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2024-06-24 28:07

#2-1 美容院に夫がついてくる?別居、離婚、再婚。その先の未来とは?【ゲスト回:サチヨさん&ユカさん】

束縛の強い夫に悩み、カゴの中の鳥のような窮屈さを感じていたサチヨさんは別居を決意する。義両親と同居し、二人のお子さんがいた彼女はその葛藤とどう向き合ったのか? 今回は別居までのお話、次回は離婚と再婚のお話をうかがいます。 ◾️ゲスト情報 サチヨさん(sachi) パイナポーキッチン https://www.instagram.com/painapo_kitchen/ stand.fm「裸になりたい女たち」

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ユカさん(yucca) stand.fm「裸になりたい女たち」 https://stand.fm/channels/63e244364cdcce3e25501698 X(ポッドキャストアカウント) https://x.com/yucca_and_sachi Instagram https://www.instagram.com/yuka_yanagisawa_/ ◾️パーソナリティ(アツ) 📮お便り/お悩み相談/ご出演希望フォーム ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://docs.google.com/forms/d/1K4lHQsT4thTdC7mpbqoLEEvh0sCQdYFHR7BGV9Ft1bc/edit⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ ✉️夫婦関係学ニュースレター ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://atsu.theletter.jp/⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ 📗note ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://note.com/atsuatsu⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ X ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://twitter.com/atsuatsu⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ ☎︎取材等のお問い合わせはこちら ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://docs.google.com/forms/d/1Jh7--WAAxcs6YQt5f9tV-lrm4TBR3iY_h-92kTJ-aQw/edit 💻個別オンライン相談 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://mosh.jp/services/161484⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠ ※半額クーポンコード(数量限定):y5nt8udtp28

サマリー

さっちゃんさんは夫からの束縛に悩んだ経験があります。現在は幸せな夫婦生活を送っています。さっちゃんさんとユカさんの離婚と再婚についての話が始まります。別居生活を経て離婚し、別の仕事に転職したサチヨさんは、自分を取り戻すために働き始め、その過程で離婚を現実味を帯びるものと感じています。彼女は自分と関わる人たちとの関係を楽しむことで自信を取り戻し、目標を持つようになり、2度の転職を経て別居期間中に指定の目標を達成するために動いています。別居や離婚を考えた夫婦生活のヒントや妻側の心理を理解するための具体的な話をお届けします。

夫からの束縛の悩み
夫からの束縛に悩んだことはありますか? 本日のゲストの夫は、とても束縛が強く、妻の美容院にまでついてくるほどでした。
過去の中の鳥のような窮屈さを感じていた彼女が、別居、離婚、そして再婚を経て、手に入れたものとは何だったのか?
こんにちは、夫婦関係学ラジオパーソナイティのアツです。このポッドキャストでは、多彩なゲストを招きし、家事・育児、キャリア、セックス・エス、不倫、
離婚など、様々な夫婦の葛藤をサバイブするためのナレッジをお伝えしていきます。
シーズン2第1話、今回は、離婚と再婚、その先にある未来。
今日はですね、サチヨさんとユカさんというお二人の女性を招きしています。
今回お話しいただくのが、離婚の話です。女性の離婚の話で、女性が離婚を考えた時に、いろいろ不安になることがあると思うんですよね。
経済的な問題であったりとか、子供に対する影響がどうだろうとか、もしくは自分が離婚することに対する罪悪感とか劣等感とか、そういったのを感じたりする人が多いと思うんですけど、
でも実際、離婚した方が幸せになるんじゃないかなっていうケースも実はあると思うんですよ。
そういった時に、その先の未来が見えないと、離婚に踏み込めないというのがあると思うので、
今日は離婚の大先輩であるお二人を取り組みしてお話を伺いしていこうと思います。
さっちゃんさん、ユカさん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。大先輩です。
別居、離婚、再婚の経験
さっちゃんさんから簡単に自己紹介をお願いしてよろしいですか。
はい、さっちゃんと申します。
そうですね、私はもう離婚して、ちょうど昨日、今の現在、再婚してるんですけれども、夫と再婚して、わあ、私たちもう15年だねなんて、再婚して下までも経つんですけど、結構私たちはとても仲がいい夫婦を毎日やっています。
15年前に離婚をしたんですが、離婚をした時もちょうど15年かな、結婚して15年だった。
はいはい、離婚されたタイミングが。
そう、最初の結婚して15年目で離婚して、そしてまた再婚して15年という感じです。
子供さんがいくつぐらいですか。
子供は上の子が37、下の子が34か。
もう立派な大人となってるんで。
もう立派な大人で、息子は、上が息子なんですけど、来年ハワイで挙式をやるとか、ついこの前連絡が来ましたけど、下の子は年後を産みましたね。
私、グランマなんですけど。
聞いてる人は姿見えないんでわかんないと思うんですけど、さっちゃんさんどう見ても40歳くらいしか見えないんで、僕最初騙されてると思ったんですけど、この人何を言ってるんだろうと年を切るときに、冗談だろって思ったんですけど。
ありがとうございます。
でもそう見えない。
ありがとうございます。
今お仕事はどういったことをされてるんですか。
ちょうどですね、3年前までは普通の企業で人事の仕事をしていたんですけど、そこからね、この先まだまだ30年とかあるなぁなんて思っていったときに、私この仕事本当にずっとやるのかなとか、ちょうどキャリアコンサルタントの資格も取ったりしたんですけど。
人生このままって何か、何だろう自分の好きなことあんまりやってないなみたいな感じでやってきてるんですけど、でもそこでですね、なぜか販売も飲食の経験もない私がキッチン化を始めたという。
すごいですよね。
離婚と再婚による幸せな夫婦生活
これ何のキッチン化かって言ってもいいんですか。
もう全然どうぞどうぞ何でも。
パイナポーキッチン。
夜行です。天命ですね。
キューバサンドイッチですよね。
そうですそうです。
セフという映画をね、皆さんご存知かわからないんですけども。
最高でしたね。
いやもう最高の映画で。
最高なんですよ。
あれにインスパイアされて、いやーなんか本当にこう家族があったかくなる映画でね、私も自分が料理が得意なので、それを提供しながらいろんな人とつながって家族もあったかい家族が増えていったらいいなっていう。
そんな思いでキッチン化を始めて。
めちゃめちゃ楽しくやってます。
じゃあちょっと詳しくこの話聞いていくんですけど。
ゆかさんの自己紹介をお願いしてもいいですか。
はい。私は7年前に離婚が成立したんですけど、その2年前に撤去を始めたんですよ。
子供を連れて実家に誘拐したんですけど、結局離婚して前の夫との結婚生活は15年間だったんですね。22歳で結婚してたので15年間。
結婚して、離婚して、離婚が成立したその1年半とか2年弱ぐらいで再婚してた。その再婚相手は処分ですね。
お子さんが3人いらっしゃるんですよね。
今は3人で、もともと双子の女の子を元夫の間に子供がいて、
もう一人は2年、約2年前、もうすぐ大月で2歳になるんですけれども、今のお父さんの間に子供ができて、女の子で3人、男子もいます。
ありがとうございます。
さっちゃんさんの方から詳しくお話を伺いしていきたいんですけど、離婚までに至ったその経緯を教えていただいてもいいですか。最初の結婚が離婚に至った経緯というのを。
そうですね。理由はいろいろあるんですけれども、経緯としては、最初の結婚していた時っていうのは完全に主婦というか、家に入ってたんですね。
しかも前の夫の両親も完全に同居していたので、夫の両親もいて。
じゃあ嫁って感じですね。
そうですね。嫁として入ったんですが、持ち前のこのキャラクターですごく両親には本当にかわいがってもらって、娘のようにかわいがってもらって、子供も2人生まれた後は、
大家族、自分もなんかちょっと憧れているところもあったし、その大家族っていうことは、私の中では結構全然ストレスでもなんでもなかった。
でも、子供が生まれた後に、やっぱり夫はほとんど家に帰ってこないというか、仕事が忙しくて、
そのまま飲みに行って、帰ってくるのは朝方とか、あとは少しずつ子供が大きくなっていった時に子供の行事なんかで、子供たちとの約束してても帰ってこないとか、帰ってきても朝帰ってくるからもうベロベロに酔っ払っちゃってて、
何もできないですね。
何もできないとか、あとはいくらかわいがってくれてるとは言っても、元の両親なんで、私が熱出しちゃってグロッキーな時に、やっぱり全部お願いするのもしずいて、そういう時にそばにいてほしくてもいないとか。
なるほど。それはどれくらい続いたんですか。奥さん生まれてからずっとそんな感じ、離婚される前ずっとそんな感じだった。
そうですね。でも子供たちが小学校の低学年ぐらいまでは、それも時々っていうイメージで、しょうがないなみたいな部分もあったと思うんですよね。
でも小学校に入ると手も離れてくるので、子供たちには子供たちの世界じゃないですか。
私は日中は母といるわけですよ、家にね。もう自分の居場所もちょっとだんだんなくなるわけじゃないんですけど、結局エネルギー持て余してるわけですよね。
なるほど。自分のエネルギーがどんどん外に出す場所がなくなってきた。子供の手が離れたから。
そうそう。
ちょっとエネルギー有り余ってるな。ちょっと発散する場所ないぞみたいな。なんか閉じ込められてるみたいな感じですか。
そうですね。発散する場所がないぞっていうよりも、逆に夫は自分が朝まで飲んだり、休みの日もずっと寝てたりとかいう感じだけど、私が外に出るっていうことは絶対ダメだった。
そうだった。働いてダメとか言われてたんですか。
働くのもNGだし、それこそクラス会に行くとかっていうのも、髪の毛切りに近くの美容院に行くとなんとなく見に来たりとかね。
なんで?美容院に来るんですか?髪切ってるとこ見に来るんですか?
そう、なんとなく見に来たりとかね。
そうなんだ。
なんか、だからなんとなく最初の頃はもしかすると夫は変わってなくて、最初の頃はもしかしたらそれをすごく愛されてるみたいに感じてたのかもしれないんですよね。
なるほど。
でも気がついた時にはなんかものすごい窮屈だし、なんでそんなクラス会に行くのに2時間ぐらいで帰ってくるよねみたいな。
だったりとかね。
友達と飲みに行ったりとかもなんか止められそうですね。
そうですね、止めるっていうか、なんで行くの?とか、あとはあなたはお母さんなんだよとか、そういう感じかな。
じゃあ夫だけがそんな感じなんですか?夫のお母さんもそういう感じって?
いや、なんか全然全然。両親とかは、行ってらっしゃいも言わないし、行っちゃダメも言わない。
でも母がとにかく専業主婦の母なんですよ。
なるほど。
ずっと家にいて、家をニコニコ守ってるお母さんみたいな。
なるほど。それをずっと見てたんですね、夫さんはね。
その下で育ってるから、お母さんっていうものはこういうものっていうイメージが強かったんじゃないですかね。
なるほど。
それがそういうふうなのか、だんだんと気になり始めたってことなんですね、お子さんが。
そうですね。
小学校、高学年ぐらいになったあたりからですか。
そう、高学年になる前ぐらいかな、本当に。
別居生活から転職まで
上の子がやっぱり中、そうね、でも高学年近かったかな、そのぐらいの頃からなんで。
自分の中で離婚とか、もうちょっとこの人と同じ人生を見れないなとか思ってから、別居して、別居して4年間、別居生活が続いて離婚してるので。
別居されたのは、お子さんが何歳ぐらいの時ですか。
上の子が高校1年生、下の子が中学1年生ですね。
なるほど、その時は佐藤さんとお子さん2人、3人で別のとこで暮らしてたの。
その時は息子はその家にいました。
というのは息子はもう高校生だからね、結構ちゃんと話ができたんですよね。
なるほど。
ずっとその、私が毎日苦しいというか、笑顔が全く出なくなる状態が何年かあったので、その時のことを息子は結構見ていたんだと思うんですよね。
だからもう家を出るっていう話も正直に息子にしたし、
その時に息子はもうね、自分が高校生で、その学校にも友達がもちろんいて、
そして彼にしてみると、彼も優しいんだけど、初孫っていうかね、おじいちゃんとおばあちゃんにとったら、自分は初孫だし、後継ぎだし、みたいなことも言うからね。
だから、俺はここに残ったらいいかなと思うけど、下のほうは妹ね、妹のほうは連れて行ったらいいと思う。
私は2人とも連れて行ったから。
息子さんがそう言ったんですか、俺はここに残ってもいいけど、妹は連れて行ったほうがいいよって。
いいんじゃないって。
すごいしっかりしてますね。
本当にやっぱりすごくいろいろ考えてくれたんじゃないかなと思うし。
別教するその決断っていうのは何かきっかけがあったんですか、ずっとたまってたものがあったと思うんですけど。
そうですね、もうたまってたまって息子が受験を、中学受験をしたんですよね。
なので、小学校の時はやっぱりその勉強も結構大変だったりして。
それが終わった後、同時にやっぱり私の中に、もう自分で我慢ができない状態になってたと思うんですよね。
で、それを機に、アルバイトでもいいしパートでもいいから外に出たいと思って、
少しずつ調べ始めて。
で、ちょっと動き始めたら意外と、ぜひって言ってくれるところがあったりして。
それは働かないかみたいな。
そうです、そうです。
もともと結婚前って広告代理店の営業とかやってたので。
なので、そっち関係のところに、全然知り合いとかいるわけじゃないんだけども。
でも面接に行ったら、いやもうぜひって言ってくれたりして。
自己を取り戻す
私自身はもうこんなにブランクがあって、ずっと主婦だから。
そうしたら確かに不安になりますよね。
そうなんです。全然もうそんな。
10年以上ブランクあったの?
ありました、ありました。10年以上。
だからもう全然自信もないし、何ができるかもわからないし。
そうですよね。
で、最初ね一つだけ、スタヤのバイトだったと思うんだけど、スタヤの応募したんですよ。
そうしたらね、落ちたんですよね。
でもそれ落ちた理由って、週に何日しかできないとか、
1日この時間帯しかできないとか、土日はできないとか。
もうその条件は夫に合わせてるわけ。
なるほど、そうか。すごい短時間しか働けなかった条件になっちゃってたんですね。
で、あ、ダメだよねって思ったんですよ、それで。
それで意を決して、もう全然誰にも相談せず、そういう行動に出ちゃいました。
で、それが子さんの中学受験が終わったあたり、その働きだしたのが。
そうそう、中学受験が終わって、2年であったかな。
その時はアルバイトで長時間みたいな感じでやってたんですか、毎日みたいな。
いや、もう毎日行く感じに、ちょうど息子が多分中2とか、そのぐらいの時に始めたんですよね。
聖社員として雇用されてっていう。
そうです、そうです。
おお、すごいですね。
そうです。そんなに大きくない広告代理店でしたけど、でも聖社員として雇用してくれて、そしたらなんかすごくやっぱり楽しくて。
結婚される前も仕事が好きだったんですか。
目標達成への動き
そうですね、仕事はやっぱり好きでしたね。
楽しくなっちゃったんですね。
楽しくなりましたね。楽しくなったから、私なんか考えてみるとその頃の記憶があんまりないんですよね。
なんて言うんだろう、家でそれまでは本当にサンドサンドじゃないけど食事を、家事をとにかく徹底的に一人でやってたんで。
夫の母も体が弱かったから、ほぼ私がこうやっているような感じで、
母が入院すれば全部私がつき添ってとか、でちょっとこう麻痺が出た時にはもう一生お風呂入ってとか、
母も若かったんですけど、流待ちがあったり、濃厚促を繰り返したりしてたので。
そう、そんな状態、そうね、それを言うとその状態の中で元のお旦那さんは全く変わらず。
それがありながら働けたのがすごいですね。家のこともあってね、仕事もあって大変そうですけど。
でもね、家のことが多分その時にかなり手放したと思いますね。
あ、そうなんだ。
もうなんか、なんていうか、自分の中ではちょっとこう、ちょっと切れちゃってましたね。
切れちゃってた?
自分のずっと張り詰めて、やんなきゃ、やんなきゃっていうものがちょっとこう、うん。
そうなっても別に家の中は問題なかったんですか?
いや、問題あったと思いますよ、ものすごく。問題は多分バンバン起きてたのも。
どういう問題かっていうと、まあ夫との関わりにももちろんすごくギクシャクしてる感じがものすごいどんどん。
向こうが家にいるって感じがするもんね。
そうそうそうだし、私はそれまですごくかわいがってくれてた両親ともギクシャクしてくるし。
でも働くのが楽しくなって、そっちの道をあえて選んでいったって感じだったんですね。
まあそれでも、私自身もものすごくその時に迷いとか、この働き方楽しいだけじゃダメだなとか。
ただその時働いたのって離婚を視野に入れてとかよりも、なんか自分を取り戻したいために働く感じだったんですよね。
なるほど、なるほど。
でもそれを少しずつ始めてったら、なんか離婚っていうことが現実味を帯びてきた。
それはなんでなんでしょうね。自分らしさが培われていったから、養われていったから。
それもあるし、それもすごくあるし、そして家の中の小さなところだけじゃなくて、
外に出て行ったときに、私っていう母とか妻とか嫁とかじゃない、
私個人と関わる人たちとの関わりを、なんかすごく自信が取り戻せた部分。
プラス、あれ私ってお給料稼げるんだなっていう。
金銭的にも、こうやってすごい勇気を出して外に出たけど、
少しずつでも稼いでいけるんだなっていうことがきっかけになって、
離婚っていうふうなことが現実味を見てきたんだと思います。
これだったらこれぐらい今稼げてるから、離婚したとしても生活できるなみたいな感じ。
全然言ってないです。そこまでは言ってなくて、でも私は外に出れるんだなっていう感じ。
そういう感覚ってことですね。
感覚っていう感じです。
それ大きいですね。その感覚が自分の中で養えていくと、いざっていうときに踏みとどまらなそうですよね。
だから今考えてみると、自分を取り戻すっていうことがあのときにすごく必要だったなって感じ。
離婚をするってことよりもね。
なるほど。
実際それで働き出して、別居されて、で、別居期間が4年間でしたっけ?
そうですね。
4年間。
で、そのときまでに私2回ぐらい転職してるんですよ。
お、すごい。バーヒータインティーがすごいですね。
なぜ転職されたんですか?
離婚を視野に入れたことで、具体的な目標みたいなものを持ち始めたんだと思います。
それはちなみにどういった目標だったんですか?
それはもうあくまでも、私が子供を2人連れて出ても暮らしていけるっていう目標です。
なるほど、なるほど。
で、そのためにじゃあ転職を2回してトリアアップというか。
そうですね。
具体的なその目標達成のために動かれていったその4年間だったみたいな。
そうですね。
その2回目の転職っていうのも、まだそのときは家に元の旦那さんのところにいたので、
その最後の転職がきっかけにもなって別居するんですけれども、
そもそもそれが元の旦那さんの大学時代の友人がもう一人の方と立ち上げたベンチャー企業なんですよ。
元夫さんの大学時代の友達から?
それが別の人と立ち上げたベンチャーなんですよ。
だから私もすごくそこに行くっていうことが言いやすかった。
知り合いだからってことですか?
そうそう。だから夫の夫はやっぱりすごく、例えば焼き餅焼きだったりとか、
そういう中で、本当に何でもないチャンスができた感じです。
別居の選択と離婚の決意
すごいですね。それを掴んでそこに入っていったわけですね。
そうです。
そこで別居期間4年間あって、4年後に離婚されたってことなんですか?
そうです。4年後に離婚しました。
離婚するときのポイントというか、どういう中で離婚することになったんですか?
私が別居っていう選択をしたのは、いきなり離婚ってものすごい私にも負担があるなっていうふうに思ったし、
子供がまだそのとき、高校1年生、中学1年生だから学費のことだったりとか、
私が2人を生活することはできても、学費を今の状況で全部を賄うっていうのは厳しいなっていうのがあったから。
だから別居っていう形をとって、子供たちにはサポートしてほしいと思ったんですよ、そういう金銭的なサポートは。
結構計画的だな。
計画的ですね。すごいですね。
下の子さんが中学校1年生のときか4年後だから、2、3、高1か高2くらいのときに離婚された感じ。
そうです。
そのときには上の子さんは学費的な問題はだいぶクリアになってるし、
下の子さんもなんとかなるかなって目処がついた金銭的な面で目処がついた感じだったんですね。
そうですね。そうですそうです。
実際離婚を切り出したときって夫さん結構反対されたんじゃないですか。
別居期間と家族の準備
でも4年の別居っていうのは、彼の中にも準備期間ができたんじゃないかなと思うんですよね。
やっぱりいきなりアレリコンってなったら、ごく難しかったと思うんですけど、
私は別居っていうことで、とにかくその別居するのも本当に今考えれば、
これなんか元の夫が聞いたらうえって思うかもしれないんですけど、
でも本当に家を出る少し前から、引っ越し先も決めて、
そこに子どもたちを迎え入れられる準備を全部して、
それで明日出ますみたいな。
はい、今回はここまでとなります。最後までありがとうございました。
次回はついに別居・離婚・再婚の具体的な話を伺っていきます。
夫との暮らしの中で別居や離婚を考えたことがある方は、
ご自身にお聞きいただくと、今の夫婦生活に対するヒントが見つかるんじゃないかなと思っています。
また男性も別居や離婚を決意する妻側の心理がとてもよく理解できるようになるんじゃないかなと思っています。
来週月曜日朝5時後半パートをお届けします。
この放送がいいなと思った方は、番組のフォローと五つ星評価をぜひお願いいたします。
番組のご感想・お悩み相談、そしてご自身の夫婦関係改善のストーリーをお話しいただける出演者の方を募集しています。
あなたの経験が誰かの足元を照らす松明になると信じています。
概要欄のお便りホームリンクからお気軽にお送りください。
またですね、パートナーシップナレッジに関する記事を火曜日から金曜日はノートで、
金曜日は直接あなたにメールでお届けするニュースレターでお送りしています。
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自分の素直な気持ちってなかなか気がつきにくいと思うんですけど、
それに気がつきやすくなるワードのワークとなっています。
直接書き込みができるタイプの特典となっています。
夫婦関係学ニュースレターのリンクも概要欄にあります。
それから今後の配信頻度なんですけど、月曜日に本編、金曜日にコメント返しやお悩み相談のお答えをしていけたらなぁと思っています。
ではまた次回お会いしましょう。さようなら。
28:07

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