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ゆるい歴史回#3「まつゆき故郷、和泉市の歴史③」
2026-07-16 07:31

ゆるい歴史回#3「まつゆき故郷、和泉市の歴史③」

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江戸時代~現代に至る、和泉市の歴史を語ります!

今の姿があるのは、積み重ねの結果なんですね。


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みなさん、こんにちは、こんばんは。タイパ・コスパ脱出ラジオの松雪です。 本日は、和泉市の歴史③ということで、江戸時代から現代に至る歴史についてお話しできればなと思っております。
前回、信長と戦って、その後、秀織によって松尾寺が再建されたとか、そんな話をさせていただいたんですが、今日は江戸時代に入ってから、和泉市市域がどんな風になっていったかっていうのをお話ししていければなと思っています。
江戸時代に入ってからの和泉市の市域、市が支配する市というのは、大体、篠田とか北池だとか横山とか、南松尾まで住んでいる方は聞きなじみのある地名だと思うんですけど、こういうところは村に分かれていました。
江戸時代に入ってからの和泉市の市域というのは、天寮といわれて幕府の直轄地というのが多かったみたいで、その中でも浮いてたって言い方なんですけど、藩として成り立ってたのが博多藩という、福岡県の博多じゃなくて、人便に白いに、太い、博多町でとかあるんですけど、博多藩というところが治めているのと、天寮みたいな感じでしたね。
藩という、ちなみに言い方なんですけど、藩って実はこの当時正式な名前じゃないんですね。例えば有名なところだと長州藩とか薩摩藩とかって言うたりしますけど、藩というのは明治時代に入ってから一瞬、大体2年ぐらい藩地植生といわれる制度でして、
明治政府によって明治元年に一応発布されるんですけれども、廃藩地権に伴ってあっという間になくなっちゃいます。
昔はこのいわゆる藩って言われてたところ、なんて呼ばれてたかっていうと、例えばこの博多藩ですと渡辺さんっていう方が治めてあったんで、渡辺さんところの領地、御領地みたいな言い方してたみたいですね。
あとは陣屋っていう役所があったりしたので、渡辺さんのところの陣屋に行こうとかっていうような、あとは博多の陣屋に行こうみたいな、そんな言い方をしてたみたいですね。
なので、博多藩っていう言い方はあくまで後世の、我々から見たときにわかりやすい領地区分を表す言葉として使っていると、そういう話です。
これちょっと横道にそれちゃった話になっちゃったんで、本題に戻りますと、この頃ね、泉市の地域、天寮、博多藩とかで暮らしを支えてたのが農業でしたと。
一般的ですね。特に面下の栽培が盛んで、今でも千秋タオルって言うたりしますけど、この辺でタオルとか作ってるのもあって、もめんが、泉もめんっていうのが特産だったみたいです。
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千秋地域っていうのは雨が少なくてね、今も泉市内に溜池多いのはこの時代の名残みたいですね。
有名なやつは神戸池ってあるんですけれども、あれは昭和入ってからできたやつなんですが、大間罰があって、それに対応するために作ったと。
時代が進んでも水不足に悩まされている地域ではあったということですね。
話は大きく飛び回して、泉市の周辺でもそれまでの、さっき申し上げた廃藩地権が実施されて、藩が廃止されて、市町村の制度整備されていきます。
泉市内にはもともと60以上の村があったらしいんですが、これも全部統合されたりして、明治22年には12の村に再編されているみたいです。
少ないですね。5分の1以下ぐらいに減っちゃったということなんで、だいぶガッツリ変遷されたなという感じですね。
この頃から鉄道が発展し始めて、今のJR繁華線の前身となる繁華電鉄が開通して、ここで人や物の移動が大きく変化していたと記録されています。
農村だった地域がちょっとずつ今の姿に近づいていっているという感じですね。
もともとは綿の栽培しかやっていなかったところが、綿織物の産業も発達して、洗臭タオルも本当に前身ですね。
農業だけではない町へと変わっていったという感じですね。
昭和になると日本全体としては戦争へ向かっていきます。
泉市域でも多くの若者が戦地に向かっていく。
戦後になって日本全体が復興に向けて動き始めていく中で、この泉市に最も大きな出来事が訪れる。
それが1956年、泉町と6つの村が合併して泉市が誕生しました。
ようやく泉市が生まれてきましたね。
さらに1960年に篠田村とかが加わって現在の市域が完成していきます。
言うところ、現在の泉市はわりと新しめなんですね。
まだ生まれて60年半歴が回っているから、年齢は言っているもののまだまだ若いなという感じですね。
高度経済成長期に泉市も急速に発展して、人口が増えて学校を建って道路が整備されて、病院とか公共施設とかもどんどん整備されていって、
泉府中駅前も再開発されて、町を中心として発展していったという感じですね。
1980年代になると、今の泉中央駅周辺ができていって、ニュータウンの開発が進んでいって、さらに人口が増えていって、
さらに1995年には千木高速鉄道が神戸駅から延伸されて開業して、新駅、泉中央駅が完成したという形になっています。
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今の令和に至ってもベッドタウンとしての役割が強く、ララポート泉とかコストコとかが2013年やったっけなぐらいに開業して、市外からも人が増えるようになりました。
ホテルとかもルートインさんがいらっしゃって、どんどんと市外から人が訪れるようになったりしてますね。
最近は泉中央駅の方にワシントンホテルができるみたいな話もあったりして、人を受け入れる皿ができてきたかなという感じですね。
というわけで、結構古い歴史と今に至る歴史、新しい町としての側面というのを持ってたりして、なかなか面白い町になっているかなというところで、
故郷である泉市の紹介は一旦こちらで終了させていただきたいなかなと思ってます。
以上、お聞きいただきましてありがとうございました。お相手は松雪でした。皆さんもぜひ泉市にお越しください。
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