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みなさん、こんにちは。 アマちゃん大好き、スナックリアスのジュリーです。
アマちゃんについては、前回少し触れたんですけれども、 みなさんググってくれたでしょうか?
アサドラのひらがなでアマちゃんと書くんですよ。 ぜひ検索してみてくださいね、知らない人は。
前回、転校したときの話をして、
ものすごい不安で、完全にアウェーでした。
私が通学で使用する自転車が、 本当は高速から外れてた半速自転車
だったんですけども、先生がボケてて、 いいよって言っちゃったがために、
私はその自転車に乗っていると、男子にハンチャリハンチャリ言って、
いじめとまでは言わないかな、からかわれるっていうのかな。 自分があまりいじめられるっていう風に気にしてなかったから、
いじめではなかったのかもわからないんですけど、
ハンチャリ女子ということで、転校ライフが始まった話をしたんですね。 今日はその続きです。
隣の中学校だったのに、片谷、中学校1年生の時に過ごした学校は、部活動ですね、スポーツ。
これにすごく力を入れている学校で、勉強とかあんまり、
テストももちろんやってたんですけど、 そんなにガヤガヤ先生に言われたこと、記憶はなかったですね。
転校した学校は、
結構、もう多くの
生徒が塾に通っていたことに、私は驚きました。
中学校2年生ですよね。
3年生だったら高校入試を考えて、部活が終わったから、部活引退したから塾っていうのもなんとなくわかるんですけども、
多分中学校2年生で私は転校したので、クラスの人の多くが塾に行っていたことを考えると、
彼らは中学校1年生の時から塾に出たんではないかと思うんですね。
それはすごくカルチャーショックでした。
やっぱり転校した中学校は、すごく勉強勉強っていう学校でした。先生が。
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ものすごく勉学、部活ももちろん、かなり活発に練習はしていたようなんですけど、とにかく勉強。
学力テストだったり、中間テスト、期末テストも
なんか順位が張り出されてたのかな?ちょっとわかんないんですけども、とにかく第一印象は高速が厳しい、先生が厳しい、勉強勉強って言われるっていう、全然違う世界でした。
高速が厳しいっていうのの典型が、前髪の長さチェックですよね。
その転校する前の学校っていうのは、髪型のチェックなんてなかった、検査なんてない。
でもその転校した後の学校は、とにかく前髪は眉毛の上、眉毛にかかってたらもう切れ!みたいな感じで、その場でなんかハサミで切られちゃうみたいな、そんな感じだったんですよね。
だからみんななんかこう、垢抜けないというか、同級生を見ると、なんかみんな女の子ですね、前髪がパッツンパッツンな感じになってて、今はね、このパッツン前髪とか言って、おしゃれの一つの型、フォームとして前髪が短いのっていうのもありなのかもしれないんですけど、
当時はもう前髪よりも上でパッツンっていうのは、ちょっとこう、ざん切りっぽいというか、わかめちゃんみたいな感じだったのかな。なんかカッコ悪い、垢抜けない感じがしましたよね。しかもやっぱり勉強勉強とか言ってるから、なんとなく同級生がちょっとダサい感じっていうのかな、ファッション的に見てね、ファッショナブルじゃないなっていう印象は受けました。
で、同じクラスになった男子がとにかく、ジュリーがいた中学校はどのぐらい勉強してたんだとか、学年で何番だったんだとか、ものすごい勉強のことを聞くんですよね。
で、なんかその勉強するとかって全く意識したことなかったから、なんかちょっとよくわからなかった、私には。で、割となんかその投手むき出しというか、その隣の中学校から来た転校生の私に負けたくないっていう気持ちが、その男子たちに、特に男子たちかな、まあでも優等生の女子もそういう目で見てたのかな、なんかそういうのを感じました。
で、そこでなんかやっぱり私自身、なんとなく思ったのは、これは勉強しっかりやることがここでうまくやっていける一つのコツではないかと思い、その中学校、新しい転校した先に行ってからかなり勉強はするようになっちゃいました。環境がそうしたっていう感じですかね。
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で、もともと勉強がすごくできたのかどうかってちょっとわからないんですけども、やればできたタイプだったような気がします。
まあ、中学校の勉強っていうのは暗記がほとんどなので、逆にだからテストでいい、点数が全部オープンになるような状況だったので、テストでいい点取ったらなんかもうみんなに注目を置かれちゃうみたいな感じで、で、かなり初めからトップギアで勉強したので、勉強で頑張って結果も出たし成績も良くなったと思います。
もう一つのセルフプロデュースだったのかな、今思えば。
学年の行事の大きな行事の一つに歌唱、歌謡大会、いや違う違う違う、合唱祭ですね。クラス対抗の合唱祭ってありますよね。
ああいうので、指揮者とか伴奏、ピアノの人がリーダーシップを取って、みんなの練習をモチベーション上げてやるような歌唱大会みたいなので、指揮者を自ら手を挙げて立候補してやったりとか。
でも私も指揮とかよく分からないし、ただなんかやれるものはやってみようみたいな。逆に誰も知らないところにポツンと転校したから躊躇なくそういうことに手を挙げたりすることができるようになったって言えばいいんですかね。
歌唱祭で指揮者やって、結果は散々だったんですけれども、そうは言ってもかなりやっぱりみんなが一目を置くようになっていったような気がします。
たまたまよかったのが、担任になった先生も他の学校から赴任してきた。その中学校で新しい先生だったんですよね。
なので生徒さんのことを、その先生自体新しいということで、その先生もフラットに転校生だからということで見るんじゃなくて、クラスの一人という感じで接してくださいましたし、
前の中学校の時からずっとバレーブだったので、転校してからのバレーブだったんですけども、またバレーブがなぜかですね、同じ学年のバレーブって3,40人いたんですよね。そんなにバレーボールって人気だったんですかね。
3,40人って、レギュラー6人に対して3,40人って結構な競争率だったと思うんですけど。部活の顧問の先生もやっぱり新たにこの中学校に赴任してきた先生で、部活の方も新しい先生が新しい転校生みたいな感じで接してくれるんじゃない。
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ということで、私にとってはその2人の先生との出会いというのはとても大きかったと思います。そこからは伸び伸びと部活やって、クラスのこともやって、勉強は1回エンジンがかかったからかずっとそこから勉強はやってましたね。
なので、自分にとっての転校って初め思ってたのはものすごい不安だったし嫌だったし、毎日毎日泣いてたんですけども、今思えばあそこで転校しなかったらおそらくあんなに勉強もすることにならなかったし、なんか自分で手を挙げて何かするような積極性みたいなものも生まれなかったような気がするし、
勇気を持って周りのことを気にせず何かやるとか、そういう自分に気づけたのは転校という経験からだったのかなと思ったりします。
その後、いろんな新しい環境に入っていくという経験をしたんですが、転校した時の経験というのが何かしら自分の勇気になっているというか、大丈夫なんじゃないの、なんとかなるんじゃないの、同じ人間だし、みたいなところはあるかなと感じています。
2回にわたって転校の話をしましたけれども、また思い出したら転校話をしたいと思います。またね。