1. その、帰り道に振りかえり。
  2. 朝の散歩から。味わいのある人..
朝の散歩から。味わいのある人が大事って話 from Radiotalk
2026-08-26 12:01

朝の散歩から。味わいのある人が大事って話 from Radiotalk

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サマリー

昨日は神保町の三省堂本店で、AI時代の知性をテーマにした対談会に参加しました。AIが多くの作業を代替する中で、個性の創出にはアウトプットよりもインプットの違い、特に身体性のある経験や人間関係が重要であると議論されました。情報過多の現代において、知識の差はつきにくく、個人の「味わい」や偏りを受け入れる信頼関係が大切だという気づきを得ました。

昨日の出来事と神保町での対談
はい、sonoです。おはようございます。朝の散歩から反省がいいです。というわけで、今日は水曜日ですね。
ちょっと、いつも考える時間を作ったりとか、いろいろする日ではあるんですけども、割と慌ただしく過ぎているのもありますかね。
相変わらず今日もよく晴れていますが、今日は朝ミーティング1本した後は出社して、
なんか会社が取材入るから、いつもはリモートだけど、出たら来てね、みたいな感じなので。
昨日は作業を中心に粛々と進めて、夜は出かけて神保町の三聖堂本店で対談会。
前にグロビスで受けてた中国古典の先生と、こちらも恩師ではあるんですけども、
リーダーシップ研究というか、しているグロビスの先生との対談でしたね。
半分以上なのかな、もしかするとグロビス関係の知り合いの人たちが来てる感じになってたんだけども、
その後懇親会もして過ごしたりはしてましたかね。
割と講義後の飲み会の雰囲気にも近くて面白かったかなとは。
変わりゆく本の街・神保町
神保町は割と懐かしいところで、学生の頃すごい通い詰めたというか、本屋にずっと行ってて。
とはいえ30年近く経って、大学を卒業してからはそこまで頻繁に行かなくなっちゃったんで、
ここ20年くらいはポツポツ行くばかりだったんですけども、
昨日も久しぶりに歩いて、随分と本屋が減ったなと。
本の町神保町も今は華麗の町だし、
昔のお書店とかは多分オーナーが変わったりとか、
おそらく持ってる人とかもなくなって、本屋が潰れたりすることもあるし、
本屋どちら持ってても貸しビルにしてっていう感じで、
そうするとチェーンの喫茶店とかが結構多くて、チェーン店がいっぱい入ってるなと思う。
割と食べ物の町でもあったんですけど、
普通といえば普通のオフィス街近くの飲食店でちょっと回ってはいましたかね。
三聖堂の本店も一回建て直しをして、
昔はずらっと本が並ぶ7,8階くらいまである本屋さんだったんだけど、
今は3階までフロアがあって、
そのぐらいなんで割と置ける方も限られてくるところはあるんだけども、
3階くらいまであって、4階は近く就営者もあるんで、
ジャンプショップみたいな感じで、
ジャンプのお土産物とかを売っているスペースになったりしてましたかね。
久しぶりに、正確には通っていたのはもう潰れちゃった書泉ブックマートっていう本屋が多かったんだけど、
その後三聖堂に寄って大型書店の中の専門書の中を歩いたりとか、
それこそたくさんあるんで、近くの本屋さんにはなかなか売っていない、
売れ筋の本だけじゃない色々なのを探したりしてたなって思いながら、
懐かしみながらちょっと間歩いた。
紅茶の本とかね、昔は探して、
三聖堂とか大きな本屋さんにしかちゃんとは置いていなくて、
逆に専門書というか、紅茶の専門職の人向けみたいな本まで置いているのを面白く見て、
そこからまた発展してイギリスの文化とかそういったところに目を移していけるっていうのが、
大型の本屋の醍醐だよなという感じではありますね。
AI時代の知性とオリジナリティ
そんなので昨日は割と昔の大学生の頃みたいな、高校生ぐらい大学生ぐらいをちょっと思い出しながら、
聞きつつも、何か講義じゃないか、対談で何か聞いてて面白かったのが、
前も聞きはしたんだけども、
AIの時代、テーマはAIの時代の知性って話だったんだけども、
AIが出てきてますますユニークネスみたいなものをどうやって作っていくのか、
大半の、特にデジタルに乗る作業は当然変わりができてしまう中で、
そうやってできた時間をどう使うかと。
コーヒー飲んでくつろいでるだけで使うのか、
何か別の新しいこと、チャレンジに向かうのかで変わるけども、
じゃあ何をチャレンジするんだみたいな話の時に、
ユニークネス、オリジナリティみたいなものっていうのは、
アウトプットで作られるっていうよりも、
インプットの違いで作られるっていうことの方が大きいって話があって、
そのために、より人と離れるっていう意味では、
AIがカバーできないような身体性のある経験とか、
人と人の関係にあるような経験みたいなものっていうのを、
どれだけ人と違って積むかみたいな話はあるよね、みたいなのがあって、
なかなか難しいところはあるけども、
懇親会とかでも、例えば新卒の学生が、
だいたいスタバかユニクロのバイトリーダーみたいな話とかがあって、
全然違いが出てこないみたいな話とかも振り返っていて、
なるほどな、みたいな話をしてましたかね。
情報過多社会における「味わい」の重要性
オリジナリティみたいなものっていうのが、
知識的な面で差がつくっていうのは、なかなか難しい世界。
もう一方の中国古典は、中国古典に関して明治の豪商、商売人とかを集めた本について書いた本とかを取り上げたので、
例えば明治の時代は時代が変革する中で、
それぞれやっぱり色々な性格を持った人っていうのが活躍したけども、
割と中国古典の中でも一つについて、
例えば陽明学ですとか、例えば朱子学ですとか、論語ですとか、
そういったものを突き詰めて、その結果オリジナリティが出ていた時代。
それは情報が少ないから、受けた情報をすごく深掘りすることで、
自分のインプットっていうのを違いをつけていた。
ただ今は情報があふれている世界なので、
誰でもすごく良い情報っていうのは取れてしまう。
役に立つ情報のほとんどは氾濫しているので、
誰でもすぐに取り込めて自分のものにはできてしまう。
もちろん隠れている情報はあるけれども、
それは必ずしも優れているかというよりは、
人と違うということとか、人と差ができるという意味でのクローズドな話なので、
まあまあ触れることはできちゃうよねと。
そうなった時に、違いは味みたいな感じで表現されるような、
偏りみたいなもので、しかもその偏りを受け入れられるような、
人間関係みたいな、信頼とかそういったものが大事だよね、話があって、
まあなんかそれをしみじみと味わっていたりしましたかね。
エピソードの締めくくり
すごい周りがめちゃくちゃいろんな話し声がして、
どこまで入ったかよくわかんないけど、
明日がそんな感じです。
今日も良い一日を。
12:01

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