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2024-06-07 12:48

#12【対話回】No.2における私のスタンス/ ゲスト:みさとさん

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今回はいよいよ「No.2における私のスタンス」というメインテーマ。

No.2とはそもそもどういうことなのか。
たくさんのチームの中の公平さとは。

わたしが大切にしていることをお話できたような気がします。
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もんざえもんの最近、パチパチパチパチ、第12回始まりました。
今回も前回に引き続き、みさとさんとの対話回になります。
今回はいよいよ、No.2における私のスタンスについて、メインのテーマとしてお話しさせていただきました。
これを聞いて、みなさんどう感じられますでしょうか。
では、お楽しみください。どうぞ。
今、すごく一部分というか、すごく特定の角度からお話しさせてもらっているし、
そのNo.2っていう、そもそもそういうことって、関係性があっているNo.2じゃないですか。
No.1という言い方はちょっとあれですけど、リーダー的な立ち位置の人がいて、そこの支えるとかサポートするとか、
またその人とは違う目線で見るみたいな、人間関係の中の定義ではあるので、
そもそも話題がそうなんであれなんですけど、やっぱりすごい文さん、めちゃくちゃ人のこと見てるなっていうかね。
いやー、自分にとってはね、これはもう当たり前のようにやってるかわかんないんですけど、
No.2のお話をしていただくときに、僕はすごく思うことがあって、先ほど言葉を選んでくださったんですけど、
No.1とかリーダーとか、いわゆる1個隠したというか、サポートとか縁の下の力持ちみたいな言葉になると思うんですよね。
で、きっかけはあって、あるコミュニティーですごくお世話になってた方に、君はそれ才能やでって褒めてくださったことがあったんですよ。
これはすごいリーダー喜ぶよって。
リーダーもたぶんできるかもしれないけど、むしろそっちの方がすごく才能あるかもねって言われたことが、結構後押しになったってことがまず1個と。
もう一つは、No.2って言うけど、僕No.2も相当な才能だと信じてるんですよ。
ある種そういうカリスマ性とか、強いリーダーシップっていうのももちろんリーダーには求められることもあると思うんですけど、No.2はNo.2なりのすごく機質が求められると思うんですよね。
その柔らかさみたいなものは少しあったと思うんですけど、自分は柔らかいとはあんま思ってないですけど。
そのスタンスっていうところに関しては、めちゃくちゃ大事にやっぱしてますよね。
自分にとって。つまりそれはリーダーだけじゃないんですよ、チームはっていうことが言いたいっていう感じかもしれないです。
そういう立ち振る舞いみたいなものは結構意識的にやられてるっていうか。
そうですね。立ち振る舞いというよりかは、目的があるわけじゃないですか。
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基本的にそのNo.2とかNo.1という言葉って、基本的に何かの目的であったり、何かしらの団体だと思うんですけど。
つまりそれって必ず1人じゃないってことなんですよ。最低限2人以上だと思っていてて。
カップルとかもそうですよね。2人以上で何かを成し遂げるってことだと思ってる。
2人以上で一つだと思ってたときに、本当に必要なこととか促しとか、決めるとかっていういろんな役割が多分あると思うんですけど、
それは今みんなの意識がちゃんと合ってるのかっていうことが僕が一番気にしてるんですよ、いつも。
その場の空気で、この1,2,3,4,5,6って6人おったときに、6人がちゃんとこの空気の中の色が一緒なのかっていうことを結構気にしてるような気がします。
でも、もむさんそれはすごくわかります。
ありがとう。
確かに。それは全然違和感ないし、本当そうなんだろうなって思います。すごいなって思ってます。
何がすごいかわかんないんですよ、これが。割と本気で思っててよくわかんないです、それ。
すごく意識してとかいう感じでは多分ないんでしょうね。
例えばですけど、例え話1個させてもらっていいですか?
もちろんです。
黄色の話があったときに、5人赤いけど1人だけ青みたいなときがあって、
例えばその人がすごく対人関係が苦手だとか、言葉を発するのが苦手な方だったとするじゃないですか。
青の人も、話をちゃんと耳を澄ましたりとか、考え方によっては赤に変わると思ってて、
はぐれもんがおってもその空気の中で、青の人もちゃんとこの空気って赤なんだってわかってることが大事だと思ってるんですね。
人ってよく、あいつ青だから仲間外れにしようとまでは言わないんですけど、
あいつは意見が違うとかっていうのはちょっと間違っているような気がするんですよ。
僕、真の協調性ってこういうことじゃないかなって思ってて、
1人1人個人が違うのなんか当たり前だし、違う中でちゃんとこれってみんな赤ですよね、
どの中でちゃんといろんな意見があるんですよねってやることが僕はむちゃくちゃ大事だと思ってるので、
この空気づくりみたいなのは意識してるかもしれないですね。
あー、なるほど。
あー、いやでも、もんさんですね。
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もんさんですけど。
いや、でもそれは和製サラの中でもの振る舞い、
多分その意識されてないと思いますけど振る舞いから見ても、いや、もんさんだなって思うんですよ。
いや、これ、もんさんがちょっと私の中であれなんですけど。
いや、っていうのも、私多分青でも赤でもどっちでもいいじゃんって思っちゃうんですよ。
逆に自分、みんなが赤だと自分が青でも、ああまあそっか、青か、はいはいって。
なんか全然、そこに何か特別な意識をあんまり持たないからこそ、
でも、そっちの考えで割といるところはあるんですよ。
もちろん現場が赤だなとかはもちろん察するんですけど、
おっしゃった通り人ってやっぱ違うから。
協調性とは何ぞやの?多分定義も違うじゃないですか。
まあ、おそらく違うでしょうね。
私は思っていて、私は逆にそこで、何だろうな、そのままで赤でも青でも黄色でも紫でもピンクでも、
そのままでいられる方が私の中では協調性とは違うのかな。
違うかもしれないけど、協調性ではないか、ちょっとあれですけど。
落ち着いて、落ち着いて。
大丈夫、聞いてるから。
でもちょっと自分の中で何やろうとかって思った。
例えば、忘れたのと、イベントの一つの象徴だったなって思うことが一つあって、
まさに先ほどお話が出た長野合宿の時に、6人ぐらいでしたかね、行ったと思うんですけど、
年長組が僕ともう一人の方だった。
僕が岩田寝たら料理をする。
もう一人の方が次の日の朝はコーヒーを作る。
僕ずっと運転してるみたいな話があったじゃないですか。
これって協調性という言葉であげるのであれば、みんなで分けて協力しようということはもちろんやってはいるものの、
やりたいことをやってるけど、純粋な心でみんないるっていうことが大事だと思うんですよ。
つまりこれって赤とか青とか黄色とかって言ってるけど、
圧縮で過ごすっていうことに一定に関しては共通点があるじゃないですか。
ここなんですよ、僕の強調点って言ってるところっていうのは。
そこさえ守られてたら何でもいいんです。
CMでもさっきの青の話も出ましたけど、
一人つま弾き者がおって例外があるのは、本当にその場の軸、共通点、強調点が違う人はいらないと思ってます。
そういうところがポイントとして僕は大事じゃないかなって思って、
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基本的には対人会見においては、公平さみたいなところはめっちゃ意識してるかもしれないですね。
だから赤の人だけ青の人だけ喋るっていうことは良くないと思ってるんですよ。
いろんな意義があって対話っていうのは成り立つと思ってるので、
それをちゃんと聞いてもらうことが特に和製サロンではものすごい大事じゃないかなっていうのは、
常に意識してるかもしれないです。
それは意識してくださってるっていう言い方ちょっと変なんですけど、
私のためとかではないので。
あれなんですけど、でもモンさんみたいな方がいてくださるのは、
なんかちょっと良い言い方があるんですけど、すごく大きな意味があるっていう言い方なんか変なんですけど。
全然気にせんでいいです。
意味があるんですよ。
とはすごく私は思いますね。
やろうと思って、やれることかもしれないんですけど、
それを頑張ってやるのもちょっと違うじゃないですか。
すごい頑張って、僕、俺、私、みたいなチャンスみたいな感じもやっぱ違うし。
でもそれがあんまりこっちにも負担に感じない。
あ、申し訳ございません。みたいな感じに自然となれるっていうのは、
今までのご経験の賜物でもあると思うし、
普段の意識の賜物でもあるんだろうなっていうのは。
それで言うと、たぶん一点で、無理してほしくないだけなんですよ、要するに。
それは自分もそうなんですよ、結局は。
だってどんな場合でも協調性を求められるときって結構あると思うんですよ。
なんかあんまり言い出しにくい空気みたいなのはあるんですけど。
特に和製サロンでは僕はほぼ必要ないんじゃないかと思ってて。
和製サロンという軸の大きな大切な考え方はあるにしても、
対話というところに関しては全員対等じゃないですか。
これよく言うんですけど、和製サロンと本当に年齢関係なく、
よく皆さんとお話しすることが多いと思ったときに、
それって一番気にしたらいけないところというか。
僕はそれは普段から和製サロン以外でもめちゃくちゃ意識してるっていうスタンスかもしれないですね。
だって人間なものみたいな感じかもしれない。
広く言っちゃいますよ。
僕はそれはなんでっていうのをもう一歩だけ言うと、
若ければ都市とろうがどんな人でも出てくる一つ一つの言葉の重みっていうものは、
自分が傀儡としていたときに、
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自分がそれによって周りがすごく話しやすかったですとか本音で話せましたっていうことは、
自分も話せてるってことなんですね、自分にとっては。
なんかそれは信じていてて。
だからこそ自分のスタンスっていうものは、
常に意識って言ってくださってる通りで、
ちゃんと自分でありたい。
ヘブンらしくありたいっていうのがたまたまそのナンバー2だったのかもしれないですね。
えー面白い。
面白い?この話ちょっとよくわかってないけど。
大丈夫かしら。
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