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2021-03-12 11:31

1日遅れで10年前の話を。選ばなかった方の人生との向き合いかた。+業務連絡。

昨日、いろんな方が10年前の震災の時の思い出なんかを話す配信を聞いていて、自分も話してみようと思いました。

当時のことを考えていて、今思えば分岐点だったんだな、と気づ来ます。
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メタ音声配信ラジオ。こんにちは、いわみです。3月12日の金曜日。1週間お疲れ様でした。
相変わらず鼻声で、鼻で息ができない状態なんですけど。
いよいよ僕もですね、自分が花粉症だということを認めざるを得ない時がきまして。
何があったのかって大したことじゃないんですけど、もう目が痒くなってきたんで。
だからもう認めようとですね、昨日思いました。
昨日のですね、3月11日は、僕にとっては、花粉症デビューデーというですね、大変不名誉な日になってしまいましたが。
だからというわけではないんですけど、10年前の話をしてみようと思いました。
いろんな方の配信を聞いていたらですね、ちょうど昨日2021年の3月11日は東日本大震災から10年の節目だったということで。
いろんな方がですね、その10年前の自分が置かれた状況みたいなのをお話しされていてですね。
わりと興味深く聞いていたんですが、僕のことも話してみようかなと思います。
1日遅れではありますけど、10年前のことをですね。
10年前の当時は僕は何をしていたかと思うと、都内にですね、一人暮らししてましたね。
それで当時勤めていた会社で仕事をしていたんですが、ちょうど今日と同じ金曜日でですね。
その日は確か僕はですね、夕方から仕事というか、結構本当に時間関係ないですね。
下勤みたいな仕事だったので、その日は夜のですね、夜勤の仕事を入っていたんですよ。
僕はそのちょっと前まで人材派遣の会社で管理みたいな事務の仕事をしていたんですけど、そこからその会社から新しく立ち上がったですね。
派遣ではない、もう一つ新しい会社を立ち上げてそちらのほうの現場とかに入ったりとか、総合職みたいなことをやっていたので。
そこの現場で夜の仕事があるということで、その準備と待機みたいなことをしていたんですね。
それで確かその2時とか2時半くらいだったと思うんですけど、地震があって。
皆さんもよくおっしゃってましたけど、当時はですね、その瞬間というか、すごい揺れだなとは思うんだけど、その事の重大さには全然気づけていないというですね。
そんなに都内だったので、ビルも確か2階だか3階だかで、そこまで被害というのはですね、なかったんですけど。
それでも会社にはテレビとかあったので、僕は津波の映像とかですね、NHKが流した津波の映像とかを結構リアルで見て、リアルタイムで見て。
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割と早い時期に、これは偉いことなんだというふうに思ったわけですね。
その時は原発っていうのはまだ言われてなかったと思いますけど。
ちなみにヘリコプターのNHKのカメラマンの最近記事がノートとかで出てて、すごく感動したので、もしよかったら皆さんもと言うんですが、話が逸れましたが。
それで驚くことに、今から考えると驚くんですけど、その後普通に僕は現場に行ったんですよ。
会社が池袋にあって、確か現場がお茶の水とか新お茶の水くらいにあったんですけど、そこに車を乗って行ったんですよね。
まだ地震が2時半とかにあって、多分会社を4時か5時くらいに出たと思うんですけど、その時はまだそんなに混乱はなくて。
でもちょうど1時間後くらいに道路が全然動かないような状態になってたんですけど、だから運が良かったのか悪いのか分かりませんけど、普通に現場に到着できてしまって。
割といろんな会社の人が集まって、営業とか現場の人とか派遣の人とかいろいろ集まってくる現場だったんですけど、割とみんないたわけですよね。
電車で来れない人もいたし、何らかの交通手段を乗り継いできた人もいたという感じですが、現場に行きながら僕もまさか現場やらないだろうと思ってたんですけど、じゃあやりますかって普通に始まったんですよね。
やっぱりこの人たちはちょっとおかしいなってですね。
その辺も僕がその後、働き方を考えるきっかけになったような気はしてるんですけど。
それで夕方始まって、確か12時明けるくらいまで仕事したと思うんですよね。
それでその後会社に戻るわけですけど、お茶の水くらいで車に乗って池袋までですね。
普通だったら多分距離わかんないですけど5キロ、10キロないくらいで、平日のラッシュタイムでも多分30分あれば着けるとこなんですけど、大通りに出たまま1時間くらい車がずっと動かなくて、これはダメだってですね。
僕は思ってですね、こんな時に駐車違反を取り締まる人はいないだろうと思って、普通に地下鉄の言い口の前のですね、通りにですね、バンのタイエースかなんかだったと思うんですけど、止めて、そのままですね、ちょうどその時地下鉄は動いてたんですよね。
今考えるとすごいなと思うんですけど、東京メトロに乗って池袋の会社に戻って、そしたら帰れなくなったみんなが会社で泊まってたんで、そこで一緒に泊まってっていうのが当時のあれですね。
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それでその後で電車が動いて自分の家に帰れたわけですけど、それがその翌日だったかその次だったか忘れましたけど、うちの家もそんなに被害はなかったんですけど、普通にデスクの上に置いてたデスクトップのパソコンのモニターがですね、普通に転がってて、それがクッションフロアにぶっ刺さって、それぐらいの被害しかなかったんですけど、今考えてみるとですね、
10年経ってやったらわかったことがあるんですけど、僕はですね、やっぱりあの震災をきっかけにおそらくその働き方を変えようってですね、思ったなって、今思ったんですよね。
確かその年の3月に地震があって、9月にですね、会社は辞めずに1回埼玉の実家に戻ったんですよ。
その時はもちろんもう会社を辞めるつもりだったんですけど、一応自分の心づもりとして、次の転職活動はですね、かなり時間をこめて、時間をかけて、徹底的にですね、探そうと思ったので、普通に自宅から探そうって思ったんですよね。
ちょうど通えなくはない距離だったので、お金を貯めたりもできるしってことで、その実家に1回帰ったわけですよね。
それでたぶん翌年の2012年の3月だか4月に退職して、有給消化とかも結構しましたけど、そんな感じで辞めたので、たぶんその退職を決意したポイントはいくつかありますけど、その中の大きな1つには3月11日があったなっていうのはですね、今考えてみると思いました。
最後にちょっと変な話を思いついてしまったので、してみます。
こういう話はたぶんあまり好きじゃない人もいるかもしれませんけど、それが何かというとですね、僕はあの日を起点にですね、結構自分の頭の中で2通りの人生を思い浮かべてるなって思ったんですよね。
僕この配信でも何度か話したことがあるし、ブログとかノートにも書いたことあるんですけど、僕は今ですね、今この人生に、あの時に会社を辞めて、地元で働き始めてですね、時間と精神的に余裕がある暮らしができるようになったこと、すごく好ましいことだと思っているんですね。
実際そうだったと思うんですけど、あれがあのまま都内であの仕事をしていたら、たぶんよくでもない人生になっていただろうなってずっと思っていたわけですけど、最近思うのはですね、本当につい最近思ってきたんですけど、
もしそうならなかった時の自分のことをですね、僕はちょっと、なんていうか、考えなさすぎなんじゃないかっていうことを、たぶんうまく説明できないんですけど、つまりですね、すごく単純化して言うと、僕はあの日を起点にですね、2通りに分かれて、今そのAとBの道のですね、Bの人生を生きているとしたら、
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Aの方のですね、人生をとことんけなす方向で僕は考えて今まで生きてきたんですけど、なんかそれが申し訳なく思ってきたみたいなところがちょっとあって、なんとなくですけど、これからの僕の人生で、向こうの選ばなかった方のAの道を選んでいた場合の僕のですね、人生をですね、なんていうか、変な言い方をすると、ちょっと救済しなければいけないっていうですね、そんな気になってきたっていう。
そんなことをですね、10年前のことを思っていたら思ったんですね。それは別のことでもですね、例えば自分の兄弟のこととか、そういうのでもちょっと思うんですよね。
自分が見なかった方の、選ばなかった方の生き方っていうか、世界っていうのを、完全にないがしろにして人は生きていけないんじゃないかみたいなことをですね、思ったという、そんな話でした。
こんなわけのわからない話ですが、最後までお聞きいただいてありがとうございました。
あと最後にですね、業務連絡というか、これスタンドFMの方だけでこれを録音して、追加録音しているんですけど、本当に限られた一人しかですね、わからないことなのでちょっと言いたいんですけど、
うちの妻のですね、スタンドFMが最近更新されてないんですけど、それはちょっとしたですね、アカウントが多分消えてしまったというか、ちょっとアカウント登録をしないまま機種変更をして、多分あっちのアカウントでは更新できなくなってしまったっぽいので、
もうそろそろですね、新しいアカウントが作られてそちらで更新されだすと思うので、もしよろしかったらですね、多分本人からそろそろ連絡もいくと思うので、レターか何かで、今後とも変わらずお付き合いいただけたらというですね、別に本人に頼まれたわけじゃないですけど、僕は勝手に言っているわけです。
これを聞いてくださっている中で、僕は思いつく限りお二人ぐらいしかこれには該当しないんですが、もしよろしかったらお心おきをいただけると嬉しいです。
はい、それでは終わりたいと思います。最後までお聞きいただいてありがとうございました。良い週末をお過ごしください。さよなら、また。
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