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はいどうも、田代ゆうとです。今回44本目ですね。いつも聞いていただいてありがとうございます。
今回はですね、パラリンピックの歴史っていうものをちょっと話してみようかなと思っております。
私は理学療法士とアスレティックトレーナーという資格を持っていて、普段は一般の方とかスポーツ選手とか
障害のある方などの体のコンディショニングに関わる仕事をしているんですが、 もう6、7年前ぐらいからですね、障害者スポーツというのに関わっています。
私は大学の頃からボート競技をしていたので、主に関わるのは障害者のボート競技になるんですけれども、
そこからいろんな人の繋がりもできてですね、いろんな障害者スポーツの方とも繋がりがあります。
そこでですね、パラリンピックの歴史ということをよく聞く機会もあるので、 今回お話ししてみようかなと思っております。
もともと障害のある方がスポーツをやるっていうのは、どういう目的かっていうと、
戦争とかですね、負傷してしまった兵士の方とかがリハビリのためにというか、体の機能を取り戻すためにスポーツをしましょうというのが起源になるんですよね。
そこで勢力的に行われていたのがイギリスのストークマンデビル病院というところがありまして、
そこにグッドマンというユダヤ人の医師の方がいたんですよね。
そこで障害のある方がスポーツを取り組んでいて、その過程の中でですね、この鍛えた能力を競うというので試合とかが行われるようになってきて、
このストークマンデビル病院というところで国際大会も行われるようになりまして、これがパラリンピックの起源だと言われています。
その第1回目のパラリンピックというのは、このストークマンデビル病院で行われた国際大会になるんですけども、
第2回目は日本で行われているんですよね。
その理由としては、このグッドマン博士というかお医者さんを支持していたですね、日本のお医者さんがいてですね、中村豊さんと言うんですけれども、
その中村豊さんがイギリスの方で流合水という形で行って勉強をしたんですよね。
日本ではまだ障害のある方がスポーツをやるというのは一般的ではなかったので、そこで感銘を受けてですね、
日本でもスポーツと障害のある方もやって、機能を回復するのはすごい良いことなんじゃないかということで、
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日本でも精力的に行っていたので、この第2回目のパラリンピックというのも日本で行われることになったというわけなんですね。
今はちょっとコロナの影響もあって、2020年に行われるはずだったオリンピック、パラリンピックも延期されてしまっている状態なんですけれども、
この第2回目のパラリンピックに続いて、日本でパラリンピックが開催されるのは2回目になるわけなんですね。
当時からも競技の種目とかも変わってきたり、ルールとかも変わってきているので、
障害者スポーツというのは公平に行うためにクラス分けというのが必要だったりもしますし、
ちょっと特殊な環境もあるので、また障害者スポーツを取り上げてお話もしていけたらいいかなと思っております。
今日はちょっと朝に収録をしていて、子供がいるのでちょっと子供の声が入ってしまいましたけどね。
また仲良く家族で過ごしながら収録もしていけたらいいなと思っておりますので、また今後もよろしくお願いします。
ありがとうございました。