和泉明子さんの自己紹介と活動のきっかけ
ということで、今回は和泉明子さんにお話を伺います。よろしくお願いします。 和泉さんはどういった方を紹介するのがいいですか?
私はデザインを仕事で20数年やっておりまして、
その中で、7年くらい前から障害がある人たちの表現活動をサポートするというブランドを立ち上げて活動しております。
真面目なトーンですね。 自己紹介が真面目ですね。
もともとは、今もデザイナーご自身もプレイヤーでされていて、なぜその障害者アートの方に行かれたのですか?
私は大学が美術を専攻していて、大学生の時にいろんな展覧会を見に行っていて、障害がある人たちの展覧会も見て、
その時にすごい圧倒される作品が多くて、すごいなっていう印象があったんですね。
仕事をする中で、障害者施設のロゴを作ったりとか、パンフレットを作ったりとか、接点ができて、
実際にデザインをする中で、例えばクッキーを作っていますみたいなところを写真を撮らせてもらってパンフレットを作るとか、
結構中に入っていくことが増えて、見ているといろんな背景が見えてきたというのがあって、
自分はもともとアートをやっているから、アートという切り口で障害がある人たちがもう少し社会に出る仕組みとかができないのかなと思い始めたのがきっかけですね。
それがいつぐらいですか?
それがもう多分10年くらい前。
障害者アートと社会との繋がり
10年活動を進めてきていかがですか?振り返ってみて。
広がってきているんですか?活動とか関わるアーティストが増えてきているんですか?
初めはアート活動、表現活動というのがあんまり施設内だけのものみたいなところが強くて、それと社会とがつながるという意識があんまりなかったんですよ。
絵を描く時間みたいな。
社会に出して何になるのかわからないというか、まずそのつもりもあんまりないみたいなところが強くて。
でもデザインという仕事って結局つないでいける仕事なので、私のクライアントさんがジュースのラベルデザインしてくださいという仕事が来て、
お酒とかを使っている会社さんだったので、ワインっぽいラベルをしてほしいと。
何か絵を使ったらいいんじゃないかとなって、その施設の人に描いてもらうというのをやったんですよ。
そういうのをやって、実際に契約書も作って、対価も決めてやると、施設の人たちもそういうふうに社会とつながれるんだと分かって、
それも今やっている中で、やっとみなさんがちょっとずつ変化してきたみたいなところがあります。
実際にアーティスト、絵を描くという行為をデザインするということもそうだし、周りの方々の意識もデザインしているみたいな。
そうです。仕組みを結局作るということをやっていくと、施設で描いている絵がどういうふうになっていくかをみんな想像できるようになってきて、
社会的にも今そういう動きが結構強くなっているので、そういう情報と実際の体験で、
表現するということが社会とつながるツールになるというのは、なんとなく浸透してきた感じはあります。
世の中的にもそういう流れになっているなというのは感じるんですけど、
でも割と10年前だと結構早いと思います。
でも多分、全国的に言うと遅いですよ。
そうですか。
全然遅いと思います。
まだまだ。
10年前でももうすでに県外の施設では、そういう表現活動で商品化したりとか、
社会とつながる仕組みは十分できていて、私もセミナー受けに行ったりとかしていたので、
そういう中ではやっぱり地域性というか、遅いところはあって、
なんとなくそういうのを意識が高い支援者さんたちは知っていたけど、
案外日常の中にはなくてというのはあったので、
だいぶその意識は社会的な影響もあり、変わっては来ていると思います。
障害者アーティストの作品紹介
今まさにやっていますけど、これどういった作品なんですか?
これは徳島の事業者です。
これは徳島の事業者です。
そうなんですけど、日々の表現活動という時間の中でできている作品で、
これはダンボールアートで立体を作る方。
これはワイヤーで漂流を作るんですけど、
この方はもっとすごい大きい小村の作品も作ったりして、
それは自分で架空の生き物を作り上げて、それを立体に落とすという。
同じ方なんですか?
これは違う方です。
すごい。
これ一本というか、ぐるぐる巻いて?
ぐるぐる巻いて作っているんですけど、
こだわりがあって、この爪の先は鋭く削ってたりとか。
本当だ!
とんがっているわ。
ちゃんと意味合いがあって、
それも全部自分で考えて一個を作り上げる。
すごい。
こっちも。
絵も描くので、立体も作るみたいな。
細かい。ちゃんと大きさがだんだんと変わっていっていますね。
ここも一応動かしてもいいよみたいな。
そうなんですか。
好きに形を決められるみたいな。
そういう素材でもあるし。
すごい。どうやってるんだろうこれ。
そうなんですよ。
その日々、施設に通うっていうお仕事の合間の時間でこれを作るっていうのを
ここの事業所はされていて。
お仕事だけで施設に通うんではなくて、
その間のお昼のお休みとか、
表現活動をする時間も持つみたいな考え方なので、
仕事と自分の表現を施設内でできる。
結局そうすると豊かっていうか、
お仕事だけに通うんじゃなくて、
自由な作品が生まれる場所ですよね。
アートによる豊かさと自己肯定感
泉さんにとってアートは豊かなものだとおっしゃってましたけど、
ご自身もされていて、
広い意味でのアートの効能というか、
豊かになるなっておっしゃったその核心みたいな。
自分たちも多分そうで、
何か服とかでもこういう服買いたいとか、
こういうもの着たいとか、
こういう車乗りたいとかあるじゃないですか。
それって全部結局豊かさですよね。
何でもいいわけではなくて、
選べる豊かさじゃないですか。
障害がある人たちってそれが制限されることが多いって私は思うんですよね。
でも自分の表現があったら、
それが強みになるじゃないですか。
それでこうやって私みたいにすごいねって言って、
私と繋がるわけじゃないですか。
こうやって今ここにこれがあるわけじゃないですか。
ってなるとその人が結局ずっと家で作っているものとか、
施設で作っているものが一人歩きして繋がってくれて、
その人の生活が変わってくるみたいな。
そうするとやっぱり私と出会って、
また全然違う考え方を持っていたりとか、
こうやって紹介してもらったりとかすると、
そこに彩りが加えられるみたいな感じがするので、
それが多分豊かさなんじゃないかなって。
出会ったことのない人。
私もね、出会ったことのない方ですけど、
どんな人なんだろうとか。
想像したりとかもするし、
その得たお金で欲しいものを買ったりとか、
じゃあ何買おうかなって、
この人にプレゼントしようかなとか、
こういう買いたかった絵の具買おうとか、
洋服買おうとか、ゲーム買おうとか、
っていうことができるので、
それって豊かですよね。
確かに。選べる。
選べる。選択できる。
繋がれる。
あーなるほど。
活動のビジョンと地域社会への浸透
さっき愛媛は割と遅れてるんだよ、みたいな。
これからのこのビジョンというか、
思い描いていることとかっていうのは?
私は障害がある人たちの表現活動みたいなことに
関わって7年とかぐらいなんですけど、
初めは社会と繋ぐとか、
収入を得てとか、
っていうのをデザイナーなので主にやってたんですけど、
やっていくうちに、
それこそさっきの豊かさって何なんだろうって、
その人たちってすっごいお金が欲しくて作ってるわけじゃないんですよ。
確かに。
となったら、
じゃあ何を得たらその人たちが豊かになるのかって思ってくると、
結局やっぱり地域社会で存在しているっていうことが大事っていうふうに
なんか気づいてきて、
お金を得るだけが豊かさではないっていうのがあるので。
その人によって違うし。
違うし、
障害がある人たちがすっごいお金を欲しくて
表現しているわけじゃないじゃないですか。
作りたくて作ってるみたいな。
でもそのお家の隣にいる人が
障害がある人だなって思ってても、
じゃあこういうのを作る人だよって言われたら
ちょっとグッと距離が縮まるじゃないですか。
っていうのが大事だなっていうふうに
その活動を通じて感じてきたので。
もちろんその表現していくことがベースにあるけど、
地域の中でその人たちがどういうふうに生活していて、
当たり前にそのコミュニケーションが取れるように
表現活動を通じてできるっていうのが大事かなっていうのは思ってます。
伊豆美さんは今回徳島のアーティストで、
これも愛媛のアーティストだったり。
愛媛や四国の中でもっと浸透していくというか、
日常にこういう作品があるのが目指すというか。
まず障害がある人がこういうものを作るって知ってる人
たぶんすごい少ないんですよ。
まだそうなんですかね。そうか。
少ないんですよね。
どっちかっていうとできないことが多い人たち
っていうイメージが基本的には多い中で、
じゃあこういうの作れますよとか、こういう絵が描けますよっていうのを知ると
なんかちょっと価値観が変わるじゃないですか。
そうなるとグッと興味が湧くとか、
身近に感じれるとかっていうことがあるので、
その辺をやっぱり底上げするっていうことがやっぱり大事。
知っていただくということとか。
ホスピタルアートと障害者アートの呼称
逆にこんなことを依頼される、
まさかこんなことを依頼されるなんてみたいなことはありますか?
ワインラベルでも結構なんかへーって僕は思ったんですけど。
まさかこんなことを依頼されるなんて。
こういうところが繋がるのかみたいな。
香川の病院でホスピタルアートっていうのをやってるところがあるんですよ。
で、そこのホスピタルアートの担当の方と繋がって、
結局ホスピタルアートって病院にアートを施して、
例えば注射する部屋が怖くないとか。
なるほど。
子供が行きやすいオープンなイメージ。
冷たいイメージとかあるじゃないですか。病院って怖いとか。
診察室入るの怖いとか。
いや、そりゃそうですよ。
冷たいイメージがあるのを病院内にアートを施すことで、
それをちょっと和らげるとか。
コミュニケーションツールで結局アートを使うっていう活動されてる病院があって。
そこの方と繋いでいただいて。
いろんなところの全国の病院にホスピタルアートをやってるんですけど。
そこの病院に通じて。
初めて障害者の人の絵を使ってみようっていうのを
2年前にやらせていただいて。
レヒメのアーティストの絵を提案して。
今、神奈川の病院に施されてます。
へぇー。すごい。
そうですか。
それこそ繋がる誰かの怖い、もしくは冷たい印象の病院が
この絵が可愛いなとか。
可愛い絵があるねって言って。
その子供を預かる場所、病院の中の場所とかに
アートを施してるんですけど。
そこに折り紙を貼って壁に。
そこを使った子供たちが折り紙を貼るとか。
絵に合わせて貼るとかっていうのをされてたりして。
その病院もそうなんですけど、
障害者アートだっていうことを歌ってるんですか?
歌ってないです。
そのあたりの、わざわざ歌うことの良さと
それと関係なく一律のアートだよみたいなのの
両方良さとメイトとデメイトが両方ある気がするんですけど。
そのあたりはどのように考えていますか?
グランドの活動をするときに、私は基本的に
障害がある人たちのっていうのを名乗らないことにしたんですよ。
それはグランドのスタイルとして。
私が大学生の時に展覧会を見て
すごいって思った素直な感想みたいなのを
あんまり知識なく見てほしい。
みたいなところがあって。
お自身の衝撃。
それのスタイルで行こうみたいな。
ブランドはそういうスタイルで行こうみたいな風に決めて。
よく言われるんですよ。
何か展示するときに。
例えば、アールブリュットって書いた方がいいですか?とか
障害がある人の絵って書いた方がいいですか?とか言われるんですけど
それは何を訴えたいかで多分変わる。
どれが良くてどれが悪いわけではないけれども
社会の中でどういう風に交わっていきたいかって考えたときに
どれが正しいっていうかその場にふさわしいかみたいなところで決まるかなって思うんですけど
私よく取材いただいたりとか
自分で何か発表するときに
障害者アートの人って言われるんですよ。
なるほど。ジャンルというかデモライズ。
ジャンルになってて
私は障害者アートをやってるつもりはないんですよ。
マーリックドックずっと障害がある人のアート活動をサポートしてますってずっと言ってるんですけど
何か最近すごい障害者アートワークみたいなのがすごい出来てて
それはちょっと何か違和感があるっていうか
なんかアートを募集している中に
小学生へ
学生へ障害者アートってワークがあるんですよ。
でも障害がある人も小学生だったし
障害がある人の学生もいるし
なんかアートなのに表現なのに
障害者アートワークはいるのかっていうのはずっとテーマというか
きっとこれからもテーマだけど
感性の部分にそんなに分ける必要ってあるのかなみたいなのはあります。
それは良かれというか
分かりやすいかなっていう風に
考えている方もいらっしゃると思いますし
そういう活動をされている方ももちろんいらっしゃると思います。
もちろんいらっしゃいます。
そうですよね。
誰かに分かってもらう
発信する時にどういう風に受け止めて欲しいかで
多分何というかっていうのが決まるのかなっていうのは
ちょっと活動を通じて思います。
今後の活動と情報発信
これからの泉さんが出会ってきたアーティストたちのことは
どうやったら知ることができたりとか
どこで見れたりとか
そうですね。一応ブランドのインスタはあるので
展覧会とか紹介したりとか
県にもサポートセンターというのがあるので
そこのホームページにも載っていたりします。
逆にこれから私も書いてるんだけどみたいな人も
募集しているわけですか?
もちろんいらっしゃいますし
ご連絡いただくこともたくさんあります。
これからもぜひいっぱい活動を広げていただいて
もしかしたらこれがどなたかのおうちに
流れることがあるかもしれません。
すみません。今回は泉さんにお話ししていただきました。
ありがとうございました。
ありがとうございます。