけとしては
あ、働いたなーっていう感じがするんですよね。
やっぱりちょっとテンションがおかしくなってるから
あれこれ考えずいきなりできちゃうことってあって、
これ別に必然性を感じないんですよね。
今日になってなんでこれ昨日やったんだろうと思ったら
多分ワクチン打ったからだなとしか言いようがない部分がありまして、
他にもあるんですけど理由は。
ワクチン打ったことは大きな要因だなと思うんですよね。
多分打ってなければやったにしても、来週月曜以降、
だから来週の土日から始まるっていうぐらいにしたと思うんですよ。
現状なぜこのすっげー大変だと思った日に
いきなりショートキャスト取り出すのかっていうと
すっごい大変だったからなんですよね、これは。
昨日、大体12時過ぎぐらいからは
キャスト取ったより後はだいぶ復活してですね、
ほぼ元に戻ってたんで、その後の仕事には全然影響なかったんですけど、
その後、仕事しながら思いました。
なんでショートキャスト今日からやっちゃったかなみたいな、
そういう冷静になったんですよね、多分ね。
それがでもですね、私は分からないっていうことだと思うんですよね。
本当のことは分からないし、先のことは分からないし。
昨日、第5期の100日チャレンジですね、
J.M.足立さんとやってる100日チャレンジの第5期のミートアップというのを
中間でちょっと盛り上げて、最後まで頑張ろうねーみたいな
そういう回なんですけれども、
それでも何回か出るんですけれども、
僕ら分かってると思って動きすぎるんですよ。
だから分かってないのに分かってるということにしてしまうので、
この話はもう長い、いわゆる通常のグッドモーニングボイスでも
散々言ってることではありますが、
昨日のコロナのワクチンの副反応以外の何物でもないわけですがね、
副反応でショートキャストを始めたんですよ。
是か非かって話をしても、どうしようもないなって思うんですよね。
良かったと思っておくしかないと思うんですよ、これは。
冷静だったら多分、
そうだな、11日ぐらいから始めたんじゃないかと思うんですね。
いろんなことを勘が見れば。
勘が見ないでやったから始まったっていう。
もしかして11日に始めようと思ってたら始まらなかったかもしれないじゃないですか。
始まって良かったかどうかもわかりませんが、
だから私は改善というものに信用がおけないんですよね。
改善できないだろうと。
このポッドキャストのショートキャストを始めたのは改善だと私は見なすんですが、
本当に改善かどうかはわからないんですよね。
改悪かもしれないんですよ。
で、コロナの副反応なんて良いはずがないじゃないですか。
なければないに越したことはなくて、
昨日もなんでこんなものを売ってこんな目にあってんだ俺はって思いましたけど、
だからショートキャストが始まった面は否めないんですよ。
わからないんですよね。
コロナでひどい目に遭いましたから、
ポッドキャストのショートバージョンが始まりましたっていうのは、
これからで繋いだらおかしいですよね。
倉園圭三さんとやっている書き上げ塾というのがありますからね。
第9期今始まっているので、10期ぜひチェックしてください。
このbecausesv、conはsvで繋いではいけないんですよ。
英文ではしゅっちゅう出てきますけどね。
becausesv、svってやつね。
svであるからsvになったみたい。
s1v1、s2v2とか書きますけどね、記号では。
ダメなんですよ、そういうことを言っていては。
コロナワクチンの副反応がひどかったから、
ポッドキャストのショートバージョンが始まりました。
おかしいじゃないですか。
いや、もっとまともな文章もあるって思われるかもしれないけど、だいたいないんですよ。
だいたいのでからというものは嘘をついているんですね。
よく読むとわかります。
本当にそういうことが言えるかっていうのを一文一文吟味して読むと、
必ずゴブゴブ以上の遥か高い可能性で嘘をついています。
ゴブゴブとか本当にナンセンスですよね。半分しか当たってないんだから。
全然のでからになってないだろうっていうのがいっぱいあります。
だから封印するんですよ、書き上げ塾ではね。
別に一般に文章を書くときに封印する必要はないですからね。
書き上げ塾に入ったら封印しなきゃならないということです。
でも封印しておいた方が後々必ず良かったって思う日がやってきます。
ここのでからですなのと、すごく嘘をつくことに後々なるんでね。
後々気づくんですよ、こういうものは。
まあ別に大したことではないと思う。言えば言えなくはないんですけど。
やっぱり印字された本にね、これは絶対真実じゃないなって自分ではわかるんで、
乗っかってるのは気持ちの良いものは決してありませんから。
しかもそれはのでからを使わないことによってパーセント防げますから、
ショートキャストの始まり
その件に関してだけはね。
あそこで〇って何も問題がない文章っていっぱいあるんですよ。
例えばこれだってそうなんですよ。
コロナワクチンの副反応がひどかった。〇でいい。
その日消灯のポッドキャストを開始した。で、いいじゃないですか。
ここをのでで繋ぐから意味不明なことになってしまうんですね。
で、こういうことは僕らしょっちゅうやってるということなんですね。
だからこうこうこうすれば改善するっていうのは
全くこののでからと同じ構造を持っておりますからね。
やめた方がいいと思うんですよね。
そういうことは私はタスクシュートでどれほど綿密な記録を取っていても
ここが良くないから改善しようっていうのは
良くないから改善しようというのはね。
この文脈が破綻しているという話なんですね。
で、もう10分経ったから残り10分以内に切り上げるんだけども
同じような話いつもしてるだけですね、これはね。
ショートですからね。
分かっていると僕らは思い込んでいるわけです。
で、ここに水を刺されるというか、佐々木が水を刺すとですね
イラッとするわけですよ、多くの人。
いやそれだけは自鳴でしょう。
記録と改善の破綻
でも私には全く自鳴に見えないという、たったそれだけなんですよ。
本当にそれが自鳴に見えるならば私も反対はしません。
本当にね、例えば今年のこの国書の中で
8月国書でしたよね、11月になっても25度超えてますもんね。
国書の中で畑にミニトマトを植えてはいけないんですよ。
これは記録を取って、これは全くならなかった。
8月になれば赤くなるのがどんどんできるはずなのに
花の内に全部落ちて、なったやつを食べても味がしなかったり
甘みがゼロだったりした。
これは分かるんですよ。
来年もし国書の容態あればトマト8月になるようにするならやめよう。
だったらどうだと思うんですよね。
これも改善かどうかは分からないですけどね。
少なくともこれだったらどうだと思う。
ただしこれは記録しなくてもやめます。
そういうわけで、記録しなければ改善されないようなものを
記録によっていちいち細かく、次から次へと改善するというのは
僕は論議破綻していると思うので
やめといた方がいいような気がするんですね。
単にそれだけのことなんですよ。
トマトの記録はあるけど、なくたって来年8月には
38度が連発するようであれば
そういう予測が6月の段階で十分経ちますから
おかしいですからね。
暑さが全く違うんで。
今になってピーマンが山のようにとれてるんですよ。
本当に例年じゃ考えられないですからね。
11月になったらピーマンはそのはるか手前で枯れてしまうので
タスクの予測と不安
ピーマンは山のようにとれるなんておいしいけど
明らかに気候が違うんで
植える時期も変えるしかないんですよ。
でもそんなことは記録しなくたって
そうするに決まっているわけですよ。
これが善かどうかわからないですけどね。
状況に合わせて応じているだけで
全然いいことのような感じもしませんから
改善と言えるのかどうか知りませんが
でも変えはしますよね。
タスクができるできないって同じなんですね。
タスクができるっていう風に思っちゃダメだと思います。
タスクシュートでもルーティンのタスクは出ますけど
あれは基本的にもう私はやると思うんですよね。
私のルーティン出るのはご飯とかばっかりなんで
やるんだけどやるとは別に見もしないぐらいな感じです。
なんなら全部消しといてもいいと思っておるんですよ。
人との約束は載せますが
人との約束だけだったら本当にこう
3つ4つ、多くて6つぐらい。
多くて6つぐらいなんで
それでも私は忘れる人間なんで載せますけどね。
6つとか多いとむしろ忘れちゃうんで載せますけど
それでいいと思うんですよ。
つまり6つの約束と3色と
絶対入るよっていう人はお風呂は置いとけばいいと思うんですね。
順番は妥当な順番ならいいじゃないですか。
朝ご飯の前に夜ご飯があるとか
そういう入りもしない時間にお風呂って書いてある
入りたくなるけど僕なんかは
そうでなければいいと思うんですよ、別に。
非常に簡単なことなんですよ。
僕は今デイリールーティンを整えるのに1分とかかからないですよ。
こんなんだったらこっちでもいいと思うんですよ、本当に。
あって邪魔になるとか決してないんで。
あって30秒が邪魔になるっていうなら
そりゃ生活を変えたほうがいいですよ。
30秒をやるのが邪魔だっていうことはありえないと思うんですよね。
僕も多分デイリールーティンを整えるにかけてる時間は
本当に短い日で数秒なんですね。
基本的にこれからやることに興味はないということなんです。
なぜならば分からないんですよ、それをやるかどうかなんて。
食事はとると思うんですけどね、僕は結構
食べるの大好き人間なんで食事はとると思いますが
分からないんですよ、結局。
とらない日もありうるじゃないですか。
ほぼ僕人生でないんですけど。
ちなみに僕人生で徹夜した日って1日たりともないんですよ。
寝ちゃうんですね。
そういう人間なんて寝ることは寝るだろうかと思うんですけど
それだって分からないと思うんですね。
どんなことがこれからできるかは
どんなことが起こるかに必ず左右されますから
分かるはずがないと言えると思うんですね。
分からなくていいことなんですね、本当に。
私はこれもちろんGoodVibesの強い影響で
言えるようになったのが大きな影響なんですね。
でもこう考えてたのは
GoodVibesの影響というよりはタスクシュートの影響なんですよ。
タスクシュートやってる人にはこれを言いたくなるということなんですね。
タスクシュートは本当に毎日記録してたわけですから
十何年も記録してたわけですよ。
1日ぐらいはシミュレート通りになっても良さそうなものなんですよ。
あれだけ細かくやっていて、しかもやり方も精密だし
オカルトの弱さがゼロですし。
でも同じにはならないし予測通りにもならないんですよ。
予測に近い日はあっても予測通りにはならない。
つまりその通りに、私が思っている通りには現実は動かないし
そのことを不安に思う必要もないんですよね。
毎日毎日が予測通りであって
その予測を裏切る日が10%ぐらいしかないならば
予測を裏切ることの方を恐れるのは当然かもしれないけど
100%予測が裏切られているのに
予測を裏切ることが不安だってのはおかしなことだとは思うんですね。
予測の不確実性と自明なるもの
そしたら人間は不安であるのがデフォルトであり
常識だってことになってしまうじゃないですか。
そういうふうに言いたい人もいるかもしれないけど
私はそれは嫌だなと思いますね。
何とか予測できるというなら私も
僕の考えではタスクシュートが教えてくれるところでは
予測は絶対にできないって書いてあるんで
絶対にできないものができなければ不安にならなければいけないっていうのは
お前は絶対不安になるべきだって言われているようなものなんですよ。
これは私は同意できないですよね。
だって私は別に不安じゃないから。
それはバカだからだって言われるかもしれないんだけど
私はあんまり100%できないこともできないと
不安になるのは賢いことだっていうのも信じられないですよね。
この空が落ちてくる的な話に聞こえるんですよ。
落ちてこないもの、落ちてくることを恐れることが賢明ですっていう話って
なぜか世の中にはいっぱいあるんだけど
デタラメくさいなあと思いますよね、そういう話は。
だからこれもやめたほうがいいと思うんですね。
その予測をしようというのは
これは私の十数年の体験が予測はできないということを
3000日以上にわたって私に提示してきたわけですよね。
努力の余地はあるっていう方もいらっしゃるかもしれませんが
私はその努力は違う方向に
有名なセリフになっちゃいますけどね
その努力は違う方向にやったほうがいいんじゃないかなという感じがします。
例えば予測できなくても不安にならない努力って身を結ぶんですよ、簡単に。
私は実際それは身を結びましたもん、簡単にね。
タスクシュートをやる以前は予測できるもんだと思ってましたから
もう少し精密に頑張れば予測がもっとできるんじゃないかと。
全然できないということを知って
なお不安であり続ける必要はないですよね、という話だと思います。
だからタスクが書いてあるっていうのは結局これ予測なんで
できないんですよ、できない可能性はあるんです。
できるという保証もないんですね。
できるに決まってるって分かっちゃダメなんですよ。
そんなことは真実ではないので。
さらに面白い話、これも仕事しててそういう話にあったんですよね。
もう数分でやめますけどね。
非常に面白い話でした。
よく統合主張の書の方がATMに見張られているとか言うんですよ。
ATMが喋り出すと。
で、ATMが喋らないことは私は分かってるんですよ。
でもあのATM喋り出したんですよって言って
反対すると怒られるんですよ。
私はこうやってよく怒られてるんですね。
これ話していたとき相手の人がですね。
ATMが喋らないのは自明だということが分かって
自明ではないってことが分かってないんだその人はっていう話をされて
私はこれは全くそうだなと。
だいたいATMって喋り出すじゃないですか。
今はね。
喋り出すやつもありますよね。
もちろんそれは喋ってはいないんだけど。
僕らあれ喋っている喋ってないは
気候を知ってるから
気候を知ってると思ってるから
自明だ自明でないとか平気で言うんだけど
考えてみると僕はATMを開けてみたことがないですからね。
自明だってことは世の中実は非常に少ないんですよ。
だから私たちはこれは自明だということは分かってるんですって言ったら
その時相当自分の言ってることに疑問を抱くべきなんですね。
自明とは限らないもの
いわめて自明のように見えることであっても。