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こんばんは、たまこです。今ですね、及川禰子さんという作詞家の方の本で、
誰かが私を嫌いでも、というのを読んでいます。その中の一節になるほどと共感した部分がありました。
ちょっとだけ読ませて下さいね。
親しい人をなくした経験から思ったことなんだけど、自分を支えてくれた人がいなくなることより、
自分が支えていた人を失うことの方が、喪失感が強くて深い。
優しさの行き場がなくなるのって、つらいことなんだよね。
おお、確かにそうかもな。
娘が今、留学するとかしないとかっていうことを検討中なんですね。
本人は、もちろん留学できたらそれはいいし、行きたいという気持ちはある一方で、
今の大学の授業が面白いし、作品を作ることもとても楽しいし、
だから今行くべきなのかというところを非常に悩んでいる。
そして留学するためには、その行き先の言語をある程度習得しなければいっても、
その効果とか学習の理解というのが半減してしまいますよね。
その辺りをちょっと悩んでいるわけなんですね。
私の元夫は1年間パリにいたことがあるんですね、学生時代。
自分の経験が多分良かったと思っているから、
同じことを娘にさせたいというすごい強い願望があるわけですね。
だから前から留学留学留学というふうに言っていました。
今日娘は元夫とご飯を食べて帰ってくるというふうに言って出かけていったんですけれども、
おそらくその場では留学をしようしようしようという猛説得をすると思うんですよね。
本人が自分がどうしたいのかということをきちんと自分の心の声を聞いてね、
そしてそのために何を努力すべきなのかどうすべきなのかというところを
自分の意思でもし進むのであれば、私は応援したいというふうに思います。
でも単なる親のエゴでそれをさせるというのは違うんじゃないかなというふうに感じるんですよね。
私にとってはさっきのお彦は猫さんの文章じゃないですけれども、
彼女が留学してしまうということは本当にこのうちに一人になっちゃうということなので、
とても寂しいなというふうに思います。
でもそれは娘のためになるのであれば全然OKです。
私は私で新しい人生をどうしていくかということを真剣に考えるタイミングであるし、
またどのように生きていくのかどうやって稼いでいくのかというようなところに
本当に向き合えというふうに人生の流れに言われているような感じがしますね。
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ですからすべて人生はうまくいっているんだと思うんです。
こうなるべくしてなっているんですよね。
必要なことだからこういうことが起きているんだというふうに思っています。
今日どんな顔をして帰ってくるのかちょっと楽しみであり心配でもあるというそんな土曜日の夜です。
ということでいつも皆さんありがとうございます。
たまこでした。