1. Cra出しRADIO 工芸とカルチャー
  2. S3 ep21 日本の民家ワンダーラ..
2024-01-23 45:16

S3 ep21 日本の民家ワンダーランド 家の話(前編)

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今回は家について考えます。昔の民家に見る地域性、建造物を移築して展示する野外博物館というジャンルの成り立ちなど。
※途中音声に乱れがあります。


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サマリー

CRA出しRADIOは、使わなくなった大切なものを、様々な手法で生まれ変わらせるコレクティブです。ConCRAのメンバーが、工芸を軸に、物と人との関係、物を作ることについて、皆さんと一緒に考えていく番組です。その中で、今日3人でお話ししていくのは、家です。 昭和30年代から保存の動きが始まり、古い民家がなくなっていく流れに対して日本民家園が企画されます。民家園は全国の遠方から民家を集めて管理する施設であり、昔の家屋は畳や障子の概念がなく、暖房がないため寒さが厳しいですが、風景や文化を守るために保存される価値があります。 日本の民家ワンダーランド、家の話について前編で詳しく話されます。柳宗吉や和島の民家、地震の耐震強度などが取り上げられます。

CRA出しRADIOとConCRAの紹介
CRA出しRADIOは、使わなくなった大切なものを、様々な手法で生まれ変わらせるコレクティブ。
ConCRAのメンバーが、工芸を軸に、物と人との関係、物を作ることについて、皆さんと一緒に考えていく番組です。
ConCRAの岩田です。
海です。
潮です。
前回、次はゲスト回です。
調整中みたいな話があって。
やはり、正月に大変なことが起きましたので、その影響を物かぶり。
お仕事で北陸に行くことが多い方なんですけど、そのついでに京都で収録することを考えてたんですが、
全体的にそんな話ができるような状況ではなくなっておりました。
というわけで、今日も3人でお送りしましょうということで。
そうですね。
緊急企画。
ちょっと心配になってきますけど、こんなにずっと3人で喋ってていいのかなみたいな。
聞く人が減ってきたらどうしよう。
若干は減るんじゃないですか。
最初の頃に戻った感じがありますね。
待望のゲストを呼ぼう、誰にしようみたいな頃の3人とかで2人で喋ってたことを思い出しますけど。
こういうことも起きますよ。
そうですね。
ちょっとさっきの話に戻ると、僕、親戚が北陸3県全部にいるんですよね。
北陸地方の被害と家についての考え
富山と石川と福井、全県にいるんですけど。
全体的に大変そうだなっていうのがあり、
僕の親戚が七尾にいるんですけど、石川がダントツに被害が大きく、
その周辺の県の人たちは、石川県の影響とかそういうのにフォローするような形で対応に追われてるみたいな。
そんな感じで、北陸3県がとんでもないことになってるっていうのは、肌感では感じてますけど。
そんな中、今日3人でお話ししていくのは、
家ですね。
なんか関係、つながりがあるね、なんだかんだ言ってる。
家のことやっぱ考える。
考えますよね。
考えますよね。
やっぱりね、今まだ、いわゆる一時避難っていう状態。
体育館みたいなところで生活を続けられてる方もまだ多くいらっしゃるっていう状況でしょうし。
震災に絡んでっていうことと全然関係なく、
僕が最近行って、ちょっと面白かった場所のこととか話してたらいろいろその辺がつながってきたなっていう感じですね。
今日は。
岩さんが行ったとこってのは。
とりあえず僕が行ってきたのは、日本民家集落博物館っていうところなんですけど。
民家の集落。
民家の、うん。
集落、集落。
これはどういうことなんだろう。
集落の博物館ってことなのかな。
民家と集落の博物館っていうニュアンスかな。
でも、僕今民家集落博物館のサイト見てますけど、
なんか一つの村みたいな体ではありますよね、これ全体が。
まあそんな感じですね。
そうですよね。
一つの村にしては家がバラバラすぎますけどね。
家の種類が。
確かに。
種明かしするアレでもないんですけど、結構いろんな地方の民家の、
民家って言って当然その土地の風土に合わせた作りとかそういうのがある感じだと思うんですけど、
それぞれいくつかの地方の特徴が集められてるってなんですかね。
ちなみにこれがあるのが、
日本民家集落博物館の魅力
大阪の服部緑地公園っていう公園の中にあるんですけど、
ちょうど前回も公園の話してましたけどね。
大阪だと万博公園が有料だみたいな話してましたけど、
服部緑地公園は無料で入れるというか。
じゃあこれはコモンですね。
でもね、結構ね、服部緑地公園。
服部緑地公園っていう場所は野外音楽堂とかもあって、
昔フェスとかで行ったことがあったんですけど。
そうなんですね。
この間改めて服部緑地公園行ったら、かなりコモンズ感ありましたよね。
本当ですか。
広場でボール遊びしてる人とスケボー乗ってる人と犬の散歩してる人と、
フリスビー投げてる人とかが、
全くここはそういうことしちゃダメみたいなことなく、
もう完全に混在しながら、事故が起こらない状態が作られていた。
誰も監視してる人もいないし、
あと焚き火してる人もいたし。
直火ですかね。
何組かいたんですよ、焚き火してるのと、
キャンプ用のちょっとした燻製とかできそうな感じのやつもいて、
火焚いてる人と。
珍しいね。
許されてるかどうかよくわからないですけど、
でも何組かいたので。
例えば僕らの家の近くの金太公園とかって、
やっちゃダメと言いつつ、
広いからやれそうなとこあるんだけど、
たぶんやったら、ちょっとしばらくしたら一目散に、
誰か飛んでくる感じはあると思う。
直火とか。
直火じゃなくて、あれがダメだよね。
火瀬ところもダメなのか、あそこ。
それもダメだし、
火器が全部ダメなのか。
あとテントもダメ。
タープみたいなのもダメ。
それもダメなのか。
結構ダメダメ尽くし。
テント組んでる人もいたし。
自由ですね。
なんかいろんな人がいましたよ。
結構まあまあ真冬っていうか、この寒い季節。
まあ確かに寒かったですけどね。
このサイト見ると、
日本民家集落博物館って書いてある。
昔のお家博物館ってひらがなでは書いてあるよ。
ちょっと砕いた感じが。
そうですね。
だからどっちかというと、
民家やっぱりフォーカスなんじゃない?
だから全国区ですよね。
北は東北から、
まあいろんな鹿児島まで、
結構いろんなタイプの民家。
一番寒いところで岩手県。
はいはいはい。
岩手県の民家から鹿児島県までですね。
うん。
近畿圏中心が多くはあるんですけどね。
まあ大阪にあるしっていう。
ことですよね。
見た感じ、
岩手さんあれ犬山かどっかのリトルワールドとか、
実家の近くにありました?
そうそう。
海さんリトルワールドって。
何回か行ったことありますよ。
リトルワールドは、
すごい雑に言うと、
世界の民家が集まってる。
何それ。
例えば砂漠のお家とか。
犬山市っていうとこはなかなかすごくてね。
リトルワールドと明治村っていう。
明治時代の建築物をガーッと一とこにまとめた。
フランクロイドライトの建築とか、
帝国ホテルとか。
いわゆるそういう野外博物館の。
野外博物館の聖地ですね。
へー。
リトルワールドの世界各地の民家が集まったやつではなくて、
日本の民家のローカルをすごく深く掘った。
深くかわかんないですけど、
各地のやつを掘ったっていうのが、
この日本民家集落博物館みたいな。
そんなイメージ持ちましたけど。
リトルワールドほどのエンタメ性はないですけどね。
人による。
確かに。
僕見る限りはこれエンタメ性抜群なんですけどね。
渋いエンターテイメント。
エンターテイメント。
これしとったら何か言っとったな。
ここに行くきっかけになったのが、
前段として、
神奈川県の川崎市に、
また同じような施設があって、
むしろそっちの方が規模がでかいんですけど、
川崎市立日本民家園っていうところがあって、
そこに、
僕行ってきたのが先週、
今日何日だっけ?
1月18日。
収録日はそうですね。
3連休。
1月の最初の3連休で、
僕の妻だけが一人で川崎の日本民家園に行ってきて、
僕もギリギリまで行く予定してたんですけど、
体調不良で一緒に行けず、
ちょっと半ば興奮して帰ってきて、
めっちゃ面白かったっていうので、
うらやましいし、
僕も何か見たいし、
関西にもあるでっていうことで、
こっちに行ったと。
神さんの一人上手感もすごいですよね。
岩井さんの一人で。
めっちゃ盛り上がったって感じがする。
一人で。
すげえいっぱい写真撮ってきましたけど、
ここの作りがこうでみたいな。
すごい。
ここ何個あるんだ。
23個。
すごいですね。この川崎も。
日本民家園は23個かな。
すごいですね。
すごい規模だし。
よく集めたね。
大阪のと違うのは、
丸々家みたいな体だから、
作り自体はちょっと見えてこないですけど。
山田家とか小原家とか。
日本地図が書いてあるのは、
東北の村、神奈川の村、
宿場とか、
関東の村とか。
中部から関東、
東北にかけてを結構重点的に保存している感じですね。
そうですね。
突然何か沖縄に。
鹿児島か。
はい。
妻が冊子を買って帰ってきたので。
うんうん。
これ、僕行けんかったんで、
この本読んで、
ちょっと勉強してたんですけど。
結構分厚いですね。
結構だから、
各住宅の、
結構こう、
作りの。
作りの説明とか。
どっかの大学の先生が書いてそうですね。
いや、研究者が書いてますよね。
いや、研究者が書いてると思うんですけど。
大学の先生が書いてますよね。
大学の先生が書いてますよね。
いや、研究者が書いてると思います。
しっかり。
このボリュームは。
しかも、
藍染絵体験もできるんだ。
え、何体験ですか?
藍染絵体験。
あ、藍染絵ね。
何か併設している、
工芸博物館みたいなのもあるみたいですね。
ウェブサイトに書いて、
ロバタの会、会員募集中、
スタートアップ講座、
現在受付中っていうのがすごい気になる。
何このスタートアップ講座って、
泥端の会が。
スタートアップ、
だからこういう企業家の会みたいなのって、
場所を色々趣向を凝らす集会が多いじゃん。
だからそういう中のうちに、
民間園よくねっていう人がいたんだと思うよ。
本の中に。
場所貸しとかもしてるってこと?
場所貸しとかしてそうですね。
ロバタの会っていう。
ロバタの会でいうと、
僕らの世田谷の家もロバタの会みたいなもんですけどね。
色々家があって。
色々あるんですか?
色々あるんですよ。
すごい弱っちいファンがついてて。
結局それだとまかえられないから、
周辺の窓を開けるせいで、
この季節はしんどいっていう。
肉焼いたりしなきゃ大丈夫。
そうだね。
炭とかをチロチロ焼いてるぐらいだったんだけど、
わりかし薪で炎をやる感じは辛いかなっていう。
色々ありますね。
ごめんなさい、手前の話でした。
リトルワールドもそうやし、
あと僕、おととし東北に旅行に行ったときに、
東北でも別に何の予定もなくフラーっとというか、
レンタカーでずっと走ってって、
たまたま通りがかった道の国民族村っていう、
そこも結構大量の民家が移築されてる施設があったんですけど、
そこは29棟とかあるところとかも行って、
ここも良かったんですけど、
結構こういう野外博物館みたいなとこ好きなんですよね。
民家村行きがちですね、本当に岩田さんの際は。
タンパクこれでもう良くない。
東北会場とか大阪会場とか、
全国の民家名につなぐぐらいの感じで、
建築もいらんし新機能。
でも万博だからね。
いろんな各国のパビリオンとかどうするんだ。
だけ大阪に作るのか。
日本国内の全国の民家園で。
これで良いんじゃ。
しょうさんのアイディアは誰かに伝えてもらうと。
もう遅いよ。
意外と遅くないかもしれない。
意外と遅くないかって。
意外と何もできてないし、
建材も高いし意外と遅くないかもしれない。
結構全国に民家園行きがちの岩田家で。
こういう施設っていつ頃からあるのかなっていうのが、
結構この日本民家園の冊子を読むと、
詳しく書いてて、
もともとそもそも、
今住んでる住宅とかもそうですけど、
普通の人たちが住んでる家とかって、
研究とかの対象になりにくいっていうか、
気づかないかったりするじゃないですか。
価値が。
個人宅だから。
民家っていうものをちゃんと研究対象にしようっていう動きが、
始まったのが大正時代あたりみたいなんですよね。
結構前ですね。
民族学みたいなことで、
その中の一つとして民家を研究するっていうのが、
立ち上がったみたいなんですけど、
結構、例えば武家屋敷とか、
寺とか神社とかって、
いついつ築造みたいなことって、
何かしら資料があったり、掘ってあったりとかってあるけど、
民家ってそういうものがないので、
築年をまず、年代を調べること自体が難しかった、
民家園の起源と目的
みたいなところがあったみたいで、
そこが割と本格的に研究され始めたのが、
昭和30年代くらいからだそうなんですね。
1050年経って研究がされ始めたと。
割と時代のムードとして、
高度経済成長でバンバンと宅地増生されて、
古い民家がなくなっていくっていう流れに対して、
このまま放っておくと、
マジで古い民家なくなるぞっていう流れの中で、
この川崎の日本民家園も企画されたらしいです。
そうなんだ。でも逆に先見の面ありましたね。
その判断とか、それでちゃんとプロジェクト化できた人って。
あと結局、いろんな民家園にしても、
大阪の民家集落博物館にしても、
すごい全国のいろんな民家が移築されているのは、
結局、もともとその家があった土地で、
ずっとその土地の人たちが維持するっていうのが無理。
経済的にも、いろんな条件的にも無理なので、
どこかがまとめてちゃんと管理できるようにしようっていうことで、
こういう全国のかなり遠方からも家を集めてくるみたいな施設があるそうなんですよ。
民家の特徴と寒さ
それを今聞いて理にかなっているなと思ったのは、
例えば村全体が世界遺産になっちゃっている白川号とか、
逆に世界遺産にされちゃったことで、
なんとなく暮らしている人たちが、
家を後継ぎもいないからって言って取り壊せないっていう
辛みの話を聞いたことあるんですよね。
それと壊せないかつ維持するのも大変だし、
どうせかやぶきの屋根の吹き替えとか、
村全体でやらなきゃいけないから自分一人でもできるしとか、
変に認定されちゃうことの辛みというよりは、
こうやって保存する公園みたいなものがまとめてやるっていうことは、
すごい理にはかなっているなと思いました。
そうですよね。だから僕も白川号とか住んでたら、
だって住んでるところに観光客とかいっぱい来るわけですよね。
そうですよ。だから自分らがそれこそ動物園の檻の中の人みたいな感じになっちゃいますよね。
なかなかそれはそれで辛いもんありそうですよね。
辛いもんありそうですよね。
慣れるとかいう話じゃないからね。
一番辛いのは、帯路がないっていうのが辛いんですよ。
もう家を売ろうにも売れないしとか、
閉じれないっていう帯路の無さが辛いのはありますよね。
聞いたことあります。
やっぱり屋根の吹き替えとか、
いろんなことがやっぱり村人総出でやる行事になっているし、
よそから入ってきた人がうまく告げるもんなんかどうかもよくわかんないですね。
よくわかんないし、だから喫茶店を始めた人とかが、
今までののんびりとした運営をしたかったと思うんですけど、
合唱作りを喫茶店にした人とかは、
そこそこの観光客を相手にすればよかったものを、
外国人とか全国から人が押し寄せられてるから、
結構子供禁止とか外国人禁止みたいなの張り紙しちゃうような感じ。
でもそれもちょっとわかるんですよ。
勝手に世界遺産にされて人が押し寄せてきたら、
客を選びたくなるっていう気持ちもわからんくもないっていう。
ちょっとああいうのもよしよしだなって結構思ったりしますね。
あと実際あれですどうなんですかね合唱作りとか今も住んでいるところとかだと、
リフォームとかってやっぱり個人の判断でできなかったりするもんなんですかね。
なんかそうなんですよね結局建材とかも何だろうな、
いわゆるハウスメーカーとかそういうものに置き換えとかそういうのは多分ダメなんだと思います。
なんで結構制限も多いし。
でもね、ハットリヨクチ公園の日本民家集落博物館行って、
ちなみにね、川崎の日本民家園は割とね、
家の中に上がれない家が多いらしいんですよ。
ドマとかまでは入れるけど、座敷まで上がったりとかっていうのは、
どこまではできない家が多いらしいんですけど、
大阪の方は結構どの家も全ての部屋に入っていけるようになってて。
古文図感がやっぱありますね。大阪。
結構寒い日に行ったんで、
なんかその昔の家の寒さが身に染みたというか。
全部板間やしね。畳とかないですからね。
いやー板間寒そうだよねこれ。
どこやったかな。どこの家だったか忘れたんですけどね。
大体その日本の家というか、家ってこう、
上がるじゃないですか。一段その座敷とかだったら。
床が地べたってことはないじゃないですか。ドマじゃなかったら。
ある地域のその家、長野。
山形。とにかく寒い地域なんですけど、
ドマに御座敷いてあるだけの家があって。
民家の保存価値と現代のロジスティック
でもそれの方が暖かいらしいんですよ。
いろりがあってその周りをそのままドマのまま御座敷くと、
いろりの熱が地面を伝って暖かいとかで、板間よりも暖かいらしい。
見た目めちゃくちゃ寒そうなんですけど。
なんかこの結構民家園もきっと年代ごとに結構、
全国から集めてるとはいえばらつきもあるのかなと思いつつ、
一応収録前に何かウィキペディアぐらい読んどこうみたいな感じで
民家っていうページ読んでたんですけど、
確かにそういう意味だと室町時代ぐらいまで、
民衆の家は結構縦穴敷きも結構多かったみたいなことがあって。
そうですね。北陸の岩手県の道の国民族村ってとこは、
室町時代の縦穴敷き住居の再現みたいなのがありました。
だから理にかなっとったんでしょうね。縦穴敷きとか。
そうですね。
豪雪地帯だと思うんですけど。
埋もれちゃうよね。
なんか工夫あったんじゃないですか。
やっぱりとんがり系の屋根が理にかなってたんじゃないですか。
わからないけど。
白川湖とかまさにそういう形だね。
そこはそこで降るかな。
岐阜県結構降るでしょ。
新潟も降るけど。
あと寒いのと暗いんですよね。
暗い?
どの家も家の中が。
金鋭雷さんの世界ですね。
陰面の中の色の違いとか風合いの違いをうんちゃらかんちゃらする話ですね。
日本の家屋みたいなことで今の人間としてイメージすると畳とか障子とかっていうものをイメージしますけど、
畳も障子もないんですよね。
全部木でできてるというか本当にもう閉めたら真っ暗やし、全部板間やし。
贅沢品だったんですかね畳って。
窓もないですからね基本的に。窓っていう概念というか。
暖かさとかだけの理由じゃないよね畳だったらね。
だから紙と板で外を隔ててるぐらいの話で。
結構開口部もめちゃめちゃ多いしこんなもん寒いに決まってるって話やねこれ。
しほさん住めないですよこれ。
温暖化今してるから寒さがさ昔より温かいのかな。
昔の方が寒かった。
昔の方が寒かったでしょ絶対。
下焼けになりそうだね。
まあなりますよね。
なりますよね。
どうしますしほさんこれどこの家もペアガラスないですよ。
もうあのなんかもこもこの格好して雪だるまみたいな感じじゃないといけない。
別件の回でボロの話しましたっけ。
はいはいはい。
あれってしかも東北とかなのに身につけられる素材も決まってたんですよねすごい。
コットンが手に入らないから朝のものが多いんだけどコットンがあったらそれを切り、ボロボロになったとしてもまたつぎはぎしまくって。
つぎはぎしてあと何重にもして厚さを出してそれが布団だったって聞いたけど。
かつ朝でしかあれだから差し粉っていう糸で縫いまくって厚手の布にしてとかさそういう。
そんなに言ったらこんな今さファストファッションでウルトラライトダウンが買える時代の話とかと全然違う話じゃんこれ。
ファストファッションウルトラライトダウンを7枚ぐらい差し粉でやらないとダメ。
ショウさんもうやることないですよ東北とかで冬場寒すぎて朝起きれないですよこれ。
うん。だから布団を着てたって。
布団を着て活動するって感じ?
そうだから昔の布団ってお洋服の形してる。
ああそうなんだ。
そういう青森とかのやつとか見に行くと布団って書いてなんか着物にめちゃくちゃ分厚い着物に見えるんだけどそれで寝てたって書いてある。
ガチャピンムックみたいな手だね。
わからないけどその例えが全然わからないけど。
縫いぐるみを着ぐるみ被って生活してるのも。
寝てる時だけそうだよね。
そうなの?
だって活動しづらいぐらい重いんだよ。
そうだよね。
でも起きたらやっぱ布団は脱ぐわけでしょ?布団から出るわけでしょ?
それはそうだでしょうね。
そうだよね。それすらできなそうだなと思って。
速攻動きまくらないとダメなんですよ。
無理だよね。
脱げたら速攻で。
だってさイメージ的にはさ東北とは言わずここの民家園の家ってだいたい冬場とかって
布団被って首だけ出てて出る口からの息が白いとかそういうイメージありそうだけどね。
意外と雪降るところ、雪に囲まれるとさ暖かかったりしないかな。
なんかほらよくこう雪の、なんだっけ。
鎌倉?
鎌倉とか作ってそこでなんかエスキモーとかじゃどうすんだよって話になるしね。
でも確かになんだっけな。
動物のなんか。
若枯らし頃に雪山で僕もなんかキャンプとかしてたんですよ。
雪を足で押し固めてテント張るんですけどこんなところに寝れるのかと思いきや意外となんかその上にテントあって
断熱にもならないより全然いいけど寝床のマット敷いて
それで中で引いたり取ったらもちろん防寒はしまくるけど全然普通に寝れましたなとは思いますね。
雪の上に寝てるようなもんだけどね。
だから多分やばいのが雪とかじゃなくて風ビュービューのスースー
すきま風がめっちゃ入る家の方が寒いんだろうね。
勝手な想像。
今の文脈で言うと昭和30年頃から保存の動きが始まって
それってだからハウスメーカーが日本で言うとサブロックみたいな話?
企画家がドアの形とか寸法とか
スーパーFのこと言ってんの?
大手のマンションデベロッパーの作ったマンションだったら
北から南まで下手したら全部ドアノブが一緒とかそういう時代じゃないですかね。
でもそれより前の手作りの建具とかそういうのだったら
当然隙間なんかも相手当たり前の話の世界だよね。
多分工夫はあったんだろうけど。
そう言われるとそういう2×4っていうのっていつ来たんだろうなと思って。
2×4の歴史?
アメリカとかから来たのかな。
そんなことないと。企画家っていつから始まったのかしらと思って。
これだけ民族感で見れば
やっぱりその土地の風土に合わせた建物の歴史がある中で
ハウスメーカーの2×4の歴史って考えたら
アメリカでは200年余りの歴史を持つ住宅広報で
19世紀初頭アメリカ開拓の時代に新展示を求めて
新大陸に渡った開拓者によって生まれました。
でもそれを輸入したくて。
日本でその辺のハウスメーカー的な家の作り方が本格的に導入されたのが
おそらく戦後の昭和20年30年代なんだろうと思うんですけど
全国の民家がずらっと並んでるのを見ると
明らかに材料が現地調達できるものがそれぞれ違うので
屋根の吹き方とか壁材どうするかとかっていうのが
すごくその辺の特徴が出てて
奈良のカミキタ山やったかな
トツカワだ
奈良のトツカワっていうところの民家とかは
屋根も壁も全部杉なんですよね
杉杉板
贅沢だな
今作ろうとしたら
ログハウスっぽく見える
へーすご
今だと豪邸みたいな扱いなんですか
多分北海道の弁当が米が取れないから
いくらでかさ増ししてたみたいなもんで
多分現地調達してる
そういう意識ないんですよきっと多分
そこの奈良の丸太みたいなところも
当然それは重いもんやし
そんなに長い距離運べないもんなんで
それは現地で取れたもん使うよなっていうのは
当然ちゃ当然なんですけど
そういうのを見ながら
工芸みたいなものとの
親和性っていうかつながりも感じたんで
ちょっと家の話しましょうかっていう
今回のテーマの持ち込みになったんですけどね
やっと到達しましたね
これでもやっぱりさ
どっちかって民家との関わり合い
考えの関わり合いはすごくあるんじゃないかなと思ったのに
なぜか民芸100年点に
民家の作りに対しての言及薄かったかなってちょっと思ってて
物に対する執着はすごいけど
空間ってとらわれちゃうのかなやっぱ民家っていうのは
でもその民芸品っていうのの解釈を拡大して
家にまで持ってきたときに
なんか集められないよねそんなに
集められないのはありますよね
集められないから
なんでそのロジスティックまで含めて
日本の民家ワンダーランド
それができるようになるのは戦後まで待たないといけなかったのと違います
本当に狂ったようにコレクションしようとしたら
使っている様子の周りまで全てコレクションして
言ったらベルサイユ宮殿みたいな
宮殿にこういうのなんかカップ&ソースありまして
テーブルがあって
なんかさ漁師がさ
水が船に入ってきたときに
木製のスコップみたいなのなかったっけ
民芸100年展とかで
分かんないけど形がすごくかっこよくて
それだけすごい
柳宗吉か誰かが
すごい熱量でそういうのを集めてたと思うんだけど
なんなら船全体持ってきたかったんだと思うよ
勝手に言ってるけど
だけど無理じゃんか
どうだろうそういう見方なのかな
むしろ
これをこの形かっこいいから
他の用途に使ったれみたいなのを感じる
でもあっこ行ったことありますかお二人
駒場の日本民芸館って
駒場ってどこだろう
東京東大のキャンパスの近所
ないっすね
あっこね元々柳宗吉の自宅やったところなんですけど
それ見るとね
家も集めてたなって感じ
日本民芸館めっちゃ
柳宗吉の趣味を感じますよ
そうっすか
建物自体
すげーな岩田さんやっぱり
全国足茂区各地を回ってますけど
僕らが本当に川崎の
民家の存落も知らんぐらいの程で
知らなかった
言ってますからね
行ってみようと思いました
もう一つ民家の話につながるのが
今回の野党半島の地震のニュースとかを見てる中で
なんていう住宅か忘れたけど
和島の文化財に登録されてる
武家屋敷か民家かなんかが
全開したみたいなのをやってて
それ見てウェブの記事とかも調べると
結構やっぱりそういう歴史ある建物が
今回の地震でかなり損害受けてるっていうニュースが
いくつかの住宅のこと出てきて
やっぱりこの古い住宅と耐震強度みたいなところは
なかなか難しい問題だなっていう
なかなか難しい問題ですよね
昔のだって家ってそういうさ
地震の強度に関する概念って
今と全然違うんじゃない
それもそうかもしれないけど
もともと地震が多い国だから
多少の配慮は多分あったんじゃないかと思うんですけど
和島のところなんかは
あそこ朝一が毎日ずっとやってて
それ自体の営みがすごい国から保護を受けてて
もちろん和島の塗り物とかの売ってるところもいっぱいあって
職人さんもいてみたいな
街並み自体がちょっと
保全されてるような地区なんだよね
昔ながらの建築で残してるかどうかは知らんけど
少なくとも新しい耐震とかそういうもののノウハウは
逆にやっぱ確かになさそうだなっていう感じはするよね
例えば揺れたら一緒に揺れますとか
意外だなと思ったのって木造で
上の方が軽いと揺れを吸収するんじゃないかっていう
イメージなんだよね
逆に高層ビルの高いやつとかをわざと揺らすとか書いてあったりする
それでもやっぱりちょっと耐えきれなかったぐらいの
揺れがすごかったんだなっていうのは今回思った
あるいは昔は地震が来るとか来ないとか別に
ほころんだところを普通に自分らのできる範囲で保全を
自分らで直しとった可能性もあるけど
別にそういう建材も手に入らないし
そもそもそういう営みがないしみたいなところで
保全とか維持とかそういう
弱くなってるところをパッチを当てるみたいな感じでは維持してなさそうな気も
完全に想像ですけどね
どうなんだろうね
昔娘を昭和2年の福井県から
家の耐震強度と地震
昭和2年に建てられた小学校の廃校になった小学校を
東京に移設したよっていうところに入れてたんだけど
途中で耐震としてダメ出しされて
娘がいる間にしょうがないから補強するっていう工事やったよ
だから法律的に設計の強度みたいなのが
ボトムラインが引き上がり
そうしたらそのまま何かしらの運営を続けられなくなるって普通あることなんだよね
それでも耐えられなかったんだっていう
きっとやってたと思うけど
やってたとしてもダメだっていうぐらいの
すごいインパクトが
そうだったかもしれないですね
実は鳩岳地の博物館にそれぞれ配置されてる民家も
そこに移築されてからすでに50年ぐらい経ってるわけですよね
だいぶ経ってますね
割とこの10年ぐらいの期間の中で耐震補強されてる家も多くて
だからパッと見ではわからないような
屋根裏のところでしっかり発火用鉄骨で作ってあったりとか
基礎のところもおそらくコンクリートで固めたりしてる部分とかもあるでしょうし
耐震工事のいくらかかったかみたいのが札で貼ってあって
国庫からいくら出てて大阪府からいくら出ててみたいなことが
結構細かく内訳が書いてあったんですけど
やっぱりどこの民家ひとつ耐震補強するだけで
多くの金額かかってるんですよね
なりそう
だから一回バラして見えにくいところに補強剤つけてみたいなことやってるから
相当コストかかってるみたいで
そういえばちょっと違うけど
前倉田氏ラジオでも奈良に行った話したっけ東商大寺とか
歌舞伎見たとき
すいませんまだ話がちょっと途中なんですけど
ちょっと編集の時間の都合とこの話が今だいたいここで半分
折り返しまだちょっと狭いぐらいでこの後まだ
今回のエピソード同じぐらいの時間続くので
ちょっと次回に回させていただこうかなと思いまして
割り込まさせてもらいました
ちょっと次回もあの家の話続きますので
来週もお聞きいただければと思います
倉田氏ラジオは毎週火曜日に配信しておりますので
来週も皆さんお聞きいただければと思います
感想はハッシュタグCONCRAでください
ジャパンポッドキャストアワードのエントリーもしております
リスナー投票1月末まで受付しておりますので
ぜひ一票いただけると嬉しいです
というわけで来週は多分あの倉田氏ラジオ史上最ぐだ回になる
なるっていうかもう撮ってあるのであれなんですけど
お付き合いのほどよろしくお願いします
それではさよなら
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