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#106 「空海と真言の名宝」を見てきた @東京国立博物館
2026-09-11 42:46

#106 「空海と真言の名宝」を見てきた @東京国立博物館

空海展を見てきた/真言宗の組織といろは歌/空海がお出迎え/唐から持ち帰ったメモ帳/快慶・深沙大将立像/後七日御修法(ごしちにちみしほ)/秘仏が集結というパワーワード/ブサイクな仏像/子供の頃の夢と五智如来坐像/宇宙そのものの境地/健康的なドパオジコンテンツ/快慶と岡田あーみん/狂気の天才を育てる特殊な環境と甲子園

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耳で旅する週末-ミミタビ-
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サマリー

このエピソードでは、東京国立博物館で開催された特別展「空海と真言の名宝」について、パーソナリティのりょうたとユウコが感想を語り合います。展示は空海生誕1250年を記念し、真言宗18本山の協力のもと、国宝や重要文化財を含む貴重な寺宝が集結しました。特に、空海が唐から持ち帰ったとされるメモ帳や宝具、そして快慶作の強烈なインパクトを持つ「深沙大将立像」などが印象に残ったと語られます。また、真言宗の組織構造や「いろは歌」の空海作説、秘仏が集結したことの意義、そして「五智如来坐像」が表現する宇宙的な境地についても深く掘り下げています。さらに、ブサイクながらも見る者の心を捉える仏像や、狂気と天才の関係性、そして大谷翔平選手や仏教における「狂気」の存在について考察し、壮大なものからしかドーパミンを得られない「ドパ王子」という独自の概念も提唱しています。この展示は、空海その人よりも、真言宗が日本でどのように発展してきたかの歴史を垣間見せるものであったと締めくくられています。

特別展「空海と真言の名宝」の概要と真言宗の組織
はい、りょうたです。耳で旅する週末耳旅第106回です。 今日は東京国立博物館の特別展、「空海と神言の名法」の話をしていきます。
今日も聞き役にユウコちゃんが来てくれているので、夫婦で喋っていきます。ユウコちゃんよろしくお願いします。 よろしくお願いします。
はい、ということで、ちょっと8月末にね、二人で東京の方に行ってきまして、
まあその時にね、いくつか寄ったんですけども、 まずね、上野のね、東京国立博物館でやっていた空海と神言の名法ですね。
いわゆる空海展とか呼ばれてたんですかね。 行ってきたので、今日はね、空海と神言の名法の話をしていきます。
ちなみに、もう終了してます。 もう終わった展示についての話になっちゃうんですけど、
7月14日から9月6日まで 上野の東京国立博物館で開催していたんですけど、
まあ改めて感想会としてね、 語っていきたいなと思うので、行かれた方はね、どんなような感想を持たれたのかってこともそうだし、
行けなかった方も、まあそんな展示だったんだなというふうに思って聞いてもらえればなと思います。 ではよろしくお願いします。
ということで、簡単にね、展示の概要を話します。 上野の東京国立博物館の平成館で、特別展として空海と神言の名法という展示がやっておりました。
空海生誕1250年記念で、展示の特徴として神言集18本山の協力のもと、
国宝が15件、従業文化財が60件、合計他も含めて全88件の寺宝、お寺の宝というのが集結したということになっています。
で、これ空海展とかっていうふうにも言われてたのかなと思うんですけど、空海、あるいは工房大使の振り返りというよりかは、
空海がね、島から持ち帰った神言集が、その後日本でどのように広がっていったのか、
なんかその1250年の歴史みたいな、歴史というかね、どんなような形で広がったのかみたいな、今どのような形なのかみたいなことがわかる
展示だったのかなと思います。 で、
まあね、これも終わってしまってから言うのもなんですけど、これはすごい展示だったなと、
見て思うんだよね。
で、これなぜすごいのかみたいなことを、ちょっと僕なりに考えたのね。
で、これ神言集18本山の全面協力ってなってんじゃん。
でもさ、これ意味わかんないじゃん。神言集18本山が協力したって言われてもさ、どういうことなのかみたいなことがわかんないから、
ちょっと調べたのね、神言集18本山とは何ずやと。
で、神言集って、文化特立が相次いでたんだって、歴史的に。
で、今はもう50の州派に分かれてるんだって、神言集といえども。
神言集何々派。
そうそう。で、ちなみに僕とね、ゆう子ちゃんの実家それぞれ神言集武山派なんだよね。
で、有名なのだと多分神言集地山派とか、
小屋山神言集とか、なんかいろんな派がね、あるんだよね。
室地はね、小屋山室地派みたいな形だったよね。
で、これ実は神言集を束ねるトップっていないんだって。
で、その小屋山にあるさ、小屋山神言集がてっきりトップなのかなと思ってたけど、
うん、なんかそんなイメージだった。
別にそうじゃないんだって。その下に武山派とか地山派があるのかなと思ってたんだけど、
もうそれぞれ独立した集派で、基本的にトップってのはいなくて、みんな対等なんだって。
で、まあ規模でね、規模でいうと小屋山神言集、神言集武山派、神言集地山派っていうのが、
あの規模としては大きいらしいんだけど、
ただそのそれの上に誰かがいるわけじゃないみたいな形らしいので。
で、まあ歴史的にはやっぱりその小屋山神言集と、
あと京都の当時っていうのが歴史的には影響力があったと。
まあ信仰の場所としては小屋山だけど、
あの京都にあるから政治的なつながりっていう、政治力では当時みたいな、
今で言うと当時神言集っていうらしいんだけど、
そういうふうにね、歴史的に影響力があった集派あるにせよ、基本的には対等っていうのが神言集なんだって。
で、この約50ある集派のうち16派18寺が集まってできたのが神言集18本山で、
なんかこれがその神言集として何かをやるときに、
まあ朝祭役とか連絡役とか、後からも出てくるけど、
五七日三四歩っていうね、神言集最高の儀式とかをとりあえず行っている期間になっているみたいですね。
ただこの16派18寺、だから2つの集派から2つ層本山が出てるみたいなんだけど、
ちょっとこの辺がよくわかってないんだけど、
とにかくこの18本山の中から神言集長者っていう毎年トップっていうのを選出した上で、
でもみんな対等みたいな形で、
神言集全体で何かやることがあれば調整してるみたいな形らしい。
ちょっと僕が調べた範囲だと。
なんか結構面白くない?この組織。
うん。で、なんか、何その会場にその18の本山の一覧が飾ってあったじゃない。
で、あれは長谷寺を一等にこうバーって並んでたんだけど、
それの並び順っていうのが、いろは歌順になってるんだって。
あいうえお順じゃなくて、いろはにほへとの順番になってるらしい。
あ、そうなんだ。
で、いろは歌って空海が作ったっていう説もあるんだって。
あ、そうなんだ。
ちょっと歴史的なあれを考えてももしかしたら違うかもしれないけど、
まあそういう説もあるからっていうので、いろは順で並んでて、
その順番でその各派が揉めないようにしてるって書いてあった。
でもあいうえおじゃなくて、いろはにほへとで。
そうそうそうそう。
あ、そうなんだ。やっぱ対等であることに。
そうそうそう。に結構こだわってやってる。
展示の見どころ:空海の遺品と快慶の深沙大将立像
で、なんか俺こういう組織って他にあんのかなと思って。
みんな対等だけど毎年誰か代表者を出している。
町内会ぐらいじゃないかなと思って。
町内会。
隣組とかで、今年はあなた組長ねみたいな。
町内会長いるから。
あ、そう、町内会長いるね。なんか隣組って言うの?
隣組って何?
なんかあるじゃん、町内でさ。
え、町内会とは別ってこと?
町内会とは別か、もっとちっちゃい組織でスカイラーマン回したりさ。
え、でも私はそれ町内会でやってたから。
あ、そうなんだ。
町内会のイメージ。
もっとね、より地方だったのかもしれないけど。
なんかこの仕組み、この組織。
なんかこうに近いんじゃない?
こう。
ああ、なるほどね。
なんて言うんだっけ。
会津とかで言うと無人っていうのがあるけど、こうって言う、ご助解みたいな。
みんなでお金を出し合って、1人お金を毎年1人お金もらったりするような。
こうとか無人って呼ばれてるような。
みんな対等で年ごとに。
集まることにも意味があるみたいな。
なるほどね。
だからそういう意味では日本では昔からあるやり方っちゃやり方なんか。
まあまあまあ。
そんなね、この18本山が全面協力してできた展示。
これはやっぱ空海戦壇、1250年だからっていうのもあるみたいで。
このね、各お寺が持っている国宝であったり、重要文化財であったり。
あとね、秘仏なんだよね。
秘仏が集結したっていう。
それが目玉みたいな感じだった、今回。
各お寺の秘仏で、御開帳の時期にしか見れないものが、1箇所に集まるっていう。
秘仏が集結するっていう。
異例だよな。
言葉としては矛盾してるんだけど。
でもまあそれがね、秘仏とは何ぞやっていうことを考えるきっかけになる。
そうそう、そうなんだよね。
まあそんな形で、だからね、もうなかなかやれないだろうね。
大変だろうしね。
そうだよね。
やるにしても、これまとめる人もさ、
多分国立博物館側の学芸員の方がまとめたのか、うまくやったんだろうけど、
すごいエネルギーだなって感じるぐらい大変だっただろうなって。
それぐらい見応えのある展示だったんですけど、
ざっとね、印象に残っているものをちょっとしゃべっていきたいなと思うんだけど、
まずね、工房大使座像。
一番最初にね。
一番最初に空海像がね、お迎えしてくれるんだよね。
これは小屋さんの金剛武士が所蔵している十七世紀の仏像みたいになって、もちろんこれも秘仏なんだって。
空海がお出迎えしてる構成だったんだなって、今思って。
そうそうそうそう。
振り返ると。
テーマパークみたいな。
空海がよく来たねみたいな。
ミッキーがお出迎えして。
みたいな構成だったなって、振り返るとね。
入ってすぐだったからね、一番最初に。
本当になんか工房大使座像ってなってるけど、
伝説としての工房大使ってよりかは、なんかもっと人間としての空海。
いやそう、なんかすごいリアルな。
そうだよね。
顔がなんかデカいなって。
そうそう。
結構人間味がある造形だなっていう感じだね。
伝説というかは、ちゃんと実像を捉えようとしてるのかなっていうような感じでね。
やっぱね、あの、やっぱ秘仏じゃない。
だから基本あんま見れないんだよね、めったに。
やっぱね、熱心に手を合わせてる人もいて、
なんか最初からね、空海の世界に引き込まれるなっていうところからスタートして、
その次とかにさ、空海がね、塔から持ち帰ってきたものがあったんだよね。
で、三重錠冊子っていう、メモ帳だよね。空海が塔で書いてたメモ帳。
メモ帳にしちゃ綺麗なんだけど。
メモ帳ってかもうなんかね、メモ帳ではないんだよ、俺らの感覚からしたら。
でもまあメモ帳っていう説明がね、されてたけど。
これは京都の忍名寺が所蔵してるもので、これも国宝だったかな、三重錠冊子ね。
で、あと空海がね、塔から持ち帰ったものとしては宝具。
宝具って、金銅釈錠筒っていう、杖の上にね、つける飾り物みたいな釈錠っていうのがあって、
で、これも塔からね、持ち帰ったものということで、これは香川の禅通事が所蔵してるものっていうところで、
なんかね、やっぱ空海いたんだなって感じあったね。
あったあった。
しかも経過、そのほら、塔に行ってさ、経過っていう人から教えを全部引き継ぐわけじゃない、空海って。
で、その経過から譲り受けたものの一つなわけじゃん。
釈錠筒。
とかも。だから経過もいたんだなみたいな。
いや、だからさ、経過こそさ、想像上の人物かなって思うぐらいさ。
だって空海が来た時に、私はあなたが来るのを待っていたっていうね、有名なエピソードなんだけど。
しかもさ、塔の時代以降、中国では仏教って廃れるからさ、多分あっち側に記録ってあんまないはずなんだよな。
そう、だから私、昨日思ったんだけど、経過もしかしてそれを見越してたんじゃないかとかも思っちゃう、超人的だから。
でも廃物の記憶みたいなのは。
もう当時もちょっとあった。
もしかしたらそこまで見越して、この国外に持ち出さなければいけないみたいなのが。
だって全部託したってことでしょ、空海。
いや、そうだよね。出会ってすぐの人に。
で、空海はさ、留学期間を満了せずに、3年で日本に帰っちゃったわけじゃん。
その行為は、自分の行為は万死に値するって自分で言ってたのに、
それを犯してまでは帰ったってことは、もう持ち帰らなきゃって思って帰ったんじゃないかなって思う。
やっぱちゃんと受け取ってるんだよね。
なんか出会ってすぐさ、空海の天才性を見抜いたとかは、まあわかるけどさ、
でもそこまでさ、この瞬時にさ、もうこいつに全部、この人に全部を託すんだっていうさ、
何か宗教的な直感みたいなのがあるんだろうね。
そしてやっぱそれは実在してたんだよな。
そう、やっぱ実在してたんだなって感じられるのがね、あったね、今回は。
という形で、前半がね、結構その空海関連のね、ものがあった後に、
その後だんだんその各寺がね、所蔵している、いろんな時代のね、空海の後の時代の寺宝というか仏像であったり宝具とか、
あとお経とかね、いろんなものがあったんだけど、
やっぱまあ、あと一つ印象に残っているのは、そういう中では神社大正竜像。
あの、海景のね、仏像があって、
で、この神社大正竜像というのがどういうことか、どういうものかって言ったら、
首にね、ドクロの飾り、ドクロを4つぐらい巻いて、
で、両膝にね、像の面があって、で、お腹に人の顔が描かれているっていう。
すごい強烈だったね。
神様ではあるんだけど、これの彫刻っていうかさ、やっぱ海景すごいなって。
すごかったね。
あれ1個だけで目玉になるぐらいさ、すごいなって思って。
で、この神社大正竜像っていうのは、どういう神様かって言ったら、
現状山像。山像法師が塔からインドに行くときに、
砂漠を渡るときに現れた死亡神みたいな感じで、
なんか、その展示だと彫刻と、その海景の彫刻と、
仏像っていうのかな、絵がね、見比べられるような形で展示されていて。
あれってその像の下絵っていうことなんだっけ?
うん、なんか一応像の下絵みたいな形で、
あのやっぱ仏像を彫る前に像の下絵みたいなのが描かれていて。
一回絵で描いて。
で、それがね、ほんとそのまんま仏像になってんだよね。
うん、でもあの絵からあれを作れるのすごいなって思った。
すごい天才だなって思った。
あの俺らが好きなね、阿部の。
阿部文人。
阿部文人の都会文人の海景作だけど。
ね、あれもびっくりしたけどね、最初見たとき。
なんかその感動が。
もう一回来るな、神社大正竜像。
いやほんと海景は天才だよな。
なんかもうちょっと世界の彫刻家としてさ、なんか位置づけられたり。
なんかもっと評価されていいよなって思うけどな。
評価されてんだけど、なんかもっと広い世界で。
というぐらいなんかちょっとびっくりしたもんな。
神社大正竜像。
口の中とか赤いんだよね。
目が、目とかもさ、目の中とかもちゃんと。
だからなんか、なんだろうな、口から何か吐きそうなイメージとかもあるし。
だからあれ、もともと色がもっと彩色されてたってことだよね。
そうだと思う。
色ついてたらもっとすごい迫力が。
いやそうなんだよね。
そう、やっぱね、海景一個あるだけで、海景何個かあったんだけど、すごいもってくなって。
なんかほんと動いてるみたいなね。
いやそう。
動きがあるのがすごい。
空回転だったけど、ほんと海景持ってくぐらいすごい仏像だったなってのは。
真言宗最高の儀式「後七日御修法」と秘仏の意義
でね、まあそんな感じで、いろんなお寺が持ってるね、寺宝みたいなのがたくさん並んで、
まあどれもほんと見ごたえあったんだけど、ただやっぱ結構混んでてね。
いやーすごい人だったね。
そうそう。だからまあちょっと一個ずつゆっくり見るっていうのは、ちょっとなかなかできないというか大変だったんだけど。
で、まあそんな後にね、続いてるのが五七日三四法ですね。
これがね、あの神言宗で最重要の法営、儀式になっていると。
だから天皇の安穏と国家安寧、後後国法上とかをいねるっていうのが目的みたいな形らしいんだけど、
これはまあ原則として、基本見れない、関係者以外立ち入れない中でやっている法営なんだよね。
で、これがさっき言った十八本山が取り行っている毎年。
神言宗でもね、最重要の法営になるんだけど、
やっぱこれがさ、まあ写真の展示とね、あと当時の昔の資料と、
どういうことが行われているのかっていうことがまあ垣間見える展示になってたね。
あの全体、全貌は見えないけど。
でもあれ、普通にテレビでやってて。
あ、そうなの?
カメラが特別に今回入りますっていう。
実際の儀式の様子。
映像になっているんだ。
でも多分今回の展示と連動した番組だから、多分特別にってことだと思うけど。
あ、そうなんだ。
え、なんかよっぽど特別な年なんだね。
やっぱりそうなんじゃない?
1250年、1200年、1300年でもなく、1250年。
あ、そうなんだ。
あとね、二間観音っていうね、これが五七日三四法の本尊として使われる秘仏かな。
その儀式の時だけ、ずしの扉が開くっていうね、秘仏。
本尊でいいのかな、この公演の時の。
ちょっとその本尊としてかわかんないけど、とにかく儀式で使われている二間観音がね、
これは京都の当時が所蔵している仏像で、
それがね、ずしから。
外に出てる。
外に出て、展示されてたね。
だから二間観音っていうぐらいだから、本当に二間に収まるぐらい小さい観音様なんだけど、
すごいね、彫刻がものすごい細かくて。
いや、ものすごかったね。
多分もうすごい近づいて見ないと見れないんだけど、そこに人がものすごい行列ができて。
そうそう、展示場の中にも別枠で列がちゃんと作られてた。
それ並ばないと近くで見れない。
ずっと私諦めちゃった。
俺も並ばなかったから、でも1メートルぐらい外からは見れたから、
いやーなんかね、本当にいろいろ持ってきたなって感じられるね、展示になってたね。
だから最初にも言ったんだけど、空海そのものがテーマというよりかは、
今のね、その後神言宗が文化独立しながら続いてきた歴史が垣間見れる展示になってたなというところですね。
でね、その中でね、最後の展示が秘仏なんですよね。
秘仏コーナー。
秘仏コーナーがあって、各寺の秘仏がそろっていて、
だからやっぱ秘仏が集結っていう言葉のすごさやね。
パワーワード。
パワーワードで史上初じゃない?秘仏が集結って言ったら。
秘仏って外に出ることある?
そうそう、だからさ、外に出ないから秘仏のはずなのにさ。
でもやっぱね、オーディオガイドとかでも学芸員の方言ってたけど、秘仏も様々だったよね。
毎月ご開帳されている秘仏もあれば、数十年に一度っていう秘仏もあれば、ほんと絶対秘仏っていうのもあるということで、
その秘仏とは何ずや?みたいな問いかけとか、むしろひせられてるのが通常の形なんじゃないかとかね。
だから本当に秘仏とはっていう何ずや?みたいなのがね、感じられる展示になっていて。
なんかね、俺もちょっと秘仏の話するとさ、帰ったからいろいろ考えてたんだけど、
ひせられてるわけじゃん。見えない、知れない、でも知りたい、見たいっていうことを考えること自体が仏教的だなと思ったのよ。
自分のさ、欲求があるけど、見たい、知りたい、でも見れない。
その欲求自体がさ、実は抑えるのが仏教的だったりさ。
何々したい。
そうそうそう。
そういう欲求自体をある種抑えるのが仏教的でもあるなって思うし、そういう執着から離れるっていうのも。
ある意味そういうのを試してるのかなって、秘仏って。
なんか自分に帰ってくるっていう感じ。
かつさ、知らないことによってさ、数十年に一度の誤解症によってさ、ありがたみが生じるっていうかさ、信仰心がより深くなるみたいなさ。
なんかやっぱ、秘仏であるっていうことって結構いろんな意味があるんじゃないかなみたいな。
まぁ風にね、ちょっと感じたりも。
あと学芸員の人が言ってたけど、秘仏であることがデフォルトの場合があるっていう、結局その天皇の念字仏だったとか。
誰かその個人の人がお祈りするために作ったものだと、その人が祈祷する場合以外はもうその仏像っていうのはもう用がないっていう。
あーなるほどね。
なんかその個人のものだから、それ以外の部分には秘せられてるっていう意味合いで秘仏っていうものがある。
師匠のためじゃなくて、特定の人にのため。
で、ある意味そのためにあるわけだから。
そう。
なるほどね。
で、今回もカズノミヤが持ってた観音様が来てたんだけど。
あ、ちっちゃいやつ?
そう、それも結局本人がもういないから、ずっと秘せられてる状態だった。
あ、そっちなんだ。
っていうのもあるって、秘仏っていうものの中には。
あーなるほどね。秘仏になった経緯っていうことね。
そうそうそう、っていうのがいろいろあるって。
なんかやっぱ、マーケティング的に秘仏になってるものもあるって言ってたね。
その月に一度、ご会長やるととかさ、何年に一度みたいなっていう理由からなったものもあるし、いろんな理由から秘仏化されたものがあるみたいな。
秘仏もさまざまっていうことね。
やっぱね、面白い仏像多かったね。
印象的な仏像と「五智如来坐像」が示す宇宙的境地
素晴らしい仏像もそうだけど、面白い仏像とかもいろいろあったなと思っていて。
俺が結構やっぱ印象に残ってんのは、三重県の官房大寺っていうところが持ってる十一面観音竜像、重要文化財みたいなんだけど、
これがね、顔がでかくて、等身も低いんだよね。
で、顔とか唇も膨れていて、一言で言うとブサイクなんだけど。
俺らの今の感性から言ったら、当時の感性から言ってもそうだと思うんだけど、
その時はブサイクな仏像っていうのがあったんだよね。
でも目は見透したような目をしているみたいな。
あれってさ、ブサイクな仏像だなって思うわけよ。
俺らってさ、俺らっていうか、俺はさ、無意識的に美しい仏像を期待してるわけだよね。
すごい、これは綺麗だ、おおってなるようなさ、仏像みたいなのを期待してさ、仏像を見てるんだけどさ、
それが見透かされてるんだよね。ある意味。
その仏像、ブサイクな仏像を見ることで、何このブサイクな仏像みたいなのってさ、
それってさ、形を見てるってことなんだよね。
で、仏教ってもともとさ、偶像崇拝なかったわけじゃん。
で、やっぱそういうのってさ、他の偶像崇拝ない宗教とかでもさ、形を拝まないようにみたいなところがあるんだけどさ、
やっぱ少なからず自分も形を拝んでるんだなみたいな。
なるほど。
っていうのが十一面観音竜像のから感じだね。
で、結構その今回の展示でもね、結構秘仏の中でもちょっと特別なポジションで展示されていたり、
されていたから、なんか狙いがあって、やっぱそういうふうな展示にしたのかなって感じて、
そのあたりもね、すごいよかったなって思いましたね。
なんか感じたものある?
あの一番最後の展示の、その秘仏の一番最後のところに、
あれなんか五体の、あれなんだっけ、五地如来座像。
五地如来座像、あの五つの由来が最後の展示の大披露まで。
そうそう、結構な面積使ってバーって。
すごかったね、あれ。
あれが本当に、あの私が小さい時、風邪をひいた時に見る夢があるんだけど、
それにすごい似てて、え、これ導かれたってちょっと思った。
小さい時に五地如来座像見せた?
あの厳密に言うと、仏像ではなくてお坊さんなのよ。
なんかお坊さんが、ああいう座禅をしてて、
無限の空間みたいなところに、あのバーっているみたいな。
それをすごい。
子供の時風邪ひくと見せたの?
そう、なんだろうって思ってたけど、
それがこうなんていうの、実際の空間に目の前に現れた感じで、ちょっとびっくりしたな。
それはなんだろうね、やっぱり人類には特定何人かそういう夢を見る人がいるのかな。
だからこれ作った人もね、もしかしたらそういう夢を見たのかもしれない。
それで、そうやって仏像を5体掘って、その、あの夢の風景、景色をみたいな。
なんか、あの五地如来座像も結構なんか無限の感じ受けなかった?
いやもう無限でした。
無限の表現じゃない?あれって。
五地如来が5体集まっています。
そうそう。
だからそこも、その無限感みたいなのもその夢とすごい似てて、あれはちょっとびっくりした。
なんか宇宙なんだよな。
そうね、宇宙の表現。
特に密教ってさ、大日如来自体がさ、その宇宙全体そのものだったりするわけじゃん。
他の仏教との違いってさ、宇宙そのものみたいなさ、発想なんだよね。
なんかさ、結局よくわかんないなって思ったんだよね。
展示読み終わって、密教とは何ずやみたいなのがさ。
で、文字じゃ伝わらないからさ、マンダラ。
だから密教ではさ、大像界マンダラと今後界マンダラっていう2つの領界マンダラがさ、特別なものであるわけじゃん。
それをさ、図柄とか図像とかで直感的にわかるようにみたいなのが密教。
でさ、その五地如来座像とかもそうだと思うんだよね。仏像で世界観を作るっていうのはさ。
だからなんか、展示見て思ったけど、やっぱりわからないんだよね。
だから結局大徳するんでしょ、それは密教ってさ。
山林修行とかも含まれてるから、なんかこう、体でわかるみたいな。
いや、そうだと思う。なんかあれだよね、空海がさ、島に渡る前さ、香川だっけ、地元のほうでさ、山林修行してるときにさ、宇宙が体の中に入ってきたみたいな。
あるある。
エピソードあるけどさ、多分なんかそういう感覚に近いんだろうね。宇宙そのものが、自分と宇宙が一体化するのか、自分の中に宇宙が入るのか、もうちょっとわかんないけど、多分なんかもっとそういう感覚的なものとして密教ってあるのかなって。
だから文字を見たりとか、絵を見たりとかだけじゃ、本当に理解は多分できないのかなって。
いや、そうなんだよね。だから結局、空海がこう、何者ぞっていうのが、どんどん宇宙のように、空海自体が宇宙のように広がっていくっていうかさ、だからさっき言った経過がさ、空海に出会ってさ、すべてを授けようと思ったのはさ、もうその状態に至ってるってことがわかるんだと思うんだよね、お互い。
もうすでに宇宙なんだっていう。だからすべてを授けるってことがさ、わかるっていうのはあった瞬間にみたいな。だから意外とこれ伝説だけじゃないと思うんだよね。
多分そうだよね。
実際にその、あるんだと思うんだよ、その境地っていうのが。その宇宙っていうのが何なのかわかんないんだけど、俺らがイメージしてる宇宙ではないわけよ。
当時の経過とか空海がイメージした宇宙っていうのはさ、太陽系があって銀河系があってみたいな、で、130何億年の歴史があってビッグバンがあってみたいな宇宙ではないわけじゃん。
だからそのどういう宇宙なのか世界なのかっていうことはわかんないけど、それが体の中にすっと入ってくるみたいなところの先にやっぱ密教ってあるのかなって。
だからやっぱこれが日本にあるってすごいなって思うんだよ。
狂気と天才、そして「ドパ王子」という概念
奇跡ね。
奇跡、奇跡だなって思うし、なんかやっぱ普通に考えると異端の宗教だよね。
日本で当たり前のように市民権を持ってるけどさ、やっぱすごい得意な宗教だよね。
今出てきたら大丈夫かってなっちゃいそうなさ、新しく起こってきたらっていうぐらいのポジションの仏教なんじゃないかなって。
思ったね。
そうだね。
そんな感じでね、やっぱ密教のわからなさもそうだし、空海っていう人間の影響力の凄さもそうだし、
信仰宗が今どんだけ進むのが広いのかっていうこともそうだし、
僕ら実家がそれぞれ信仰宗無残派だから、お経とか聞いてんじゃん。
葬式の時さ、とかさ、やっぱりもうインドっぽいんだよな、信仰宗のお経って。
ビートが、ビートっていうか、ノリがトランスするようなさ、お経だなって思うしさ。
で、私なんかね、やっぱいろんなこと感じるよね。
空海以前の密教もね、どうやって始まったのかとか気になるし、
あとやっぱね、やっぱいろんなお寺行きたくなったよね。
その各荘本山。僕ら長谷寺は行ったことあるけど、なんか他のお寺とかもね、いろいろ見てまいりたいなと思うし。
あとなんか五七日ミッションもさ、ちょっと途絶えた時期あるらしいんだけど、1000年以上続いてるっていう。
で、この東大寺、去年、今年か、冬に行ったさ、東大寺の寺院も1000年以上の歴史があるし、
伊勢神宮の式年戦宮もさ、もう千何百年って歴史があったりするわけじゃん。
この日本の絶やさない文化みたいな。
で、なんか結構、日本を考える上で、実は結構重要なんじゃないかなって。絶やさない。
宝塔、皇室、何かを絶やさないみたいな価値観、1200年続いてるってやばいもんな。
とかね、そうなんだよ。ドパ王子的には。
ドパ王子。
最近ドパガキって言葉あるじゃん。
あれってさ、多分、ドーパミン中毒のガキみたいなさ、永遠にTikTok見せたりさ、
ずっと刺激の強いや、アテンションの強いものを受け続けてるガキがドパガキみたいに今言ってるけどさ、
俺ドパ王子ってのは何か考えたんだ。
ドパ王子っていうのは、もう壮大なものからしかドーパミンを得られない状態。
壮大なもの。
だから、宗教とか歴史とか宇宙とか、もう個人のレベルでは、壮大すぎて生涯かけても追いかけきれないものってあるじゃん。
生命の神秘とかもそうかもしれないけど、特に歴史とか宇宙とか、あと仏教とかの宗教もそうだしさ。
で、こういうものから僕ら、今ドーパミンを受けてるわけですよ。
そういうのドパ王子ってんじゃないかなって。
それは別にいいんじゃない?
ドパガキは何か良くないけど。
いやどうなる?でもそれはさ、ちょっとしたことでもさ、興奮できた方がいいかもしれないじゃん。
え、そうかな?
わかんないけどさ。
いや、まあ良くないと思う。
このドパ王子良くない?
ドパ王子は何か健康的で。
壮大なものからしかドーパミンを得られない状態をドパ王子っていうの。
で、今決めたんでしょ。
そうそう、俺が決めたんだけど。
ドパガキの逆はドパ王子で、そう。
アテンションではなくて、何かもうとにかく時間をかけないと分からない。
けど分かった瞬間にドーパミンが出るもの。
一番健康的でいいんじゃないの?それ。
そうなのかな?
何かドパガキの逆も逆って感じだけど。
でもコスパ悪いんじゃない?
でもそういうのがいいんじゃんだって。
コスパ悪い方がいいの?
なるほどね。
なんか耳たびはドパ王子の話になってんだなって最近。
どういうこと?
そういう何か壮大なものによってドーパミンが出た話をしてるのかなって。
たび。
そう、俺が。
いいじゃん。いいコンテンツだね。
ドパ王子コンテンツとしてね、今後もやっていきたいなって。
はい。
何だっけその、ここにドクロがあったの。
神社大小竜像。
あれさ、何かお腹に顔あったじゃん。
あれって何かどういう意味なんだろうって思った。
俺もっと人間の顔だったもんね。
で、何かちょっと狂気を感じたのよ。
お腹に顔あるって。
あれもヤバいなって思って。
ヤバいなって思ってさ。
膝に象もヤバいけど、ドクロ巻いてるのもヤバいけど、顔に、お腹に顔が一番ヤバいなって。
ヤバいなって思ったでしょ。
実は私、岡田アーミンっていう、昔リボンで描いてたギャグ漫画家がいるんだけど、
お父さんを心配しようとか、
こいつら100%伝説っていう、
忍魂みたいな忍者が出てくるギャグ漫画があるんだけど、
何かもうとにかくすごいのよ、振り切ってんのねギャグが。
リボンに咲いた一輪の毒ダミって言われてたんだけど、岡田アーミンって。
リボンに咲いた一輪の毒ダミって。
もうとにかくぶっ飛んでんのねギャグが。
こいつら100%伝説の中で、
何かどういう経緯だったかちょっと忘れたんだけど、
お腹が顔になっちゃって、
お腹が喋り出してもうなんかめちゃくちゃな状況になるみたいな、
もうやばいなと思って、
すごいお腹抱えて笑ったんだけどそれ。
笑えるやつなのね。
そう。
やっぱもう狂気なのよ。
岡田アーミンのギャグって結構狂気で、
何かそれ思い出した。
何か狂気だなって思ったの。
やっぱお腹に顔があるって狂気じゃんすごい。
狂気人みたいだなと思って。
何か別なんだろうね。
別に新社対象竜像を知って描いてるわけじゃなくて。
いやもちろんそうだと思うよ。
知らずに別で。
そう何かお腹に顔があるってやばいなって思ったの。
やっぱその時も。
狂気の沙汰だなって思って。
普通の顔なの。
何かさ、呪術回戦のスクナがさ、
そのお腹に口があるってのはさ、
もう完全に口が割れてるみたいなのがあるけどさ、
新社対竜像はさ、
ただ人の顔があるじゃん。
そのただ人の顔なのアーミンも。
お腹が顔みたいな。
顔があるっていうか、
お腹自体が顔になってるから、
喋ってるみたいな。
ああそういうことだね。
狂気なんだよな。
回帰もあれ掘りながらどう思ってたのかな。
何か意味があってのがあれなのかわからないけどね。
意味なきゃ。
狂気の里だよね。
掘れないよね。怖くて。
耳だけ掘ってたら恐ろしいもんな。
本当どういうことなんだろうな。
新社対竜像。
狂気だよ本当。
で、ドクラのうちの一つは
三蔵法師なんだって。
あ、何か書いてあった。
前世の。
すごい世界観だよね。
考えたよな。
ないよね今。
作品作る。
だって、
理不尽だもんな。
ただただ。
意味がわからないっていうさ。
意味がわからないって結構強いよね。
なんかさ、ギャグ漫画とかもさ、
論理をちょっと外してとかさ、
何かこうひねりとかさ、ユーモアみたいな
ところで笑えたりとかするけどさ、もう
論理がないんだよ。
繋がりがみたいなさ。
なぜそうなのか。
でもやっぱあれが狂ってるっていう風に描けるのは
書いてる本人がちゃんとしてるからなんだよ。
たぶんなんかあんのよ。
軸がないとだってそっから振り切れられないから
っていうことを考えさせられる。
狂気とは何か。
そうなんだよな。
やっぱ今狂気が足りてないのかな。
そうかもね。
当時はあれがちゃんと時代のど真ん中だったわけでしょ。
狂気をちゃんと中心にいった人たちもさ、
ちゃんとそれを包容してるっていうかさ、
してたわけじゃない。
その狂気がないんじゃないよ。
そうだね。
やっぱ振り切っちゃうと
コンプラみたいなの考えちゃうし。
そうなんだよね。
もう監視社会だからSNSでみんな見てて
ちょっと異端なことすると
狂う前に
狂ったまん持たないんだね。
強制されちゃうっていうことなんだよな。
やっぱ狂気か。
狂気かも。
その狂気と社会制度の仕組みがバッチリ合ってたら
大谷翔平みたいなのがもしかしたら生まれるんじゃないかな。
俺大谷翔平も狂ってると思う。
子供の時から影響一筋でさ。
それは甲子園っていう日本の特殊な環境が
バッチリ噛み合わさってるからさ。
狂気を抱えたまま今のポジションまで至ってるけどさ。
仏教もそうか。
だから当時の仏教も
戒戒という狂気が内蔵した人間がいて
ちゃんとそれを大きくする環境が
特殊な環境が当時あったから
ああいう今見ると狂ってるなっていう
周りの人から見ると狂気を感じるような
仏像っていうのが生まれるのか。
大谷翔平もなんだか書いてたけど。
そう繋がってきたけど。
やっぱ甲子園って特殊な環境だもんな。
それをめがけて生きてきた。
そうそう。
高校生。
ちゃんとそれを岩手の田舎でもさ
それがそこを目指して一心不乱になるのが
当たり前であるっていう環境が
もう揃ってるわけじゃん。
そういう特殊な環境づくりか。
狂気を生むには。
そうだね。
その分野で狂気を抱えた天才が欲しかったら
特殊な環境づくりから道場を育て
というところか。
今回の結論として。
展示の総括と今後の展望
学びとして。
今日はこんな感じか。
ということで終わった展示の話だったんですけど
それぞれ18本山のお寺に
それぞれの時報が戻ってると思うので
是非興味ある方は18本山巡りいいかもね。
我々もちょっとずつ行ってみたいなと思うので。
ということで今週はこんな感じです。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
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是非スナルと一緒に旅に出てみてください。
来週金曜日の18時にまたお会いしましょう。
それでは耳たびで良い旅を。
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