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スピーカー 2
そこを探るためにソースの中にある非常に重要な概念を紹介しましょうか。ジョン・スウェラーという研究者が提唱した認知負荷理論ですね。
スピーカー 1
認知負荷理論?
スピーカー 2
はい。これによると、学習における最大のボトルネックって、私たちの脳にあるワーキングメモリー、つまり作業記録の容量の狭さにあるんですよ。スウェラーの研究によれば、人間が新しい情報に触れたとき、このワーキングメモリーが一度に処理できる新規情報の数は、なんとわずか3個から5個程度しかないとされています。
スピーカー 1
へっ、たったの3個から5個ですか。えっと、例えるなら、ワーキングメモリーはパソコンのRAM、つまりメモリーで、長期記憶は無限の容量を持つハードディスクのようなものですよね。
スピーカー 2
まさにそういうイメージです。
スピーカー 1
でも、RAMの容量がそんなに極小なんだとしたら、ちょっと疑問が湧くんですが、もしあなたがプログラミングの新しい言語とか外国語の文法なんかを学ぶときって、ルールなんてそれこそ何千個もありますよね。
そうですね。膨大にあります。
スピーカー 1
なぜ私たちの脳は、そのたった3から5の容量でフリーズせずに複雑なスキルを習得できるんでしょうか。
スピーカー 2
そこ、素晴らしい着眼点です。その極小のRAM制限を突破する唯一の手段が、長期記憶のハードディスク内にスキーマと呼ばれる知識の構造化ネットワークを構築することなんですよ。
スピーカー 1
スキーマですか。
スピーカー 2
はい。私たちの脳は、バラバラに入ってきた複数の情報を一つの意味のある塊としてまとめる機能を持っています。これをチャンキングと呼びます。
スピーカー 1
ああ、なんか複数のファイルを圧縮したジップファイルみたいなものですかね。
スピーカー 2
まさにそのジップファイルです。ソースの中で紹介されているチェスの熟練者の実験が、このメカニズムを見事に証明しているんですよ。
スピーカー 1
どんな実験なんですか。
スピーカー 2
チェス板に並んだコマの配置を、たった5秒間だけ見せて記憶させるという実験です。
チェスの達人たちは、一瞬見ただけで完璧にコマの配置を再現できたんです。
これを聞くと、達人は生まれつき記憶力がずば抜けているんだって思いますよね。
スピーカー 1
当然そう思いますよ。なんかカメラみたいに映像としてパシャーって記憶しているのかなって。
スピーカー 2
ところがですね、コマを実際のゲームではあり得ないデタラメな配置にしてみせた場合、達人であってもチェスを知らない一般人と同じくらいしか記憶できなかったんです。
スピーカー 1
え、そうなんですか。達人なのに。
はい。つまり達人たちは、ここにルークがあって、あそこにナイトがあるという個別の情報を記憶しているわけじゃないんですよ。
スピーカー 1
あ、これはシシリアンディフェンスの防御人形だな、といった具合に、盤面全体を意味のある一つのチャンク、つまり一つのスキーマとして認識しているんです。
なるほど。バラバラのコマとして見れば30個の容量を食うけれど、一つの人形というZIPファイルとして見れば、ワーキングメモリの容量は1しか使わないわけだ。
スピーカー 2
だからフリーズしないんですね。
スピーカー 1
その通りです。この理論では、学習中の脳への負荷を3つに分けて考えます。
一つ目は、学ぶ課題そのものの難しさである内在的負荷。
スピーカー 2
はい、内在的負荷。
二つ目は、読みにくいフォントとか、うるさい環境など、学習に無関係なノイズである外在的負荷。
そして三つ目が最も重要で、スキーマを構築するために脳がエネルギーを注ぐ学習関連負荷です。
スピーカー 1
あー、それ。荷物運びに例えると分かりやすいかもしれないですね。
えーっと、運ぶ荷物そのものの重さが内在的負荷。
で、足元に転がっている石ころとか、障害物が外在的負荷。
えー。
そして、荷物を運ぶことで自分自身が筋肉が鍛えられるのが学習関連負荷。
つまり、私たちが何かを学ぶときには、いかに無駄ない石ころを取り除いて、荷物の重さを管理しながら筋肉を鍛えることに全力を注ぐかが鍵になるわけですね。
スピーカー 2
完璧な例えです。
そして、筋肉が鍛えられ、スキーマが形成されて知識が自動化されると、ワーキングメモリーの占有率が劇的に下がります。
そうして初めて、余ったワーキングメモリーのリソースを、より高度な問題解決やクリエイティビティに回せるようになるんです。
スピーカー 1
では、そのスキーマを構築して、ワーキングメモリーを空っぽにするためには、具体的にどうすればいいのか、ここからが面白いところですよね。
スピーカー 2
はい。一見すると退屈で意味がないように思える、基礎知識の徹底的な自動化がいかに重要かという実践例に入っていきます。
スピーカー 1
ここで、UCLAカリフォルニア大学ロサンゼルス校の伝説的バスケットボールコーチ、ジョン・ウッドンのエピソードが登場するんですよね。
スピーカー 2
そうなんです。彼はNCAAトーナメントで信じられない数の優勝を果たした名将なんですが、彼が才能あふれるスター選手たちに、毎シーズン一番最初の練習で教えたことが何だったか。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
それは高度な戦術でも華麗なシュートフォームでもなく、なんと靴下の正しい履き方と靴紐の結び方だったんです。
スピーカー 1
いやー、19歳とかのエリートアスリートたちですよ。全米から集まった天才たちに向かって、いいか、シワができないように靴下をかかとから引き上げなさいって教えるわけですよね。
選手たちは最初、俺たちを子供扱いしてるのかってかなりショックを受けたでしょうね。
もちろん反発もあったでしょうね。しかしウッデンコーチには明確な理由がありました。
スピーカー 2
一つは物理的な理由です。靴下のシワ一つが足に豆を産み、それが痛みを引き起こし、ほんの一瞬のスピードを奪って結果的に試合に負ける原因になるからです。
スピーカー 1
確かに、スポーツでは一瞬が命取りになりますからね。
スピーカー 2
そしてもう一つの、より深い認知科学的な理由が自動化です。
スピーカー 1
ああ、なるほど。基礎的な行動が完全に無意識レベルで自動化されていれば、試合の残り30秒、一点差の極限のプレッシャーの中で、選手は靴紐が解けそうだな、なんて足元のことを一切考えずに済むわけだ。
スピーカー 2
そういうことです。つまり、コート全体の状況把握とか、相手の裏を描く高度な戦術に、ワーキングメモリーの全リソースを注ぐことができるんですね。
ソースにも、成功はルールの遵守、つまり基礎の自動化から始まる、というチャンピオンの習慣が挙げられていました。
スピーカー 1
ここでちょっと意地悪な質問をさせてください。
スピーカー 2
はい、なんでしょう?
スピーカー 1
スポーツの世界なら、靴下とか素振りのような反復練習が大事なのはよくわかります。
でも、あなたが日々の仕事で直面するような知識労働においてはどうでしょう?
今の時代、事実の暗記なんてスマホで検索すれば一瞬で出てきますよね?
スピーカー 2
ええ、まあ、とくぐればすぐわかりますね。
スピーカー 1
だったら、退屈な基礎知識を詰め込むよりも、最初から多角的な視点から物事を見るとか、分析的に考えるといったクリティカルシンキングの訓練をした方が、リスナーの皆さんの限られた時間を有効に使えるんじゃないでしょうか?
スピーカー 2
多くの方がまさにそう考えがちなんですよね。しかし、認知心理学者のダニエル・ウィリンガムは、その考えをデータに基づいて明確に否定しているんですね。
否定してるんですか?
スピーカー 2
はい。彼は、クリティカルシンキングは背景知識から切り離された単独のスキルとしては存在し得ないと指摘しているんです。
スピーカー 1
ちょっと待ってください。つまり、批判的に考えるスキルという、どんな場面でも使える万能な独立したアプリが脳内にあるわけではないということですか?
スピーカー 2
ないんです。思考プロセスというのは、常に対象となる具体的な事実的知識と不可分に結びついています。
基礎知識がない状態の人に、この問題を多画期的に見なさいと指示しても、そもそも具体的に何をどう見ればいいか、各のどんな事例と比較すればいいかが思い浮かばず、思考が完全にストップしてしまうんです。
スピーカー 1
なるほど。パソコンのOSだけ最新版にアップデートしても、中にデータが一つも入っていなければ、検索の仕様がないのと同じですね。
ええ。ウリンガムは、「知識は雪だるま式に蓄積し、踏めるものはさらに富む。」と述べています。豊かな基礎知識の貯蔵庫、つまり強固なスキーマがある人ほど、新しい情報が入ってきたときに、「あ、これは過去に学んだあれと似ているな。」と既存のネットワークと結びつけやすくなって、学習スピードが指数関数的に上がるんです。
なるほど。日本の武道とか伝統芸能における守破離のモデルがソースに挙げられているのも全く同じ文脈ですよね。まずは手の段階で、基礎の型を一切の割り封の交えずに徹底的に反復して自動化させる。
スピーカー 2
ええ。それがスキーマを構築し、ワーキングメモリーを解放する最短ルートなんですよね。その退屈な基礎があるからこそ、やがて既存の枠を破る覇や新しいものを創造する理というイノベーションが可能になるんです。
スピーカー 1
その間の段階、つまり基礎の構築がいかに重要かがわかると、現代社会が抱えるある巨大な矛盾に気づかされますよね。私たちは今テクノロジーの進化のおかげで、この面倒な基礎習得のプロセスをどんどんショートカットできるようになっていますから。
スピーカー 2
そう。ここからが現代の学習における最大の罠、有能さの錯覚の革新に迫る部分です。
スピーカー 1
出ましたね、有能さの錯覚。今回の深掘りのラスボスです。冒頭の玉ねぎの動画もそうですが、例えばあなたが資格の勉強をしていて、教科書を何度も読み直したり、重要なところに蛍光ペンできれいにハイライトを引いたりする。
これってすごく勉強している気分にはなるんですが、実は脳の中にはほとんど定着していないんですよね。
はい。テキストを流暢に読めることと、その概念を深く理解して記憶に定着していることを、脳が勘違いしてしまう現象です。
スピーカー 2
そして近年、この錯覚をかつてない規模で、しかも非常に巧妙に増幅させているのが、生成AIの存在なんです。
スピーカー 1
AIですか。
スピーカー 2
ソースの中に、ベトナムの公立大学で行われた非常に示唆に富む研究データがあります。
1498人の学生を対象にした、AI学習ギャップ、ALGの調査ですね。
スピーカー 1
このデータ、リスナーのみなさんも本当に他人事じゃないですよ。
学生たちがChatGPTなどのAIアシストを使って作成した課題のスコアって、平均で10点満点中7.62点と、非常に高かったんですよね。
これだけ見れば、AIを使って効率的に学習できているじゃないかって思いますよね。
スピーカー 2
普通はそう思いますよね。しかし研究者たちはそこで終わらせなかったんです。
その後、デバイスをすべて取り上げて、口頭や筆記だけで、彼らの実際の知識習得度を測るRKV、ランダム知識検証というテストを行いました。
スピーカー 1
はい、それでどうなったんですか。
スピーカー 2
学生たちのスコアは、なんと平均5.55点まで急落しました。実に2.07点もの巨大なギャップが存在したんです。
スピーカー 1
いや、これは恐ろしいですね。つまり、提出したレポートは素晴らしい出来だったけれど、学生自身の頭の中には何も残っていなかったと。
スピーカー 2
その通りです。AIは学術的なアウトプットの品質は劇的に引き上げますが、学習者本人の概念的な理解、つまりスキーマの構築を必ずしも強化してはくれないんです。
スピーカー 1
なるほど。AIが完璧な構成で答えを出してくれるため、学生者は自分自ら情報を晒し、整理し、構造化するという先ほどお話しした学習関連負荷を放棄してしまいます。
結果として、自分はこのテーマを完全に理解しているという錯覚だけが残るわけです。
スピーカー 2
それはまさにクルガの運転で、カーナビとかGPSに完全に頼り切っている状態と同じですね。
もしあなたが初めての街でスマホのナビ通りに運転すれば、目的地には完璧に、しかも最短ルートで到着します。
すると、「あ、自分は運転がうまい。この街の道に詳しいぞ。」って錯覚しちゃう。
スピーカー 1
ええ、本当にそうですね。でも、いさスマホのバッテリーが切れたらどうなるか。
あなたの頭の中には、街のランドマークや交差点の位置関係といった地図、つまりスキーマが全く描けていないから、完全に迷子になってしまうわけですよね。
スピーカー 2
非常に的確な例えです。GPSがナビゲーションを代行するように、AIが情報処理プロセスを代行してしまうと、
私たちのワーキングメモリーは、記憶の定着に不可欠な検索、抽出、構築という作業をサボってしまうんですよ。
スピーカー 1
では、AIによるスムーズすぎる学習が、私たちの脳から摩擦を奪って錯覚を生むのだとしたらどうすればいいのか。
カーナビを使わずに、自力で地図を描くには、意図的に摩擦を取り戻すしかありませんよね。
スピーカー 2
そこで登場するのが、マヌ・カプール教授の調整された失敗、プロダクティブ・フェイラーというモデルです。
調整された失敗。
スピーカー 2
このモデルは、従来の教育の常識を完全に覆すものです。
私たちが学校で受けてきた一般的な授業って、最初に先生が概念を解説して、その後に生徒が問題を解くという手順ですよね。
スピーカー 1
はい、普通はそうです。
スピーカー 2
しかし、カプール教授はこの順番を逆転させたんです。
最初に、まだ教えられていない高難度の課題に取り組ませて、意図的に失敗させ、その後に解説を与えるというアプローチです。
スピーカー 1
待って、えっと、それって矛盾してないですか?
さっき、初心者のワーキングメモリーは3から5個しか容量がないって言いましたよね。
基礎知識が何もない状態のリスナーに、最初からめちゃくちゃ難しい問題を与えて失敗させたら、ラムがパンクして認知オーバーロードを起こすだけじゃないですか?
スピーカー 1
ただ挫折して終わっちゃう気がするんですが。
スピーカー 2
その感覚は極めてまっとうです。
実際、長年多くの教育者たちが同じ懸念を抱いていました。
ただ、難しい問題を与えて放置すれば、確実におっしゃる通りオーバーロードを起こします。
スピーカー 1
ですよね。
スピーカー 2
しかし、この調整された失敗の真髄は、失敗した直後に限らず対象を絞った解説を行うという点にあるんです。
このアプローチにおいて、最初の失敗は、自力で正解を発見させることが目的ではないんですよ。
スピーカー 1
え、正解を見つけるためじゃない?
じゃあ、何のために失敗させるんですか?
スピーカー 2
脳内に正解を受け入れるための準備、つまりスキーマの受け入れ体制を整えるためです。
まだ習っていない難問に直面したとき、学習者は自分がすでに知っている断片的な知識を総動員して、何とかとこほど悪戦苦闘します。
スピーカー 1
はい。
そして限界にぶつかる。このプロセスを経ることで、自分は一体何が分かっていないのか、どこに知識のギャップがあるのかが、極めて明確になるんです。
スピーカー 1
ああ、なるほど。自分の手持ちの武器が全く通用しないことをまずは痛感するわけですね。
スピーカー 2
ええ。そして自分が何を知らないかを骨の髄まで痛感したその直後に正規の解説を与えられる。すると脳は、その解説を単なる退屈な情報としてではなく、自分がさっき直面したエラーを解消するための喉から手が出るほど欲しかった鍵として、極限の感度で吸収するんです。
スピーカー 1
面白いですね。心理学で言うツァイガルニク効果ってやつに似てますね。人間は完了したタスクよりも未完了のタスクとか中断されたタスクの方を強く記憶に留めるっていう。映画で一番いいところで、次回へ続くってなると続きが気になって夜も眠れなくなるのと同じというか。
スピーカー 2
まさにそれです。一度玉ねぎのみじん切りで大失敗して涙ボロボロになって指を切りそうになった経験があるからこそ、後でプロのシェフの包丁の握り方とか関節の当て方の解説を見たときに、ああそういう意味だったのかって心の底から納得できるんですよ。
スピーカー 1
いやー納得です。失敗という摩擦が情報をただの文字列から自分にとって意味のある生きた知識へと変容させるんですね。
スピーカー 2
事実、この手法の効果は絶大で、従来の手法と比べて倍近いスコアののみが確認されたというデータもソースにあります。