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こんにちは。4日まで15年以上、犬の保育園の先生を行っている、なおちゃん先生と申します。
本日は、ある方よりですね、ご質問をいただきましたので、その件についてお話、お答えをしていきたいと思います。
そのご質問というのは、なおちゃん先生は、どうしてイギリス人のドクトレーナーさんのもとに
単身修行に行かれることになったのですか?というご質問でした。
こちらのお話は、いろんなところで私も何度か身の上話をしてきているんじゃないかなと思うんですけれども、
最近ね、つながってくださった方は、ご存知ない方も多くいらっしゃると思いますし、私自身のプロフィールにも
犬の仕事に就きたいと、単身イギリスに渡り、トレーナーさんのもとに住み込んで修行しました、ということは書いてありますけれども、
そこに至った経緯なんかは書いていないので、一体どういう経緯でそんなことになるんだろうと、興味を持ってくださる方もいらっしゃるかもしれません。
ということで、今回は少し私の身の上話をアゲインということでしてみたいと思います。
もしね、興味がある方は最後まで聞いていただければいいと思います。
こちらの配信にもね、ハッシュタグ誰が興味あんねん、ハッシュタグをつけていきたいと思います。
はい、それではスタートしていきたいと思います。
私は小さい頃から動物が好きで、特に犬や猫は大好きでした。
小学生の頃から犬を飼っていまして、動物に関わる仕事をね、将来したいなぁと思いながら、
自身が犬を飼ったことで、犬に関わるお仕事ができたらいいなぁと思っていたんですね。
ですけれど、大学に入ったらですね、はい、もうそんなことは独福派風という感じにいったんはなりました。
ただ、大学4年を迎えるにあたって、私の頃は就職氷河期なんていう風に言われまして、
もうみんな、10社、20社、30社を受けても落ちる落ちる落ちるという感じだったので、
大体大学4年の5月ぐらいには就職活動がスタートしていたんですよね。
私も犬の仕事に将来つきたいという希望はすっかり忘れてしまって、みんなと一緒に就職活動をしなきゃという風に思っていました。
そんな時に、就職活動をするのにリクルートスーツを買ってほしいという風に親に頼んだところ、父親に、
お前は就職活動なんかしてどうするんだと、何かやりたいことはないのかという風に怒られたんですね。
はい、だから、やりたいことはないのかと言われて、だから就活したいって言ってるじゃんって思ったんですけど、そういうことじゃなかったみたいなんですよね。
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とにかく私の家の子育て方針が、自分の好きなことで飯を食える人間になれという風な教育方針だったんですよね。
ということで、父は私に留学をしてほしかったんですね、端的に言うと。
それは自身が大学を卒業した後に2年半、イギリスに留学をしていた経験もあって、
自分の子供には社会に出る前に世界を見てほしいという願いがあったんです。
ただ私は英語自体が好きじゃなかったですし、日本が好きだったんですよね。
ただ旅は好きだったので、じゃあ留学をする代わりに世界一周をさせてほしいということで、大学4年の前期3ヶ月間、みんながね、就職活動の真っ只中の時期に、なんと世界一周、ビーズボードの女旅に行ったわけです。
それはですね、私の過去配信で、104日間世界一周の船旅ということで、お話を1年近くに渡ってきましたし、
Kindle本でも全4巻に渡って、世界一周の船旅の様子を書いています。
その中でお話をしていたんですけれども、船に乗ってしまったら、全く陸の世界とは違うんですよね。
そして陸に旅の終わりが見えるようになってからは、自分はこの先、大学4年生で就活にも乗り遅れて、どうやって生きていこうという気持ちが、本当に芽生えました。
船に乗っていた人生の先輩たちが、私にいろいろなアドバイスをくれました。
やはり3ヶ月間船に乗るということは、普通に会社勤めをされている方には難しいことですよね。
ですので、手に職を持っていらっしゃる方や、もうリタイアをされた方、あとは自由なお仕事をされている方というのが多かったんですよね、社会人の方でも。
もちろん当時のピースボートは学生もとても多かったです。
はい、そして私に声をかけてくださった方というのは、人生は長いけれども、好きなことが好きなようにできる時間というのは意外と短い。
だから、あなたに好きなことがあるのであれば、人生は一回きりだから、チャレンジした時にチャレンジをした方がいいと思うよ、ということでした。
若いんだったらいくらでもやり直せるんだから、という風にアドバイスをくれたんですよね。
そのお話を聞いた時に私は、ああやっぱり、じゃあ私は犬のことを仕事にしてみたいという風に思ったわけです。
なぜなら、まだ何も一歩も進んでいなかったので、ここで諦めては意味がないなと思って、
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どうせ、もしかしたら犬の仕事にずっと続けていくということは難しいかもしれなくても、まずはとりあえずやってみようというところから、
私の決意がこのピースボートの3ヶ月間の船旅の中で決まったわけです。
さて、その決意が決まったところで、私の人生というのは大きく犬のトレーナーになるという方向に向かって舵を切り始めたんですね。
やはり、いろんなことを、どんなことにしても、一つ決めるとそこから道が開けてくるということは本当によくあることだと思います。
それから私は自分のこういうことをしたいなということを周りに言い始めました。
親や友達やそういった人たちに言い始めたんですね。
さらに船を降りてから残りの半年間、8月に帰ってきていますので、9月末ぐらいからまた大学が始まったんですが、
10月から夜間のペットビジネス総合スクールという感じの専門学校に夜学で通いました。
学校が終わってからそちらの方に行くという日々を送っていたんですね。
幸い都内で近かったので、そしてそのペット総合ビジネススクールというのは、今の専門学校の感じだと思うんですけれども、
いろんなペットにまつわるビジネスのことを勉強するというものになっていました。
最初から私は犬のことをお仕事にしたいというふうに思ったんですけど、
ドッグトレーナーというのは決まっていなかったんですよね。
なのでまずどんな犬に関わるお仕事があるんだろうということをこのスクールに入って知ることになりました。
トレーニングの授業、美容の授業もありましたし、行動学、トレーニング、それから看護、それからペットショップ、繁殖、そういったあらゆる犬に関わるビジネス、
あとはカフェ、ドッグカフェとかそのペットショップとかの運営や経営、マネジメントのためのコースというのもいくつかありました。
そして前期ではそれらを幅広く学んで、後期では自分のやりたい方に特化したものを選択してコースが分かれていくという感じになるんですけど、
いろいろ受けた中で私が一番興味を持ったのが行動学とトレーニングの学科だったんですね。
その時のトレーニングの先生が、トレーナーさんが、私はとても好きな先生だったんですよね。
それまでも犬のことを勉強したいと言った時に、いろんな方に声をかけて、例えば当時私も犬を飼っていたので、
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その犬友の方が習っているという訓練士さんのところで訓練を見せていただいたりですとか、
父の知り合いの方が訓練を頼んでいる訓練士さんの訓練所を見せてもらったりとか、そういうことはしていました。
自分がこういうふうなことをやってみたいんだって言うと情報って集まってくるんだなぁってその時にも思っていたんですけど、
ただなんとなくその当時の訓練所の訓練の犬の訓練のスタイルっていうのは、
私はかっこいいなとは思ったけれど、これをやりたいなとは思わなかったんですよね。
なんとなくそんな思いがあったので、いまいち犬の訓練士になるということは踏み込んでいなかったんです。
ただ専門学校で見たそのドクトレーナーの先生というのは、全くその訓練士さんたちとやり方や考え方が違っていたんですよね。
それが非常に私は斬新で、前期の講義が終わった後に後期の行動学の方を先行してトレーナーさんへの道を進みたいなと思ったので、私はその先生に相談をしたんですね。
このペットビジネスの総合スクールの後期は先生のドクトレーニングコースを取りたいと思いますというふうに言ったんですよね。
そうしたら、君は本当にトレーナーになりたいの?というふうに聞かれました。
私はトレーナーになりたいのかどうかわからないけれども、トレーニングの勉強はとても面白いので、もっともっとその分野を勉強したいですというふうに言ったんです。
そうしたら、今はその学校がないので言えますけど、そのトレーナーの先生はね、それなら僕はこの専門学校の後期のコースを取ることは勧めないよって、そんなこと言っちゃってよかったんですかね、M先生って思うんですけど。
まあ事故でしょう、事故。なぜならこのコースを取っても、その卒業した後はそのスクールというのはですね、あるペットビジネスの会社がやっているスクールだったんですね。
だから大体はその会社に就職する、人材をある程度お金を取って育てるという感じだったんですよ。
普通は企業はね、新入社員をとってお金を払って、社員としてお金を払いながら学んでもらって育てていくという感じなんですけど、この会社の賢いなと思ったところは、まずは専門学校というところである程度の知識や経験を身につけさせて卒業したら、ある程度のレベルの人間を就職してもらうという感じのやり方をしてたんですね。
その分は払わなくて、むしろもらえるわけですかね。受講生として。なので、トレーナーとしてきちんと勉強したいのであれば、ここだけでは不足だから、もっとちゃんと勉強した方がいいと思うというふうに言われたんです。
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もちろんお金も安くなかったので、そうかというふうに私は思いました。そこで悶々としながら考えていたんですが、その先生に相談をしたときに、今度、自分のスクール関係なしに自分がやっている事業、先生は講師なので専任講師ではなくて非常勤講師なわけですよね。
子自身のドッグスクール、犬のしつけ教室とか生徒さんをたくさん持っている先生でした。また他の専門学校でも講師をされている先生で、自分が勤めている他の動物の専門学校で、今度自分の師匠を招いてセミナーをやりますと。
それに来たらどうですか?というふうに誘っていただいたんですね。で、それがそのセミナー、そのね、高等学の先生、M先生ですね。専門学校で出会ったM先生の師匠というのが、私が滞在することになったイギリス人の先生だったんです。
ここまでの流れ大丈夫でしょうか?一覧表が必要ですね。人生というのは、私は運と縁とタイミングだなっていつも思っています。運と縁とタイミングが全部バチッと揃った時に、もうそこに向かうしかないという追い風が吹いてくる。
もちろんそれに抗って、なんだかんだ理由をつけて追い風に乗らない。私は追い風というよりはサーフィンの波みたいに思っているんですけど、サーフィンはやらないんですけどね。波が来た時に大きな波を自分でこれだ、今だと思って乗るか、それとも見逃すか、それだけで決まるものがあると思っています。
私にとっての大きな波というのはまさにここだったんですね。そして私は、このM先生が師匠という先生、そしてイギリス人のドクトレーナーさんのセミナーってどんなものなんだろうと興味があったので、もちろん行きますと言って、動物の専門学校で行われるイギリス人教師トレーナーによる家庭圏のトレーニングというセミナーに参加しました。
そこで出会ったのが、今年の5月にも来日してセミナーを行ってくれたF先生ですね。イギリス人のF先生でした。
私は彼女のセミナー、ほんの1、2時間のものだったと思うんですが、それを見て本当に感銘を受けたんですね。今まで私が訓練士さんのところで見学をさせていただいたり、お友達、犬友さんの訓練を見せていただいたりした方の訓練方法と全然違ったんです。
何が違うかというと、当時の私には魔法のように見えたんですよね。犬が自分で動く。正解に向かって自分で考えて犬が動く。
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それまでの私が見てきた訓練というのは、人が言ったこと、指示をしたことに、いかに犬が早く正確に間違えずに反応できるかという訓練でした。
ただ、私の先生がデモンストレーションで行ってみせた訓練方法というのは、課題が当てられたことを犬が自分で考えてその正解にたどり着く、犬に考えさせるトレーニングというのを見せてくださったんですね。
それがクリッカーを使ったトレーニングなんですけど、詳しいことは今は省きます。
そしてそれにとても感銘を受けた私は、ぜひこの先生がどうやってこういうふうに犬をトレーニングしているのかもっと知りたい。
先生について学びたい。自分もこういうふうになりたいと思ったんですね。
ここで自分の目標が明らかになったわけです。自分がこうなりたいというモデルに出会ったわけなんですね。
そういうふうなモデルがあると、やっぱり目標がはっきり決まると人生ってそれに向かって生きやすくなるんじゃないかなと思います。これはどんな分野でも皆さんそうだと思います。
そして私はさらにラッキーなことに、このセミナーの最後に質疑応答の時間が少しあって、もちろん通訳さんがつくんですけれども、
その通訳さんが今このF先生はご自身のイギリスの先生のお宅に住み込んで、犬の世話や家事手伝いをしながら犬のことを学ぶスチューデント、研修生を募集していますというふうに言ったんですね。
これ動物の専門学校で行われたセミナーなんです。なので私と似たような年代の専門学校で犬のトレーニングや看護を学んでいる生徒さんたちがその場にたくさんいたわけなんですよね。
なのでそのスチューデントを募集していますと言った時に誰か行きたい人いませんか?興味のある方いませんか?というふうに通訳さんがお話しされたんです。先生の言葉をね。
なので私は先生がスチューデントを募集しています。誰か行きたい人いませんか?と言った時にきっと多くの人がそのスチューデントとしてイギリス人の先生のところに行きたいと思うだろう。たくさん手が挙がるだろうと思ったんです。
なのではい私行きたいですってその場で手を挙げたんですよね。そしたら会場に80人から100人くらいいたんじゃないかなってもうちょっと少なかったかもしれないけど結構人がいたんですが手を挙げたのが私だけだったんですよ。
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これね本当にね今でも思いますけどきっと私の守護霊たちがこぞってね今こいつの手を挙げさせなければこいつの人生はただのニートで終わってしまうというふうに思ったんだと思うんですけど。
はい私行きたいですってその場で手を挙げちゃったんです。そしたら広い会場にね手を挙げてる人私しかいないもんだからね先生が言うって言うって言って私しか手を挙げてないじゃん。
みんなのもの測ったなぐらいの感じですよ。それで私は一人しか手を挙げてる人がいなかったのでもう挙げた手は引っ込められないし先生はいつから来れるんだって言うしそしてね本当にね全てのカードがもう私のイギリス行きに向けて揃ってしまったんですねこの場合で。
ただただ足りないのは私の覚悟だけでほとんどそれ以外は全部お膳立てが済んでしまったんですよ。なぜかというとこの時大学4年生のもう卒業後するだけっていう3月の時期だったんですね。
そして3月の末にも関わらず4月から私はやることがないニートですよ。就職も決まってないしアルバイトを多少してたぐらいかなという感じだったんですけど。
そしてやることもない。学校も卒業してしまう。そしてかねてよりね、うちの両親は留学させたい。いつナオコは留学するって言うんだっていう感じでね。娘をなぜか留学させたい親たちが手薬を引いて後ろで待っている。
私が案の定ですね、家に帰ってこういう先生とセミナーで出会ってイギリスに行きたいんだと言ったらもう諸手を挙げてね、よしいつから行くんだという感じでね、応援して送り出してくれるわけです。
でね、私は先生に言ったんです。私英語のことわからないんです。犬は英語も日本語もわからないでしょって言われちゃったんですよね。
そして私犬のこともわからないんですって言ったら、あなたはそれを勉強しに来るんでしょって言われちゃったんで、もうねどこにも障害がなくなっちゃったんですよね。
ということで、私はちょっとね、はぁ大丈夫かな、はぁ一人で大丈夫かな、犬のことも英語のことも全然わからないし、知らない人のうちにいきなり住み込むなんて大丈夫かなと不安いっぱいのままスーツケースに、私の配信をずっと聞いてくださっている方ならご存知のあの水色の長靴を突っ込んで、丹心ヒースロー空港に降りてったわけなんですね。
ということで、今回はなぜどうやって私がイギリス人トレーナーさんのもとに丹心住み込むことになったのかということをお話をさせていただきました。
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人生には全ての物事のカードが揃って、あとは自分の一歩を踏み出す勇気だけというタイミングが少なからずあると思います。
その時は気がつかなくても、後になって振り返ってみると、自分が人生の大波にえいやと乗った瞬間というのが、きっとどなたにも多かれ少なかれあるんじゃないかなと思います。
私も自分の人生を振り返った時に、そういった転換期、自分の人生が大きく変わる波に乗った時というのがありました。
紛れもなく最初の大波はここにあったんじゃないかなと思っています。
そしてね、その逆でこの道に進みたい、こういう風にしたいんだけど、どうしてもカードが揃わない、どうしても難しいという時もまたあると思います。
私はそういうこともありました。ただ、その時は泣く泣く諦めたり、必ずいつかという風に思ったりしてやめたということもあるんですが、
これはこれでそういうタイミングではなかった。カードが揃わなかった。いい波ではなかった。
だけど、別の機会に別の波、別のカードがきちんと目の前に現れてくるということも経験しています。
大切なのは、運と縁とタイミングを揃った時を逃さない。
そして揃わなかった時は、私はね、これは今やることではないんだな、そして違うカードが用意されている、そういう時期なんだなという風に自分の人生を見てきました、歩んできたと思います。
このやり方が万人の方に当てはまるということでは決してないと思うんですが、私はそのようにして単身イギリスに渡りました。
イギリスに渡った後の生活というのがどんなものだったかというのは、また機会を見てお話をしようと思いますが、
とにかくね、私は五代目浜っ子なんですね。そして両親もこの横浜で大体授業を営んできたということで田舎がないんです。
ずっと建物に囲まれて暮らしてきました。その私が降り立ったところは最寄りのバス停まで歩いて約1時間という、見渡す限りね、緑一面の朝は鳥のさえずりで目を覚ます、または鶏の鳴き声で目を覚ますというような場所でございました。
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そのイギリスの先生のお家での体験、どんなものだったかというのはね、また折りを見てお話をしたいと思います。
今回はなぜ私が単身イギリス人の先生のお家に住み込み修行をすることになったのか、そのきっかけについてお話しました。
皆さんの人生の節目となった大波、揃ったカード、お話がありましたらぜひ配信で聞かせてくださいね。またコメント、レターもお待ちしております。最後まで長々と聞いていただいてありがとうございました。