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2023-01-27 23:45

レシピの歴史を学ぼう【レシピ2】#50

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レシピに取り憑かれた男が、家庭料理とレシピの歴史を学んできたので紹介します。まずは開国から戦前まで。今ジャガイモを美味しく食べれているのは当時の人々の試行錯誤のおかげです。ありがとうございます。

00:00
一休みの平山です。
一休みの小張です。
いやー、会いますね。
会いますね。
また、数日後。
数日後、この収録日から何日、5日後ぐらい?
もうちょっとあれか、4日ぐらい。
4日後ぐらい。
私が大阪から東京に遊びに行きます。
はい、ようこそ。
はい。
予定を詰め込んでいて、
もう、ふん刻みのスケジュールでね、
はしごして、いろんな予定を。
(笑)
(笑)
そうね、ちょっと、自分も結構、
ふん刻みになりそうな土曜日ですね。
いや、まあ、忙しいのはいいことですね。
遊びで。
そうだね。
平山、遊びじゃない予定もあるけど。
遊びじゃない予定の方が多いですね。
(笑)
まあまあ、楽しみましょうよ。
そうね、楽しく。
どこ行くかは言わなくていいですか?
一応、母校のね、
卒業制作の発表会みたいなやつがあるんで。
ありますね、やっと行けますね。
それを日明かしに。
(笑)
もう本当に日明かしで。
(笑)
はい。
はい、じゃあ行きましょう。
不安だらけの
クソみたいな日々を過ごす。
(音楽)
この番組は、物づきれの旅路でさまよう二人が、
日々の疑問を試行錯誤しながら、
わからないままに喋ってくつろぐ番組です。
はい。
えーっと、まあ聞いている皆さんはタイトルに書いてあるのでね、
今回のテーマは何かわかっていると思うんですが、
はい。
レシピ回なんですが、
レシピ回ね。
はい、実はですね、
前回のレシピ1って書いてある、
前回上がった回で、
終わる予定だったんですよ。
あれはね、一回だけの短編のつもりだったんですけど、
はいはい。
でね、我々はいつもこう、
何回かに続く場合はね、
収録同じ日に、
こう続けて撮っちゃってみたんですが、
そうね。
今回はね、日を跨いでいるんですね。
まあそれは、ね、
前回で終わりだと思ってたからなんですが、
はいはいはい。
あれの後、
収録の後ね、
うんうん。
ちょっともうレシピに取り憑かれてしまってね。
(笑)
意識がそっちに。
うん、なんかまあ自分がレシピが好きだってことと、
レシピの良さと、みたいなのをね、
あの収録で、
いやー言ってくれましたね。
再発見してしまってから、
もうレシピのことしか考えられなくなってしまって、
03:02
(笑)
まあなんかたくさん、
またレシピを増やしてしまいましてね。
あー、じゃあちょっと変え足したんだ。
変え足した。
あのね、分かった。
分かりました、私が好きなレシピ。
(笑)
分かりました。
そのさ、前回言ったんだけど、
はいはいはい。
なんか、なんだろうな、時短レシピとか、
簡単とか基本みたいなやつが多すぎて、
はいはいはい。
なんか、もうちょっと創作系のとか、
うんうんうん。
ちょっと凝ってるやつみたいなやつが、
なかなか見つからないっていう話をしたんだけど、
はいはいはい。
今回私が買ったのはですね、
まず、チキンカレー、
おー。
アルティメット21+の攻略法、
はい。
南インド料理店、エリックサウス総料理長稲田俊介さんが書いてるんですが、
はいはいはい。
これはチキンカレーだけで21のレシピが載ってるという。
なるほどね。
いいですね。
(笑)
いろんなチキンカレーがあってね。
てかあれか、エリックサウスの方なんだね、書いてるのは。
うんうん。
じゃあもう間違いないじゃん。
そう。
書いてるのか、監修か、監修してんのか。
いやいや、著者、著者。
あ、著者、著者か。
いやだから、こういうね、一つの料理で、
何十個もレシピが載ってるっていうやつがね、好きなんだなと思って。
あー、そういうことね。
で、もう一冊は人気店の麻婆豆腐の技術。
あー、はいはいはい。
って言って、これも、どんぐらいかな、15、6、7ぐらいの麻婆豆腐のレシピが載ってると。
はいはいはい。
麻婆豆腐のことしか書いてない。
すごいね。
これね、しかもね、別に手順とは一緒だから。
まあ確かに。一緒そう。
結構丁寧に書いてあるけど、そんな特別なことはね、どこもやってない。
まあ、ちょっと変わるぐらいはあるだろうけど、大体の流れはまあ一緒そうだよね。
そう、でも、まあなんかちょっとね、あのラー油、自家製ラー油の作り方とか、
その店がどうやってラー油を作ってるかとか、豆板醤を作ってるかみたいなこととかも書いてあって、
なるほど。
こういうところで違いを出してるんだなとか、
はいはいはい。
まあ単純に盛り付けとかお皿とかもね。
ああ、そうね。
見た目もちょっと違うし。
はいはいはい。
全然これを見て、真似して作ろうというよりかは、もう見て。
楽しむ。
あ、違うなとか、こう工夫してんなとか。
はいはいはい。
全部一緒だなとか思いながら。
全部一緒だな。
06:00
でも器は、そうよね、なんかあの、熱々のもう熱した器で出てくる中華料理屋さんもあるじゃない。
俺が一生食べれないやつね。
そう、あなたが一生食べれないやつ。猫舌すぎてね。
冷めてから食べようとしてるのに、ずっと。
食べしてくれないのよ。
まあお皿もいろいろね、種類あるだろうし、盛り付けもね、その、なんか何添えるかとかでいろいろ違うんだろうし。
そうそうそう。
いや、確かに。
まだ買ってきて間もないですけど、そういう楽しみ方をしていて、まあいつかこれ入れてみようかなとか。
ああね。
作るかもしれないけど。
てかなんならね、ラー油作っちゃおっかなとかね、豆板醤作っちゃおっかなみたいな。
やっぱ大変?
うーん、どうだろうね。
中華屋はね、いっぱい作るからいいけど。
いや、いっぱい作ろうよ。
自分でどんぐらいの量作ってどんぐらいで消費すればいいか、ちょっと見当がつかないから。
いやいやいや、もうすぐ消費するよ。
病よ病。
まあまあ。
はいはいはい。
まあ一旦その2冊をね、買ってきまして。で、もう1冊ね。
はいはい。
これは直接レシピではないんだけど、別冊太陽という、なんだろうな、有名なというか。
有名ね。
有名ではなく、歴史ある雑誌があって、結構あれかな、美術系の特集が多いかな。
ああ、はいはい。
別冊太陽の日本の家庭料理とレシピの100年という特集。
すごいね、レシピの100年。
そう、があったので、これだと思って買いました。
いや、そうだね、それはまさしくそれだね。
で、今回はこの別冊太陽日本の家庭料理とレシピの100年を読んで学んできたことをしゃべろうかなと思って、またレシピ界の2回目ということになってます。
なるほど、いや、ちょっと教えてほしいですね。
いやいや、あの、まあ、何か驚くことがあったかっていうと、そうでもないんだけど。
なるほど。
やっぱりこう、社会との関わりでレシピとか家庭料理っていうのができてきたというか、進化してきたっていうのがね、よくわかりました。
なるほどね、まあでも求められてるものを、その時折の主婦が求めてるものとか、その料理を作る人が求めてるものを反映し続けてきているみたいな感じなんだね。
うん。だから結局、現代にはね、その時短レシピとかさ、一人暮らしとか自炊みたいなところにこう、つながってくるというか、それもね、今の社会とか、
09:12
そうね、そう。
家族の構成をうまく反映しているというふうに見ると、じゃあ過去はどうだったのかっていう話ですね。
あのレシピコーナー見に行ってきたんですよ、自分もちょっと軽く。いや本当にね、時短しかない。
そうなのよ。
いやもうちょっと、なんかもうちょっとあったけど、本当にね、時短が多い。すぐできるとか、なんかあと種類が多く、豊富なやつとかね。
日々のこんだてをね、考えるのに。
そうそうそうそう。まあ自分も主婦やるんだったら、とか、料理をこう家族に作るようになったりとかしたら、もう重宝するんだろうなとは思いつつ。
あと多分売れるから本屋もそれを大きく見せてるよね。
そうそうそう。もうやっぱ目につくところにはやっぱそういう時短みたいなのが多かったですね。
はい。
はい。
じゃあ、まずは、開国ですかね。
すごいね、まあ100年か。そうよね。
開国あたりから行きましょうか。そんなにね、いやそんなに大したことしゃべれないんだけど。
いやいや、開国しましょう、まず。
まあ開国して、西洋文化が入ってくると、食材もそうだし、調味料とかもね、いっぱい増えますと。
あと調理法、調理の方法とか食事の罠とかも変わっていきましたと。一番大きい変化はあれですかね、肉食ですかね。
ああ、そっか。肉はやっぱ開国してから広がった。
なんか宗教的にというか、仏教は肉多分食べれなかったから。
ああ、そっか。
開国して、あ、食べていいんだって感じになって。
この時代、明治の初めぐらいにできた食生活っていうのが、現代の基盤となっていると。
なるほどね。
で、開国して明治維新が起きると、資本主義経済になっていくわけですね。
はいはいはい、そうね。
で、その時代の話をしますから、普通に言いますけど、男女の役割がね、はっきりして、分業体制になるわけですね。男は仕事、女は家事と。
ああ、そっか。そこからなのか。そっかそっか。
で、これね、面白かったんだけど、明治政府の方針としてね、歴史の話っぽくなるけど、不国共平ってね。
ああ、はいはいはい。
覚えさせられますよね。
覚えさせられました。
で、これは、国家は家庭の集合体っていう思想があって。
へー、なるほどね。
12:01
国、経済的、精神的にも、家庭が充足してれば、国も強いよっていう。
なるほどね。
だから、ちゃんと、おいしい家庭、おいしいご飯を家で食べましょうやと。
はいはいはいはい。
または、食べさせましょうやと。
はいはいはい。
そういうことで、女子教育というか。
ああ、なるほどね。
家政学校みたいな感じかな。
はいはいはいはい。
そういった、女性の教育が整備されていって、中でも食事の管理っていうのは重要だと、主張されてきたそうです。
なるほどね、そう繋がるんだね。
ね。
まあでも、確かに、ご飯は食べた方がいいよね。
でも、そこで教育の文化までガッて変わるのはすごいことね。
で、この頃に家庭料理っていう言葉も生まれたそうです。
つまり、それまでは、レシピにしても、料理のジャンルにしても、プロの料理人みたいなものしか資料がなかった。
そういうことか。
けれども、家でおいしいご飯を食べましょうみたいな流れから、家庭料理っていう一つのジャンルとして生まれてきた。
なるほどね。
で、その家庭料理のレシピっていうのもね、この頃というか明治初期に、新聞に料理の記事が登場しました。
ああ、そっか、新聞か。
これはもう今と一緒ですよ、毎日の食事作りにね。
そうよね。
そういう新聞たちのために、いろんなおかずを紹介していくような記事があったそうですね。
でも、その時は新聞はかなり有効そうだね。
メディアって言ったら多分新聞とかぐらいしかないのかね、どうだかわかんないけど。
毎日って言うとことも紐づきそうな。
はい。
はい。
で、ちょっと時代は進みまして。
はいはい。
1904年。
はい。
日露戦争です。
そっか、日露戦争。
その前から日清戦争とかやってますけど、とにかく戦争が多いんですよね、この頃は。
多いね。
だから、大変なことになってるわけですよ。
まあそうね、すっごい平易な言葉で言うとそうだね。
大変なことになってるわけですよ。
はい。
なんで、この頃の政府の方針としては、一生懸命働いて、でも贅沢しないで貯蓄しときましょうよねと。
戦争してるから、何があるかわかんないっていうかさ、作物が急に取れなくなったり。
15:04
そうねそうね。
するかもしれないんで、一生懸命働くけど、貯蓄はしときましょうという。
はいはいはい。
ただこれは、ひもじい生活とかひもじい食事をしましょうということではないと。
そうなんだ。
さっきの福岡共平のところで言ったように、充足した家庭は国を強くするという方針なので。
はいはいはい。
つまり、普通の食料品でおいしくて栄養のある食事が作れればいいよねというか、家族が栄養不足になることもなく、つまり国家にもいい影響が与えられるでしょうという話です。
じゃあまあまあそれなりの、贅沢をしすぎるわけではないけど。
贅沢をするなっていうのは、ひもじい食事を食べろということではなく、普通の食料品でおいしくて栄養のあるものを食べましょうと。
はいはいはい。なるほどね。
そういったね、一家のゆうとおりのある経済っていうのが、国全体の余裕を生むと。
はいはいはい。
いやー、大変ですね戦争は。
そうだね。いやまあそうなんだけど、でも本当にその福岡強兵っていうところが、本当に根強く反映されてるんだねやっぱその日露ぐらいまでは。
うん。あとやっぱりこうあんまりね、歴史の授業とか受験勉強でやっても、あんまりこう家庭にこんなに根付いてるとは思わないっていうかさ。
いやーそうそうそう。あんまりそんな話してない。
国のために働きましょうとか資材とかも、国のために、戦争のためにみたいな雰囲気で覚えてたけど。
そうね。
こう、家庭の食べるものというか、家族の料理とかもそういう思想が行き渡ってたんだなっていうのは面白いなと思ったね。
そうねそうね、面白いね。
で、まあこの頃、明治中期以降ですかね。
はいはい。
和洋節中の料理とかも出てくるわけですね。
あーはいはい。
まあいろんな食材とかが入ってきますから。
ここら辺なの?
江戸時代からの伝統的な調理法に、まあ新しい食材とかでアレンジして。
はいはいはい。
つまりね、バターとかケチャップとかカレー粉みたいな。
あーなるほど。
そういった西洋の食材を使ったレシピが出てくるそうで、ただこれもひっくるめて日本料理と呼ばれるようになったそうです。
えー、あ、そうなんだ。
まあでもこれは日本の文化的にも得意なことよね。
そうね。
こう、よそのものを取り入れて勝手に日本風というか日本にしてしまうと。
18:05
まあひらがなとかももうそうでね。
私の一番好きな日本の文化というか、発展の仕方なんですけど、そういうのが料理にもあって、結局それも日本料理と呼んでしまっていたと。
はいはいはい。
あと、まあ今でも本屋にたくさん並んでると思うけど、お弁当用のね料理とかも。
あーこの辺から。
この辺りから。
まあ多分内容はねそんなに今と変わってないですよ。
卵焼きとか。
そう。
はいはい。
冷めても美味しいとか。
はいはいはい。
腐らないようにする技術とかね。
そうね。ちょっと塩多めにとか。
はいはい。
はい。で、ちょっと歴史は進んで、まあただ戦争は続いてますね。
戦争が続くと、物価が高騰しますね。
しますね。
そうするとですね、いやいや今とちょっと似てるんだけど、節約料理書とかね。
あーなるほど。
あと代用レシピとかね。
あーね、確かに代用レシピ、最近ちょこちょこあるよねやっぱね。
うん。っていうのが出てくるのもこの戦時中というか、1910年代。
なるほど。
で、1918年の米騒動で。
あー米騒動。
米なくなっちゃうんで。
はいはい。
パンとかじゃがいもに着眼したそうです。
はいはいはいはい。オートミールじゃないんだね。
(笑)
失礼しました。
でね、じゃがいもっていうのは。
はいはい。
近世まではね、もうなんか家畜の餌っていうイメージで。
あ、そうなんだ。
とてもなんか人が食べるようなものではなかったみたいですね。
へー。
こういった代用レシピみたいなのが流行してからは、こうたくさん研究試行錯誤されて、じゃがいもの調理法とかレシピが生まれたそうですね。
へーそうなんだ。今はなんかね、喜んでみんな芋食べるじゃんね。
そうそう。だからそれもこの時代のね、料理研究家みたいな人たちが頑張ってくれたおかげなんですね。
なるほどね。じゃあその当時の人たちが今の我々がマクドナルドを食べてる姿を見たら、もうとんでもないことになる。
そういうことだね。
うわー家畜やんってなるってことですね。
(笑)
まあでも目上がりしてますからね、マクドの。
いやそう。
大変なことになってる。
大変な。そうよその芋ですら高くなってるんだから。
また芋の代用レシピ考えなきゃいけない。
(笑)
どうしよう。オートミール高いしね。
(笑)
21:00
なるほどね。
あとはまああれかな、今でも言われてますけど食材を余さず使うとかね。
あーはいはいはい。
まあそういったこともこの頃というかまあ食糧なんなんで、食糧なんとか物価が高騰してるとかっていうのから、そういった工夫というかレシピというか料理書ができたそうですね。
なるほどね。いや芋はびっくりだな。
はい、ここまで戦中というか江戸末期から戦中ぐらいまでをね話してきましたけど。
はい。
はい、じゃあ来週は戦後からですね。
(笑)
やだなあ。授業みたい。
(笑)
すごい授業みたい。
本当にあの眠い回になってしまって申し訳ないですね。
いやでもいやおもろかったよ。
たまにはこの古典ラジオ方式でね。
(笑)
だったら古典ラジオ聞いた方がいいのかもしんないけど。
(笑)
勉強していきたい人が喋るという。
ねえ、いやでも全然知らないし、俺そもそも歴史弱いから。
俺もそんな強くないってか日本史はね俺やってないから。
いやもう俺何史もやってないから。
(笑)
マジでわかんないです。
逆にねレシピと紐付けることによって起こせられるよね。
そうそう、だから米騒動とかってワードはなんとなくわかるけどさ、
なんだったかもう分かってないのよ。
もう何か起きてるとか。
やっぱさ教科書で習っちゃうとさ、米騒動が起きました、大変でしたって終わっちゃうじゃん。
そうそうそう。
大変だった結果、これは今レシピの話してるからだけど、
こういうレシピが生まれましたとか家庭料理はこういう風に工夫されましたとかっていう情報があると、
それと紐付けてね、覚えられるから。
そう、だから今賢くなった気がしました。
だから社会の先生はこれ聞いてください。
(笑)
いきなり圧が強いのよ、敵を生むのよ、こうすれば。
覚えられます。
いや絶対大変なんだろうな、全部の授業でこんなことやったら終わんなくなっちゃうからね。
まあまあ。
まあまあこれ大人になってから気づくっていうのも。
そうよ、だから大人になった方が勉強楽しいっていうことかもしれないですね。
そうそう。
まあまあ、そんな感じで、じゃあ来週も学びが多い時間になるといいですね。
(笑)
はい。
はい。
じゃあありがとうございました。
ありがとうございました。
よろしくお願いします。
23:45

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