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1976年の「ニューバランス」伝来物語
2024-01-09 00:00

1976年の「ニューバランス」伝来物語

シューズプロデューサーの長嶋正樹(右)と、1995年ごろに米国・ラスベガスのスポーツショップで購入したという「ニューバランス」。「コレクション用だったのですが、ウオーキングシューズがくたびれてきたのでソールを修理して履いています」

老若男女を問わず人気のスニーカーブランド「ニューバランス(NEW BALANCE)」。1906年にアメリカ東海岸のボストンで産声を上げたことを知るフリークはいても、日本への伝来物語を知る人は少ないだろう。

先回りして答えを言ってしまうと、それは“1976年、現シューズプロデューサーの長嶋正樹らによるもの”だった。

長嶋は後年、靴のセレクトショップ、トレーディングポストをオープン。「アシックス(ASICS)」や「リーバイス(LEVI'S)」のシューズ事業にも携わり、「山長」(現「三陽山長」)をスタートさせた人物だ。現在78歳で、業界歴は58年。

長嶋は話す--「当時、僕は靴小売りのチヨダの社員でした。75年に発売された『メイド・イン・USA・カタログ』(読売新聞社)にアメリカ西海岸を巡る10日間のツアーが掲載されていて、同僚や友人・知人とエントリーすることに。1ドル=293円時代で、参加費は24万9000円。参加者は20人弱で、ハワイ経由でサンフランシスコに入りました。その後、LAのシューズショップで見つけたのが『メイド・イン・USA・カタログ』にも載っていない『ニューバランス』でした。月星化成(現ムーンスター)のスタッフが日本に持ち帰ったことがきっかけで、同社が日本初の代理店になりました」。

詳細はぜひ、本人の肉声で。

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