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前に、「終わった人」という小説を読んだという。
打立牧子の「終わった人」って何かと言うと、大きい会社、小社で勤めてたんだけど、出世争いでギリギリ負けて、
小会社のフェンムか何か、小会社の偉い人っぽい感じで退職した人が、退職後どう生きていくかみたいな話なんだよね。
で、タイトルの通り、終わった人なので、退職した瞬間、当然この会いに来る人も減るわけですよ。年賀状を持てるし、
あんなに取引先のなんとかさん、なんとかさんって来てくれてた取引先の人も当然来ないし、そのことにとても戸惑うわけですよ。
あれ?俺は?みたいな。あんなにみんなからチュヤホヤされてた。エリートで!みたいな感じ。
で、そんな中、退職したらみんな何するかというと、近くのスポーツジムに行って平日の昼間からおじいちゃんおばあちゃんクラスみたいなのがあるわけですよ。
俺はあんなとこに絶対なんかしない。なぜならば俺はエリートだからだ。みたいなのが、そういうマインドでいるわけですよ。
いろんなところに顔を出そうとするものの、行きたいところでは拒否され、行きたくないところには自分と似たような人が超たくさんいるってことに、見られる葛藤と戸惑いみたいな。
そこはすごい共感というか、あるだろうな、そういうのみたいな。
僕の時に覚えたような感覚を、今回のフェルスマンの死っていうテーマだとあんまり持つことができたので、日本語だからってことなのか、文体の問題なのかわかんないですけど。
一つが、ウィリーが普通にまだ在職中に出世してないっていうか、結局地位を上り詰めてないですからね、人生上がりみたいなものを目指すゲームだとして、
終わった人はそこそこのゴールで上がれたと思うんですけど、ウィリーは別に上がれなかった人だったからっていうのはあるかもしれないですけど。
この人はフェルスマンとして大成功してるみたいな感じではないんですよね。大富豪になってるわけじゃないですよね。
ではなくて、かなりその辺にいるしょぼいおっさんの一人なんですよ。
言うな。ミスるな。
だから、しょぼい人間なのにしょぼい人間だって気づかないで上がりを目指しちゃうと、こういう苦しみが生まれるんだなって思ってて。
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それがだから逆に大学生の時、自分はもっと何でもできるって思ったけど、だんだん自分の身の程のサイズを知ってきたから、ちょっとわかるようになってきたような気もしますけどね。
なるほど。これ全然関係ない話かもしれないですけど、さっき時間間隔っていうことについて、どっかのテイシーインターネットにも書いてある記事を読んでたんですけど、
この1時間長かったなとか短かったなとかあるじゃないですか。 その何とかしたいっていう願望の強さが強ければ強いほど時間が長くなるんだか短くなるんだか、
どっちかで何とかしなきゃいけないと思うほど時間間隔はどっちかに動くっていうことを書いてる人がいて。
へー面白い。
年齢がいくに従って、こういうしたいっていう願望自体が小さくなってくるんだと思う。
40、50になると絶対これしたいみたいな強い衝動とか願望ってなくなる。 だから時間っていうのがどんどん早く過ぎるように感じるようになるんだって書いてるんで。
超面白いなって思ったんですよ。時間間隔を。
確かに。17歳までの時間の間隔とそれ以降が同じだみたいな。人生を体感時間で測ったら17歳真ん中だみたいな説とかありますよね。
10年の法則っていうやつですね。
ご存知でしたか?
年齢の逆数に比例するみたいなやつなんですよ。
逆数?
例えば何を言ってるかっていうと、みちさんの今の1時間と10年後の1時間と10年前の1時間っていうのは違うと思う。
確か年齢の逆数を。
じゃあ今は1としたら10年後は10分の1になって10年前は10だと。
まさにまさに10倍だと。
それのグラフを取った積分の量、面積が人生だっていうわけですよ。
なるほどなるほど。
当然生まれた瞬間0倍って0分の1って無限になっちゃうので0を計算できるんですけど、
じゃあ仮に1歳から80何歳まで生きるとすると人生の半分って確か10歳くらいなんですよね。
へー。
もう人生折り返しやんって思うんで。
もしかしたら今限にあるのは時間感なのかもしれないですね。
確かにな。
でももう60歳までなんてあっという間だなーみたいな感じありますね。
すぐなっちゃうなーみたいな。
早い。
発覚が早い。
発覚が早い。
これまた全然違う話ですけども、みちさん多分この人のこの答え方好きだろうなシリーズ、
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違う話ですけどシリーズ考えしていいですか。
はい。
将棋の羽生義晴さんすごい好きなんですけど、羽生義晴先生。
奥さんが羽生理恵さん。
うんうん。
Twitter上の有名人でもあるんですけど、
はい。
その人が言っていた付き合ってた時の羽生義晴素敵エピソードっていうのがあって、
うんうんうん。
羽生さんの自宅に行った時に、
どの人か忘れたんですけど、
その、とある女性の歌手の方のCDかなんかがあって、
はい。
この人好きなの?っていうのを聞いたところ、
優しい声ですよね?
っていう風に返ってきたと。
うんうん。
何かというと、さっきのこの押し付けっていうところなんですけど、
こういう優しい声が好きなんですとか、
こういう声って素敵だよねっていうのではなく、
単純に優しい声だよねっていう、私に何も押し付けない表現で
言ったのがすごく素敵だと思いましたっておっしゃられていて。
へー。
これはみきさんも羽生義晴に恋する可能性あるなっていうのを今見ながら思いました。
私、羽生義晴さんがそれを素敵と思えることが素敵って思っちゃった。
あー、メタ。
素敵よく素敵シリーズ。
素敵よく素敵。
気づけないよね。
気づけない。
谷村由美さんのクラシックのCDがあって、
好きなの?って聞いたら優しい声だよねって返したと。
優しい声が好きって言うと、
自分にも優しくして欲しいって括りだと捉えられるかもしれないとかっていう。
まだおっしゃるようにあるんですけど、お互いの良い感度で会話し合ってますもんね。
確かになー。好きだもん確かに。
やっぱ吉原ですよ。時代は。吉原羽生ですよ。
まさに完全に大脱線にした。
いや全然。
吉原羽生最強っていうお話だけできて。
でもその、さっきの話に戻りますけど、死体と死なきゃいけないで時間間隔変わるっていうのと、
ウィリー圧倒的に死なきゃいけないに99%そっちになっちゃってましたよね。気づいたら。
うーん、そうかも。確かにね。
だからたぶん死までの時間がすごく一瞬、ずっと生きて死なきゃいけないことやるのと今死ぬのほぼ同じじゃんって。すぐじゃんみたいな思ったんでしょうね。
うーん。
確かにな。
なんかその死なきゃいけないって時にこう、息子とかにガツガツ行くシーンあるじゃないか。
あの日の栄光を取り戻せ的なやつ。
あれ親父とかに言われたらきついですよね。
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言う方もしんどいし、言われる方もしんどいし。
そう、あの時なんであれしなかったんだっけは、なんか墓場まで持ってくっていうのがマナーじゃんみたいな。
いやほんとね。ほんとそう。ほんとそれはそう。
法律で決まってたじゃんってことですよね。
水に流すことがね、モンブルに流すことが法律に決まってるやつですよ。
決まってたよー。
でも価値観が固まってるする特徴だと思うんですよね。過去をすごい掘り返しちゃう。あの時やしてればみたいな。
あー、確かに。
なんか悩んでる人とかもすぐあの時やしてればみたいな言うじゃないですか。
そうね、確かにね。
でもあり得たかもしれないね、過去を思い起こすのはすごい虚しいって健康な時だったらわかるんだけど、
悩んでたらなぜかあの時やしてればよかったかもしれないっていうことをすごい思っちゃいますよね。
いやそれは超グッドポイントですね。
これすごい私が今誤読してるかもしれないんですけど、あえてそのまま行くと、
今日の朝早起きしてそのみちさんがいつ書いてるのかわからないと言ってたニュースレターを朝書いてたわけですよ。
はいはいはい。
時間制約を設けて。
あ、金曜日書いてるんですね。
金曜日。毎日ちょこちょこいろんな部分を書き足し書き足し書いてるんだけど、
すごいなー。
その中で、だけど時間間隔っていうことを考えたのはその今日の朝だったんですよ。
はい。
時間っていうのを直線で捉えるのか、回るように捉えるのかっていうのは大きな差があるなっていうのが個人的な実感としてありますと。
えーうん。
これ何を言ってるかっていうと、直線的な時間っていう過去から未来に向けてビーンって伸びているような時間間隔って結構独特だなと思うんですよ。
何を言ってるかというと、過去から未来にビーンと向かっていく考え方で働いている人とか特に仕事ができる人ってこの感覚超強いと思ってるよね。
未来のこのポイントがあってそこに向けて一歩ずつ進んでいくみたいな感じってすごい強いと思うんですけど、
必ずしもそうじゃない、もうちょっと何ですか、循環的な時間間隔ぐるぐる回るみたいなもの。
で、時間間隔的に、それはそれであり得る気がするんですよ。どこかに向かっていくとかなくて、とにかくぐるぐる回ってるみたいな、施設みたいな単位だったりすると思うんですよ。
あーなるほどね。はいはいはい。時間間隔がそういう人もいそうですね。
そうそう。小林なんとかさんっていう精神医学の先生がいて、さっきのうつ病っていう話で言うと、その直線的な世界観の中で時間を無駄にしてしまったっていう感覚と、うつっていう状態がすごい近いっていう話をどっかでしていたんですよね。
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それがすごく面白くて、何を思ったかっていうと、もうちょっとで誕生日なんですけど、誕生日って毎年来るじゃないですか。毎年来るのって、つまり時間軸としてぐるぐる回ってるってことじゃないですか。同じポイントに常に帰ってくるって言うんで。
私の理解からすると、ぐるぐる回ることの表現だったりするんですよ。誕生日が来ましたとか、あるいは年末年始でとか。そこに直接的な意味とかって付与できないんですけど、直線的なものだけじゃないかもしれないみたいなふうに思いますと。
すっげーこの話は長くなってるわけにあんまりないようがないんですけど。
いいんですよ。楽しいから。
直線感覚で捉えると、つらくなることめっちゃありそうだなと思ったんだよ。
あるある。
過去を無駄にしちゃったもそうだし、これってどこに向かってるんだろうもあるじゃないですか、直線だとすると。
それはすげーつらいよなーみたいなことを思っていて、それを考えてるときにいろいろググりながら書いてたんですけど、レオナルド・ダ・ビンチが残した時間というものの表現っていうのがあってるんで。
はいはい。
何かというと、川に手を突っ込んだときに、あなたが触っている水というのは一番最後に過ぎ去ったものであり、また一番最初に来るものでもあると。
それが現在という時間であるっていうことをどこかに書いているらしく。
この時間表現ってすごいわかりやすい伝わっているかな。川が流れてますから。
それが時間だとしたときに、自分が触れているもので、上の方から流れてきたものの中での一番最初か、通り過ぎちゃったものの一番尻尾じゃないか。
そこしか逆に触れられないですよね。認識できるのって。
で、さっきビンチさんが言った過去を合わせとけばよかったみたいなやつは、すっげえ先の方に流れてしまった水なわけですよ。
言ってもしょうがないし、でも何かこう、あの時合わせていたらこの手の時にこう感じれたかもしれないみたいなのは確かにあると。
なんか、突き詰めていくと、あんまり未来のこととか過去のことを考えてもしょうがないなっていうところに落ち着き。
かつ、川っていうのも直線で進んでいくけど、最後雲になって帰るじゃないですか。川に。
水蒸気になって雲になって。
そう、だとすると直線でもあり、回ってもいるんだなっていうのを理解したのが今日の朝でした。
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えー、ちょっとまだそこまでいけてない。私まだ直線世界生きてます。どっちかって言ったら。
直線、いや直線いい世界。
ネットみたいな、なんか私の時間感覚だと、なんか今生きてるこの世界と似たようなパラレルワールドが1万個ぐらいあると思ってて、私はたまたまこの選択肢を生きてるみたいな感覚があるんで。
1年経ったらその分岐が1個、選択した分岐に進んだみたいな感じ。
へー。
なんか意味わかります?アミダクジみたいな。私はこのアミダクジみたいな。
基本は1個ってこと?それで言うと。
そうそう、だから大きな流れは左から右へみたいな流れがあって、そのどのルートで行くかみたいなのが違うみたいな。
へー。
だからそういう意味で直線ではないし、だから今ここまで生きてて別にここからどのルートに行くかは自由とは思ってるんですけど、だから過去を振り返ることも意味ないと思ってるんですけど、でも直線だって思ってる。なんかぐるぐるしてないっていうか。
ふーん。面白い。アミダクジ。なるほどね。
なんかクジみたいな。今私のルートだとすごい上の方に来ちゃったルートみたいな。でも別にこの先どんどん下に辿ることもできるし、上の方を辿り続けることもできるし、みたいな。
へー。
なかなか面白い時間かもですね。
でも私も時間帯直線で、だから時々苦しいんですよね。もう自分積んでるなみたいな。って思っちゃう時もありますよね。弱ってると。
なるほど。
小林なんちゃらさんが言った感じですよ。
ぜひシュリンク読んで気楽にやるようにしてください。