大学生活について
今回の稲妻キャストですが、すごい久々な気がしますけど、 米田和久美くんに
お越しいただいているというか、僕がましょみどりに 来たって感じなんですけど
かなり前な気がするんだけど、 出てもらったのが
結構一桁台の時に出てもらったような気がしてて、3回目か4回目かそのぐらいなんですよ。
そこからなんで多分2年弱が経ってるかもしれない。
ちょいちょい、ましょみどりの運営メンバー、 展示してくれた作家さんとか、前の西村くんの話とかをされている時には横について一緒に喋ってた記憶があるんで、個人としてはだいぶ久しぶりですね。
そんな和久美くんも ぼちぼち卒業ってことでね。
なんか ちょうど2年前ぐらい
2年、あれかな、初めて出会ったのが 4年4回生の頃なのかな、僕もよく覚えてないけど。
4回生ぐらいですよね。
ぐらいで、 マンションみどりを知ったのも多分そのアクトぐらいだから。
早いな。
そっか、僕のことを先に知ってたんですね。マンションみどりより。
そうそうそうそう。
全然覚えてない。初めてどんな感じだったか。
そんな気がする。なんとなく。
だから、のえはじの里のさっちゃんに、たぶん和久のことは聞いて、
そこからマンションみどりに住んでるよって聞いて、マンションみどりに来て、
あ、ここに住んでるっていう感じで。
住所特定みたいな感じですけど。
んな感じでしたね。
もうだいぶ長い付き合いに、3年くらいかな。
長くなりましたね。あっという間に過ぎたけど。
コロナ禍における大学生活
そんな和久に今日出てもらったのは、
大学生活、大学院生活で、6年がもうすぐ終わるってことで、
ちょっとなんか話聞きたいなと思ってきましたけど、
ということでね、まもなく、なんていうかな、卒業式?
卒業式が3日後にあって、学生賞も返却して、学生の身分を終えます。
ああ、ですよね。
いや僕もそんな時期があったなと思いつつ、はるか前だなと思ってますけど。
結構早かったですね。コロナになってからは、
やっぱりそこまでワイワイもしてないので。
そうですよね。
いいになったからか。
ちょうどコロナになった時期とすごい、なんていうか、
制作とかマンションみどりに専念しだした時期がかぶさっているので、
コロナやから遊べなくなったのか、
コロナをきっかけにして、どんどんうちにこもるようになってたのかわからないですけど、
あんまり、なんていうか、賑やかな、あんまり楽しい感じはもしかしたらしなかったかと思います。この3年間は。
この3年間はね。
まあとはいえ、そのコロナ前の時代も当然あって、
その時はコロナなかったから、まあ普通の今までの生活してたはずで、
だからその2つ、
2つ両方とも体験したっていう意味では、
珍しいなっていう。
その今のコロナに入ってから、もうまるまるほとんど
コロナっていう大学生もいるじゃないですか。
いますね。
ほぼ在宅でみたいな感じとか。
そういうのもで、まあ半々くらいかな、わっくの場合は。
僕はちょうど4回戦の時にコロナになったのかな。
4回戦の春にコロナになったっていうか、コロナの環境下に置かれた。
で、そこから3年なんで、まあちょっと
卒業に対する気持ち
半々くらいですね。
ちょっとコロナじゃない時の方が長かったかな。
まあそんな感じで。
そうですね。まあ小緑に来るのも僕も多分半年以上ぶりな気がする。
どうですか?変わってますか?
今1回にね、いらっしゃって。
いや、でもそんなに
変わってないな。本が山積みになってるようなぐらいかな。
あれは論文で参考にしてた資料です。
ああ、そうなんだ。
そっか、論文も書かなきゃいけなかったから書いてって話なんですかね。
まあでもそんな変わってないかな。
そうですか。ちょっと綺麗にしたつもりだったんですけど。
いや、前からそんな汚いような印象ないけどね。綺麗な印象だけど。
一緒にやったらよかったです。
整頓はされてるなーって感じ。
まあそんなこんなで。
もうすぐ学生生活も終わるということでね。
ちょっといろいろと話を聞いていきたいなと思うんですけど。
あの
まあ今今のその卒業式3日前を迎えて
今どんな感じですか?気持ちは。
気持ちは
ちょっと最後ピシッと決めたいなって気持ちです。
ピシッと?どんな感じに?
いやスーツを着ていきたいなって。
ああそういうことね。
スーツを着てピシッといきたいなって思ってます。
なるほど。
学部生の卒業式の時は
私服で行ってしまって結構それがなんていうか
ちょっと嫌な感じやったんで私服で行ってしまったのが。
そうなんだ。
周りはどうだったの?
周りはほとんど全員スーツでしたね。
あ、全員スーツだった。そうか。
あれなんだねスーツってねやっぱ
着るよね卒業式とかだと。
僕の時もスーツだったね。
入学式もそうだし卒業式もそうだし。
いや
いややっぱスーツ
キーヒント
スーツを着る意味がちょっとわかってきたかなって
変わったんですよこの2年間で大学にいるの。
スーツを着る意味?
スーツを着る意味がちょっとわかってきたな。
なんで3日後に卒業式やるんですけど
そのスーツ着る意味がねちょっとやっとわかりかけてきたので
ちょっとピシッと決めていきたいなと思います。
なるほど
そうですねまあ最後の
最後のというかまあ大学生にもう1回ならなければ最後かもしれない
ですよね
なんか気持ち的にはもう少しやりたいやり残したとかあるいはもう
卒業してもいいかなみたいな感じのどっちなんですか?
もう卒業してもいいかなっていう気持ちです。
気持ちですか?
なんかやりたいこととかやり残したなぁみたいなところがなんか今のところは
そんなにない感じ?
学生生活ではないですね。
何やろう学生やからこれやり残してることって
学生証を使っていろんな美術館とか
博物館とかに行くっていうのは今のうちにあと3日しかないですけど
やれたらいいなと思ってますね。それ以外は
あんまりないかな。結構遊び倒したつもりですし、学部の最初の時に。
なるほど
十分やなって思ってます。
大学生活のバランス
なんか学業とあとまあマーション緑も含めた暮らしとかっていうところで
バランスとか取れてました?
制作とかも含まれると思うけど学業の中に
バランスが取れてたんかな?
他にもバイトとかもあったと思うけど
取れてなかったなって振り返ってみたら思います。
やっぱなんかどっちかマーション緑をやってたら
どれぐらい力を入れるかとかにもよると思うんですけど
例えばマーション緑に在留をするから
学校の授業は出れへんくなるとかもあって
そこは結局僕はマーション緑で在留を取ってしまって
学校の授業再履修とかになって論文の書き方を学ぶ授業を
本来は1回生で収めるやつなんですけど2回生の後期になって
論文書き終わってるぐらいの時期に論文の書き方の授業を取るっていうこともあったりして
両立はそう思ったらできてなかったですね。
じゃあちょっと最後論文とかは追い込み大変だったの?
大変でした。
指導教員の先生のご指導のおかげでなんとか無事に提出ができて
今後のやりたいことの糧になるような論文を書けたかなと思ってます。
民族舞踊サークルとの出会い
僕が大学行ってた頃もあるけど
僕の場合をちょっとだけお話するとバイトばっかりしてたんで
本当に学業って大げな声で言えないぐらい学校に行ってなくて
ワックンとかを見てると本当に学生の間にやるべきこととやりたいことと
みたいなのをしっかりやってるなっていう印象で
多分僕がもう一回大学行っても同じように遊んでるんだろうけど
きっとできないだろうけど
そんな感じだったんですよ。
多分ね僕の時代とかはそんな感じだったんですよ。
学校入ってしまったら後はもう卒業とかは
まああんまり頑張らなくても卒業できるみたいな感じだったんで
学生時代に勉強したかというとあんまり勉強してないんですよ。
それからの?
なんですけどまあ ワックン含めたワックンの周りの人たちとか見てると
結構なんか真面目にしっかりやってるなって感じがしますね。
ありがとうございます。
学校の授業も面白い
自分がもっと勉強していきたいなっていう科目とかもあったりしたら
ちょっとよくわからんなーって思って放置しちゃってる科目とかもあったりするんですけど
なんか自分のやりたいこととかに引き寄せて
その科目を勉強していったら結構面白かったかなっていうのが後半の印象ですね。
前半は特になんかこれがやりたいことっていうのがあんまりなかったんで
ダラダラと授業受けてて
あまり不真面目だったと思うんですけど
なんとなくスタンスがこの6年間でまだまだですけど
こういう姿勢で自分はいるっていうのがちょっと形になってきたかなと思ってます。
いいですよね。
大学時代のことも含めていくつかキーワードを出してきたので
それを順番に聞いていこうかなと思うんですけど
多分大学生の4年間と大学院生2年間か合わせて6年間になるんですけど
印象に残ったことを3つまとめると
何かっていうのはまず3つとりあえず
タイトルだけ教えてもらっていいですか。
一つ目が民族舞踊ですね。
二つ目が大阪港まで歩き。
三つ目まだぼやーんとしてるんですけど
論文のことが大きく3つが印象に残りました。
じゃあ一つ目のことからいきますか。どんなことだったんですか。
民族舞踊っていうのがサークルの名前なんですけど
僕が学部1回生の頃から4回生の頃まで在籍していた
大阪教育大学の公式の部活動で
ここでの活動やったりとかやってたことっていうのが
今振り返ってみたら面白かったなって思い出すことですね。
大学1年の時に入ったきっかけが
大学1年の時に
当時パソコン講座みたいなのを受講してて
2回生が1回生に教えてあげるっていうようなパソコン講座なんですけど
そこで僕1回生としてパソコンを2回生の先輩方に教わってたんですけど
2回生のちょうど教えてくれてた先輩が
民族舞踊部の方で
ちょっと良かったら来てみない?みたいな風にお誘いを受けて
行ったのが始まりでした。
で、当時チャイハネって井上さん分かりますか?
チャイハネ?
チャイハネって何?
衣服のブランド
お店がところどころにあったりするんですけど
アリオヤオとかにもあった気がする
ちょっとアジアン系のファッションとか
雑貨みたいなのを取り扱ってるお店で
そこで当時僕も大学1年生の頃だからちょっとイキってて
ブレスレットとか指輪とかめっちゃ腕にはめまくってたんですよ
そういうのしてたんだ
大学生でいうみたいなやつでした
民族系の予想へにすごい憧れてた時期だったんで
民族舞踊っていろんな国の踊りを踊る部活なんですけど
いろんな国の衣装も着ることができるんですね
そこになんかすごい憧れて引きつけられて
入ってみたっていうのが始まりでした
どんなことを想像されますか?民族舞踊っていう言葉を聞いて
民族舞踊でしょ
やっぱ見た目で言うと
ちょっとなんかやっぱり
ビシッとしてるっていうかイメージですけど
なるほど
服装がね
でその
その後動きとかそういうのもある程度なんか
ある程度というかなんか固まったものがあって
それに沿ってこう振る舞うじゃないけど
そういう印象だけど
僕もねしっかり見たことがなくて
であとなんかまあそういう系って
実際なんかちゃんと見に行ったこともなくて
あんまり詳しくないんですけど
そうですねあんまりやってる場所とか見る機会ないと思います
なんか皆さんこの例出したら分かりやすいかなっていうのが
運動会の時にもしかしたらマイムマイムとか
やられてた方いるかもしれないけど
マイムマイムとかも民族舞踊の一種で
実際の部活動でやったりしてますね
大体ああいう感じでなんていうかその
踊りにフィギュアって言うんですけど
大体の方とかがあって
それをみんなでその円になって踊ったりとか
ベルト握って横になって踊ったりとか
一人一人独立して踊ったりとか
カップルダンスって呼ばれてる
民族舞踊の魅力
なんか男女でペアになって踊るやつとか
いろんな踊り方があるんですけど
そういうのをその世界各国の踊りを習って
実際にその例えば何があるかな
全然知らん国の知らん名前の
よくわからん振付の踊りとかを踊ってたんですけど
中国の踊りとか
アメリカのちょっとポップなダンスとか
日本の踊りあんまり踊らんかったかな
ロシアの踊りとか踊ってました
僕がいいなーって思った踊りは
名前何やったっけな
リンゴをカップルで取り合うっていう踊りなんですけど
ヤブロチコっていう名前の踊りです
確かロシアですね
男性と女性がペアになって踊る踊りなんですけど
リンゴを取り合うっていうテーマで踊るんですけど
リンゴを頭の上から取る仕草とか
そういうのが入った中で
体を動かして踊るっていう
音源あるかな
音源ある?
こういうのって音流してもいいんですか
著作権が
著作権あるってのは多分NGだね
多分あると思うんで
興味あれば検索してもらって
ヤブロチコっていう
ヤブロチコね
音楽とかも好きでその踊りが可愛いなって思って
自分の中ではいいなって思って踊ってました
サークルで本格的に入ってたのは
サークル自体は9個くらいかな入ってたんですけど
9個?
そんな入れるの?
一応もう入ろうって思ったら入れるんですよ
まあ入れるよね
民族描画結構一番長くに語って続けられてたかなって
9個?もう入るんだ
9個入りましたね
そういうこと?
なんで9個も入ったのか忘れてたんですけど
なんで9個も入ったのか
SF研究会とか映画研究会とか
ほとんどなんか文化系が主だったんですけど
そう
漫画研究会とかもか
どんなにあったっけ
思い出せないぐらいだよね
思い出せないぐらいです
大学生活の中で若野民族舞踊で
いろんな国の踊りを踊って
それまで僕は外国に行ったことがないんですけど
行ったことがない国の人たちが
こういうことを考えて踊ったりしてるんだなとか
こういう衣装を着るんだなっていうのを
体験できて
その経験で
さらに民族舞踊は大学ごとにサークルがあって
全国的に展開している部活なんですけど
年に4回ぐらいパーティーっていうのがあって
いろんな大学の人たちが一箇所に集まって
ダンスのパーティーをするっていうのがあるんですけど
そこでいろんな大学の方と交流できて
踊れたっていうのが自分の中では面白い経験でした
大学のコラボ
大学同士のサークルのコラボって感じなのかな
大学自体でコラボしてるの?
コラボなのかな
一緒に踊るの?
民族舞踊部っていうのは大学から独立して存在してて
民族舞踊部同士で集まって結構有志でやってるんですけど
一緒に踊ったりとか
大会?パーティーなんで1位を決めるとかじゃなくて
ずっと10時間ぐらい音楽が鳴ってて
そこで気に入った音楽があったら踊るっていうようなパーティーです
どのぐらい集まるの?人数的に
結構集まる
100人は出ましたね
そうか意外に集まるね
100人で踊るの?
100人で踊りました
なんかなんていうかな
ノーマインドワースでした
全校集会とかで集まるところってあれじゃない?
体育館
そう体育館とか
そういうの借りてやるんですけど
自響がすごくて
みんなで同じタイミングで足を例えばタンってしたりするから
もう地面が揺れてるんですよ
そういう一体感とかも面白かったですね
ああそういう感じなんだ
100人で踊るって大迫力だよね
なかなかないな
100人全員がその踊りを覚えてるってことはなかなかないんで
もうなんか終わりの踊りとか
最初の挨拶の踊りとかそれぐらいなんですけど
100人で踊るっていうのは
その100人で踊ってる時っていうのはもうすごい眺めですね
その中でなんかその自分の中に響いたことって
なんかどんなことが民族舞踊っていうのが良かったなってポイントって何か
何やろ
響いたポイントは
知らないところへの興味っていうのが自分はすごいあったので
その知らない国の人の価値観とかを踊りを通して
気づける部分があったっていうのが結構面白いところですね
知らない部分を気づける方法っていろんな方法があると思うんですけど
民族舞踊はそれが踊りであって
踊りの中にすごいその国の人たちの考え方とか
一生の中にこう振る舞いたいみたいなのが含まれてたりして
なんかそれが踊りを踊ることを通して
海外で踊る可能性
なんていうか
勉強できるような感じもあったりして
そこの部分が面白いなって今振り返ったら思います
響いたところかな
じゃあまあ
いろんな国を
知るための機会だったっていうか
そういうことかな
踊ってた時はそこまで多分考えてなかったんですけど
ちょっと引退して今になって考えてみたら
そういうところが響いて自分はやってきたんだなって
言葉にできますね
でも新しいことを知るって
本とかそういうなんか一人で
学ぶっていうのも一つあるけど
そうやってそのサークル活動を通して
いろんなその興味ある人と一緒に
まあ学ぶって感覚じゃないかもしれないけど
体験するみたいな感じで知れるっていうのは
一緒に残るかもしれないよね
勉強するっていう感じじゃなくてもただただめっちゃ汗かきながら
それを踊り続けてるっていう体験だったんですけど
なんか体に染み付いてるんですよね
結構引退して日が経ってるんですけど
この踊りは全然知らん国に行ったら
どっかの国の人たちと一緒に共有できるものなのかなって思ったら
それもまた面白くて
なんか例えば今後その他の海外とかで行って
その現地のところで踊れるかもしれないじゃないですか
そうですね踊れるかもしれない
いやなんかその
民族美容について
実は僕踊れますみたいなんで
いきなり踊り始め踊りませんかっていう
まあそういう場所も必要かもしれないけど
あらかじめ調べて
でもそこでその日本人が行って踊るってなったら
多分歓迎されるんじゃないかなと思うんだよね
そのサークルの中に入っていけそうな気がしますね
言葉別に使わなくてもね
多分きっと嬉しいんじゃないかなと思ってて
あの日本にも海外から人が来て
日本語片言でも喋ってくれたら嬉しいじゃないですか
それと似てるかなと思ってて
確かに日本でいうとその日本の踊り
盆踊りみたいなの外国人ができてたら
なんかすごい近しいもの感じますね
感じますよね
なんか和服というか着物浴衣着て
盆踊り踊ってる外国人の方とかたまに見ますけど
あそこまで踏み込んでくれるっていうのは
嬉しかったりするから
和服も今後その海外とか行って
そこで民族美容があればチャレンジしてみたいな
やってみたいです
外国に行きたいっていうのもちょっと今後の目標であるので
それも含めてやってみたいですね
民族美容が最初に来るとは全然予想もしてなかったんですよ
面白いな
なんか写真はどっかで見たような気がするんだよね
SNS投稿かもしれないけど
投稿かなんかで見たような気がして
あれ和っくんなんでこの服着てんだろうみたいな
たぶんそれは踊りの発表会とかに合わせて
その国の衣装を着て踊ってたんですけど
発表するときには普段は私服とかシャツとかで踊ってるんですけど
発表するときにはその国のちゃんとした衣装を着てやっているんで
たぶんその発信やったと思います
そうですね
民族美容は今思い出してても割と上にくるぐらいの
上にくる
思い出です大学生活の中の
そうですね
そんなとこっすかね1個目
1個目はいぐらいで
で2つ目
大阪港まで歩き
2つ目が大阪港まで歩きっていうタイトルで書かせてもらってるんですけど
これは当時西村君と一緒に結構夜中まで残って
大学のゼミ室
ゼミ室か他の制作をするための部屋で夜中まで残って絵を描いててずっと
でもうちょっとしんどいなってなったら
山を降りて元いたところに戻るっていう生活をしてたんですけど
結構もう終電もなくなってきて
大学に残ってその絵を描いてて
銭湯行こうかなって言ってたんですけど
確かなんか銭湯も閉まってたんやったっけなってなった時に
なんかもう行く当てがなくなって
でなんか一回その当時その僕がいた大阪教育大学のキャンバスは山の上にあったんですけど
一回その山を降りちゃったら
もうちょっと登んのがしんどいんですね結構
エレベーターかエスカレーターが登りはついてるんですけど
もう夜の19時とかかなそれぐらいになってきたらもう上がらんくなってしまって
人が乗ることがないんで
歩きで登らないといけなくなって山を
まあせっかく下まで降りてきたんやし
ちょっと歩くかってなって
なんで歩くって思うんですけど
夜中の1時とかやったと思うんですけど
歩くかってなって
大阪教育大学の山の上からは
アベノハルカスとかも見下ろせるんですね
外に見えてたりして
なんかアベノハルカスにちょっと憧れ持ってて
遠くてかっこいい場所みたいな
ちょっとそこまで行ってみたいなってなって
とりあえずアベノハルカスまで柏から歩きで
それも歩きで行くことにちょっと意味があるなって思ってたんで
歩きで自分たちの足で行ってみたいなってなって
歩いてみたんですね
途中でちょっとしんどくなって
ネットカフェで寝てまた歩くの
翌日に再開してんですけど
1回何時間ぐらいかな
アベノハルカスまで本当に歩いていけたんですよ
でそうなったら
なんかここで終わるのはもったいないなってなって
近くだから歩ける限界のところまで
歩いてみようやってなって
そのまま歩き続けて大阪湖まで
1日かけて行ったっていうのが
今振り返ってみてもしんどくて
思い出に残ってます
思い出に残るよねそれはね
しんどかったね
一番しんどかったかもしれない
足は大丈夫だったのそれ
大阪湖まで大阪湖であってる?
大阪湖です
大阪湖着いた時に歩ける状態だ
足上がる状態だったのかとか
もうずっとてたんちゃうかな
あんまり引きずる感じ
重たい感じで
散歩みたいな感じではなかった記憶がありますね
結構景色を見てると楽しかったので
そこまで嫌な感じじゃなかったんですけど
それがすごい1日をかけて
翌日の夜からずっと歩いて
で当日の夕方ぐらいに
やっと大阪湖までたどり着いたんですけど
行けるんやっていう達成感と自信がついて
ちょっと大阪を歩けた
それはいいかもね
歩いても行けるよみたいな
当たり前なんだけど歩いても行けるっていう
なんかそれがしんどかったんですけど
印象に残ってますね
まあでも歩く
結構なんか僕も歩くって
最初の会社に入った時に
研修で歩くっていうのがあったんですよ
そうなんですか
そうなんですよ
で何キロだったかな
確か30キロぐらい歩かなきゃいけなかったんですよ
結構ですね
結構でその時入った新入社員みんなで歩くんですけど
それまで歩く練習というか
普段歩いてるけど
そんな30キロ歩くなんてしてないじゃないですか
だから一応最後まで歩いたんだけど
歩いてやっぱね印象にはすごい残ってるんで
歩けたみたいなね
そこの山の中を歩くみたいなコースになってて
直線で歩くと20キロぐらいなんだけど
わざわざ迂回して30キロして歩くみたいなコースになってて
一人で歩くのと違って
そのみんなで歩くから
また記憶に残りやすくて
まあその時にその会社の寮に夜着くんですけど
夜着いたらもう階段をね下りらんなくて
だいぶ来てますね
大阪港まで歩いて挑戦する
そう上がるのはまだまだマシだったんだけど
下りがもうなんかなんていうの
手すりとか壁をこう
で体支えながらじゃないと歩けないぐらいだったんですけど
そこまでではなかった?
そこまで行く感じ?
そこまでではなかったね
そこまでではなかったです
ああそうか
じゃあそこから大阪港着いて
その時は昼間?夜?
はい日が暮れてきて
ああそういうの
夕暮れ時に大阪港着いて
そこからは電車で帰りましたね
まあそうだよね
往復しなくても
往復したら修行ですよ
なんか痛みを伴う経験っていうのの方が
圧倒印象に残りやすいなって
実感としてなんか痛みじゃなくてもいいんですけど
疲労感とか
ああそうだね
の方が
お伴って見た景色の方が
なんか体に入ってくる感じはありますね
そうかでも
まあ一人でね
その割と長距離歩く人もいると思うけど
そうやってそうふと思い立って
西村君と歩いたっていうのは
また一ついい思い出かもしれない
一人だったらちょっとしんどかった
途中でもやっぱ電車で帰ろうとか思うかもしれない
今だったらできないっていうのは
その多分当時は
ほんまにそこまで
なんていうか
やることが牛々じゃなかったというか
ああそっか
論文執筆について
好きな時に制作して
好きな時にそれ以外のことをするっていう
生活ができてたと思うんで
それぐらいに戻れたら
嬉しいなって気持ちはあるんですけど
損もいかないんで
ちょっとこれから先は
やりたいこととその仕事もあるし
そういう部分の両立を考えて
でもそのなんか当時やってたみたいな
思い立ったら
やっていけるような体験もどこかでして
気持ちをちょっと高めていきたいなっていうのは思ってます
なるほどいいかもそれは
そうですね
1個目も2つ目も体を動かす系のあれですね
エピソードかな
思い出すのは体を動かす系かな
そうですね
で3つ目がちょっとなんかボヤーとしてるけど
みたいな話だったけど
ボヤーとしてるけど
直近で会ったことで
一番今パッて思い出せるのが
論文を書いてた時の記憶で
これも民族病と大阪港まで歩きっていうのは
体使ってると思うんですけど
論文の書くっていうのは
体も意外と使って
頭も使ってっていう
すごいしんどかった思い出なので言えてます
しんどい
なんかしんどかったっていうのは
どのなんか
まあメンタル的にとか
なんかどういうポイントで
ちょっとつらかったみたいななんかあるんですか
メンタル的にもしんどかったし
体調的にもしんどかったですね
あのちょっと言っちゃうと
論文あんまり進捗うまくいってなくて
その終わり際まで
最後にこういうことでいくって
カチッて決まって
本当に本格的に形になっていったのが
2020、去年のちょうど
終わり頃から本格的に
形になりだしていったんで
ここから先それまで形になってなかった分
詰め込んでやらないといけなくて
なんでその12月、1月っていうのは本当に
先生にも本当に遅くまで残って
ご指導いただけましたし
自分のなんていうか
不甲斐ないなっていうところを感じたりして
でもそれでも文章をひねり出すっていう
ような行為とか
自分の考えてることをしっかり
言葉に残していくっていう行為には
すごい意味があって
やり遂げられてすごい良かったんですけど
言葉への意識について
言葉にするっていうこと自体が
僕がすごい苦手なことで
大学院に入ったきっかけは
そのなんかモヤモヤってしてる
こうありたいなっていう部分を
それでも言葉にした上で
まだモヤモヤできることとかも
あると思うんですけど
そのあまりにも全体的に
モヤモヤしすぎていて
なんか自分にとって
しっかりやろうと思ってることを
言葉で表したりとか
それを他の人に伝えて
理解してもらうっていうことは
必要なことだなっていう風に
大学の4回生くらいの時に
感じてたんで
それをちょっと大学院では
苦手なことなんですけど
ちょっと踏み込んで
それを克服して
能力を身につけたらいいなっていうところで
入りました
なんでしんどかったんですけど
そこは自分のためにもなったなって
思ってて良かったなって思うので
大学生活で
3つ印象に残ったことの一つに
入れてますね
自分の思いを言葉にするっていうのもね
また一つ
言葉にするっていうことと
あとはそれが人に伝わるかどうかっていう
ところもあるかなと思ってて
伝わらないとその読んだ人が
理解がなかなかできないかもしれないし
とかあるじゃないですか
論文とかの場合って
なんか言葉とか文章でも
自分が読んだら分かる文章もあれば
論文みたいにその人が読んで
どういう意味なんだろうっていうのが
想像できるとか
っていうところまで
踏み込まないといけないから
難しいのかなって思ったりするんだけど
本当にそこのところですね
僕は言葉にしたけど
その言葉は全然他の人には伝わってない
自分語になってたりっていうのがあったんで
その作業が結構
意外と僕って言葉の意味知らない
意外とって言ったら
なんかできてるような感じがするのは
なんか当たり前なんですけど
言葉使ってなかったから
当たり前にその言葉の意味
全然知らずに使ってた
なんとなく使ってた言葉とかも
いっぱいあったりして
それをなんとなく使ってしまうと
読み手に誤解を与えてしまう
これがなんていうか
一般的に読みやすい文章とか
伝わる文章なんやっていうのを
アート論文の難しさ
勉強できたのはいい経験でした
なるほどなるほど
そうだね
あとは中身とかもね
問題に問題というか
中身をどうするかとか
もうね
織り込まなきゃいけないし
そこも難しいところですね
難しいよね
これは喋ったら
たぶん1時間ぐらい
中身のことは1時間ぐらい
一緒なんで
中身は難しかったです
そうですね
アートの領域で
言葉にするのがやっぱり難しい
なんかしたりして
論文は論理的に
なんかこれのためにこれをやるとか
これをやったのは
こういうことのためだっていうような
全てのことに理由があって
それがなんか結局は
社会的な意義に繋がってるっていうのが
論文の構成だと思うんですけど
僕は普段やってる
美術表現は
社会的な意義に繋がらないとか
ことを真面目に考えてる部分があったので
なんか自分のやってることが
なんで社会的意義に絶対繋がらへんと
あかんねんみたいなところで
確かにね
ちょっと悩むところがあったりして
それが割とそうですね
大学院の1年と2年の前半までは
すごいモヤモヤしてて
なかなか形にできてなかったなっていうのがありました
いやその
なんでその社会活動とか社会とかに影響とか
あとどういうその社会貢献とか
っていうことを考えないといけないんだろう
と思うのは
すごいいいことだと思ってて
僕はね
そんなのね
生きてる中で
全てが全て社会貢献に繋がるかって
そんなことないじゃないですか
だから僕もそうだし
全てが全てその社会に向けた活動とかをやってたら
多分生きていけないと思うんですよ
余白が多分あるはずで
余白があって
何となく余白の中で過ごしてて
考えたりとか活動したりする中で
一部が社会接点が生まれたり
みたいな感じだと思ってて
なのでそういう感じだと思うんですよね
でそこの一部を切り出して論文にするっていう感じかなと思ってて
自分の活動の中で
しかもなんかここ最近のことで
それを文字に書くっていう感じだけど
そのたぶん
あとはアートっていう領域を先行している中で
その僕の場合は理科系だったから
論文っていうのはもう論理的なことであって
実験した内容とかも論理的な内容だから書きやすいんだけど
その辺がね
多分僕も想像つかない
難しさがあるんだろうなと思ってて
アートって言葉自体が論文の対目とかに扱ってたりしたんですけど
人によってすごい捉え方が様々なもので
アートってもあるし
その芸術って言い方もあるし
美術って言い方もあったりして
なんかそういうところの違いっていうのを最初に定義付けるところから始まってましたね
あるよねそれはね
すごいその論文書くっていうのは
アーティストランスペース調査
自分にとってはしんどい内容だったんですけど
ご指導いただいている先生やったりとか
あとは自分の論文の中では
そのアーティストランスペースっていうアーティストが運営する場所っていうのがキーワードになってて
そういう活動を全国各地で展開している
なんか面白いな面白いな面白いなって言ったらすごい怒られたんだけど
自分がそれを店として運営しつつ
アーティストが展示をする場所としても開けてるみたいな
スペースを実際に調査して
そこまで言ったらいいかな
難しいよね
これ多分ね論文の話を指示出すとね
3時間コースなんで
まあ3時間コースだけど
今のねその印象に残ったことを話してもらったんですけど
あのちょっと時間を巻き戻そうかなと思っていて
大学入学前と大学の違い
大学入学前とかに巻き戻そうかなと思ったんですけど
大学入学前大経済に入る前と今の心境の違いっていうところが
どんな感じかなと思ってて
だいぶ変わりましたね
大学入学前は僕は漫画家にお目指してたんですね
なるほど
漫画家を目指してて漫画をずっと描いてて
大学生の間はずっと漫画を描いてるもんだと思ってたんですけど
なんでその今やってるような絵画やるとか
こういうようなスペース
マンションみどりみたいなスペースを運営するみたいなことは
全くなんていうか考えてなくて
本当にその面白い漫画が描きたいっていう
ただそれだけで
あとは美術の勉強は引き続きちょっとしたいなっていうのがあったんで
漫画を描くっていうのがメインであって
美術の勉強もそれに続くものとして
吸収できたらいいなっていうのがあって
大学は入ってましたっていうのは
なんか僕は大学入るまでの間に
画章の話の漫画を描いてて
絵をやりとりするのが画章なんですけど
なんかそういうところで
美術の知識を求めつけたいなっていうのがあって
大学には入ってましたね
大学に入らないっていう選択肢がなくて
なんかそこはちょっと本当に
みんな大学に入るから
大学に入るっていうようなレールの上で
入っちゃってるなっていうのはあるんですけど
なんか大学に入ったら漠然と何かを学べて
社会人になろうとも思ってなかったんですけど
社会してたら社会人か
なんか教養を身につけれたらいいな
美術の勉強もちょっと続けたいなっていう気持ちで
でも漫画を描くのがメインやっていう気持ちで
大学には入ってました
それが大学入学前の心境です
今の心境も多分あって
そこ差分があると思うんだよね
それが何なのかっていうところとかなんかあります?
そうですねそこは漫画を描きたかった時は
漫画を描きたかったんだなっていう
あと表現に対しての考え方が変わったっていうのが
変わったところ違うところかな
その漫画を描いてた時も
漫画っていう形式がやりたかった
でももうちょっと深く探ると
その形式の中でやりたかった頃とか
なんか例えば僕は短い時間で起こる話
自己表現の変化
すごいなんか伏線が回収されていくような
短時間で短いストーリーの中で
その伏線が回収されていくような
ちょっと奇妙なストーリーが好きで
星真一とかなんかショートショートみたいなのが好きだったんですけど
なんか漫画を描きたいっていうのの中には
なんかそういう単純な事柄の中にもすごい伏線があって
それがめっちゃ単純な形で見えるんだけど
すごい奥に深く入っていこうと思えば
深く入っていけるみたいな
そういう形の表現の仕方に興味があって
その時があんまり自覚してなかったんですけど
それが結局は漫画っていう形になってて
で今はその別にそれは漫画っていう形に限らずに
自分のやりたいこととかこういうのがいいよねっていうところは
形にして生きるんじゃないかなっていうところで
変わってきました
そうだよね
やっぱその大学入学前っていうのは
その大学には入ってなくて
想像がメインだと思うんでね
だからその時に漫画とかでって思ってたかもしれないけど
過ごしていく中でだんだん変化していったのかなと思って
そうですね
多分あんまり語る必要はないんかなっていう風に
変化していったんやと思います
漫画は漫画と絵画の違いとかをよく例に出される方はいると思うんですけど
漫画はいろんなページがあって
そういうページがいっぱいある中で
その表現を理解するとかその表現に触れるっていうのが漫画で
絵画は一枚しかないから
読み取れる情報がすごいその一枚しかなくて
そっからそれでしかない
だから結構人にとっては違う解釈とかも生まれるし
あまり語らないものが絵だと思うんですけど
なんかその語らなさがいいなって変わってきたのが
もしかしたら大学在学中かもしれないです
その辺でマンションミドリーで展示とかも何回か僕も見に来てるけど
あえて描かないとかあえて言わないみたいなことがあるんだなっていうのが分かってて
それって僕もいいなと思ったんですよね
実際のところ見に来て
なんでいいんだろうと思ったんですけど
やっぱその自分が考える想像的なこととかっていうのを
考えるためのスペースがあるっていう感じ
分かりやすく意図だとか考えてることとかを全面に出すのは可能だと思うんだけど
それをあえて引っ込めることによって
その人が来た人自身の思いとか考え方がちょっと膨らむっていう印象があって
そういう感覚で見たことがこれまであんまりなかったんだよね
実際のところ
アートというか美術館とかそういうイベントとか何回か行ってたけど
そこまであんまり考えずに見てたなと思ってて
単になんか綺麗だなとか
単になんか素敵だなって思うけど
実際その見てる時の心境を考えた時にどういう心境だったのかとかっていうのが
あんまり印象に残ってない展示が多くてこれまでだと
マンションミドリーに来るようになってから
その辺なんか考えるようになったんだよね
それは嬉しいですね
だからその辺あるから
やっぱ
そのね全てを見せるっていうことだけではないところの良さがあるなと思うんですよね
まあそうですね
大学入学前と卒業前でやっぱり違うなっていうところありますよね
ありますね
かなりね
入学前と現在の心境の違いっていうのはそんな感じかなって思ったりするんですけど
ちょっと残りいくつかあるんですけど
印象に残ったこととか現在の心境の違いとか聞いてきたんですけど
6年間の大学生活を通して
まあこれが得られたかなみたいなこと
まあたくさんあると思うんだけど
なんか印象に残ることとか得られたことの中でなんかあるかな
大学入って高校の時には
その容疑されてたことが大学に入ってからは
その厳しい批判を受けるようになったことが結構あって
厳しい
そっか
そこまでなんかこういうことしたら孤立してしまうんやなみたいな
そんなことがあったんだ
学びましたね
そっか
まあでもそれは多分その高校生までは
社会接点という意味ではまだまだ接点が少なかったがゆえに
社会に出たちょっとなんか大学と社会っていうのが中間点みたいなとしたら
接点が増えるじゃないですか
地域の人と触れ合うとか
大学の先生と会うとか
社会への適応と自己位置の確立
あとは違うところから来た学生がいたりとかっていうのもあるし
あとバイトでとかいろんな接点が生まれる中で
多分そういうのを感じたのかもしれないよね
そうですね
確かにここではこういう振る舞いしていいけど
ここではあかんねんな
でもなんかすでにいられないのはちょっとしんどいな
でもここはその最低限は守るところはここやねんなみたいなのを探っていった感じがありますね
あとはなんていうか
前の話にもしかしたら繋がるかもしれないですけど
自分はどういう立ち位置で
その周りと関わっていくのかっていうところも
ちょっとずつわかってきた気がしてます
例えばこの藤寺の中のコミュニティでも
はどういう立ち位置で
周りの人と関わっていくのかとか
もっと大きくして言って
日本の中では今自分はどういう立ち位置でやってるのかとか
今までは自分はどういう姿勢でやるとかあんまりなかったので
そこらへんが
そろそろ世界の中にいて楽しく振る舞うくらいやったんですけど
そこで楽しく振る舞ってたら
なんかしんどくなってきちゃって
楽しく振る舞ってても
自己スタンスの確立
なんかその世界の中にいろいろ洗濯機の中で回されてる
みたいな感じになってきて
楽しくないこともだんだん起こるようになってきて
それで何でかなって思ったら
割と自分はなんかこういうスタンスで向き合うっていうのがないから影響を受けやすい
でもないからいろんな人と今まで関わってこれた
あまり付け離したりしなかったなみたいな部分もあるんですけど
でも今はこういう向き合い方で行くっていうのが
自分の中ではあるので
そこは今までとちょっと変わったところ
大学の中で身についたことなのかなって思います
なんか船って大型の船とかでもなんでもいいんだけど
陸地に留まっているときにアンカーっていうか
降ろすじゃないですか
怒りみたいなのがあって
あれって実は大事なんだと思ってて
アンカーがないと流されっぱなしじゃない
でもアンカーがあることによって
いろんな影響は受けるにしても
自分の怒りはここでここに
こういう意味でいるっていうのができたとしたら
それはすごい大きいんじゃないかなと思ってて
そんな感じなのかな
アンカーはいいですね
あんまり固定しすぎないっていう感じで
アンカーっていうのはいい例えですね
アンカーみたいな思いがちょっと作られつつあって
海に沈んでいってるっていう感じですね
そうだね
ということでそうですね
だいぶ話してきましたけど
あと最後にちょっと聞こうかなと思ってるのは
これから大学を出てどんな目標があるのかとか
じゃあそれに対して今からこんなことをやってみたいな
みたいなことがあればね
聞きたいんですけど
これからの目標は
院で研究してきたことを
実践していくっていうのが一つあります
今目の前に見えてるところでは
もちろん
院では社会人になってから
自分がどういうふうに動いていけば
その政策と生活と
あとアートスペースの運営っていうのが
バランスよく持続できるのかっていうところを
研究してたんですけど
それはちょっとこの数年は
実際に自分で実践してみて
またちょっと論文の形で残せたらいいなって思ってます
そうだね
なんか実践っていう言葉を聞くと
思い出すのは僕のおじいちゃんの言葉で
ちょっと前におじいちゃんが出てくれたんですよ
100歳のおじいちゃんがラジオに
でそのおじいちゃんが言ってたのが
実践が大事だって最後に言ってて
実践しないともういけないと
実践ありきだっていうことを言ってて
まあそれがそのまさかわっくんの声から出てくるっていうのは
素敵だなと思いましたね
ありがとうございます
実践ね
またなんか実践してみて
いろいろ感じることがあると思うんだけど
その時にやってみてわかることが
たぶんまだまだたくさん出てくるから
それをやっていく中でいろいろこう
こういうことだったんだって気づきもあると思うし
たくさんなんかさっきわっくんが
未知のことを知るのが楽しいみたいな話があったけど
そういうこともたぶんたくさん出てくるはずで
だからそういう意味では
なんか実践していくっていうのは
すごくこれからとても意味があるんじゃないかなと思ってるんで
ありがとうございます
ちょっと最後にすいません言ってしまうんですけど
マンションみどりとの関わり方とかスタンスとかも
だいぶこの何年間かでできてきて
ここは大阪の藤寺市にあるここで
住んでる人はこういう人たちだから
運営してる人はこういう人たちだから
こういうことができるよねって
こういうことをやることに何ていうか
意味があるっていうか
こういうことをやるのがいいなっていうのが
なんとなく最近出てきつつあって
それをちょっとこの残りの
残りのって言ったらどっか行っちゃいそうですね
何年間かで実際に時間かけてやっていけたらいいなって思ってます
実践することの大切さ
外国に行きたいなとも思ってます
それはそうだね
さっきの話じゃないけど民族美容もあるし
それはぜひ体験してもらって
現地の人と触れ合うのもまたいいと思うので
まだ割と2,3年はいると思うので
確実に今言えるのは引き続きお願いします
そうですねはい
ということでちょっと割と長めに撮った気がしますけど
またあれですねちょっと
和っくんもそうだけど
他のゲストの方もしばらく出てない人もいたりするので
最近どうですか的な話を
今後もちょこちょこ入れようかなと思ってるので
また出てもらえると嬉しいなと思ってます
はいお願いします
まあということで今日は
米田和久美君に出てもらいました
ありがとうございました