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みなさま、こんにちは。 スピリチュアルラジオ番外編始まるよ。
みなさま、こんにちは。 今日は私のポッドキャットに初めてのゲストをお迎えしております。
ボリビア在住の青年海外協力隊隊員、 経営な創者、パチャ太郎と占い師、そしてユーチューバーでもある
きーちゃんこときーかおりさんです。 今日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
イエーイ!
初のゲストをお迎えした今回の番外編は、 スピリチュアルからは離れたお話になります。
通勤通学、家事のお供にしていただけたら嬉しいです。 それではきーちゃん、簡単な自己紹介をお願いします。
高科出身で、38歳の時に青年海外協力隊で ボリビアに来て、2014年から2017年までだったんだけど、
現職参加でね、職場に席を置いたまま協力隊に参加して、 それが終わって一旦戻ったんだけど、
やっぱりボリビアの生活がいいと思って、 思い切って退職して、
で、2018年から今度は自分でね、ボリビアに来て、 今は NGO の駐在スタッフとして働きつつ、
半分、月の半分それで働きつつ、いろいろね、 経営などの練習したり、YouTube作ったりしてます。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。ありがとうございます。
私が今回きーちゃんをポッドキャストにお呼びしたのは、 今現在、きーちゃんが活動している取り組みを一人でも多くの人に知ってもらいたい。
もしかしたら情報を提供してくれる人がいるかもしれない。 情報を提供してくれそうな人を知っているかもしれない。
そんな思いから、弱小ポッドキャストではありますが、 きーちゃんにお話ししたところ、ぜひお話をしたいと言っていただき、
初ゲストとしてお招きする運びになりました。 現在、きーちゃんは戦前に沖縄からペルーに渡り、
その後、ボリビアに移り住んだ日系1世の子孫である日系4世、 3人の方の親戚を探すお手伝いをしています。
きーちゃんの取り組みは、3月20日の沖縄タイムズという新聞にも取り上げられ、 ヤフーニュースにも取り上げられました。
きーちゃん、今回のボリビアに住む日系人の 親戚探しをすることになったきっかけを教えてください。
はい、この3家族の中に1人、ヘンザン・キクノさんという 4世の方がいるんだけども、その子とは私が協力隊の時に、7年前に友達になって、
旅行先で、友達が連れてきた友達で、 その時知り合ってからの、もうね7年越しの友達なんだけど、
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その子が日系の、自分が日系であるっていうこと、 自分のひいおじいちゃんが日本人であることに、とても関心が高くて、
で、自分でボランティアで、そういう日系の人たちの戸籍を、 持っている人もいるし、持てない人もいるんだけど、
そういう人たちの代帳というか、登録名簿、 日系人であることのその名簿作りをしてて、
私もその当時、戸籍の翻訳とか手伝ったりしてたんだけど、 で、その時に知り合った家族、そのキクノちゃんの他に2家族いるんだけども、
その2家族が、自分のひいおじいちゃんのルーツを知りたいということで、 あとかつその経済的にも厳しいから、日系ビザを取って出稼ぎに来れたら、
日本に来たいということで、日系人のビザを取得する目的のために、 それからその一世の戸籍を本来の形に、あの戦争で燃えてなければ、
普通に戸籍があって、普通に自分たちも日系ビザが取れるんだけど、 それができないので、それを本来の形に戻したいということで、
いろいろ人を探したんだけど、私にこう白羽の矢が立って、 依頼を受けて、で、調査したっていうことですね。
タイミングがね、終わった。
すごいバッチリ。
ね、ほんとだね。
そうそう。
で、そのきいちゃんの帰国が、年末年始にされましたよね。
で、そのとき、あちこちの役所を訪ねたり、資料館みたいなところに行かれたり、 また帰省前から役所に問い合わせをしたり、精力的に動いてましたよね。
で、そのときの日本の帰国時には、何か成果はあったんですか?
はい、そうですね。事前にまず情報を菊野さんからいただいて、 沖縄県立図書館に移民ルーツ調査チームっていう、日系の移民調査をする専門の人たちがいるっていうことを聞いてて、
で、そこにもボリビアにいるときから電話して、何日から行くので、よろしくお願いしますってことをアポを取っておいて、
で、その3家族の情報も全部一応メールで送って準備してたのと、それぞれの市役所、町役場、村役場、それぞれ3家族別々の市町村なんだけども、
その市町村役場にも事前にアポを取って、これこれこういう理由で、私行きますのでよろしくお願いしますってことでね、行って、それで向かったのね。
で、私福岡から沖縄に行ったんだけれども、その旅費はその3家族がね、割り勘で出してくれて、レンタカー代とかね。
だからもう、こっちの物価ってやっぱり日本の物価と全然違くって、日本での旅費を負担することってすごく、やっぱり経済的にも出稼ぎに行きたいぐらい厳しいから、
家族で出し合って、私の旅費を。だからもう本当に私はもう、何が何でももう、力の限りやろうっていうか、もう何て言うんだろう、もう意欲に燃えていて。
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そうですよね。
もうそんな大変な中、みんなでお金出し合って、私の旅費を出してくれるからには絶対成果出したいと思って、もう事前にも問い合わせしまくったし、で実際ね、現地に着いて、
一番最初に向かったところは沖縄県立図書館で、その人たちに改めて面会しながら経緯を説明して、やっぱり南米ボリビアから来ましたってなったら、すごくこうなんていうの、大切に歓迎してくれて、大変ですねって言って、ぜひ協力させてくださいってことで、
順番とか本来は多分あるんだろうけれども、南米から来て日にちも1週間しかいないってことで、急いで調べてくれて、
で、その2、3日後には、この3人に関する資料をたくさんEメールで送ってくださって、それぞれの市町村役場に提出できたんだけれども、日本語で書いてあるし、
先の方っていうのは、一斉の方々の?
そうそう、一斉の方々のそれぞれの資料を、沖縄県史っていう資料があったりとか、それぞれの村とか町とか市の、それぞれの詩詩っていうのがまた歴史の、例えば南城史だったら南城史の歴史の本があるんだけれども、その本の中に移民の章があって、そこからその人の名前が出てきたりとかして、
そういったのを全部拾い出してきて、で、それを市役所に持っていったよね。
で、あとはその、ボリビアから持ってきたのは、それぞれ4世から1世につながるその資料ね。
で、その今の4世の人の出生証明、で、そのお父さんの出生証明、婚姻証明、で、そのまたおじいちゃんの出生証明、婚姻証明、で、ひいおじいちゃんが1世だから、ひいおじいちゃんの死亡証明、それから婚姻証明ね。
それで家系のつながりを出していって、で、そのひいおじいちゃんの子供が何人いてっていうところも全部スペイン語で出てるから、それを全部私日本語翻訳して、こっちで準備してたのはその翻訳作業で、沖縄に着いてからももちろんやってたんだけど、その証明書、出発の日にね、空港に書類が届いたりとかして、ほんとギリギリで、
日本みたいな回送システムがなくてね、翌日届くとかね、家まで届くとかいうのがないから、空港まで届くからね、そこまで自分で取り行かないといけないから、2つの日本に行くスーツケースをね、ゴロゴロしながらね、荷物届いてませんかって。
取りに行ってね、それぐらいギリギリ届いた書類をね、日本に持ってきて、夜はね、翻訳作業しながら、昼はそうやっていろいろ動いてね、その市役所に行ったりとか。で、その市役所の人に提出したのは、もうとにかく持っている資料を全部渡すことと、質問に対していろいろこう答えていく。
例えば、兄弟のこととか、死亡日が何日でとか、資料のその説明とかね、してたんだけども、それをやって、で、なんとかこれで持っているの全部ですっていうのと、来たついでに、その本籍地の住所は番地まで分かっているので、その本籍地の税務の部署に行くと、何番地の航空写真っていうのを出してもらえるのね。だから、その航空写真を撮ったりとかして。
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あともう本当山で誰も住んでないとかもあったし、まあ家はあるけど他の人が飼っているとかもあって、その人の家じゃないっていうのもあったんだけれども、一応そういう航空写真もね、今はどんな状況なのかっていう、その当時の地盤がね、っていうのも調べて。
で、一つは、ヨミタン村っていうところは、アメリカ軍が初めて陸上に上がった時にも、占拠した一番最初の初期のところの駐在地というか、占領された土地で、戦争が終わっても何年もそのアメリカ軍が村役場のところに、お基地にしてたから、もう役場に入れない。
だからその書類とかも全部もなくって、で、市から全部地盤とか登録し直したから、ヨミタン村の人だけはもう地図さえもなかった。その地盤存在しませんっていうことになってたんだけれども。
で、それぞれの町役場の近くの本籍地の公民館ね、大和座の公民館がいろいろ日本にね、公民館制度があって、公民館が必ずあるんだけれども、その公民館長さんがもう生き生き的な感じで、その人の名前を聞いたら、あ、その人はどこどこの今何々さんのところかな、みたいな感じですぐわかるっていう、その書類を見るよりもその人に聞く方が早いっていう、県立図書館の方からのアドバイスを受けて。
で、その公民館に行ってね、公民館長さんが答えてくれたんだけれども、一つの公民館長さんはね、おばあに電話して、そのおばあから巻物の家系図を借りてきてくれて、ずっとね、家系図調べたりとかして。でもね、その家系図の中には同じ苗字だったけどなかったのね。
とか、そういうふうな調査をしたりとか、あとは三家族の中で、変山さんっていう珍しい苗字があったから、そこはもう、あのグーグルマップで検索すると、三軒ぐらいしかお店がね、なくって、お店に直接行って知りませんかって聞いてみたりとかね、して。
っていうのが沖縄の調査だったのね。で、もう一つ東京に1月に行って、それは外交資料館っていう資料館があるんだけれども、そこにパスポートを出したときの旅券貨符表っていう、パスポート番号を本席地筆頭車の名前、続き柄が載ってる、パスポートを出した当時の手書きの原本があって。
で、それだと、パスポートは日本国籍じゃないと出ないから、その人の名前で、確かにありますよねって、そのペルーに渡るときにパスポートを取ったときの資料で、それを探して、3人とも無事見つけて、それもPDFで、その後、それぞれの市町村役場に送ったというような感じかな。
それが、日本で主にやったことかな。
あー、そうなんですね。
そうそうそう。
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そう、それで、沖縄の公民館長さんのアドバイスで、そうやってこう調みつぶすに探すの大変だから、新聞社に取材してもらったらっていうアドバイスをもらって、それで新聞社にメールを出して、取材依頼をしたら、沖縄タイムズさんから取材の連絡があって、沖縄にいるときにも直接、沖縄タイムズさんの本社で取材を受けて、
それが12月の下旬だったんだけど、3ヶ月後にやっと記事になったという感じ。
あー、それで、この前の、先日のっていう。
そうそうそう。
記事のダージェットですよね。
そうそうそう。
この記事の方はね、このポッドキャストなので出せないんですけれども、きんちゃんがツイッターでね、シェアしているので、その時のそのURLを概要欄の方に貼らせていただくので、ぜひね、皆さんね、聞いていらっしゃる方ね、一回見ていただきたいなって。
私もあの資料、写真ちょっとちっちゃかったですけど、ちょっと大きくして、新聞の記事全部読みました。
ありがとう。
そうそう、そういうね。
時差はあったものの、ああやって新聞番組になるとね、多くの人の目に触れることになるし。
そう、自分一人の力では到底、やっぱ新聞の力ってすごいなと。
発信力がやっぱり。
その後、その新聞を見た人からの連絡とかっていうのは、
今のところなくって、
まだ1週間ですよね。
そうだね、毎日メール見てるんだけど、今のところ届いてないかなっていう。
そうか、新聞社に直接ね、連絡する方とかもね、いらっしゃるかもしれないしね。
うん、そうそうそう。
できたらね、なんか全国人とかでもね、もし。
ねー、全国人だともっとね。
もしかしたらね、ご家族。
そう、今週に出てるかもしれない。
女性から出ていらっしゃることもね。
かもしれないもんね。
そうか、親戚探しで一番難しいなって感じたことは何ですか?
あのね、戸籍を作る上で、なんで親戚探しをそもそもするかっていうと、
その一世の人のお父さんお母さんの名前がいるんよね。
そのために、その兄弟が残っていたら、その子孫がたくさんいらっしゃると思うけれども、
そこから、どこからかご兄弟につながって、そのご兄弟の中にお父さんお母さんの名前があったら、
そこにその一世の方の戸籍が入るし、
婚姻前だったら、親御さんにいたときの婚姻前の戸籍に入って、
お父さんお母さんの名前ももちろんあって、
次に結婚したら、その人の戸籍ができるっていう、
その通常でいくところの、結婚前のお父さんの戸籍に入ることができるっていうことで、
それで、その親戚探しをするよね。
どこかでつながって、たどっていくと、その兄弟までたどり着くんじゃないかという。
もしくは、その戸籍を持っている人が、親戚がいたら、そこから作れるんじゃないかと。
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戸籍があるのが一番よくって。
燃える前の戸籍を誰かが持っていたら、まだ持っている人少ないけどね。
沖縄は戦争が陸上でね、あったから燃えて、それどころじゃなかったと思うけども、
その書類を保存するのもね、残っている資料がとても少ないと思うけれども、
もし原本があるのが、それがもう一番ベストで。
それがなければ、親戚の人が見つかって、その人を遡っていって、一世の兄弟まで行けばいいねっていうね。
難しいところはやっぱり、そう110年前に日本を出てるから、
もうあまりにも昔すぎて、残っている資料とか、残っている人、家族が少ないっていうね。
航空写真とか見たけども、もう矢部の中というか、全然残っている人がいないような感じだから、なかなか難しいなっていう。
こっちのボリビアの資料も、アマゾン地方だから、紙ベースで残っていると、
虫食いとか、カビとかですぐ紙がダメになるから、書き写しでやってて、当時パソコンとかないからね。
で、書き間違えとかね、結構あったりとか、あとは洗礼してクリスチャンネームになっているから、
クリスチャンネームで登録されてしまって、ひいおじいちゃんがね。
ひでまささんっていう、たとえばひいおじいちゃんの名前があるけれども、洗礼名のフランシスコさんで、死亡証明書が出てしまっていて、
で、市役所の人から見ると、このフランシスコさんは、ひでまささん本人ですかっていうところの証明がない。
で、その洗礼を受けた時の資料を探しているけれども、教会ももう110年前の紙の資料っていうのは、なかなか困難で、
ボリビア側でも、結構苦労しているから、その字の間違い、書き写した時の字の間違いとか、
おうしろせいりょうさんっていう、たとえば2家族目の方は、本当はおうしろが苗字なのに、せいりょうが苗字で登録されちゃって、
子供もせいりょうマリアさんとか、間違われてて、それを間違いですよって、
ただすのに、家庭裁判所で手続き取って、弁護士雇って、やっと修正していく。
申し出をしてすぐにできるわけじゃなくて、すごい作業で、こちら側もおうしろに直すのに大変だったっていう話を聞いてるね。
東山さんに関しては、3家族目の東山さんは、1990年代の死亡証明書までは、今の証明書よりも詳しい情報が載ってて、
そのお父さんお母さんの名前を書く欄があったのね。
そこで、お父さんの名前が東山Nって書いてあって、お母さんの名前が山内鎌ってはっきり書いてあったから、
それも、東山さんだけは、お父さんお母さんの名前がこれかもしれない。
お父さんは東山Nだから、イニシャルなんだけれども、本当は石地さんの4なんだから、Iなんよね。
Iだけど、たぶん筆記体でNになったんじゃないかなと私は思うんだけれども、見間違えて。
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だけど、一応その資料として残ってたから、そのまま市役所に送ったんだけど。
南城市役所の人は、他の2つの市町村よりもベテランの方が、長年勤めていらっしゃる戸籍の知識が豊富な方で、ペルーの方を再生した経験があるらしくて、
その経験でいくと、半分可能性はあるかなと。
ただ、そのお父さんお母さんの名前がわからない分で、そのまま不詳っていうふうに、詳細はわからないっていう不詳で、
2つの欄を埋めて、できるかもしれないし、これがないからっていうところで、
法務局が常務機関なんだけども、その法務局と相談しながら、戸籍を再生するかどうかを検討していくんだけど、
そこがなんというかですね、っていうことだったのね。
だから、お父さんお母さんの名前があると、もっと再生の可能性が高まるかなと。
2つの辺山秀政さんと大城清良さん2人は、沖縄の武家、琉球の侍というか武家で、
武家は代々名前の頭文字に、秀政さんだと英語のA、代々英語のAがつく名前、
秀貴とかAっていう読み方でもいいし、とにかく名前の頭文字にAがつくと、
辺山家のAがつく家系っていうところで、私と同じ家系だと思うっていうところがあって、
訪ねていって話したんだけど、その方は辺山秀貴さんで、秀がつくから、
たどっていけば同じ系統だと思うけれども、自分は家系図とか持ってないから、わからないっていうところだけど、
沖縄には代々頭文字の漢字を引き継いでいくっていう風習があって、
その大城清良さんもそうで、清が森岡市の森なんだけれども、
その清がつく、清を引き継いでいくっていうところで探していくと、親戚筋なんじゃないかなというところは、
武家の伝統としてはそうで。
遠山牛さんは、たぶん農業の方だったのかなと思ったけれども、
遠山さんはお父さんとお母さんの名前がわかってるのが、すごい強みかなと。
そうですね。大きいですよね。
沖縄からボリビアだけではなく、南米にわたった意味の方ってすごく大勢いて、
同じように家族を探してるっていう方々がいっぱいいらっしゃるようなんですけれども、
それに日系の家族を探してますっていう方々と、きいちゃんは横のつながりとかがあるんですか。
今のところなくて、でもそうやって新聞に載ったことで、
JICAの方から連絡があって、JICAには日系のプロジェクトとか日系の部署があるんよね。
中南米の途上国の支援とは別に、日系の支援の部署があって、
そこからたまたま、それもまた私のいとこがそこに勤めてるんだけれども、
もうね、今年の3月で終わりかな。たまたま3年間の契約でいるんだけれども、
その子も転送のメールのアドレスの中に入ってたけど、
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いろんな人に、ボリビアの元JICAの所長さんが転送でたくさんのアテナで送ってくれて、
そこから私に、こういう人に聞いたらいいよっていう紹介はしてくれて、
まだ連絡取ってないけれども、ボリビアに在住しておられる日系の方で、
いろんな資料、去年のプロジェクトでたくさんインタビューして得た資料だったり、
文書の資料も去年たくさん出てきたみたいで、
その人に聞くと、なんかあるかもしれないっていうことを教えてもらった。
その人とつながれたら、もしかしてその資料を見せてもらって、
何か新しい情報があるかもしれないっていうのと、
一番行きたいのは、ペルーの大使館に行きたくって、本当は。
そこに行くと、日本に着いたら、在留届を、いくちゃん出してるかな?
出してます。
出してる。私も出してるんだけど、在留届が残ってるかも。
保存期間にもよるけども、残ってるかもしれなく。
残ってたら、家族の緊急連絡先とか、家族の名前がわかるかもしれないので、
そこをちょっと調べたいなと思ってるけども、ペルーが遠いなという感じ。
隣なんだけどね。
隣とはいえですよね。
とはいえね。
国大きいですからね。
国大きいし、やっぱり旅費かかるしね。
かかりますよね。
その旅費はどうするのっていうところもあるからね。
沖縄は本当に、沖縄のうちなん中精神というか、
沖縄出身ってなると、すごくもうそれだけで打ち解け合うぐらい、結びつきが強いから、
本当すごく親民になってくださるのね。
沖縄県立図書館の人もそうだし、市役所の人も公民館長さんも、
本当に親民になって、初めての初対面なんでね、すごく調べてくださったりとかして、
本当温かい人たちだなと。沖縄の人たちね。
そうやって世界中に沖縄の人たち移動してるけれども、
うちなん中大会がね、4、5年に1回あって、
それで集まったときには、もうみんなでパレードして楽しんでっていう感じで、
そういうことしてるのは、なかなか沖縄の人たちだけじゃないかな。
世界に散らばる福岡の人、集まろうみたいなのは、聞いたことなくて。
ね、うちなん中精神は本当にすごいなと。
うちなん中っていう言葉、ちょっと教えてもらってもいいですか?意味とか。
意味は、うちなん中はなんだろう、うちな、うちなっていうのが、結局沖縄の人たちのことを指す。
で、それ以外の本州とか九州とかの人のことを、なんていうんだっけ、外地の人だったかな。
なんか、うちなん中。
うちは、内側外側のうち、うちなん中。
で、中はうみん中とか、Tシャツ流行ったけれども、
人、うちなん中。
なるほど。
そうそう、内側の人ってことで、地元の人っていう意味があるんじゃないかな。
その大会が、毎年ではなくて、4、5年に1回。
4、5年に1回らしくって、世界うちなん中大会。
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そのうちなん中大会の一角のコーナーで、データベース、沖縄県立図書館の移民ルーツ調査チームの人たちのブースがあって、
そこで検索できるんよね、自分のルーツを知りたいっていう。
で、もうすでに親戚の人、例えば50年前、60年前とかに移民した人は、まだまだ昔じゃないからつながってて、親戚の人が迎えに来てたりとかするけど、
110年前とか、もう全然つながりが分かんなくなった人は、その調査チームの検索システムで調べ、親戚探しをする人がいたりとか、
そのうちなん中大会でね、親戚探しをしてる人もいたりして。
で、インターネットでも移民検索データベースっていうのが、沖縄県立図書館のホームページアクセスすると、
誰でも検索できて、苗字と名前入れると、バーって検索結果が出てくるよ。
そんなシステムがもう出来上がってるので、昔よりはだいぶ検索しやすくなったんじゃないかなと。
なるほど、そうですね。そのシステムの中には、一世の方のお名前が入ってきてるみたいな。
そうそう、一世の。
じゃあ、きいちゃんが今探している、ひでましょさんと、しんずみりょうさんと、とうやまどさんのお名前も入ってる。
入ってる。探すと出てくる。
なるほど。
だから、戸籍の筆頭者まで分かってる人は、データベースの中に書いてあるから、
さっきお父さんとお母さんの名前って言ってたけど、お父さんの名前は分かってて、
お母さんの名前が分かんないっていう感じだね。
そうそうそう。
そうですね。
もしね、ここで聞いたり、きいちゃんの方をお目見してる方がいて、
同じ苗字の方がいたらね、ちょっと待てよって、ちょっと引っかかって調べていただいて、
っていうこともね、あるかもしれないから。
ぜひぜひ、そうお願いしたいです。
私の載った記事のすぐ横に、私がシェアした沖縄タイムズは、私の調査のことだけが書いてあるんだけど、
ツイッターでシェアした記事の写真の方は、法務局とか、そういう大学で日系民に詳しい方のコメントが、
コメントというか、沖縄の方のね、戸籍に関することが載ってて、戦争で焼けてしまって、
かつ日本じゃなくて、アメリカの支配下にあったよね、沖縄って何年までか、ちょっと70何年までかな、あったから、
その間は、昭和30年代まで、戸籍の制度が、結局再生の作業がされてなくて、
何かの手続きで、沖縄の人たちの代帳を作らないといけなくなったから、
福岡の入国管理局が、沖縄の人たちの戸籍の再生を、一旦通知を出して、仮戸籍をどんどんどんどん、その当時は、
その当時は簡単だったと思う、もうすでで、仮戸籍で作っていて、
その時に、海外の在外交換まで通知をしたかは、定かではないっていう風に、記事には書いてあったけど、
ボリビアの、どこまで日本の家族に、沖縄の戸籍再生するから、名乗り出てくださいとかいう、その通知がね、言ってたのかなっていう、
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その人たちは、たぶん知らないから、そういう申し出はせずに、まだ簡単のうちにはやってなくて、
だいぶ何十年も経って、そういう制度も、知ってる人も、どんどんどんどん退職していって、
市役所で携わってた人たちも、知ってる人も、仮戸籍作ってた当時の人たちも、もちろんいないし、
どんどん時間が経てば経つほど、戸籍再生は難しくなっていっちゃって、
あって広く募集してた頃は、もっと簡単だと思うんだったけど、そこもちょっとあるかなと。
今回ね、キーちゃんとお話をいっぱいして、私も全然知らないことがね、まだまだいっぱいあるんだなっていうのを感じましたし、
これもちろんポッドキャストで出して、その後私もブログをね、書こうかなと。
ありがとうございます。
それを概要欄に貼りたいと思っています。
ぜひぜひ。
今日はね、貴重なお話を聞かせていただいてね、ありがとうございました。
どういたしまして、こちらこそ。
初めてのゲストだったんですけど、いかがでしたか?
いやー、なんかもうあっという間で楽しかったです。
私も視聴者というか、聴いてるリスナーなので、
ゆきちゃんのラジオにちょっと登場できて、ちょっと光栄です。
嬉しいです、キーちゃんは。
宣伝とかありますか?
宣伝は、
キーちゃんはYouTuberとしてね、
そうね。
ボリビアでの暮らしを、
Vlogで、
紹介してます。
紹介してくださっているんですけれども、
キーちゃんの情報も概要欄に貼りますので、
ぜひぜひお願いします。
みんなに見ていただきたいですね。
ボリビアのキーちゃん。
そう、もうね、大自然の中を歩いたりね、
食事、いろんなのを食べたり飲んだりね、
面白いですね。
ボリビアの。
南米でも、結構さ、
ボリビアってどこっていう方だと思う?
そうそうそう、結構ね、
コアな南米の中でも、
マイナーだよね、
メジャーどころはペルーとかさ、
コロンビアとかがね、
メジャーだけれども、
アルゼンチン、
ブラジルとかね、
サッカーで強いところがね、
有名だけど、
ボリビアはこうなんていうの、
コアな人しか知らないみたいなね、
だけどね、
ウユニエンコが有名だね、
ウユニエンコってボリビアなの?っていうね、
そこでちょっと、
あーって言ってもらえるかなって。
そうですね。
そうそうそうそう。
でも、ウユニエンコだけじゃないボリビアを、
紹介できたらなと思って。
はい。
いろいろね。
とってもね、楽しい。
たいあたり生活を。
たいあたり生活って言ってますよね。
そう。
してますよね。
そう、生活してます。
いろいろね。
面白いのでね、
ぜひみんなにね、
あのブログ見ていただきたいですね。
ぜひぜひ見てみてください。
30:01
そして、今のパチャタロット。
はいはい、パチャタロットもね、
コロナで何にも仕事してなかった時に、
なんかちょっとやりたいなと思って。
で、YouTube動画もね、
タロットのYouTuberさんいっぱいいて、
これ面白いなと思って、
タロットカードを勉強してみようと思って、
始めたんだけど、
魔女通りっていう、
ボリビアのラパスに、
そういういろんなおまじないグッズ。
こっちの南米のボリビアも、
生活の中にそういう魔術というか、
パチャママっていう土着信仰がまだまだあって、
で、そういうお供え物、
レマノミイラとか、
あの薬草とか、
そういうものがいっぱい売られてる通りがあってね。
で、そこの近くで、
そのタロットカードを探しに行って、
一番目に留まったのが、
エジプシャンタロットがかわいいなと思って、
この絵がなんかシュールでかわいいなと思って、
で、エジプシャンタロットを始めたというね、
感じで今に至るかな。
だから、2、3年前かな。
それをオンラインとかで、
日本の方ともセッションしたりとか、
そうそう。
されてるんですね。
うん。
インスタでパチャタロットで探してもらえると出てきて、
インスタライブでやってるし、
で、ライブじゃないのを希望される方は、
直接DMのビデオ通話でセッションで、
私の経験を高めるために、
無料セッションでさせていただいてるので、
みなさん、チャンスですよ。
ぜひ、私も経験として、
すごい。
全部ね、インスタグラムにしても、
ツイッターにしても、
すべてのキイちゃんの情報は、
概要欄に入りますので、
ぜひぜひね、つながっていただいて、
占ってください、悩み事があったら、
相談のキイちゃんへお願いいたします。
そして、ケーナも演奏されますよね。
そう、ケーナもね、
YouTubeで時々アップしてるんだけれども、
南米のフォルクローレの楽器、ケーナを、
退院の時に、9年前に買ったんだけど、
全然練習してなくて、
これまた、パンデミックの時に練習始めて、
そこで、ボリビアのケーナ奏者の人に、
3回教わったんだけど、
1回のレッスン量が高いから、
だから、4回目のレッスンは、
この3回目の課題をクリアしてから、
お願いしますって言って、
1年経つかなって、
1年以上経ったなっていう感じなんだけど、
練習は毎日やってて、
で、最近見つけた、
エクアドル人のケーナの人で、
YouTuberさんなんだけど、
その人の教え方がすごい上手で、
その人のオンラインレッスンを受けることにして、
で、先週1回目が終わって、
宿題があるから、
その宿題をね、
一生懸命、毎日やってます。
33:01
で、これが吹けるようになったら、
本当にケーナ奏者。
素晴らしいですね。
そう、でも、どんどんアップしたい。
YouTubeに乗っていくと思いますからね。
そうそう、どんどんね、
吹いてみたをね、
そうそう、いろいろやってみたいなと、
そして、ボリビアでは、
スペイン語を話されますよね。
スペイン語のレッスンとかもやってるんですか?
スペイン語のレッスンは、
ちょっと聞いてみた。
やってなくって、
日本語のね、
逆にボリビア人の日本語を教えてて、
2人、生徒さん行って、
2人でグループレッスンなんだけど、
もうなんせね、
ゆるゆるのボリビアで、
もう当日になって、
ドタキャンみたいな、
なんか、もうね、
めっちゃゆるゆるでやってます。
なんかこう、
資格を取るために、
語学資格を取るために、
とかじゃなくて、
もうすごいゆるゆるのなんか、
日常会話で、
笑いを交えながら、
やってる感じですね。
そうそうそうそうそう。
実は、スペイン語を教えてるんですが、
と聞いたのは、
私の高校生の息子が、
来年はスペイン語を取るんですよ。
あ、そうなんだ。
それで、
私も、
携帯のアプリのデュオリンゴを使って、
デュオリンゴすごいいいね。
スペイン語をね、
ちょっとやろうかなとか、
思ってるとこで、
ふっと今聞いてみました。
そっかそっか。
スペイン語も、
日本人に向いてると思うのね。
スペイン語の発音って。
もうそのまま読めばいいし、
変にアレンジしなくていいから、
ローマ字読みすればよくって、
ただ、
Jとかが、
じゃとかじゃなくて、
ハヒフヘホなのね。
Jがね。
とか、そういう特殊な、
アルファベットの読み方はあるけれども、
いったんそのパターンを覚えれば、
そのまま読めばいいので、
めっちゃ楽かなと、
私は思います。
そうだね。
そうか。
そうそうそう。
ちょっと、
ぜひ。
やってみようかな。
ちょっと上手に、
上手になるっていうかね、
ちょっとしばらく、
デュオリンゴで練習した後にね、
キイちゃんとスペイン語をちょっと、
教えてもらおうかな。
スペイン語会話、
ぜひぜひ。
ぜひぜひ。
そこまでいけるかどうかね、
わからないけど。
いけるいけるよ。
少しずつね、
毎日、
携帯のアプリなので、
5分とか10分、
ちょこちょこでも、
やらないよりはね、
積み重ねれば、
と思ってるので、
英語も同じですのでね。
ね、そう。
デュオリンゴは本当にいいね。
あのアプリは本当に、
いいと思う。
使ってますか?
使ってた使ってた。
私もスペイン語の、
勉強してるとき。
使ってた。
あれは、
ほんと手軽だし、
読みで、
発音、
聞き取り、
ね、
できるもんね。
できますよね。
そう。
あれはすごい。
じゃあ、
いつかのその時には、
またスペイン語で、
ぜひ。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
もちろんグッズと。
はーい。
はーい。
ありがとうございます。
じゃあ今日は、
ゲストで、
36:00
ボリビアのキーちゃんを、
招きして、
今から南米に、
ボリビアに移民をされた、
方々の親戚探しの、
お話をお聞きしました。
ありがとうございました。
はい。
ありがとうございました。
それでは、
今日は、
スピリチュアルラジオ、
ここら辺で、
終わりになります。
はい。
ありがとうございました。
それでは、
次回また、
お会いしましょう。
ばいばーい。
ばいばーい。