お一人目はイチローさんですね。
過去に2回ぐらいペイペイでインプットしてくださったことがあります。
議事館界隈の方なんだと思うんですけど、
表にはあんまり出てこられない、
いわゆるサイレントリスナーっていう風に言われるタイプの方のような感触を今のところ受けている感じなんですけど、
6月26日水曜日の夜7時22分にペイペイで入れてくださっておりました。
ペイペイで1000円ですね。
ペイペイ送金と同時に入れられるメッセージの方で、
イチローです。高谷さん撮影かリアルオフ会どちらかでお願いしますっていう風に書いてくださってました。
僕ね、それどっちが優先かなみたいなのを自分でなかなか決められないタイプなんですよね。
だから窓口でインプッターさんの気持ち優先っていうかね、
インプッターさんがこれに当ててくださいっていう風に言ってくださったら、
大手を振ってそれに使えるみたいな静岡オフ会用でもそうだし、生活費に関してもそうっていう感じなんですよね。
その意味では今回高谷さんにドキュメント撮影していただくための窓口か静岡行きということで、
迷ったんですけど、今はやっぱりまだ静岡行きが一応申し込みするための踏ん切りがつく金額として4万円は超えてきたけど、
実際にはかかる金額としては5万円超えてきそうだなとか、
あとはぶっちゃけ帰りがけに四国に寄りたいなぁみたいな気分もあるんですよね。
で、そうなると四国に行くだけで多分ね、上乗せ1万円ぐらいしそうな感じがしてるんですよ。
まあざっと調べただけですけど。
なんで、その意味ではやっぱり静岡行きもって思ったんですけどね、
全部ガーって全振りっていう感覚にもならなかったもんで、
7-3で、比率として7-3で分けてみました今回は。
ということで静岡行きに700円、高谷さんドキュメント撮影代に300円っていう割り振りにさせていただきました。
はい、この辺にも僕の優柔不断さが現れてる気もしますけど、
まあでもどちらも必要な、必要というかどちらも僕が開けている窓口なので、
その2つの中からっていうことであれば7-3ぐらいで分けるっていう感覚になったので、
そんな風にさせていただきました。
で、宣伝したいことは特にありませんっていうことでした。
はい、一郎さんはね、このペイペイでの送金のところのメッセージのやり取りでしかやり取りできないので、
まあ滅多にやり取りすることがないなっていう感じなんですけど、
静岡行きと高谷さん撮影代っていう風に言ってくださってるから、
でもまた今後も多分同じような感じで暮らしにもちょっと通じるところがあるし、
今後も人生でつながっていき続けるお仲間だっていうふうに貴重な仲間だっていうふうに僕は思ってますので、
それも含めて今後ともよろしくお願いできたらなと思います。
宣伝したいこともお聞きしたんですけど、変わらず修法をよろしくお願いしますでいきましょうかみたいにおっしゃってくださったんですけどね、
修法を聞いてくださっている方に修法よろしくお願いしますっていうのも宣伝になってないのかっていう感じなんですけど、
れいこさんそんな方なんですよ。
今後も仲良くさせていただけたら嬉しいなと思ってます。
ということでれいこさんも今回も本当にありがとうございました。
しゅんのカネスタジオ、しゅんさん大好き!
はい、ということでこの後冒頭でも言ってましたメインのコンテンツというか、
昨日の夜に収録した音源を流させていただこうと思うんですけど、
前々から一回やってみたかったっていうことを今回やろうと思ってるんですよね。
だいぶ前ですけどなっちさんがチャチャ入れくんっていうのを作られてまして、
それを使って新型オトナウイルスにチャチャ入れしながら喋るみたいなことをやってたり、
あとは最近で近いもんで言うと、
ジョンさんとかがツッコミを入れるみたいなことをよくやられますよね。
人が送ってきてくれた音声にツッコミ入れるみたいな。
それもちょっとイメージ近いかもしれないけど、
僕はそういうツッコミとかできないから、うんうん言って聞いてるみたいな感じになって、
チャチャ入れがあんまりできなかったんですけど、
でもなんかこの回でこの人がこんなことを言っていて、
それについての感想みたいなポッドキャストでやるときに、
その回にわざわざ途中で止めていって、
飛んで聞いてから帰ってこないといけないよみたいになるのがちょっと嫌だなみたいな感覚があるから、
それをみんなと一緒に聞けるみたいな感じで、
僕はあんまりチャチャ入れはできてないし、ツッコミもできてないけど、
みんなにもこの場で聞いてもらいながら、
それに対する僕の感覚を乗せたいなと思ってるんですよね。
それに対して今回ちょっと勝手に音源をダウンロードさせてもらって、
今回僕の配信の中で使わせてもらうのがですね、
ヤマムーさんの147の回ですね、
6月25日に配信されたZoom H1を使って収録してみた雑談っていうところで、
それのメインの部分、手法を聞いてこういうふうに考えましたっていうふうにおっしゃってくださってたので、
大元にはたきつぼに向かう船みたいなのが気になるっていうのがあるので、
そこを前提として僕はその無理やりやらないっていうところにひも付いてくるんですよね。
これ間がまだだいぶ端折られてるって感じるだろうなと思いながら、
だからこれからもそれを話していかないといけないなっていうことなんですけど、
根っこ、スタート地点はそのたきつぼに向かう船なんですよ。
それが気になるから、無理やりやらない方がいいんじゃないかって思ってるんですよね。
だからスタート地点としてはそこがあって、
で、その中でどんな風にエネルギーがロスされるかどうかっていうのは、
考えたら考えられなくもないかもしれないんですけど、
そんなに気にしてないかもしれないですね、その意味で言うと僕は。
そこにすごく集中してそこを見て、そこの解像度が上がって、
無理やりやらない方がいい、その方がエネルギーロスが少ないから、みたいには、
僕はあんまり思っていないかもしれないですね。
結果的に頑張らないといけないことっていうのは出ると思うんですよ。
いけないというか、自分がそう選んだ結果、頑張ることになる。
だからそれは山武さんにとっては、それは自分にとって頑張ってはいないっていう、
やりたくないことをやってるわけではない。
大きな枠においてはそうではないっていう話になって、
後半で山武さんそういう話が出てくる気もしますけど、
で、その意味で言うと、
頑張るはどうだ、難しいな。
だから、それは結果的に自分にとっては、
この瞬間めちゃくちゃ頑張ってるけど、頑張ったとも言える。
難しい、難しい。
違うわ、それはだから。
やっべーこれ。やばいことになってきたな。
頑張るっていう単語以外で言わないといけないのか。
やりたくないことをやってる。
あ、でも短期的にはやりたくないことをやってるわけですけどっていう、
短期的にはやりたくないことをやっているけど、長期視点で見たら、
結果的にそれはやった方がいいって自分が思ってやっている。
それは自分にとってはやりたいことだって僕も思ってるってことですね。
いやーこねくり回しすぎただけでした。
で、だからそういう意味では、
頑張るが減るとも言えないなーみたいになっちゃうんですよね。
これは言葉遊びがしたいわけではなくって、
頑張るが減るかどうかはそこまで僕は気にしてないってことですね。
あれ、ちょっとヤマムさんのさっき分かりやすい表現がね、
ちょっと僕の言葉だと上手く言えないですね。
僕の言葉だとというかヤマムさんの言葉を上手くちゃんと記憶できてなかったですね。
一定頑張ってると言えるけどみたいな表現でしたっけ?
やっべえな。僕の解釈では短期的には頑張っていることになるけど、
農業という全体としてはやりたいことをやっているみたいな感じ?
それも僕は全然その通りだなと思うし、
注意しないといけない部分を肝に銘じておかないといけない、
それだけでうまくいくわけじゃない、みたいな話も全然その通りだって思いますね。
だから途中で僕が言ったみたいに、
スタート地点としては僕は滝坪に向かう船っていうのを常に意識しているから出てくる話、
全体としてやっぱりどうにもこうにもそうなんであって、
その意味では僕自身あまり輝けるような気もしていないし、
いやもうちょっと輝きたいなみたいな気分はありますけど、
それよりは僕も死ぬまでHSP、ビビリだって、
先天的だからそうなんだろうなと思っているから、
もちろん僕がビビらないで済む社会になったら嬉しいですけど、
僕は多分その気質のまま生きていくだろうから、
それがスタート地点、それがきっかけで、
だからこそ争い合わないように、無理やりやらないようにした方がいいと思っているし、
それぞれが意識した上で結果として、
ヤマフンさんの言葉で言うとポストとのアンマッチっていう表現だったかな、
そういうものが最終的には解消されているっていう途中で言った表現みたいな、
そんな話になるんじゃないかなっていうことを、
むしろそっちをずっと意識していて、
最近無理やりやらないっていうワードが一番しっくりき始めていて、
それを使ってうまく説明できるようになりたいな、みたいな話ですね。
あとはそのキャパシティの問題、役割の席とかキャパシティがあるのか、
みたいなヤマフンさんの話に関しては、
それがあるからとか、
僕、このアウトプットが先な生き方を始めるっていう時に、
一番最初に高谷さんがゲストに来てくれて、その中で話したんですけど、
僕自身できると思って始めるわけじゃない、みたいな表現したんですよね。
できるからやるっていう話じゃなくて、
どうにもこうにも僕にはこの生き方しかできないからやるんだ、みたいな、
確かそんな言い方したと思うんですよね、違うかもしれないけど。
だからそのキャパシティがあるからやるっていう発想ではそもそもないんですよね。
みんながそれぞれ輝くような生き方をしたらそれで成り立つよね、みたいなことを言いたいわけじゃないし、
時代的に風の時代みたいなのも感じてはいるけど、
それだから僕はこれをやるってわけでもないんですよね。
今やれる時代になったよねって感じてるし思うけど、
そうだからやるってわけじゃないんですよね、きっとね。
たぶん僕、原始時代のことを例に出したりするから、
いつだって一番大事なことってずっと変わらないよねっていう気分があるからあって、
だからやるっていう感じなんですよね。
それで十分だよねっていうところに立ち戻る方が、
アンマッチがもし今起きてるんだとしたら、
そのアンマッチも結果的に解消されるんじゃないかなって、
そういうメタ認知ですごく引いた視点で人類全体を、
途中で言ったみたいにみんなじゃないけど多くの人が意識している状態で、
その状態で長期的な視点でやりたいことをみんな、みんなじゃない、
多くの人がやってるみたいになっていたら、
この時代だからやれるからっていうのではなくて、
一番いいバランス取れた状態に、どんな状態からでも戻っていけるんじゃないかなって。
ただ昔はそれに気づけるような、そんなメタ認知ができるような段階になかったんだろうなって思うんですよね。
地球が丸いって気づいたのもだいぶ最近なんだろうし、
ちょっと乱暴な言い方ですけど、それに気づけてないような状態の時には、
奪い合いっていうのが生まれてても無理なかっただろうし、
でもだいたいもうわかってきたから、その意味ではそういうキャパシティの話じゃなくて、
わかってきたからっていうのは一つあるかもしれないですね。
風の時代だからとかじゃなくて、
もうだいたいわかってきたよね、みんなって思ってるっていう感じですかね。
だから僕自身、ヤムムさんがおっしゃったみたいな方法論として、
というか方法論を言ったつもりはないかもしれないな。
こうやった方がいいよねっていうとそれぞれが輝くみたいな、
そういう風な方法でやった方がいいよねみたいな、
でもそうだとしたらそれに問題ある、それには気をつけないといけないみたいにヤムムさんがおっしゃられてたみたいな、
偏ったというか、一方向からだけの方法論を提示したいという気持ちは元々、そもそも僕にはあんまりないんですよね。