こんばんは、ゆっぴーです。
人生後半・実験中、54歳、ここからがおもしろい。ということで、はい、2026年の10月1日が始まりました。
ということで、今日の滋賀県はですね、朝ね、目覚めた時は結構ね、ひんやりとした、あの、こう、なんだろう、朝日江っていうかね、そんな感じで寒っていうような感じで目が覚めました。
はい、日中すんごく暑くなってね、こんなにいい天気だったらと思ってね、朝私仕事行く前からね、もうお布団を干して出勤したんですけれども、
皆さんがね、お住まいのところはいかがでしたでしょうか。
そんなね、えー、2026年10月の、えー、今年もあと3ヶ月ということで、えー、駆け出しのスタートがね、えー、一流満杯日という素敵なね、えー、日だったんですが、
もうね、乗っけからですね、私朝活しようと思ってたのに朝起きれなかったです。寒くて起きられへんかったとかって思ってね、私もう夏が大好きなんですけれども、
なんかね、あの寒いっていうのがもう私にとってはもうエネルギー切れなっちゃうんですよね、寝てたとしても。
まあそんな感じでね、ちょっと朝からね、あ、いつも同じような時間に起きちゃったとかって思ってね、
寝坊したわけではないんですけれども、起きようと思ってた目標のね、時間に起きれなかったっていうのがね、ちょっと反省でした。
いつも皆さんにね、えー、なんかスタイフではちょっと朝の時間も有効活用した方がいいよとかって言っておきながらですね、
自分で来てへんやんとかって思ってね、ちょっと、あのー、胸が痛くなったので、ちょっとここでね、反省したいと思いますということで、はい、ぺこりぺこりぺこりということで、はい。
でですね、えー、ちょっとね、あのー、なんだろう、これからのね、働き方についてね、えー、ちょっと私今日感じることがあったんですよね。
で、それは何かと言いますと、私ね、あのー、結構ね、いろいろ今まで生きてきて、仕事ね、いろいろ変わってるんですけれども、
あのー、何度もお話ししていると思うんですけれども、一番長いのが、31年間ね、大阪のとある大きな総合病院で、31年間、まあフルタイム、正職員としてお仕事をしてきて、
最後は医局の秘書として、160人の医師のね、労働管理、時間管理などを管理してきたんですよね。
もうね、あのー、行き着く暇もない、ご飯も5分、5分、6分ぐらいで早食いをして、もうね、お昼も1時間取らずにですね、ずっと仕事をして、サービス残業をして、
で、ような感じで、ずーっと走り続けてきてですね。で、3年前の4月末に退職して、で、そこから足つぼ給付を受けながら、あのー、教育訓練を受けて、
で、私病院で働いてたんですけども、医療事務の資格がなくてね、あのー、医療事務の事務方の方じゃなくて、経営側の方の事務部っていうところに所属していたので、
医事課とかそういう保険点数とかっていう部門ではないんですよね。その医事課の方とかだったらまたね、あのー、管理監督者がちょっと違うんですけれども、
私は組織経営とかそちらの方の部署にいたので、結構病院で事務やってますって言ったら、医療事務っていうような感じですぐにね、こう言われるんですけれども、そうじゃないんですよね。
で、そういう経験を踏まえて、なんか退職した時にですね、やっぱり病院で勤めてるのに医療事務のこと知らないって良くないなと思って、退職して、失業給付、私結構31年間も働いてたらね、出るので、その間、教育訓練を受けて、
まとまった給料がだんだん確保できなくなってくる現状が出てきたんですよね。で、もう私はこれはちょっと無理だなと思ってもう見切りをつけて、1年後に退職したんですよ。
で、その時にYouTubeでも私初めて上げたんですけれども、市のいろいろな、4月1日とかになると地方公務員っていって、いろいろ会計年度職員で市のいっぱいいろいろ事務とかばーっと募集がかかるんで、そこをねこそぎ求人が出てたから面接受けたんですけど、
まあことごとくね落ちまくって、めっちゃ受けましたね。5つくらい受けたけどもう寝こそぎ落ちて。で、ああもう私もう無理なんだとかって諦めてた時に、私本好きだし図書館で働きたいなとかって思ってね。
で、図書館、まあダマダマその会計年度で、産給代替じゃないんですけど産給補助みたいな感じでね。時短職員の補助業務みたいな感じで、なんか11月からの入職っていうことで、求人が上がったのでそこで募集したらありがたいことにご縁があって就職できたのが去年の11月になったんですよね。
で、そこで大好きな本に囲まれてですね、本を返却するのをピピってしたりとか。で、その時の私の仕事は返却業務の対応なんですよね。受付の貸し出しとかになると図書館司書がする形になるので返却の方と、あとは配価って言ってね。
返ってきた本をですね、カードに並べて、で、分類っていうのがあるんで、本のね、皆さん図書館とかで見るとわかるんですけども、まあ、あの、返却する図書館によってその分類シールの貼り方はちょっと若干違うんですよ。私もいろんな図書館行ってね、その分類コードの分析とかもしたりとかしたんですけども、そこで見た時に、うちの図書館ではその分類ごとこういう風な感じになるんだ。
図書の名前が頭文字が入ってたりとか入ってなかったりとかいろいろあるんですけれどもね。で、その分類ごとに分けられたカードを、まず帰ってきた本を片付けてから、で、またそれのカードを今度、配価って言って、また元の戸棚に片付けていくんですけど、まあ、そのがもう体力仕事なんですよね。手首が痛くなるし、ゴム手袋っていうか普通の手袋をはめてね、片付けるんですけども。
手袋のその、そのままのね、素手でするとね、やっぱり紙だから手の脂が取られて手がカサカサになっちゃって、爪が割れたりするっていうのを聞いたんで、私は常に手袋をはめて、エプロンつけて作業にかかってたんですけれども、まあね、手袋のゴムの部分が擦り切れるぐらいまでやっぱりこう、ガッとね、大きなこう、あの、文庫本とか持ったりとかすると、やっぱりこんなにもね、手袋。
手守られてるんだと感じながらも働いてました。大好きな図書館だったのでずっといたいって思ったんだけれども、その育児時短されている方がですね、ちょっと心の病があって、もう仕事できないですっていうような感じになっちゃって、今年のね、3月末で退職しますっていうことをいきなり言われて、
私は彼女の時短勤務の、まあ言ったら、できない仕事を私がやっていたっていうような感じだったので、まあ2個1ではないんですけれども、私は彼女の3分の1ぐらいの役割として多分任用されてたような感じで、いろいろやってきたんですよね。
彼女が時短で帰ってから、まあ私がその残りの業務をするみたいな感じでしたりとかしていたんですけれども、まあ退職するとなると、まあ私必要じゃなくなってくるので、退職しないといけないことになって、ああどうしようということになるじゃないですか。
図書館は市役所の管轄なんですけれども、教育委員会というね、学校職員とかそっちの教育委員会の中に図書館というのが所属されているので、まあそっちの方とかでね、お仕事あったりとか、求人とかがかかる、ちょうど3末で退職なので、今度4月から募集がかかるから、
その時に行きたい部署とかがあったら、どうですかっていうのを声がけとかがあって、でもうーんとかっていろいろあったんですけれども、でもやっぱりね、ああいうふうにね、中に入ればね、やっぱり内々で元からいる職員が来年更新されるっていうとこしとも求人にかかるんですよね。
だから更新できるかどうかわからないけれども、外的にも求人をかけるっていう感じなので、結局は面接をしても内部から更新がかかると、退職っていうか面接をしても合格しないっていうパターンもあるんだなっていうのがなんとなくわかったんですよね。
だから、それだったらやっぱり意味ないなとかって思って、いろいろ図書館の館長さんとか副館長さんとかにご相談とかしたりすると、やっぱり私が街づくりとかね、そっちの方とかもいいなとかって思ってご相談させていただいてたんですけど、車の運転が必要だとかね、私イベントとかそういうのもやってみたかったので、
街づくりとかでもいいなとかって思ったら、やっぱりいろいろな街づくりセンターとかにいろいろ回って、イベントの協賛とかいろいろな話とかしていかないといけないから、車が乗れないっていうのがかなりのネックで、やっぱりそうなんだと思ってね、結構車に乗れないということで断念していったんですよね。
で、どうしようかなとかって思った時に、ちょうどですね、家から近いところにちょっとね、ハローワークがあったので、そこで仕事、求人があって、ありがたいことにですね、面接をして合格することができたっていうことなんですけれども、これで4月に入職して半年が経ちましたということで、
でもやっぱりその窓口でね、ご相談されるっていうのは、やっぱりこう、国家資格を持ったキャリアアドバイザーとかの資格をお持ちの方とか、正職員の国家公務員の方が、まあ国家公務員の方は数名なんですけど、それ以外はみんな非常勤とかで、アドバイザーの方が窓口で給食される方のご対応とかをされてるんですけれども、
私は事務補佐っていうことで、そのいろいろな裏方っていうことで、まあ電話を取ったりとか、いろんな引き継ぎをこう、間に取りまとめて、なんかコピーとか、なんか雑務ですね、ほぼほぼ雑務なんですけれども、そんな感じで仕事をしてるんですけれども、
ガッツガツ仕事をしてきた私からすると、もうめちゃくちゃなんかこう手持ちぶさたな部分があって、で今までその一人でやってきてた方が、私が入ることによって自分の仕事を少し分けないといけないっていうことがあると、彼女も自分の仕事がなくなると困るから、あんまり私に仕事を振ってもアレだし、みたいな感じで、
だから私がバババッと仕事をする、で手が空いて、何かすることないですかってなっても、なんかこうね、いやないです、みたいな感じで、どう考えてもなんか振れる、違うかなと思ったとしてもやっぱり自分の仕事を手放すと、なんかもう二度とこう自分にその仕事が回ってこなくなってしまうと、やっぱり立場が逆転するのが怖いっていう感覚があるんだなっていうのを私は感じたんですよね。
で、そういうふうになんかもやもやしてる時にですね、なんか、あの、1本のちょっと今日は電話が入ってきて、で、あの、今までね、ずっと短大を卒業して、パートに出て子供が生まれて、またパートに出てっていうことで、
生社員としてのあのなんだろう、こう、経験がないから、今から生社員になりたいけれどもなれないから、これって年齢のせいで切られてるっていうこともあるんだなっていうことをおっしゃられてて、どうしたらいいんですかみたいなことをなんか相談されたんですよね。
で、そういうご相談に対しては私は何も回答することができないので、またそれだったらお越しいただいて、相談員と相談して、自分がね、あの、働きたいなと思うような職種とかを一緒に話し合いしながらピックアップしてもらったらどうですかっていうことをお話ししたんですよね。
で、旦那さんがね、奥さんのことを思って、旦那さんが電話してくださって、まぁ旦那さんもお仕事ね、生社員で働きながらも奥さんはパートで働いてて、奥さんのことを思って、まぁ電話かかってきてると思うんですけれども。
でもなんか、どうですかね、正直その話を冷静に聞いていると、もちろんね、お仕事的な立場からすると、返す言葉っていうのはもう必ず決まってて、自分のね、意見とかはちょっと相談員じゃないので言えないので、まぁ普通に話を聞いて、
こういうふうにしたらいいんじゃないですかってね、お越しいただいてご相談してくださいっていうような回答でしかできないんですけれども、でもその私の胸の中っていうか心の中ですね、心の中ではですね、いやそりゃそうだろうと、そりゃそうだろうと、
あの、なんか短大が、例え家政、家政家、家政家学科って言うかね、なんかそんな感じで、そんな文系以降が理系以降が、例えばそのなんだろう、文系、理系、あとなんだろう、例えば仏教、仏教学、仏教科とかなんかあるじゃないですか。
そんなところであったとてですね、私は自分がこういう職種でやりたいなとかって思ってた職種で仕事をするっていうのが一番いいなって思うので、そんな人に人生決めてもらうのって、私は絶対ちゃんちゃらごめんだわって思いながらね、ちょっと申し訳ないんですけど、そんな感じで話を聞いてたんですよね。
あの、そこから学ぶことってなんだろうなーって冷静に感じたときに、ああやっぱりこう、まあ50代の妻を思う旦那さんの気持ちもわかりますし、でもその働くのは奥さんだから旦那さんに仕事決めてもらうのってどうなんだろうっていうのがあって、
特にこの50代ってね、本当にね、あと20年あるかどうかわかんないんですよ、普通にね。
自分の母もね、70代後半ですけれども、母の時代の70代と私の時代の70代では食べるものもかなり添加物も入ってるのが食べてるしね、全然ね、細胞ごとちょっと違うと思うんですよね。
だからあの、もって70、やっと20年いけるかどうかって自分の中で思ってる中で、そんなね、自分の仕事を旦那に決めてもらうとかっていうのって、いやーどうかなーってちょっと思ったんですよね。
そこがですね、たぶん私が思うには着眼点ですね、自分が好きな仕事だったら私は多少最低賃金は超えてたとて、最低賃金は超えないといけないし、今月から最低賃金上がってるんでね、皆さんのところではね。
で、でもあの、最低賃金ギリギリだったとして、担保されてたとてですね、自分がこの仕事好きとかね、自分がこの会社が好き、こういう仕事が好きね、そしたら私はすごくそれが一番だと思うんですけれども、
お金が、なんかその旦那さんが言うには、なんか50歳は都市だから着られるんでしょと、何回も面接、何回もかもわかんないけど、なんか受けてても着られるんですって言うけど、いやそれはもうそんな2、3回受けて着るなんてそんな当たり前じゃないですかって私思うんですよね。
新卒の方でもね、何百社って受けて書類で落とされたりとかするのもある中で、そりゃ50年みたいなね、もうなんかね、生きてきて、そりゃ当たり前でしょって私は思うんですけれども、こういう考えの方もいるんだなと。
なのに、大化だけはこうね、立派子の大化を求めるんだなっていうのがあって、あーそっかーと、ちょっと我ながらね、ちょっとだからだろうなって、多分その原因がそこかなって思ったんですよね。
給料がいいところはブラックだしとか、なんか家庭相談も決めてたりとか、どうなのかなーとかって思ったりもしたんですけれども、でもまあ、私はそこから学ぶことって、市とそれぞれね、価値観は違うので、もちろんお給料がいいから手取り早くお金を稼いでっていうのもいいんですけれども、
要は続かなかったらいけないなっていうことなんですよね。で、それが今の私と結構リンクしてるなんてその電話から思って、私、給料はいいんですよね。給料はいいんだけれども、なんかこう、自分自身にその仕事に対して魂が入らないっていうか、あまり自分の仕事が、自分だけの仕事っていうのがない。
で、やっぱり正職員として任せられたり責任を取ったりとかする仕事にずっと積み上げてきたから、積み上げてきたあの時は、そんな責任なんかいらない仕事が欲しいって、こうしとってないもののねだりがあって、私こっちに来たけど、こっちに来たらこっちに来たで、もうちょっと責任のある仕事が欲しいなとかって思って、っていうのを初めて感じたんですよね。
で、これもですね、どっちも味わいたいなっていうのは正直あって、大きな病院、クリニックの病院、町の病院っていうのもどっちも味わいたかったから、どっちも経験しましたと。
で、結論からするとですね、どっちもどっちなんですよ。どっちも一緒だと思うんですよ。どっちも一緒だけど、その時の自分の満足度かなって思いますね。
だから、やっぱりその、例えば、今だったら私はパートで働いているけれども、副業で仕事をしながら、そっちの副業の方がもっと自分の中で楽しいな、面白いなっていう思いがあれば、そっちの方だけを高めると、今のパートの方は別にこう、なんだろう、そこまでこう、なんだろう、メラメラ働かなくても、まあいいんじゃないかなって思ったりもするし、
そうじゃない人は、自分の一本だけの本業をしっかりと自分の命の時間を使いながらでも、そこにいたいって思えるかどうかっていうことになってくるんじゃないのかなって思ったりしたんですよね。
だからその、電話の方がどうこうっていうよりかは、電話の方から世の中のなんかこう、一般的なこう、一般的な考え方っていうか、その方のマイルールなのかな。
なんか50代だから絶対切られるとかね。それもなんかそうじゃないなって思うんですよね。結構あのネットでも、あの20代根気強くね、働く子が少なくってすぐに辞めたりするから、今やこう昭和を味わってきた50代ね、結構貴重な人材用ってめっちゃ働くしとかって言ってね、言われてたりもするから、いやそうでもないに違うかなって思ったりするし、
まあその自分がその時に逆だったら、自分が雇用主だった時にやっぱり雇いたいなって思える人に自分が慣れてるかどうかっていうのが一番大事だなって思うんですよね。
で、私もその自分の持ち仕事がもうやりきった時に、やっぱり手持ちぶさたいなった時に腐りたくないので、いろんなスタッフに何かやることないですかって言って聞いたりとかもしてるんですよね。
なんかその聞く自分が時々こう惨めに感じるっていう時があって、で、それをまた客観的に見て何で惨めに感じるんだろうって思ったりとかするんですよね。それはなんか余計なプライドがそこに走ってるから何かこうやることないですかって言ったらこう、なんかちょっと立場が下みたいな感覚に自分の中で見てしまってたんだなって思ったりもして、でもそうじゃないよなぁとかって思うんですよね。
だからその何事もその考え方だなぁって思いました。
そんな感じでですね、50代はですね、いろいろな私みたいにいろんなことに挑戦してバタバタバタっていう人もいれば、そうじゃなくってこれからの人生不安で、お金がないと怖くて不安だから何が何でも働いて仕事してどうのこうのっていう人もいれば、
あとはもう常にね、家で旦那さんの収入で何とかして子育てしながらゆっくりしたいっていう人もいたりとか、いろいろなんですけれども、要はですね、今のあなたは幸せですかっていうところに重点を置いていくと、
絶対にこれからいろんな時代が変化が激しいからこそ、自分が楽しかったら周りの景色がどんだけ早く映り変わろうとしてても楽しいなって思うし、