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2020-11-17 36:29

【GMV 255】イヴの話の続き

分裂したままで生きるのはセーフモードで生きるようなもの
00:04
おはようございます。グッドモーニングバイブスです。
気がついたらという言い方をよくしますけど、255回目なんですね。
で、やっぱり僕は200回とかよりこの数字の方が反応しちゃうんですよ。
255っていう数字、256とかですね。やっぱり急になんかこう
ここまで来てよかったみたいなのがあります。
256っていうのは本当に山のように見てきたじゃないですか。
MS-DOS時代とかに。だから255回っていうのは0を入れますからね。
この世界は。いいなぁと思ったわけですね。どうでもいいことなんですけど。
で、もう一つ気づいたこととして、
昨日の、まあいろんな要素があるんであれなんですけど、会話全然全くと言っていいぐらいアクセスが伸びないんですよ。
イヴ・ブラックとホワイトの多重人格の話ですね。
この感覚が懐かしくてですね。
自分がすっごく力を入れて喋れて、
この話をしてよかったと思った時ほどダメなんですね。
評価は高くないわけです。
ブログでこれをしょっちゅう経験していて、
なんかもう苦し紛れにどうでもいいやと思って適当に書くとですね、
通常のアクセスの1000倍ぐらい伸びてですね、それを後から考えるわけですよ。
今ならもう考えませんが、後から当時はですね、こういうのを書くべきなのかと。
でもこういうのはどうやれば書けるんだろうと、何度見てもですね、その記事はダメなんですよ。
だいたい中でも最悪のものが一番伸びるに近い。
最悪というのとちょっと違うんですけど、
なんかですね、どうしようもなく手抜いたというか、
どうしようもなく自分としてはしょぼいなっていうやつは伸びるんですよね。
で、すっごい完成度高いな、自分としてはこれ以上のはそう簡単にまだ書けないなと思う時ほどですね、
アクセスは最悪で、
評価も時々根が込めついたりするのもそういうやつなんですよね。
それも反省させられるじゃないですか。
自分っていうのは自分が一番いいと思っているものほどダメならば、
よっぽど本質的にダメな人間なんだろうかと思ったりするじゃないですか、することもあったんですね。
何ならば自分が一番いいと思うものが最も評価が悪いわけだから、
本質的な自分というものは世の中に出さない方がいいと思うぐらいなわけですよ。
そんな簡単にそういうのは出せないんですけどね、そもそも。
大体そういう結果になるという。
でもこれはですね、やっぱりそんなにあれこれ難しく考えるのはダメで、
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たまたまこういうことはあるんだなというのが正解なような気がします。
マーケティング的にはそういう発想じゃダメなんでしょうけど、
これについていくら考えてもですね、後から何度読み直してもアクセスがベストなものはちょっとも良くないんですよ。
客観的って言うじゃないですか、お金8目っていうのかな、他の人の方が分かると。
でもですね、そういうことも部分的にあるんでしょうけれども、ないんですよね、そんなことって。
ちょっとこういうことが話題になったんですけど、Good Vibesのオンラインサロンでもですね、
例えば自分の娘のこととか、親ばかって言うじゃないですか、欠点があってもいいと思えてしまうという。
それは客観的、客観視できてないって話なんですけれども、自分の娘見ててそうは思わないんですよね、やっぱり。
他人に分かることは少ないですよ。ずっと見てるわけですからね。
出来合いしていてもいなくてもですね、やっぱり自分と妻ほど分かってないです。
それはしょうがないですよね。だってたまーにしか見ないし、ごく一面的な部分を評価にさらすわけですから、
全国公開模試とかを見て、その結果見るじゃないですか、それは大変ある意味客観的ですけど、ものすごく狭い客観ですよね。
だからその、自分がよく知っているものについて、客観的であるかないか、他の人の方が分かっているかどうかってことを、僕はもう気にすることがすごく、
それは相手にとっても無理な要求をしていることになるようなと思うんですよ。
私たちに順次で分かっているのは学校の先生とかでしょうけど、やっぱり一面的ですよ。それはしょうがないじゃないですか。
その人がもっと分かっているべきだとか言っても始まらないと思うんですよね。
うちの祖父、あのうちの祖父じゃない、うちの父とか、つまりうちの子にとっては祖父ですけど、祖父母ですけど、やっぱ分かってないですよ。
そりゃそうですよね。それでいいと思うんですよね、しかもね。
だから主観が客観性に達してないとかいうのは、不毛かなという感じ、不毛というとあれであればですね、無理筋かなって感じがします。
というわけで、気を取り直してというか、気にせずに突き進んでいくわけですけれども、
とはいえですね、昨日のお話はやっぱりこう、いろんなことを僕が意識しながら喋ってるから、ややこしくなってはいるんですよね。
イブブラックとホワイトの話なんですけど、あれがどこら辺が一番グッドワイブス的かというと、それは簡単でして、分裂すると僕たちは弱くなるって部分なんですよ。
統合しているほど強いんですね。
これを聞いている人が皆さん知ってるかどうかはもう分からないことですけど、セーフモードっていうものがですね、昔の今のパソコンも、Windowsあるかな、あまりMacでは使わなくなっちゃったんですけど、あるんですね。
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で、そういう感じなんですよ、イブホワイトとかブラックという人たちは。部分的な機能しか使ってない。
例えばUSBは使えませんとかね、あるいはこう、Retina機能は現在オフになってますとか、そういう感じなんですよ。
で、そうやってずっと来ちゃったわけですね。そこがすごいところなんですよ。
なのに、つまり人間普通セーフモードじゃ結婚までこぎつけられないですよ。結婚し、出産し、娘を育ててるセーフモードで。
だから驚くんですよね、やっぱりね。
で、もう一つ問題になってくるのはやっぱりこう、差病というやつですね。詐欺の差に病気。つまり、こいつは嘘ついてんじゃねえのかという話なんですよ。
ブラックとホワイトとかそういう完全なね、乖離、分裂、なんて言えばいいのかな、多重人格は起こってなくて、どっかで頭の中では分かっててですね、
ただ遊びに行きたいからブラックになって遊びに行きましたと、そして帰ってきて私全然覚えてないとか言ってるだけじゃないのか、そういうことは多々あるじゃないですか。
一番問題になるのがそれが犯罪ですよね。人殺しといていや全然覚えてませんとかって言うわけじゃないですか。
だからこの多重人格的なすっとぼけほど警察にとって聞き飽きたものはないわけですよ。
っていうぐらいの世界なんですよね。これが本当かどうかということを
ジョージア州のオースティンというところでやったりしていて、その辺の下りも面白くてですね、いろんな面白さがこの話にはあるんだけれども、僕はまず思うのは
その嘘がイブ・ブラックとホワイトにはほぼ役に立ってないという現実があって、
それが一つですね、この嘘のメリットが彼女らには少なすぎる。結局彼女らはですね、離婚しちゃうんですよ。
この離婚もまた 変やこしいんですよ。離婚する頃にはですね、まあ非常に大事なことなんですけど、第三人格も登場するんですね。
ジェーンという女性が登場するんですけど、3人連名にするんですよ。それっておかしいじゃないですか。
離婚する人は一人ですからね、この場合。でもイブ・ブラックもジェーンも同意しての離婚だと。この離婚がこの分裂の鍵を握ってるんですけど、要は離婚したいわけですよ。
イブ・ブラックという人は離婚をしてはいけないというタイプの人だから、欲打つポジションの権限みたいな人ですからね。
一度結婚した者はどんなことがあっても絶対離婚なんかしちゃいけないわけですよ。
で、離婚するということによって彼女はほぼ自殺するということを意味するんですけれども、
3人格に分裂してしまっているときのその第三人格名、最初ホワイトとブラックしかいなかったんだけど、そこにジェーンが出てくるのはおそらく離婚のためなんですね。
09:11
で、離婚するということをまたそんなに恐れている人がですね、なぜ嘘をついてまで夜遊びしなきゃならないのか、おかしいと思うんですよね。これが嘘だということになるとですね。
嘘をついて夜遊びするということはですね、私全然そんなことを覚えてないと言いたいならば、離婚はしたくないんですよ、そういう人は大概。
最初から離婚したいんだから、身もかかわらずできないから、むしろ分裂しちゃうんですよね。
遊びたいわけじゃないと、遊びたい部分も当然あると思うんですけれども、こうなっていったらですね、私が思うに
分裂が本当か作業かは大した問題じゃないなと思うんですよね。もちろんあれですよ、精神病理学的にはすごく重大です。
この話はたぶん私には懐理性同一障害というものが、多重人格というものがあるんだと思わせられる話ですが、
もしそうじゃなくたって、ただの嘘つきだったとしても同じことじゃないかなという気がするんですよ。
だって、
要はその絶対やってはいけないということをどうしてもやりたいという人格があってですね、
それが本人、本人というのはそれまでの本人の記憶と繋がらないところで遊んじゃうと。
これ繋がっているところで遊んじゃったところでですね、大した違いはないんではないんだろうかという気がするんですね。
結局これは問題になってくるのは恐れじゃないですか。
原理というのかな、イヴ・ブラックという人格はですね、昨日の続きの話なんですけれども、
イヴ・ホワイトという人格と分裂して、
そうやって遊び回ったり派手な格好をしたりするんだけれども、ことに及ばないんですよ。
これ昨日もちょっと話しましたけど、まるでこれはですね、
ジェットコースターにすごい乗りたい乗りたい言って並んで、突然乗る順番になると列の外に出て大笑いしている。
そんな感じなんですよね。これって怖いってことじゃないですか。
いざとなったら男を振って、その男が滑稽な様を見て笑うって言うんでしょうけど、そういう感じが全く受けないんですよね。
ことに及ぶのは嫌だって感じの方しか受けないんですよ。
それは大いにありそうなことなんですよね。要するに、怖いわけですよ。
男。この根強い男性不信というものが、
多分この病気の根本的な原因で、多分それってどう考えてもやっぱり父親不信ですよね。
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だから何があったんだろうってみんなが考えるようになるわけですね。
幼少期に何があったんだろうとみんなで考えるようになるわけですよ。
この視点が必要だと思うんですよ。
この視点がなかったら統合に向かわないはずなんですよね。
男性不信というもの、父親不信というものがあったんじゃないだろうかと仮定もしなければ、
この分裂どうでもいいことになりますよね。
だってせいぜいそれは外に出て派手な格好をして帰ってきますと。
で、嘘ついているのかもしれません。放っておいてもいい話ですよね。
これを放っておけないというのはですね、ここまで淡かったとしても、そのイヴ・ホワイトという人が
何としてもこのような病状はやめなきゃいけないと思っているところなんですよ。
あの、ブラックが出てきては困ると。
こういうことをするのは絶対ダメだと。彼女はそう思っているから病院に行くわけですよね。
これはそういうことがあってもいいじゃないですかって話ならば放置できる話なんですよね。放置できないと。
彼女は結局そういうことであっては、つまり家を頻繁に自分が開ける、しかもそれに自分が気づかないようであっては
子供の教育もできないからといって、子供で気合いしているのに子供を人に預けて、で、別居して働き始めるわけですよ。
働いてもブラックのような人格がしばしば出てきて、長文にめちゃくちゃなことを急に書き始めるとか、
その職場の人と談笑していてもいきなり下品なことを言い始めるとか、そういうことが起こるから
彼女は転々としなきゃならないんですけども、職を。そういう病気なんですよね。
で、これを、そのような嘘をついて何かメリットがあるかというとない気がするんですが、
仮にそれが嘘だったとしても同じことなんですよ、他人から見れば。他人から見れば突然この人が異常なことを喋り出したり、異常なことをする。
だから信用できないから、例えばクビにするとか、別居するとか、子供を取り上げるとか、
完全に同じことが起こるじゃないですか。ここが大事なところなんだなと思うんですね。
で、これに対する態度ですよね。
えっと、お医者さんたちはその精神分裂というものを、違う、精神分析というものをあまり信用していない。
つまりこのお医者さんたちはフロイト主義に対しては相当怪異的なんですよ。
でも当時、こういう問題に対してフロイト主義以外のアプローチってほとんどない。
1950年ぐらい。戦後間もなくなんで。
で、非常に面白いと思ったのが、アメリカじゃないですか。
対日戦争、対独戦争に干渉しましたよね。
科学の力で干渉しましたよね。
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だからフロイトとかダメなわけですよ。
だってフロイトはそもそもオーストリアの人間ですからね、ウィーンの。
そういう非科学的で夢とか分析してよくわからないこうですね、
ペニス戦法とか言ってるやつの話は信用できないと。
もっと科学でなきゃいけないと。
ところが科学によるアプローチがいまいち見つからないわけですよね。
例えば分裂している人ならば、そこに電気ショックを与えるとか。
あるんですよ。あったんですよ。今でもあるんじゃないかと思うんですよね。
電気ショックでどうして治るのかわかんないのに、電気ショックとか与えちゃうわけですよ。
科学だから。
で、科学ってそうじゃないですか。
何をやればどうなるのかは分からない場合においては、とにかく何か物質的に物理的にやってみて、
良い結果が出たらそれは良い治療法だということにすると。
ところがどう見てもそのお医者さんたちは、お医者さんなんですよね、これはね。
精神科医というよりはお医者さんなんですよ。
精神科医の多分知識も十分あるけど、お医者さんなんですね。
見ても電気ショック与えるとかはナンセンスな感じしかしないんですよ、本人たちにして。
フロイト主義のアプローチも取らないと。
何をするか。何もしないんですよね。
これも大変面白いところだと思ったんです、私は。
何にもしないんですよ。
ただただ彼女たちに突き沿って経過を観察し、幼少期の話を聞くと。
幼少期の話を聞くぐらいだから、どっかそこにはですね、精神分析的なアプローチが見え隠れしますよ。
結局私たち自然とそう考えるじゃないですか。
おそらく最初はフロイト主義の人たちもみんなある程度自然とそう考えたんだと思うんですよね。
昔何かあったから今そんなことが起きてるんじゃないのかと。
全部が全部そうじゃないんですよね。
脳の怪我とか気質的な問題もあるんだけれども。
やっぱり昔何かあったんじゃないのかと、フロイト的に考えなくなって自然と考えますよね。
そこまで男性不信であるということは、何かお父さんとの間にあったんじゃないかと勘ぐるっていうんですかね。
あるいはお母さんとの間にあったんじゃないんだろうかって勘ぐるわけですよね。
この視点がイヴ・ホワイトのご主人であるラルフ・ホワイトさんには間違いなく欠けてるんですよ。
これが離婚にもつながるし、この分裂の大きな鍵を握っている感じの話なんですよね。
ラルフ・ホワイトさんは何故なのかはわかんないんですけど、そういう視点が欠けていて、この事件を現象的にしか見ないわけですね。
何か急に妻がおかしくなるんだと、何とかして欲しいと、急にお遊びをしたり、急にたくさん物を買い込んで、私は覚えてないと言い張る。
現象面から見ればまさにそういうことじゃないですか。奥さんが嘘をついているにせよ、少々頭がおかしいにせよ、同じことですよね。
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何かタンスを開けたら急に見慣れない服がいっぱいあって、奥さんのことを問い正して怒鳴りつけてみたら、私は知らないと言うから腹が立つとかそういう話なんですよ。
まさにその通りだと思うんですよね。現にそういうことが自分の身とか自分の家庭で起こったら、そういう反応をする人が大半だと思います。
おかしな反応ではないんだけれども、でもですね、興味が足りないんですよね、夫というには。
明らかにそれを現象面だけしか見ようとしない。医者の方がよっぽど親民になっているわけですよ。
医者はプロイト的なアプローチには疑問が残っているし、科学中心でいきたいと思っているんだけど、こういう問題に対して科学がどうすればいいのかの答えが一切ない時代だから、
ひたすら興味を持って見守っているしかないわけだ。その中でいろんなことが起きるわけですよね。イーブブラックが登場してみたり、
最終的にはジェーンが登場してみたり、第三人格が登場してみたりですね。その他もものすごく辛抱強くいろんなことをするわけですよね。
これが大事なんじゃないのかなと思うんですね。おそらく夫のラルフという人がこれをしていればですね、
ことは全然違う方向に向かったと思うんですけど、ラルフは何にも要するにそういう方面での興味を持たないんですよね。
彼がダメな人だとかそういうわけではないんだけれども、何か欠けている感じっていうのはつきまとうわけですね。
だから何かこう自然自然と到底そんなことができそうにないイーブホワイトが、自分だけで働いてアパート借りてきて、
月給安いところの職を転々として、明らかにですね彼女の手には余るわけですよね。 彼女は言ってみれば、
なんて言えばいいんですかね、統合されていないので、セーフモードで動いているので、
そのセーフモードの中にある機能としては基本後悔というものしか、反省と後悔しかないわけですね。
何かあると自分が悪かったと思って、申し訳ないという気持ちでいっぱいになる。人はいい人なんですけど間違いなく。
で、責任感もあるんだけど、例えばイブブラックの存在を知ってからでも、長期に適当なことがいっぱい書かれている時があったり、
ただイブブラックという人はいたずらしたくてそういうことをするだけなんですけど、そういうのの責任も全部自分が負わなきゃならないと思い込むようなタイプなんですね。
まあ自分が負わなきゃならないんでしょうけれどもね。 そういうこと全体に対してこの医者が、
お医者さんたちが2人以上はいるんだけれども、持っている興味の多分10分の1も夫は持たないんですよ。
で、にもかかわらず、このまた単純にいたずらなんですけれどもイブブラックが誘惑するんですね。これも大変変な話ですよね。
自分の夫を誘惑するというのはどういう意味なのかと。 で結局イブホワイトが気がつかない間にという表現を取るんだけれども、
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誘い込んで肉体関係を持つと、これが最大のポイントになってイブホワイトが初めてっていうぐらい
激行して離婚という結論になるわけですね。 これも非常に不思議ですよね。だってイブホワイトは
何に激行したのかと。 夫の浮気なのかと。でも肉体関係を持ったその肉体というのは自分の肉体ですからね。
で、イブブラックとことに及んだのが許せないって話になるんでしょうけれども、イブブラックとことに及ぶってのは要するに自分がことに及ぶってことと同じことになりますから。
はためから見ればですね。 離婚の理由にならないですよね。これでは本当のところ。
で、夫というのはしかしそういう人なわけですよ。 イブホワイトがそういう頭が変だから別居するという風に言うくせに
イブブラックみたいな人には魅力を感じて その誘惑に乗っかっちゃうと。
で、これをされるとイブホワイトという存在はですね、存在意義を完全に失うじゃないですか。 自分は要するに何が一番怖いって、イブブラックみたいな自分が自分がですね
あるいは自分の肉体を乗っ取って、でこれも同じことだと思うんですけれども 例えば衝動的な性欲でそこら辺の男と寝ちゃうみたいな、それを一番恐れているわけですよ。
そうなることが多分自分が おそらくですけれども宗教上の罰を受けるっていうような観念があるんですね。
で、そういうことをするようなのはもうとにかく地獄落ちだから 絶対にそういうことがあってはいけないはずなのに、よりにもよって全ての事態を把握しているはずの人たちの間でそれを平気でやられちゃうと。
で、そういうことが起こっちゃうこういう世の中は何なんだってことになるわけですよね。 イブホワイトにしてみれば。
全く誰も何も信用できないわけじゃないですか。 彼女は確かカトリックなんですけれども、要するにそういう宗教的な話も含めて全てがもう信用できなくなって絶望的な気分になって自殺する。
自殺するっていうのはこれも奇妙なんですけれども。 なぜなら彼女は要は自分が消えることをもって自殺って言うんですが
肉体は死ぬわけじゃないので実は誰も死んでないわけですね。 でそういうふうにしてイブホワイトはまあ消えていってしまうんですよ。でもこれも非常にですね私は
このお医者さんも書いてるんですけどすごく同情というか共感されるわけですよね。 よく考えてみると第三人格のジェーンというのが出てきた後の話なのでこれは誰が考えてもですね
イブホワイト消えた方がいいと思っている人は少なからず読んでいるうちにいると思うんですね。 人格の統合って話をするんであれば一番最初に申しましたけれども人格が統合されていく
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ということはつまり政府モードをやめてちゃんとフルスペックで行くわけだからいいことじゃないですか。
で、すでに戦後のアメリカなわけですから
時代はですね、そんなよくわからないけれどもひたすら後悔と懺悔の人生を送っているよりはですね
イブブラックみたいな奔放な人格もちなみにですけれどもいろんなロールシャハテストとか人格のテストとかやっていろんなテストの結果
イブブラックの人格はイブホワイトの人格よりもはるかに全体として健全だっていう結論になってるんですよ。
これも健全というのは誰がそういう判断をするのかっていう問題が大いにあると思うんですが
イブホワイトという人は要するに非常に偏りが酷いんですね。
偏りが酷いことをもって不健全と言うんでしょうけれども偏りが酷いんですよ。
だからイブホワイトだけでは結局生きていけない。もちろんイブブラックだけでは絶対無理です。
なんせなら彼女は職場行ってもいたずら書きしかしないような人ですからどう考えてもこの人だけでは生きていけないんですけれども
そうやって言ってですね医者も悩むわけですよ。悩むというかここで誰が考えても
親身になってこの問題に囚われている人であれば必ず同じ問題に突き当たるんですね。現代社会なら。
どの人格に統合するのがいいのかっていう話ですよね。
私ここで7つの瞬間を思い出したんですよ。あれ人格主義っていうじゃないですか。
私たちのものの考え方ってそうですよね。もしそういうふうにいろんな人格じゃないですけれども例えば習慣でもいいですよ。
私はつい酒を飲んでパチンコをする習慣があるんですと。それがもし極端にその人の習慣として受け入れ難そうなものであったら
それを人格って僕らを呼んじゃうわじゃないですか。それでその間の記憶が繋がってなければやっぱり精神界ですよ。
そういう話になると思うんですよね。毎日毎日ちゃんと仕事に行ってますと。
パチンコとか酒とか全然やりません。なのに急にある日人が変わったようにとかって言うじゃないですか。
一日中パチンコやって酒ばっかり飲んでいるんです。私たちはそれをもっておかしいって言うんですよ。
その人がもしですね毎日毎日パチンコしかしませんと酒ばっかり飲んでますって言うんだったら、それなら正常だって言うじゃないですか。
つまり私たちは勝手にある人をもってこういうふうで一貫してある程度振る舞ってほしくて
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その人の逸脱の範囲もこのくらいであってほしいみたいなことを勝手に考えて
その枠からはみ出すということであるとその人は異常であり、はみ出さない限りにおいては
やることが同じかもっと悪かったとしても正常というふうにみなしがちですよね。
結局のところ今の時代ですからそんなことは別にその人の自由じゃないですか。酒飲んでパチンコばっかり行っていようといまいと。
で私は思ったんですよ。七つの習慣もそうですし良い習慣とかっていうわけですよね。
このイブブラックの習慣、全然良い習慣どこにもないわけですよね。
夜いきなり出て行ってそこら辺の男を引っ掛けて、でもことに及ぶ直前で必ず振り捨てるっていうことを繰り返すと。
で踊ったり歌ったりしているだけで、金は好きなだけ使うと。
これを私は読んだ時にですね、だからこれを矯正しなければいけないということだとするとですね
要するにイブブラック消えればいいって話になりますよね。
でも読んでるとね、そういう印象をただ受ける人ってよっぽどどうかと思わなくもないんですよね。
だって現に夫のラルフはイブホワイトじゃつまんないからイブブラックの誘惑に乗ったわけじゃないですか。
結婚生活っていうのはいろんな面が必要ですよね。
ホワイトのような人にしてみればですね、ちゃんとしてさえいればそれでいいわけですよ。
何か悪いことが起こったら全部自分のせいだと思っておけばいいわけですけど、
それではやっぱり成立しないんだと思うんですね。
でこのイブブラックのような存在というのが消えてなくなるということは、それまで決して抑圧してなくしてたわけだから、
全てうまくいきそうなもんだけど、それではうまくいかなかったんですよね。
で分裂していると。この状態が悪いということであって、
どこかに統一した方がいいっていう話になってくる。
そこが私はすごく、お医者さんもこの本の中でもそう書いてるんですけど、違和感があるわけですよ。
ジェーンに統合されればそれでことが済むとか、その方が理想的だというふうに考えるのって価値観じゃないですか。
完全にそういう価値観をある人格に当てはめようとしてますよね。
そういうことが僕たちはライフハックであっても何であってもやりがちじゃないですか。
いろんな習慣に分裂しているわけですよ。
仕事をしようという習慣に対してこの間ゲームしていたいという習慣があると、それを矯正しましょうって話をしてるじゃないですか。
これは規模が小さくて穏やかではあるかもしれないけど、
やろうとしていることはイブブラック消せっていうのとどういう違いもないような気がするんですよね。
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なぜジェーンの方がいいと言い切れるのかと、あるいはイブホワイトの方がいいと言い切れるのかと、言い切れないということを医者は言ってるわけですよ。
しかもフロイト的なアプローチも基本的には視覚的穏やかにしか取らないから、
打つ手基本的にないわけですよね。黙って見守っていると。
この視点が大事なんじゃないかなと思ったんですよね。
この本は黙って見守っていて一生懸命観察しているうちに事態が良くなっていくんですけれども、
この視点が明らかに私たちの時代にはどういうわけか少ないんですよね。
すぐ僕らは悪い習慣を修正にしようとするじゃないですか。
今はうちの娘が中学受験やってるんですけど、ちょっとでも成績が微妙になるといろんなことを言い出すわけですよ。
妻にしても、塾にしても。
こうするとかああするとか。
それは突き詰めて言うと、要するに何かの人格を消せっていうのに近づいていきますよね。
もしそれが人格として現れればですけど。
僕途中で言ったそのどっちだって同じだというのは、
遊びたくって遊びに行っちゃって、それを知らぬふりをしてたって、
そのことを完全に忘れていたって外の人間からすれば同じことなんですよね。
問題なのはその外の人たちがどういう反応とどういう対応を取るかであって、
ラルフのような人たちにしてみれば何とかしてくれっていうことなんですよ。
それはつまり一つの人格に統一されるようにしておいてくれって話じゃないですか。
でもにもかかわらず、ラルフという人はリブホワイトを相手にせず、
ブラックを相手に従うわけですね。少なくとも夜は。
それって明らかにおかしいじゃないですか。
だけれどもそういうことを私たちは割とやるんじゃないのかなっていう気がするんですよね。
いろんな自分がいるじゃないですか。
私たちはどうして先送りする自分であったり、つい遊んじゃう自分であったりを恐れるんだろうと。
恐れるんですよね。そいつらが飛び出していいようにしていったら自分の将来はめちゃめちゃになると。
リブホワイトが恐れたように恐れるわけですよね。
恐れないんだったら何が飛び出しても全然構わないってことになりますよね。
実際にそっちの方が魅力的であったりするってこの話が何度も出てくるんですよね。
イヴの3つの顔では何度も出てくるわけです。
ジェンもそのことを言う。ブラックというのは魅力的だと。リブホワイトまでそれを言う。
なのにあいつを出さないようにしたいっていうことをみんなで寄ってたかってやるわけですよね。
だからリブブラックは出たがるわけですよ。
このことはずっと葛藤になるわけです。
私たちの中で同じことが起きていないというふうにはとても思えない。
私たちはそれが出てきた時のことを乖離して忘れちゃったりはしないですけれども。
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覚えてますけれども。
要するに何かを出さないようにしているわけじゃないですか。
そいつが出ることによって私の立場が危うくなるっていうそういう存在があるはずですよね。
で、果たして本当にそうなんだろうかっていう話なんですよ、これ。きっと。
ホワイトはずっとブラックを押さえつけていたからオッドはああなるわけですよ。
ある意味ではですね。オッドの方がいけないと思いますけどね、どう見ても。
私たちにしてもですね、こういう自分を出しておけば自分の人生はうまくいくと思っている。
そういう発想と価値観が確かに間違っている可能性があるんじゃないかと思うんですね。
このことについて全然問題視される気配はないですよね。
私たちは7つの習慣を読んで納得しがちじゃないですか。
こういうふうな人格を出して計画を立てていきましょうと。
1個の人格でいきましょうと。
逸脱しそうな人格が出てきたら、それは7つの習慣にはない話ですけど、PDCAでちゃんと矯正しましょうと。
重要でないこととかに時間を使うような自分を占め殺しましょうと。
そうは書いてませんけどね。でもそういうことじゃないんだろうかって思うんですよね。
で、そいつが記憶のない時に出てきたり、とんでもないことをやっちゃうということを実はひどく恐れていたりするじゃないですか。
そういう線で見る限り、私たちの人生は直線的に進むわけですよ。
どこにもない時間軸という線に沿って進むしかないんですね。
横にもしかすると平行して存在しているかもしれない別の人格みたいなものが、極力いないものになっているわけですよ。
それがですね、それがセーフモードなんじゃないかということを、だって私たちはそれによって弱くなりますよね。
セーフモードなんだから弱くなりますよね。何かを恐れていて出さないっていうことは、その力は使わずに済まそうということですよね。
その力しばしば自分に敵対的に働きますよね。
10時から原稿出筆をするということにしているのに、自分の中のブラックみたいなやつが出てきて、10時からは何かわけわかんないゲームとかを始めてしまう。
それを敵対的に見てますよね。その部分の力というものは、使わないようにするってことだと思うんですよね。
でもイヴの3つの顔を見て最後に出てくる第4人格がいるんですけど、エヴァリンという人を見るとですね、
いかに彼女が少ない力で戦っていたかというのがよくわかる。
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で、私たちが同じことをしていないという保障がきっとどこにもないというふうに私は思うんですよ。
だから私たちはMPを節約するとか、体力を温存するとかいう話をしなきゃならないんじゃないのかと。
結局のところそれは疲れちゃうってことですよね。セーフモードで生きていると。そういうことなんではないんだろう。
36:29

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