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こんにちは。横浜で15年以上、犬の保育園の先生を行っている、なおちゃん先生と申します。
本日は、旅の配信をさせていただきます。
プチセレブ・バックパッカー🇮🇳インドへ行く❣️B級グルメとダイヤはお好き💛
こちらは、私と親友が2人で21日間のインド旅、バックパッカーの旅をした時の記録を1日ずつ読んでいます。
過去回は概要欄に記載してありますので、興味のある方、ぜひ遡って聞いていただければと思います。
このプチセレブ・バックパッカー🇮🇳インドへ行く❣️インド旅行記も残すところ、今回であと2回となりました。
最終回にはまとめて感想なども入れたいと思います。
それでは、スタートしていきましょう。
5月30日火曜日
インド滞在21日目
砂漠の王の夢の跡
ジャイプル
朝9時頃に起き、まずポストオフィスに向かった。
着いた先は郵便局の前で、色とりどりのポストが並んでいる。
うーん、一体どこに入れたらいいんだろう。日本は赤一色なんだけどなぁ。
よーくポストを読んでいくと、国際便という表記があった。
なるほど、国際的な国だな。
今日の観光は、昨日も行ったシティパレスから。
その前に、昨日見つけたマクドナルドでずっと気になっていたメニュー、マハラジャ・マックバーガーを食べようと、マックへ行くことにした。
中に入ってびっくり。
とても清潔感にあふれ、エアコンがガンガンに効いている。
外の暑さや汚さ、雑踏とはまるで別世界だ。
日本でマクドナルドといえば、安い、早いが売りのティーンエイジャーの食べ物だと思っていたのだが、
ここインドで全く状況は異なっていた。
私たちはマハラジャ・チキンバーガーセットを頼んだ。
これはバーガーにポテトとスプライトがついている。
これで1人96ルーピーである。
モナリザやジョニーズ・プレイスなどのレストランでは、2人で150ルーピーぐらいだったから、相当高級レストランの部類に入ると言って間違いない。
中にいるお客さんたちもみんなそれなりの身分の人なんだろう。
みなりもきちんとしているし、気がつけばメニューもスタッフたちが話す言葉も全て英語。
少なくとも英語がちゃんと読み書き話せる人向けということだった。
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ダージリンで出会った日本人のバックパッカーからマハラジャ・バーガーの存在を聞いて、
どんな代物なんだろうとかなり興味があったので、私たちは珍しく2人とも同じものをオーダーした。
トロリとしたチーズとインドらしいスパイスの効いたチキンのパテが美味しい、ビッグマックみたいなハンバーガーだった。
ポテトは日本のものと全く一緒で、感動したようながっかりしたような。
隣の席にはインド人のカップルが座っていた。
目が合った途端にニコリと笑いかけられたので、軽く挨拶を交わす。
するとすぐに彼の方が話しかけてきた。
彼の名前はビッキー、しかしこの名前はオーイ。
彼女とデート中にもかかわらず、かなり強引に私たちに今夜映画に行かないかと誘ってきた。
全く言い訳を考えて交わすのがひと苦労である。
向かいの彼女が何も話さないのは英語がわからないからなのか、そうするのがインドの女性なのか、
私たちと別れた後、彼の横っ面を張り倒すためなのか、それは定かではなかった。
マクドナルドを出ると、すぐ正面に待ち構えていたリクシャーの運転手たちが群がってきて客引き合戦を始めた。
このマクドナルドの前で待っているリクシャーのアンちゃんたちは、マクドナルドのマハラジャバックバーガーを食べたことはあるんだろうか。
昨日見逃したマハラジャの衣装と武器のコレクションを見るためにシティパレスの博物館に戻った。
マックドナルドの前から乗り込んだリクシャーのおじいちゃんは、とってもおしゃべりで、あんまりこがずに後ろを向いてペラペラ話してくる。
いいから前見て進んでよ、もう。しかもかなり手前で下ろされてしまった。
なんてやつだ。
友人は昨日パレスのチケットを忘れてしまっていたので、私だけ中へ入った。
この件は2日間共通チケットなのだった。
入口の門をこぐってすぐ、衣装・武器館があった。
ガイドブックにも載っていた巨大な紅色のガウンをはじめ、きらびやかなマハラニの衣装や、かわいらしい子供たちの衣装もあった。
ちなみにマハラニというのはマハラジャの奥形のことだ。
ラジャスタン州のマハラジャは本当に大きな富と権力を持ってこの地に君臨していたことがよく伝わる。
そしてしみじみと、昨日出会ったマハラジャの顔が思い出される。
武器館のコレクションも勇ましいものであった。
それらの宝物が展示されている離宮の天井は18世紀に描かれたという、繊細で優美な文様にこれはヨーロッパの影響だろう、遠近法を用いた絵画も描かれていた。
ムガル帝国が弱体化、崩壊しイギリスの植民地となり、そして帝国から民主国へとの激動の時代をこの地のマハラジャたちはどう生き抜いてきたのだろう。
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何を考えてきたんだろう。
はるか昔から各地に藩王として君臨、統治していたマハラジャたちは、しかしながら現代ではその大部分が没落するか領地をかなり縮小されてしまっていると聞く。
しかしラジャスターンのマハラジャは未だ健在である。
カフェで出会ったマハラジャもチャールズ皇太子とダイヤナヒの結婚式に参列したというくらいだから、その名声と権威はイギリス王室も認めるところなのであろう。
そんな人に出会えたとは。
つくづく幸運を神に感謝。
30分くらいシティパレスを見学し、外に出て友人と交流した。
彼女は入り口の門のすぐそばの木陰にいて何かを熱心に見ていた。
何を見ているんだろうと近づいてみるとリスである。
日本でも見かけるようなシマリスだがガイロジュの植わっている地面の砂の上に腹ばいに大の字になって寝ているんだ。
なんとも奇妙。こうしたほうが涼しいのかな。
さすが砂漠のオアシス都市。
街のいかるところに水飲み場があって御丁寧にコールドウォーターフォードリンク、飲用冷水と書かれている。
周りにはこの暑さにうんざりしている観光客、地元のインド人たちも手に手にペットボトルを持って集まっていた。
本当にコールドゥなのかどうか半信半疑だったが意外や意外かなり冷たい。
でもさすがに飲む勇気はなかったので私たちはペットボトルに水を入れ、それを頭からかぶることにした。
うーん冷たくて気持ちいい。
私はパンジャビドレスのショールを日よけのために頭からかぶっていたけれど、そのショールを冷水でびしょびしょに濡らすという荒技を思いついた。
これがかなり気持ちいい。
頭から水をかぶったり濡れたショールを頭からかぶったりしている私たちをインド人たちは沈重を見るような目で眺めていた。
もはや気にしないもんねそんなこと。
外見を気にしていられるほどの暑さじゃないのだ。
少しでも暑さ対策を考えながら行動しないと本当に日干しになってしまう。
フレッシュフルーツのミックスジュースを飲んで一休みした後は、
ジャイプール、旧市街のもう一つの見どころ、風の宮殿、川、マハルへ。
中に入らず外から眺めるにとどめた。
この建物は映画のセットのように見かけは大きいのだが奥行きはほとんどない。
時のマハラジャが宮殿内の彼のハールムの女性たちに姿勢の賑わいを見せてあげるために建てられたという。
七階建て三角形の奇妙な建物で蜂の巣のようにたくさんの張り出し窓がある。
当時の女性たちは自由にバザールにはいかねなかったから、
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ここから毎日庶民の生活や街のにぎわいを飽きることなく眺めていたんだろう。
どこにでも行けてどんなこともできる。私たちはなんて幸せ者なんだろう。
川真春の前からちょうどいい具合に次に目指すアンベール上駅のバスが出ていた。
ちょうど来たバスの運転手に聞くとアンベールに行くよというので早速乗り込む。
バスは旧市街の門を抜け前方に見える巨大な岩山の方へと桃と土ぼこりをあげながら走っていく。
だんだん建物が少なくなっていきその代わりに砂漠色の乾ききった大地がむき出しに向かう。
砂漠になっているのが目につくようになってきた。
それでも砂漠の左側の景色は日上がっては来ているものの巨大な人工の湖が。
これはこの土地のマハラジャが作った人工の湖。
この土地のマハラジャは保水計画を重点的に行ってきたために
あれほど豊かなオアシスの水を落としジャイプルが発展を保つことができたんだ。
マハラジャの富と権力は民の力なくしては成り立たない。
彼らは良民と良い関係を築いてきたんだろう。
二三十分ほどバスに揺られ緑のない堅そうな岩山の間を通り抜けバスはアンベール城の崖下のバス停に着いた。
同じ場所で多くのインド人たちも降りた。さすが観光地。
と言っても他に日本人はいなかった。
アンベール城はムガル帝国にも屈しなかったというダージプート族カチワハ王国の誇り高き要塞である。
この切り立った岩山を天然の利ととってその頂に建てられた広大な城である。
そして堅固な砦でもあった。
難航不楽の城。私たちはそれを身をもって知ることになった。
国書の中石段を登って城の入口にたどり着くにはまさしく死ぬ思いであった。
途中二箇所に城門がありその下に倒れ込むようにして日陰を求め十五分ぐらい休憩。
そうしないとその先には進めない。全くもって情けない話ではある。
たかだか百段から二百段の石段なのに。
暑いということはそれだけですごいことなのだ。
四十五度以上になると炎天下で動くだけでも命の危険を感じる。
この城を建造したマハラジャは敵を疲労させるためにこの石段を作ったらしい。
実際後になって私と友人二人で本当にしんどかった。
一人だったらもう途中で引き返そうと思ったと話をした。
瀕死の状態で入り口の四十四門をくぐると目の前に大きな広場が広がった。
12:03
青々とした芝と堤木が整然と敷き詰められていて
同じようにやっとの思いでこの城までたどり着いた人々が思い思いに寮をとっている。
砂漠のオアシのありがたさ砂色の大地の中で出会う緑の美しさを痛感した一瞬であった。
水飲み場で再び頭から冷水を浴びてショールとハンドタオルを濡らす。
インド人たちはまたしても不思議な顔をして私たちを見ていたけれど
こっちは人の目なんか気にしている余裕はない。
びっしょりと濡れたショールと髪の毛をそのまま木陰で休んでいると
なんとかホテルも収まり落ち着いてきた。
しばらくすると私の目の前にゾンビが現れた。
いやゾンビではなく私の友人である。
同じようにして体を覚ましてやっと城内見学のチケットを買いに行く。
おそらくこのチケットオフィスにたどり着くまでバスを降りてから1時間ぐらいかかったに違いない。
堅牢な城壁と厳しい砦のウェールに覆い隠されたアンベール城の
雄美で華麗な秘密の花園を覗くためには再び一生懸命に歩いていた。
華麗な秘密の花園を覗くためには再び石段を登って門をくぐらなくてはならない。
本当はもう石段を登るのはうんざりだったがここまで来て引き返す、それもできない。
えいこらと体に鞭打って段を登る。
門をくぐると周囲の岩山が見渡せる半回廊の広場に出た。
ここは一般一見の間、1639年に時のマハラジャ・ジャイスイン一世によって建てられたものである。
赤みがかった石と大理石の床で作られた回廊は下の広場の上に競り出すように造りになっているため、
山の下から吹き上げる風がよく通って心地よい。
大理石は熱を吸収して暑かったけれど、休憩しながら下の広場を眺めるには絶好の場であった。
素晴らしい装飾と色とりどりの彩色の施された、僧例なガネーシャ門をくぐる。
この門は世界で最も美しい門と言われているらしい。
世界中の門を見てきたわけではないけれど、なるほど、まるで羽を広げた九尺のようなきらめきという美さである。
アンベール城の中心部、秘密の花園、王の詩的な内殿へと足を踏み入れる。
まず目に飛び込んできたのは、緑の草、ピンクや黄色、白の鮮やかな花々、
そして吹き上げられる噴水に彩られた庭園である。
ここが岩山だらけの乾いた土地だということを忘れるような幻想的な光景。
スペインアンダルシア地方のアルハンブラ宮殿の中庭を彷彿とさせる。
美しい、優しい水の流れる音に心も洗われるようだ。
15:00
その向こうは勝利の間、ジャイマンディール。
ここは貴品一見の間としても用いられていて、天井は一面細やかな鏡細工で覆われている。
銀や石器製、ガラスでできたモザイクがきらめきを放つ。
建造当時の16世紀にはさぞかし輝いていたことだろう。
はるばる砂漠と岩山の不毛地帯を越えてきた旅人は、このラージプート王の豊かさに驚いたことだろう。
そしてこの夢のような宮殿で、束の間の休息を生み出したに違いない。
この城は崖下から見た限りでは、到底そうは思えないほど広大である。
勝利の間から奥は、王の奥方や家族、彼らに仕える者たちのハレムになっていた。
いくつもの小部屋、谷間に張り出すテラスや木をすく、細長い回廊と大きな中庭は、
一面が乾いた砂漠色に染まっている岩だらけの山の谷間で、ここだけに広がる秘密のオアシス楽園。
極彩色のサリーやパンジャビドレス、ウェール、単調でゆったりとした音楽、金、銀、ダイヤ、ルビー、サファイア、
目もくらむような眩い宝石を身につけ、笑いささめく美女たち。
艶やかさを競うように咲き誇る花々、よりすぐりの至高を凝らした料理に甘いお菓子、
寮内から収められる新鮮な数々の果物や珍しい品々。
目を閉じれば、王族や貴族たちの、そしてハレムに集う女性たちの矯正が聞こえてきそうだ。
しかし、その映画の面影はもはやなく、谷間を渡る乾いた熱風がただ、
旅人に束の間の幻影を見せるだけである。
勝利の間より奥は、未だ修復作業の行われている場所。
もはや廃墟と化して、立ち入りの制限がされている場所。
コウモリたちにその居住権をかけ渡してしまっている場所が連綿と広がっていた。
それでもかつては美しい赤色であったであろう建物は、
過酷な歴史の移り変わりを見てきた建物だけが持つ静けさと威厳に満ちていた。
華やかな装飾やモザイクはもはや無いものの、
ふとすると旅人に何かを語りかけてくるような気がする。
至る所に風が通るように、影ができるようにとの工夫が殺されているのは、
この熱い地方を快適に暮らすための知恵である。
細い通路を何度も一人で行ったり来たり、
上ったり下ったりしているうちに迷子になってしまった。
それとも時の迷宮にさまよい込んだのであろうか。
取り憑かれたように一人ふらふらとハレムの中をさまよい歩き、
やっとも解けた道を発見して勝利の間の噴水の庭園を後にしてガネシャ門をくぐる。
18:04
すでに友人は一般一見の間に戻ってきていてすずんでいた。
オキモリの一緒に写真撮ってくれコールに疲れ果てていたようだ。
前庭の周りに立ち並ぶ店で冷たい缶ジュースを半分ずつ飲んで
砂漠の王国カチュア派王国の夢の城を後にする。
すでに時刻は十八時近く、ようやく太陽もその勢いを失っては来ていた。
乗り合いバスで再び旧市街に戻る。
ショッピングアーケードを冷やかしながら歩き、
お土産のお菓子を買ってリクチャーに乗り、
ホテルの人に教わったレストランへ。
ものすごく高級そうな店構え。
でもジャイプル最後の夜はどうしてもタンドリーチキンが食べたいと勢いやくオーダーしたら、
友人は胃が痛くて食べられないとのこと。
仕方なくタンドリーチキンとパニールコルマナンを一人で平らげる。
苦しい。
今日でこの砂漠のオアシス都市ともお別れ。
荷造りをしていると寂しさを感じる。
今までの様々な出来事が一瞬、脳裏をよぎった。
いろいろあったけれど本当に楽しかった。
そんなインドとも明日でとうとうお別れである。
はい、ということで今回は
21日目、ジャイプル最後の日をお届けいたしました。
この日は本当に暑くて
街の中に気温計があったんですけれども
その気温計が街の中だったかな
アンペール城に上る前のバス停のあたりだったかな
ちょっと記憶が定かではないんですけれども
とにかく48度と書いてあったのはとてもとても驚きました。
そんなに高い気温の中にいたことがなかったんですね、私は。
じゅんぴさんとのコラボライブ、インドの魅力を語ろうということで
少し前にお話をしましたが、概要欄につけておきますね。
その時にもお話ししましたが
この48度くらいの気温になってくると
本当に体の水分がとにかく一瞬で失われるような感じがするんですよ。
ハエが眼球の水分を奪いにくるんですよね。
だから目の周りにハエがたかってくるんです。
それを防ぐためにも、濡らしたショールを頭からかぶるというのは
非常に私は良い作戦だなと自分では思っていました。
周りからどう見えていたのかは、もはやこのクールになると
ハエがとにかく一瞬で失われるような感じがするんですよ。
だからもはやこのクールになると、気にしている余裕が全くありません。
そしてマクドナルドに行ったよという話をしましたが
ここでは書いていないんですが、実はマクドナルドでご飯を食べている時に
21:00
スタッフの人に話しかけられたんですよね。
よくわからないんですが、マクドナルドはこんなに清潔で
こんなに機能的にバーガーを作ったり調理をしていますというのを見て
チェックをしてほしいということで、中央部屋の中を見せてくれたんですよね。
それで紙みたいなのを渡されて、キッチンとか項目にチェックをするみたいな
スタッフの人に説明を受けてチェックをするみたいなことをやったのを覚えています。
あれは一体何だったのか、英語で全部説明をしてくれたんですけど
かなり鉛の強いインド英語で、なかなか前方がわからなかったんですけど
おそらくはランダムにこちらに来てくれたお客さん対象に
キッチンの中を見せて、こんなにちゃんとやってますみたいなのを
第三者評価というんですか、そういうのをチェックしてもらうという感じだったのかなと思うんですけど
いまいち定かではありません。
マクドナルド指数なんていうものがあるように
マクドナルドって世界中いろんなところにありますよね。
このマクドナルド指数という言葉がいつからあったのか定かではないんですけど
私は海外に行くと必ずマックに行って値段を見ていました。
そしてその土地その土地その国その国で多少メニューが違うんですよね。
それを見るのも面白いなと思っていました。
インドではハラジマックバーカーというのがあったんですけど
その他にインドって結構宗教的に食べられるものが決まっていたりするので
ヴィーガンとかベジタリアンの方も多いんですよね。
なのでベジタリアンメニューというのがセットというのがきちんとありました。
これは意外とですね日本以外のマックには結構あったりするメニューじゃないかな
イギリスにも確かベジタリアン対応のメニューがあったと思います。
それから日本ではねおもちゃがついてくるハッピーセットですけど
おもちゃがついてくるっていうのは確かおそらく日本だけなんじゃないかなというふうに思います。
ちなみに20年以上前私が世界一周をしたときでさえ
ノルウェーのマクドナルドはめちゃくちゃ高くて
ビッグマックのセットが軽く1200円とかしてた記憶がありました。
安かったなと思ったのはエクアドルでしたね。
エクアドルのマクドナルドの値段は安かった記憶があります。
そしてこのアンベール城、世界遺産でもあり
とても有名なジェイプルの観光地の一つなんですけれども
本当に素晴らしいところです。別世界。
24:03
映画のセットの中に紛れてしまったようなそんな場所です。
あんなに暑くなかったらもっと長くいられたんじゃないかなと思います。
このアンベール城は本当に高台の岩山の上に建っているんですけれども
その下に湖があって
じゅんぴーさんとのコラボラブのときもお話ししてたんですが
通常はゾーンのタクシーというのが観光客向けに
アンベール城の入り口まで坂道を登っていくというのがあるんですよ。
ただ今は確か動物福祉とかの点でゾーンのタクシーないかもしれません。
当時もあったんですけど暑すぎて
あまりに暑すぎてゾーンのタクシーが営業不能の状態で
ゾーンたちはみんな湖に入っていました。
湖で私たちよりも涼んでいた記憶がありましたね。
その横で私はゾーンの水浴びよろしく
給水所の水を頭からかぶって
ゾーンの代わりに自分の足でアンベール城の入り口まで行ったという記憶がありましたね。
ということで今回も相当長くなってしまって
ここまで誰が聞いてくれたのかわからないですけど
次回は最後1日です。
長かったインド旅行記もとうとう最終回となります。
もしよろしければ聞いていただければ嬉しいです。
最後まで聞いてくださった方ありがとうございました。