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#1370 書初め展覧会に命をかけていた思い出 2024/12/31
2024-12-31 14:27

#1370 書初め展覧会に命をかけていた思い出 2024/12/31


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00:07
年末の最後かもしれないという放送を撮ってご挨拶していますが、まだ年は明けておりません。
今外でですね、ちょっと年賀状を買いにプラプラ歩いていまして、ここで雑談ガテラ収録したいなと思います。
書初めの思い出です。これ完全に思い出話です。
私は幼稚園の頃から書道を習ってたんですよね。
この書初め、1・2年生の時は工室、3年生以上は工室と毛室、両方。
これはすごく気合を入れて、私の中でも年間の中でも3本の指に入るぐらい重大イベントとして位置づけていまして、毎年気合を入れてやっていました。
どれぐらい気合を入れてたかというとですね、丸一日ずっと集字書いてました。
毛室の方は、何でかわからないですけど、1月2日に朝から晩までずっと書いてて、納得いった一枚を選んで提出。こんな感じでしたね。
で、工室の方は何回かに分けて、集中できる時間帯に何回かに分けてやってる。こんな感じでした。
小学校の時、うちは転勤族で引っ越しもしたことあるんですけど、だいたい市の展覧会っていうのをね。
学校の代表、学年の代表に選ばれる。それで市の展覧会に書き止め展に出す。これがまずファーストステップ。
その市の展覧会でも一番いい賞、金賞みたいなのを取って、その中でもさらに何人か選ばれた作品は今度県の展覧会に進むと。これ第二ステップ。
県の展覧会の中で、金賞、銀賞、銅賞だけじゃなくて、もっと上の賞があと二つあったんですよ。特別賞みたいなのと最高峰みたいな、名前忘れましたけど。
っていうのがあって、その一番上を目指すっていう。これが私の冬休みの大きな目標で毎年やってたんですよね。
県で一番いい賞を大体どちらか、硬質か毛質どちらかで毎年取ってました。これがね、私の中ですごく今も思い出深いというか、嬉しいことだったんですよね。
03:19
本当に県で10人もいないんですよ。何人だったか忘れたけど一桁しか選ばれないのよ。これを目指すっていうのがね、よくやったよなって今思うと自分に驚きですよね。
1月2日って駅伝ありますよね。あれ7時とか8時ぐらいはスタートしてますよね。その時にはお城自動が広げてたんですよね。昔、新春格子芸大会とか、なんかそういうのあったじゃないですか。
1月2日の夜の番組を見る頃になると、そろそろ名前も書いて、自分の中で厳選した数枚が残っていると。あとは数枚じゃないな、でも10枚ぐらいだったかな。
夜な夜なですね、家族にどっちがいいと思うって見てもらって選抜していくんですよね。っていうのを1月2日、夜な夜なやって終了と。すごい懐かしいですね。
1月になると学校で各学年選ばれた、お城自動の書き止めで選ばれて賞を取った人たちもいるわけで、全校集会とか全校長会みたいなので表彰されるんですよ。
何十人か表彰される人たちが前に出て、その中で一番いい賞を取ると代表で校長先生から、いわゆる卒業証書をもらうみたいな賞状をもらえるっていうのがあって、それ私選ばれたいと思って、それも一つ目標でしたね。
いやー懐かしい。高学年になった時に本当に今でも感謝してるんですけど、単人の先生に本当にありがとうって思ってることがありました。
私の行ってた学校は小学校の時から国語の先生とか算数の先生というのが分かれてたんですよね。
私のその時の単人の先生は国語の先生で学年で一番若い、まだ20代の先生だったんです。
でも国語に関するいろんな主任というか権限とかを持っていて、書き止めの学年代表を最後選ぶ権限を持っていたんですよね。
06:12
各クラスからこの子がいいんじゃないかって単人の先生が選んだお囚人の作品が上がってきて、どのお囚人を市の展覧会に出すかっていうのを学年の先生たちで協議するんですよ。
その大衆決定権を私の単人の先生が持ってたんです。
学年主任の先生っていますよね。ちょっと年配で、ベテランでっていう。
当時その学年主任の先生が、私は毎年選ばれてるから、うちのクラスの子っていうよりかは、私は毎年選ばれてるからこの子は今年出さなくていいんじゃないかって。
学年主任の先生が言ったことがあったそうなんですよ。これは本当に後から聞いた話なんですけどね。当時は全然知りませんでした。
でも、どう見ても私の方が上手かったということで、その若い20代の先生がですよ。多分40前後ぐらいの先生じゃないですかね。
確かの先生に、やっぱりこの子が一番上手いからこの子出すって強く言ってくれたそうなんですよね。
ましてや自分のクラスの子供じゃないですか。
だからそう言って、自分の国語の主任だからって自分の権限を使って自分のクラスの子を選んでるんじゃないかみたいなことを言われかねないですよね。
立てついたって言うと変ですけど、やっぱりすごく勇気のあることだったと思います。
一回りぐらい上の学年主任の先生の圧力にね。
しちゃう気持ちも分かるんですけど、そこを私の書いたものを押してくれたんですよ。
そしたらその年、その私の押し打ちが県で一番いい賞を取ったんですよ。
本当は後から聞いたんですけど、先生ありがとうと選んでくれてありがとうっていう気持ちはもちろんありましたし、
担任だった国語の先生もほら見ろと。
ほら見ろじゃないですけど、やっぱりこれを選んでよかったじゃないかと。この子の選んでよかったじゃないかと。
09:05
学年主任の先生にちょっと胸を張れたんじゃないかなと思います。
押し打ちって芸術作品なんですよね。
タイムを競うとか、誰が見ても分かる数字的な記録で競うものではない。
競うものでもそもそも芸術ってないのかもしれませんけど、金賞銀賞みたいに順番をつけるときに、
押し打ちはじめ芸術ってすごく意見が割れるし、絶対的な1、絶対的な2っていうのはなかなか難しいと思うんですよね。
それはですね、やっぱりその前の年とか前の前の年の押し打ちの書き初めでも私感じていて、
なんで私の方が上手いと思うんだけど、なんであの子の方がいい賞を取ってるんだろうって思うことってあったんですよ展覧会とか見に行くと。
おかしいみたいなね。なので点数もつかない、タイムも測らない、距離も記録しない、そういう押し打ちの芸術の中で、
でも誰が見てもこの字が上手だねとか、この字が一番だねって言われるように、誰が見ても圧倒的に選ばれるようにならなきゃいけないんだと思って。
なんかそんな風に思って頑張っていた記憶があります。
もちろん書き初めだけ頑張ってもダメなので、その瞬間だけ頑張ってもダメなので、書き初めで、
今年も県の展覧会に行きたいし、今年もどっちかで一番いい賞を取りたいし、なんだったら両方で取りたいと思っていたので、
ずっと年間を通してお習字っていう習い事は、私結構一生懸命真面目に取り組んでいたなと思います。
唯一、心残りっていうんでしょうか。
これができたら最高だったなって思うのが、毛質と甲質、両方同時に県の展覧会で一番いい賞を取るっていうのが達成できたら二冠みたいなやつですよね。
それは叶わなかったですね。やってみたい、取りたいと思ってたんですけど、
だいたいどちらも県の展覧会に行くんですけど、どっちかは普通の賞だったり、上から二番目の賞止まりで、どっちかでいい賞を取るみたいな。
12:11
なので二冠を達成した年はなかったなと。あれができてたら、それはそれでいい思い出だなと、今振り返っても思います。
でも悔いはないというか、毎年本当に一生懸命取り組んでいて、それなりに結果もついてきていたので、すごく毎年お正月になると思い出す思い出です。
今子供が宿題で書き詰めが出ているんですよね。うちの子供は30分で終わらせるって言って、いかに早く終わらせるかということを目標にしているんですよね。
限られた枚数、限られた隅の量。長いやつね。長い半紙じゃないけど。これしか買ってないから、もうこの中で終わらせるっていうふうにさっきやってたんですよね。
ついついもうちょっと頑張りなとか言いたくなっちゃうんですけど、これは全然、どこに子供が注力したいか、何を一生懸命取り組んで、これは別にいいやっていうふうに趣旨や選択するかっていうのは当然子供によって違うので、
30分で終わらせなと言って応援しておりました。ということで今日は書き詰めの思い出話をちょっとしましてお付き合いいただきましてありがとうございました。
これを年内に放送するか、年明けに放送するかちょっとまだ決めかねているので、最後のご挨拶はどうしようかな。最初の挨拶も明けましておめでとうございますとか言ってませんけど。
こんな感じでちょっと年末年始、また思い出話でちょっと話したいことが出てきたら話したいと思います。最後までお付き合いありがとうございました。
14:27

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