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ゴリけんの諸説あります。
歴史好きの私、ゴリけんが、学校の教科書に載っていない歴史について語ります。
はい。
今日のお題は何でしょうか?
今日のお題は、寝返り男の真実。
はあはあはあ、誰だろうな。
まあね、この日本史史上、一番寝返ったという。
それによって、その章文の分かれ目も大きく影響するような。
日本を変えたと言えば、なんとなく分かりますよね。
となると、天下分け目の戦い。
関ヶ原の戦いにて、西軍から東軍に寝返ったと言われる小早川秀秋。
これもね、期待の寝返り男と言われてしまって。
天下分け目の決戦の時に、いろんな諸説あります。
なぜ裏切ったかというのはね。
結構、秀吉さんのところに仕掛けられていたからとかね。
いろいろあるんですけど。
この時、小早川秀秋はね、19歳ですよ。
まだそんなに若かったんですかね。
若いんですよね。
結構その時、関ヶ原が始まってもね、結構判断が鈍って。
めちゃめちゃいい奴が、まだ裏切らんのかってブチ切れて。
空砲を撃ったっていうくらいね。
へえ。
それによって優柔不断っていうね、イメージがついてるんですよ。
決めきれないっていうね。
この秀秋さんはね。
その辺の秘密というか探っていこうと。
おお、なるほど。
元々、この秀秋さんというのはどういう人かというと、
秀吉の聖室の北の丸所のお兄さんの木下家貞の後男。
あ、そうなんだ。
だから幼い頃のですね、いわゆる秀吉の養子となって、
めちゃめちゃ育ちがいいぼんぼんさんなんですよ。
へえ。いいとこの子なんですね。
もうめちゃめちゃいいとこ。
秀吉が生まれたので、後継ぎの。
ああ。
で、毛利元成の三男、小早川孝景の養子となるんです。
ああ、なるほど。
そういうことです。
はあ。
毛利ですからね。裏切るほうですから。
そうですね。
うん。
で、まあ、裏切ってどうなったかっていうとね。
はい。
19歳ですよ。裏切ってどうなったかっていうと、
この秀吉は、やっぱり温床としてね。
はい。
岡山城の51万石の城主になるんです。
おおー。
あ、岡山に入ったんですね。
岡山なんですよ。
ああー。
で、移った当初は城を改築したりですね。
はい。
あの、県地、いろいろ土地をね、耕したりして。
精力的に活動したんですけど。
はい。
次第に、この秀吉はね、気候が目立つようになって。
気候っていうのは怪しい動きって書いてるね。
はいはいはい。
この関川らん時も、結構何考えてるかわかんない気候が多かったなんていうこともあるんですよ。
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本当ですか?
諸説ありますけど。
へー。
で、心身ともに返帳を来たし、わずか、その後2年後、21歳で亡くなってるんですよ。
え!
秀吉。
こんな若き人生だったんですか?
若き人生なんですよ。
へー、21歳。
知らなかったです、その後。
短いですね、生涯が。
この亡くなった原因っていうのがいろいろ諸説あって。
一番有力視されてたのが、発狂死説っていうね。
へー。
とにかく世間から言われすぎて。
はぁはぁはぁ。
お前裏切り者だろ。
寝返り者だろ。
うん。
で、友軍を裏切ったという両親のね、この過酌っていうんですか。
はいはい。
苦しんで、ついにや怨霊も見るようになって。
相当うなされてますね。
で、発狂して亡くなったっていうのが結構有力視されていた。
もう軍紀によればですね、残ってるんですよ。
この秀明は時々狂気の振る舞いをし、
尋常ではない行動が多くなったと。
乱行が月日を追うごとに増していき死んだと。
へー。
という説もあれば。
なんかこう、鷹狩りの時ですね。
農民をいきなり刀で切って、
その恨みをかって農民から股間を蹴られて死んだとか。
ほほほほ。
で、訴え起こした山節の取り調べをせずに、
その山節の両手をいきなり切断して、
で、恨みをかって死んだとか。
はー。
拙商禁断の河で、
鯉や船を捕らえて、その帰り道端から落ちて死んだとか。
全部ね、この理由の中に寄稿が。
まあ確かに怪しい動き、不可解な行動ですよね。
これでも、小林家家を断絶させるんですよ。
小林川家。
後に断絶させる、徳川家が正当化するために、
そういうふうにしたという説もあるんだけど。
いっぱい説がある人なんですね、これ。
でもこれ、この幻覚とか妄想とか興奮があって、
正常な精神ではなかった可能性ももちろん高いんです、この人。
で、ところがですね。
実はこの関ヶ原の戦いの時に、
小林家さんは病院で診てもらってるんですよ。
診断して。
伝説の名医、このマナセさんという医者に、
診てもらって、診察を受けてそれが出てきたというかね。
その時の症状。
いわゆる関ヶ原が終わった後に、お医者さんにもらった診断書が出てきたんです。
それによったらですね、
横断が出て、
いわゆる肝臓が腫れまくって、
完全に肝硬片であったという診断が出たんですね。
19歳でも実はアルコールの肝硬片になってた。
そんなバカだってこと?
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まあね、にわかには信じ難いけどでもそうなんだ。
これ実はですね、戦国時代はね、
11歳からいわゆる減腹したら、
11歳、12歳とかでね減腹って。
彼は7歳で減腹してて、
ぼんぼんなんで。
その時から大名と酒の接待があったんですよ。
大変だねそれはそれで。
でも12歳の時にはアルコール依存症になってた。
でも19歳の時はすでに肝硬片になってしまっていたと。
なるほどね。
その中で戦っていたので、
いわゆる喉も渇きまくるし、
食べ物も食べれない状態だったらしいんですよ。
なんか朦朧としてたとかっていう感じかもしれないですね。
そういうことで照らし合わせてみると、
この関川欄の時にいろいろ判断が鈍っていたとか、
この後のいろいろ気候っていうのも説明がつくと。
うなずけるところも出てきますね。
酒の飲みすぎによって、
天皇家の歴史も変わったしと。
はあ。
いうことをねちょっと。
本当ですか?
諸説あります。
強く。
でも結構アルコール依存症であったっていうのはね。
まあでも今と時代が違いますからね。
減速して大人になるのが早かったわけですもんね。
すいでくるわけですよ、向こうが大名をが。
まあまあそうやって付き合いをしなきゃいけない家柄にも生まれてたんでしょうしね。
12歳で依存症ですからね。
何が人生を変えるかわかりませんね。
ご理見の諸説あります。
今日は寝返り男の真実というテーマでお送りしました。
ご理見の諸説あります。
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