12月6日から公開中のドキュメンタリー映画『NO ハンブルク NO ビートルズ』について語りました。
『Beat-Club』の公式YouTubeはこちら
https://youtube.com/@beatclub?si=bDq8x964-lg1JRsG
※BGMはStuck on Earthさんの作品を使用させていただきました。
https://commons.nicovideo.jp/users/129151301
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サマリー
ドキュメンタリー映画『NO ハンブルク NO ビートルズ』が公開され、ビートルズのハンブルク時代に焦点を当てています。この作品は、ビートルズの音楽キャリアの起点となる貴重な証言や記録を集め、デビュー前の彼らの姿を深く掘り下げています。
映画の紹介
こんにちは、こんばんは、真鍋新一です。
真鍋新一と誰かの話というポッドキャストをやっております。
最近ちょっとまた更新をサボっておりましたけども、いろいろとお話ししたいことがまたたまってまいりましたので、年内のうちに何回か更新をしてみようと思います。
まず、何と言っても最初にご紹介したいのが、現在公開中のドキュメンタリー映画『NO ハンブルク NO ビートルズ』でございます。
この2年ぐらい、ビートルズ関係のかなり深掘りしたマニアックなドキュメンタリーというのが、いくつも日本で公開されるようになりました。
今回はですね、2年前に公開されました『ジョン・レノン 音楽で世界を変えた男の真実』。
これもなかなかニッチな内容でございましたけども、その監督がですね、今度はビートルズのハンブルクの修行時代についてスポット当てたドキュメンタリーを作ったということで、
もう2年前の段階でインタビューで、そういう今作品をやってるんだっていうことはもうお話ししてたんですけども、
ただドキュメンタリーっていうのは非常に作るのに時間がかかりますからね、証言を集めたりするのももちろん大変ですし、
それらを綺麗に編集して1本の映画にしてまとめるっていうのもね、なかなか大変なものでございまして、
しかも劇映画とかと違ってね、結構いくらでも漕れちゃうっていうか、非常に孤独な編集作業でございますから関わってる人が少ないんですよね、ドキュメンタリーの場合は。
劇映画の場合はいろんな事情があって、いついつまでに公開しなきゃいけないとかね、あるんですけども、ドキュメンタリーは割とその辺の制約は結構自由なので、
本当にもう作るのに何十年もかかってるドキュメンタリー映画なんて結構いくらでもあるんで、
なので最初にそのハンブルク時代のビートルズについてっていう話を聞いたときも、まあ何年かかるのかな、最低5年ぐらいかかるんだろうなぐらいに思ってたんですけども、
なんと1年半ぐらいで完成しましたという連絡をいただきまして、それで早速拝見したわけでございます。
ご覧になった方ならわかると思うんですけども、ここまでビートルズのデビュー前のことについて濃密な内容でまとめたドキュメンタリーってのはなかなかないですね。
ビートルズってやっぱり関わってる人も非常に多いんでね、ちょっと見ただけの人とかちょっと関わったことのある人もね、いかにもワシが育てたみたいな雰囲気で偉そうに答えてるドキュメンタリーとかね、
あとはなんかよくわからない評論家の人がどの立場でお前は物を言ってるんだみたいなそういう証言とかコメントを出してるドキュメンタリーなんてのもいくらでもありますね。
やっぱりビートルズはネームバリューがあるんで、どんなにしょうもない内容でも作品が成り立ってしまうっていうことがあります。
その点、今回のノーハンブーツ、ノービートルズはですね、本当にちゃんとした関係者の証言を集めてますね。
今まで話を聞いたことがなかった人のお話も入っていますし、その辺、本当に資料的な価値はすごくあるし、
あとはもうその当時ビートルズと関わってた人たちもね、これは順番なんでしょうがないですけども、お亡くなりになってしまう方もいらっしゃいますからね。
そういう意味では本当に最後のチャンスぐらいなタイミングで成立した奇跡的な映画ではないかと思います。
この間のジョン・レノンのドキュメンタリーもそう思いましたけどもね、もう本当に話聞くならもう今が最後かもしれないみたいな感じでございます。
ハンブルク時代の音楽
ビートルズのハンプルク時代を知りたいと思った方は必ず避けて通れない道なんですけども、デビュー前にトニー・シェリダンというギタリストで、ボーカリストの方のバックでビートルズが演奏しているレコードというのが出ております。
一番有名な曲はマイ・ボニーですね。この曲がシングルになりまして、それがイギリス現地で本国で評判になったことによってビートルズはブライアン・エップスタインに見つけられて、そしてまた正式デビューの道を歩むということになるわけなんですけども、
そのハンプルクでのセッション、その時まだドラマーはリンゴスターではなくピート・ベストだったりしてね、まだまだデビュー前の未完成状態のビートルズの演奏を聞くことができるわけなんですけども、アルバム1枚分ぐらいの曲数がありますんでね、まとめてCDになったりもしております。
ただまあなんかあんまりマニアの間では評判が良くないですね。まずはまあドラマーが違うっていうこともあると思うんですけども、なんというか一番ビートルズが荒々しい時代だったはずの音源なんですけども、結構小さくまとまってるっていうかね、それこそデビュー後の例えばプリーズ・プリーズ・ミーのアルバムみたいな、そういった熱量ってものを意外と感じないっていう。
なんでだろうなーって思うんですけどもね、それはまあ映画の中で出てくるんですけども、その時ビートルズに声をかけてプロデュースした人っていうのがベルト・ケンプフェルトっていう方なんですよ。
この人はドイツでは結構有名、ドイツだけじゃないですね、もう世界的に有名なEasy Listeningの人なんですよ。例えばポール・モーリアとかね、パーシー・フェイスとか後の時代いろんな人が出てきますけども、軽音楽で有名な人なんですよね。
ただポリドールのディレクターも兼任してたんで、これからの時代はロックンロールっていうことでね、ドイツで暴れていたバービートルズに声をかけたわけなんですけども、まあそういう目の付けどころは良かった。目の付けどころは良かったけども、ただロックンロールをレコードにするときにどういうサウンドで録音したらいいのかっていうところがやっぱり今一歩だったんじゃないかなと。
やっぱりなんでしょうね、いくら演奏が激しくても小さい音で録ってたら意味ないっていうかね。なのでね、そういう意味でやっぱり物足りなさの残る録音だったんじゃないかなって思うんですけども。ただですね、今回のドキュメンタリーの中で結構大事なところなんですけども、リードボーカルを録っていたそのトニー・シリダンっていうソロのアーティストですね。彼についてのことが結構詳しく出てくるんですよ。
で、マイ・ボニーでリードギター弾いてるのはジョージ・ハリスンじゃなくてこのトニー・シリダンっていう人だよっていう話とかね。あると思うんですけども、そのトニー・シリダンがどれだけ優れたミュージシャンだったかっていう知識をちゃんと映画を見て蓄えた上でもう一回マイ・ボニー聴いてみるとですね、
その録音が結構落ち着いて小さくまとまっちゃってる部分っていうのを脳内保管してですね、ハンブルク時代のビートルズの荒々しさみたいなものがちょっと3割増しぐらいに聞こえてくるっていう、結構これ面白い現象ですね。
ドキュメンタリー映画を見ることによって音楽の聞き方、音楽の聞こえ方がちょっと変わってくるっていう、これはその前回のジョン・レノのドキュメンタリーの時もそうでしたけども、今回のね、ノーハンブルク、ノービートルズでもそういう効果がありましたね。
あとはそうですね、ビートルズの頃からなんですけども、イギリスでチャンスのなかった人たちが、ミュージシャンがですね、ドイツへ渡って一旗あげるみたいな、そういう流れもこの後出来上がっていくんですよ。
で、例えばですね、ビートルズが来日する2年ぐらい前に日本に来て、そこでビートルズと同じスタイルの演奏を繰り広げて、当時の日本人ミュージシャンに大変な衝撃を与えたっていう、リバプールファイブというグループがいます。
日本に来日した時はですね、ビートルズは連れてこれないからこの人たちを連れてきたよっていうことでね、リバプールビートルズっていうもうなんか身も蓋もないグループ名で紹介をされていたわけなんですけども、そのリバプールファイブもですね、ファーストアルバムはドイツで撮っておりまして、なんでそれからこう、なんでしょう、ちょっと拍をつけて本国イギリスに戻っていくっていうね、そういう流れがビートルズ以来確立していくわけです。
あとはドイツっていうのはすごく近隣の諸国との距離が近いっていうこともあって、結構ロック関係もかなり進んだ試みをいくつかやっておりまして、例えばYouTubeに公式チャンネルがあるんで見ていただきたいんですけども、ビートクラブっていう番組があって、そこでアメリカやイギリスから結構すごい人たちを呼んできて、生演奏をスタジオライブさせている、そしてその映像が残ってるっていうね、
こともありますし、例えばビージーズですね、ディスコ化する前のビージーズですけども、まだビートバンドだったときのビージーズもドイツだけで特番を作って、プロモーションビデオの集合体みたいなね、そういう結構興味深い番組を作ったりとかしてて、それもドイツでしか見れなかったんですよ、昔は。
ドキュメンタリーの意義
っていうこともなんかありのですね、当時のドイツがそういうイギリスの音楽の世界的なブームにどういう形で貢献してたかっていうことも、この映画を見ると分かるようになってるっていうね、そんなことでございます。
このドキュメンタリーもそうだったんですけども、リバプールから世界へビートルズの軌跡っていうね、あれに引き続いて原稿を書いております。
今話したようなこととはまたちょっと違うところで、今回のドキュメンタリー映画を見て引っかかったところとか、もっとこういう情報を知っておくと面白いよとか、そういうようなことをいろいろ書きました。
他にも字幕の監修をされた藤本邦彦さんはじめとして、本当にいろんなオーソリティの皆さんがですね、寄ってたかってこの映画の気になったところをいっぱい文章にまとめていらっしゃいます。
ほとんど内容的に被るところがない。それは本当にびっくりしました。
ビートルズのハンブルグ時代っていうね、すごく狭いテーマの中で語ってるのにみんな書いてること違うんですよ。
僕もすごく読んで勉強になりました。貴重な資料、写真などもたくさん掲載されておりますので、映画をご覧になった方はぜひパンフレットも読んでいただければなと思います。
ということで今日はこんな感じ。
真鍋真一と誰かの話。次回はですね、ディズニープラスでやはり11月の終わりに公開がされましたビートルズのドキュメンタリー作品、ビートルズ64これについていろいろと気になったことを語っていきたいと思います。
それでは次回をお楽しみに。ごきげんよう。さようなら。
12:11
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