1. ゴリけんの諸説あります!
  2. #121【 戦国 もう一つの敵!..
#121【 戦国 もう一つの敵!!病気と戦っていた 】2026/08/09
2026-08-13 09:52

#121【 戦国 もう一つの敵!!病気と戦っていた 】2026/08/09

・豊臣秀吉は文禄の役で150の戦国大名が名護屋城に集結して朝鮮に出兵するが、一年で撤退。その理由は病気だった。・医学天正記によれば、秀吉が頼りにし軍全体の5分の1を率いていた毛利輝元はライター症候群で活躍出来なかった。・蒲生氏郷の死因は、下血、黄疸などの症状から大腸がんから肝臓がんへのステージ4だったと推測される。・他にも、藤堂高虎は風邪、加藤清正と黒田長政は二日酔い、小早川秀秋はアルコール中毒と戦っていたとの記述が残る。
Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

豊臣秀吉による朝鮮出兵(文禄の役)は、当初の計画通りに進まず、わずか1年で撤退しました。その主な原因は、敵との戦いだけでなく、当時の過酷な環境下で蔓延した病気でした。医学書『医学天正記』によれば、毛利輝元はライター症候群、蒲生氏郷はステージ4のがん、藤堂高虎は風邪、加藤清正と黒田長政は二日酔い、小早川秀秋はアルコール中毒といった病気や体調不良と戦っていたことが記されています。これらの記録は、戦国時代の武将たちが直面していた、見過ごされがちな「もう一つの敵」の存在を示唆しています。

戦国時代のもう一つの敵:病気
ゴリケンの諸説あります
歴史好きの私、ゴリケンが、学校の教科書には載ってない歴史について語ります。
では早速、今日のお題は何でしょうか?
本日のお題は、戦国もう一つの敵ということで。
戦国時代と言いますと、敵はお相手もいらっしゃるけれども、それだけじゃなくて、いろんな対敵がいるということで。
こちらは、文禄の駅って知ってます? 1592年で。
いわゆる豊臣秀吉さんが朝鮮出兵ということで、佐賀の名古屋城ですよ。
今、残ってますけどね。その中で、あそこすごいんですよ。
アルケミト社長さんからも聞いたんですけども。
150の戦国大名が、そこの佐賀の名古屋城に全員集まったんですよ。
150人か。
家康から前田利家とか、伊達正宗とか。
仙台の?
そうです。
だから名前聞いたような、大河の主役になった人たちが全員。
皆さん知ってるような方たちが。
長政も行ってます。福岡の黒田長政、加藤清政、毛利、寺本とかも。
その辺の、前社長がおっしゃったら、もしかしたらそこに居酒屋があって、そこにいろいろ武将たちが集まってたんじゃないかみたいな。
そういう想像とか話は面白いんですけども。
この戦い、30万人を使って出陣するんですけども。
負けてっていうか引き返したんですよ。失敗だったんですよね。
これはもう1年で撤退したんですよ。
で、ゲリラ戦に手を焼いてとかっていうことが理由になってたんですが、やっぱ違うんですよね。
違う理由があった?
やっぱ病気なんですよ。
病気。
医学書に見る武将たちの病状
やっぱ敵地ってすごく環境も悪いじゃないですか。
そうですね、もちろん。
で、その中に医学転送機っていう。
医学転送機?
そういう真田瀬玄作さんっていうお医者さんがドクターがいて、そこにその当時のそのね、その当時のそのいわゆる状態を書かれたものがあるんですよ。
そうなった時にいろんな作戦があってね、あそこの文禄の駅のところ。
元々加藤清正と小西幸永っていう人が朝鮮半島で制圧してた場所にあって、
毛利寺本っているじゃないですか。
その後が3万人の大軍を率いてやっつけるはずだったんだけども、機能しなかったと。
で、その機能しなかった診断書が残っていて。
なるほど。
その時寺本さんはですね、やっぱ血弁とか。
え?
うん。オートもしてて。
関節炎。
関節炎、はいはい。
今でいうとライター昇降軍っていうね、歩くこともできなかったという診断を受け取ったわけですよ。
だから、そのなかなか歩くこともできなかった状態で向こうに行ってるから活躍。
それはね、あんまり役に立たなかった。
そうです、と言われている。だからその失敗したのもそのような理由ですよね。
戦国時代の死因と感染症
で、なってくると戦国武将の人たちとか、いろんな戦地で行って、やっぱこの病気とも戦わなきゃいけなかったんですけども。
1位、亡くなった症状。この医学転生期に350の例があるんですけども。
カルテですよね。
カルテが。その中で、死因、病気の第2位がマラリアなんですよね。
マラリア?マラリアは虫が媒介?
蚊ですね。蚊でやっぱり刺されて、感染して亡くなってしまうとか。
1位は当時、症患って言い方です。
症患?
症患、なんでしょう。
症患?小さい寒い症患?なんだろう。
症患という症状で書かれてるんで、これは
なんだろう、症患?
発熱。いわゆるインフルエンザとかっていう感染症で、戦いだけじゃなくて。
あと寒いから。
そうか。
糖症とかね、そういうことがいろいろあって、亡くなっていくんですよ。
本当ですか。
著名武将たちの病と体調不良
諸説あります。
冬場の戦いだったら、そういう感染症もそうですし、体も冷えますから、風邪とかにもかかりやすく、もちろんなるわけですもんね。
そうなんですよ。その時の戦いの時に、前田利英さんと一緒に、我も宇治里さんっていう武将も送り込もうとしたけども、送り込めなかったんですよ。
送り込めなかった。
それ診断見ると血便と横断が出て。
横断?
はい。この時、大腸がんから肝臓に転移したステージ4だったと、目の下の。
ええー。
肝とは書かれてないけど、症状から見ると、そういう、だから体勢が整ってなかったんですよね。
そういう意味で言うと、その症状で言うと、その中で、この時期の症状でいう、東道高虎っていうね、畜生の名人、あの武将さんなんですけども、この人は風邪、水に入って風邪ひいてるとか。
加藤清政さんと黒田長政さん。
なんだろう。
これなんだと思います。
ええー症状でしょ。
症状。あの中で。
王と胸焼けです。
飲みすぎ。
ピンポン。
本当ですか。
諸説あります。
二日酔い。
二日酔い。
はい。でもね、それでこの、何でしょう。小林川秀明って。
あー、聞いたことあります。
聞いたことあります。あの関ヶ原の戦いで、寝返って家康川に着いた。その後どういう亡くなり方したかって覚えてないでしょう。
わかんないですね。
この方、やっぱ終わって裏切ったな裏切ったなってことで、アルコール中毒になったんですよ。
え。
でやっぱりこの裏切ったっていうことのストレス。
お酒に。
で2年後、肝臓をやられて亡くなってる。
お酒の影響。
そう。
はー。
淀殿の病と武将たちの応急処置
で茶々っているじゃないですか。
あー。
あのー。
ひでよしと茶々ね。
そうそう。あのひでよしさんのね、奥さんなんですけど。
三大悪女って言われてるんですよね。
一応その気の強いとかっていうのは。
はい。
まあいろいろね、あるんですけども。
うんうん。
でだからものすごい気の強い方かなと思うけども。
うん。
その医学的な診断を見ると、めまい。
めまい。
食欲不振。
はい。
鬱病で悩まれていたという。
はー。ちょっとこう。
うん。
だから強いイメージがあるけども、実はそういう診断を受けていたということだから。
へー。
なんでしょうか。そこから見えてくる景色っていうのもね。
あー。
いろいろ面白いんじゃないかなと。勝った、負けたっていうのもね。
なかなかこう戦いを見ていてもね、その人の病気とかはね、当時やっぱ。
そうですよ。
もちろんあったんでしょうけど、そこに目をなかなか向けなかったので。
なんでしょう。そういう、ごっかの中戦ったりすると。
はい、そうですね。
やっぱいろんな応用の仕方もあって、灰と布で回路を作ったりとかね。
あー、でもなんか今のも。
切り歯に。
切り歯みたいな。
そっから戦国の時から。
へー。弾を取る方法が。
生姜を使って。
哲理を良くするとかね。
良くするとかっていう応急処置でね。
へー。
戦っていたという、今日はお話ですね。
番組情報
はい。ゴリケンの諸説あります。
今回は戦国もう一つの敵をお届けしました。
ゴリケンの諸説あります。最新作はRKBラジオ日曜午前11時。
ゴリケンのぐるぐるマップの中で放送中。
こちらもゴリゴリお聞きください。
09:52

コメント

スクロール