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#1448  売られたケンカを買いたくなった時のおまじない  2025/5/2
2025-05-02 13:32

#1448 売られたケンカを買いたくなった時のおまじない 2025/5/2

#売られたケンカは買う
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皆さんこんにちは、ナビゲートインタビュアー 仙台りんです。
今日は、売られたケンカを買いたくなった時のおまじない、 こんなテーマで話してみたいなと思って収録を開始しました。
私は非常に恥ずかしいんですけれども、 売られたケンカは買うっていうスタンスを放っておくと取ってしまうんですよね。
気をつけないとっていうことです。
もっと言うと、買ったからには、買ったケンカは必ず勝つ。
そして、私にケンカを売ってきたことを絶対に後悔させる、みたいな。
そういう恥ずかしい考えを放っておくとしてしまうんですよ。
ということを自覚しているので、これって本当に幼いな、子供のやることだなって思うので、
相手も感情的、こちらも感情的になりそうという時に、 おまじないを心の中で唱えるようにしているんです。
それが何かというと、反応じゃない、選択だっていうおまじないです。
このカッとなるっていうんですかね、感情的になって言い返したくなるとか、自分の意見を言い返すじゃなくても述べたくなるとか、
もっと言うと、相手の論点のおかしいだろそこっていうところをついていって、ガッガッガッガッて逃げ場をなくして追い詰めちゃったりとかしたくなっちゃう時があるんですよ。
いわゆる論破するみたいなイメージですかね。
でもこの論破するって非常に恥ずかしい行為だと思っているんですね、私は。
やったところで気持ちいいものじゃないっていうか、後味悪いというか、結局自分勝手な行為になるというか、子供だよなって思うので、
放っておくとそうなっちゃうので気をつけているんですよね。
これが私はただただ反射的にというか無意識のうちに反応してしまっている結果、私の場合はこうなるんだと思っていて、
なのでこの時は反応じゃないと、選択だと、賢い選択だと、より良い方向に持っていくための選択をすべきだというふうに自分の中で念じるというか、
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おまじないをかけるつもりで息を飲むというか一瞬ひと呼吸を置くようにしています。
私が大体こう自分がカットなるというか感情的になりやすいなって思うパターンというのがあるんですよね。
それが何かというと、ずるいとか不公平だみたいな、こういうことを理由にだからこれをやるべきだみたいな、
そういうことを言ってくる人に私はちょっと嫌悪感を抱きがちなんですよ。
もうちょっと言うと勝手に文句を言っていたりとか井戸端会議でね、わちゃわちゃ噂とか悪口とか勝手に言っているのはどうぞ言っていればという感じなんですけど、
ずるいとか不公平だとか妬みだとかね、そういうところからだから逃がさないためにとか、
ずるいことをしている人をずるいことをさせないためにとか、
そのために非効率的なことをやろうとするとか意味のない、ほとんど意味をなさないことをやっているとか、
そういうのがあまりまず好きじゃなく、それもでも私に関係なかったらどうぞやってくださいなんですけど、
それを私にだからあなたも一緒にやってみたいに強要された時とかですね、
これがね私ものすごく嫌だっていう感情が出てきて、カットね多分しやすいパターンなんですよ。
ちょっと具体的な例を言ってないので、ふわっとなので伝わりにくいかもしれないんですけど、
私はずるくて逃げている人はそれでいいじゃないかって思うんですよね。
そういうずるい人は人生どこかで罰が当たるから、別にここで逃がさないぞって言って、
こちらが何か大変な思いをしてまで逃がさないようにするって疲れるだけだからいいんじゃないって、
ずるいとか不公平だとかね、そういう感情に縛られて生きていくの結構つらくないって思っちゃうので、
そういう人は別にいいんじゃない?ほっぽっておけばって思うんですよ。
だけど、いやあいつずるいから一緒に追いかけましょうみたいなね。
例えばそういうことを言われて、なんであなた、あなたって私のことですね、
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なんであなたはそうやってずるい人を野放しにしておくんだ、お前は悪者だなみたいに思われたりするのも
すごく侵害だなって思って、そういうことを言って言ったり思ったりするだけならまだしも私にまでそれを求めてくる?
だったらあなたの言ってることやってることの抜け漏れ全部指摘するぞみたいに思っちゃうんですよね。
こういう時に、反応じゃないと、選択だ選択と、自分の取るべき最善の選択はとか、
みんながより良くなる、マイナスの方に行くんじゃなくて、この場が良くなるとか改善するとか、
例えば制度を見直すとか、そういう良い方向に全体が向くような選択をすればならないというふうに自分の中で思うわけですよね。
というふうにちょっと冷静に考えると、そもそもの仕組みが悪いんじゃないかとか、
昔からの習わしをそのまま踏襲しているから、現代のいろんな生活とかやり方とか、
いろんなテクノロジーとかとミスマッチが起きていて、うまく回ってないんじゃないか、機能していないんじゃないかとか、
そういう提案をしていく方が賢いと思いますし、建設的な話になるんじゃないかなとか思ったりします。
逃がさない、ずるい人を絶対許さない、みたいな監視とか管理ではなくて、
皆さんが自らやろうと思うとか参加しやすいとか、そういう方向に持っていける、楽しめるとかね、
そのやり方を考える方がいいんじゃないですかっていう提案をちゃんとする方がいいんだろうなといつも思っていて、
なので反応じゃない、自分も感情的にならない、冷静に私はどういうポジションを取ったらいいかとか、
どういう発言をしたらいいかとか、どうやって接する、この場でどういう態度で臨むのが全体的により良い方向にいくのかを選ぼう、選択しましょうということを何度も言っていますが、
自分の中で言い聞かせるようにしております。
何度も言うように、私は自分の性格というか、ほっぽっておくとこうなっちゃうっていう、売られた金額を買うぜ、みたいなね。
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これはあまり好きじゃないというか、よろしくないというか、だからやっぱり好きじゃないなって自分では思っているんですけど、
ただこれが役立つ時というか、うまく使うととても役立っていることができるという場面もあるなというのも思うんですよね。
これって結局は、わりとはっきり物事を言うというところにつながっていくと思っています。
なので、どういう時にこの厄介な性格が役立つかというと、自分より弱い人たち、子供でも後輩とか何でもいいんですけど、
自分より立場的に弱い人たちを守りたいと、この人たちを守ってあげたいと思った時には、相手が自分より強いとか、自分より目上であるとか、
という立場の人にでも向かっていけるんですよ。
これはまた、私は噛みついていけるんですよって言いそうになったんですけど、またこういうところが表現が良くないですよね。
でも、いわゆるすごくわかりやすく言うと、例えば部下を守るために上司にバシッと言えるとかね。
自分の子供を守るために、例えば先生なのか他の保護者なのかわからないですけど、子供といつも接している周りの大人の人に向かって何か言いたいことをきちっと言えるとか、
多分この辺のズバッと言ってやるぞっていう強さみたいのは、多分売られたけんかは買うぜと。
そして、まだこれも言ってなかったんですけど、自分が傷ついてても相手にも一心報いるぜみたいな。
こういう気持ちがあると、それをうまく使いこなせると、多分弱き者を守るっていうことができるんだろうなというふうに思ったりもします。
とはいえ、やっぱりこの売られたけんかを買いたくなる精神というか、売られたけんかを買っているとですね、やっぱり敵は作りやすい、敵ができやすいだろうなとも思うんですよ。
なので、なるべくそういう自分は自分のことをちゃんと理解して、時と場合によると。
そういう自分の赴くまま、自分の心が赴くままにこれは言ったほうがいいのか、いやそうじゃないと、反応じゃなくて選択だと思って対応を冷静にしましょうというふうにするほうがいいのかっていうのを
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使い謝らないようにしたいなというふうに思っている、今日この頃ですと。
これ今日この頃でもないんですよね。もう大人になってからはずっと思っていますが、よく言えば情熱的なんでしょうか。
そんなことを思いました。
ということで今日は、結局は自分のお恥ずかしいところをたださらけ出してしまったという内容にはなったんですが、売られたけんかを買いたくなる人いませんか。
ついカットなって言っちゃう人とかいませんか。
私もその一人なので、そういう時に私はこんなおまじないを唱えるようにしていますということで、反応じゃなくて選択ねと。
反応しない、反応しないということを思っていますというお話でございました。
同じような性格の方がいれば、名乗り出てくれなくてもちろん結構なんですけど、嬉しいなと思います。
ということで今日はここまでです。最後までありがとうございました。
それではまた次の配信でお会いしましょう。さよなら。
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