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みなさん、おはようございます、こんにちは、そしてこんばんは。 人生は問題解決ゲーム、ビッグママヨーコのぶっちゃけラジオのお時間です。
今日はですね、 思考的目標と感情的目標について、ちょっと真面目なテーマでお話ししたいなぁと思います。
そろそろね、早い方はゴールデンウィーク始まるのかな? 明日からっていう方も結構いらっしゃるみたいで、みなさんどこか行かれます?
なんかね、こんな楽しいことが待ってるよっていう方、ぜひ教えてください。 今日のテーマのね、思考的目標と感情的目標。
大人になると、ほぼほぼ思考的目標で生きてた方が、目標も立てやすいと思うわけ。 書いて字のごとくで、思考、頭で考えて立てる目標のこと。
この思考的目標っていうのも、また2つに分かれてね、 態度的目標と受動的目標。
態度的目標っていうのは、自分でね、これをするにはこうしなきゃいけないよね、とか、こうした方がいいよね。
自ら考えて立てる目標。
受動的目標っていうのは、誰かに言われて、言われたから立てて作った目標っていうかさ、
会社で言ったらさ、上司は態度的目標の方が多い。
部下になってくると、上司がこれだけ目標を達成しないといけないって言うから、やれって言われたから、じゃあこういう目標案を立てよう、みたいな受動的目標。
要するにね、モチベーションは低いよね。やれって言われたから、やらないといけない目標だから。
この思考的目標の厄介なところが一つあって、
頭で考えて立てた目標だから、動いてもないのに、頭で考えて動かない人も多いわけ。
こうしたらこうなる、だからやめとこう、こうしたらこうなる、じゃあこうするよりこうした方がいいんじゃない、みたいなね。
まあね、グズグズグズグズ言ってさ、ものすごくやった気分になってるけど、足と手は一歩も動いてないっていう人が多いの。
だからこの思考的目標に関しては、必ずゴール設定っていうのがないと人間、腰が上がりません。
だって起きてもない悩みを頭で作って、またその悩みに対して悩んでるんだもん。
もう一つの目標、感情的目標。感情が動いたことで目標になった場合。
これは子供の時って多いけれども、大人になるとね、なかなかこの感情的目標っていうのは難しい。
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なぜかというと、これがやりたーいって沸き上がってくる目標だから、
思いついた時にはね、すでにめちゃめちゃワクワクしてるし、ドキドキしてるし、
これができた時のことを考えるとさ、もうさ、心が騒いでしょうがないわけ。
だけどよ、ワクワクとペアは恐れ。
それをやろうと思うと、急に恐怖が湧いてくる。
人になんて言われるんだろう、とかさ、今更これをやらなくても生きていけるし、とかさ、
できなかった時のことを考えたり、人にどう言われるかを考えたり、
ワクワクドキドキでできた目標だから、それに対する方法論っていうか、
どうやったらいけるかも、自分にとっては経験値にないものが多いわけ。
やったことがないことに感動しちゃって、突き動かされて、やりたーいと思ったけど、
いざ動こうと思ったら、全然わからない。みたいなね。
そしてこの恐れっていうのは、ワクワク度合いが大きければ大きいほど、恐れも大きいわけ。
でも大きければ大きいほど、実は本気、本当はね、魂がやりたいと願っていることなんですよ。
こういう時ってさ、諦め癖がついている人っていうのは、いろんな恐れから、やっぱりやらなくても生きていけるし、
とか、今さらやったところで、とか、忙しいし、とかね、諦める要素も山ほど出してくるわけ。
その分、超ドキドキしてたから、諦めたという経験がそこに積み重なると、どうせ私は頑張れない、みたいな癖がつくわけですよ。
諦め癖っていうのは、癖だから、変えれるんだよね。
何回も諦めた経験があるからこそ、諦めるということが癖になる。
じゃあ、諦めないことを癖づけていけば、諦めない人になるわけよ。
言うのは簡単だけどさ、洋子さん、どうすればいいわけ?
諦めてない人と一緒にいればいいんよ。
え?まだ諦めてないんだ?え?なんでそんなに楽しめるの?
諦めない人には諦めない理由があり、諦める人には諦める理由があるわけ。
だから、癖だから、いつでも変えられるっていうことをぜひ覚えておいてください。
それができたらどうなるんだろう?って超ワクワクしてさ、生きていけたら、
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これほど人を巻き込めるエネルギーっていうのは、計り知れないって私は思うわけ。
頭でこうしなさい、ああしなさい。正しいことをいくら並べたとてをやらなきゃいけない。
した方がいいよね。また、頭で理解しての行動だから、全然ときめかない。
それよりも、ワクワクさせてくれる人がワクワクしながら行動してるのを見たときに、
私もそうなりたいよな、めちゃくちゃ怖いけどさ、ってチャレンジしたときに、
怖さを乗り越えれば乗り越えただけ、やっぱり持久力もつくし、
その人の器っていうのがでかくなってるんじゃないのかなと、私はいろんな人を見て思う。
思考的目標、できる範囲でできるように、言われたからやってる、みたいな人がね、
なんかあったときに、全部人のせいだからさ、自分の器っていうのは大きくなりようがない。
頭はでかくなるけど、心はちっちいな、みたいな。ごめんね、口が悪くて。
だけど、できないけど、怖いけど、でもやってみよう。でもやってるのがすごく楽しそう。
失敗した、また立ち上がった、また走ってる、膝から血流れてる、でも笑ってるよ、みたいな。
なんかね、心を動かされるときっていうのは、やっぱりその恐れに立ち向かって、
なぜ立ち向かうの?だってやってみたいんだもん、っていう感情ほど勇気、感じるよね。
今日は何が言いたいかというと、私もよく聞くの。
それやりたいけどさ、やらなくても生きていけるし、緊急的要素がないし、
って言ってる人の顔がもうしみったれててね、全然面白くないの。
あ、そう、じゃあやらなかったらいいじゃん、って思うわけ。
でもなんかやりたいんだろうね。うろうろしてるわけよ。
じゃあなんでうろうろするの?怖いの。何が?失敗したときが。
失敗しますよ。誰だって。失敗するから、次どうやったらいいの?って考えれるわけじゃん。
できそうなところをね、アンパイなところをちょろちょろしてたらさ、
何回も言うけど、頭でっかちの口うるさいババアジジになるだけでさ、
ちっとも面白くない。あの年代でまだチャレンジしてんだ。
こういう人見てさ、みんないいなって思うじゃん。いいなって思うじゃん。
じゃあいいなって思われる自分になりたいじゃん。
諦め癖は癖だから。いつからだって帰れます。以上。
今日も最後まで聞いてくださって本当にありがとう。
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やっぱりね、チャレンジしてる人のキラッキラッとした目がね、私は最高に好き。
私もしばらく魚の腐ったような目してましたから、またキラキラできたらいいなって思って、
今ひたすらコツコツコツコツ頑張ってます。
そしてさ、テレビ見てたりニュース聞いてたり、もう将来に夢がないようなことばっかりじゃん。
そんな世界に子どもたちに夢持てって言ったって、これは難儀だよね。
なら、キラキラした目の大人が一人でも増えること。
それが子どもにあなたも夢見なさいって言うより、手取ればいいんじゃない。
じゃあ誰かに期待するより自分がチャレンジすること。そんな姿を見せること。
どこまでできるかわかんないよ。だけど昨日より一歩前進できたらいいよね。
こけたらまた立ち上がればいいじゃん。
かさぶたができたら、それが剥げた時には皮膚も強くなっているから。
そして、そんな頑張っている時に頑張っていることを応援し合える仲間、
そういう人と私は手をつないで生きていきたいなって思う。
もう頭でっかちの文句ばっかり言うババアになりたくないんだよね。
じゃあまたね。