実は20年前は1人美容師フリーランスだった話パート①
2024-07-17 15:16

実は20年前は1人美容師フリーランスだった話パート①

#フリーランス#1人美容師
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/641995f9c881d58fc58fd9f3

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:06
みがくなら、女じゃなくてキューティクル
こんにちは、ロニーです。
今日は、実は20年前は、僕はフリーランスだったんだよ、っていう話をしたいと思います。
この放送は、ママ美容師を緩やかに服飾させ、
ユトリアル予約と自社オリジナル商材で競わないママ美容師に導き、
キャリアを積んだ輝く美しい女性に生き抜く、
僕ロニーが、地悪経営を発信しております。
最近、僕ら界隈で1人美容師さんをフォーカスしてまして、
ワイワイ、ホクホクやってるわけなんですけども、
1人美容師さんっていうのも経営されてるというか、お店を構えてる方もいますし、
フリーランスの方もいますし、いろんな形あると思うんですけど、
僕もね、実は20数年前、実はフリーランスだったんだよっていう話なんですけど、
その当時はね、本当に僕をですね、皆さん、本当に変わったやつだって思われてたんですよ。
フリーランスっていうのがなかったんですね。
メイクの特殊メイクとかのフリーランスさんとか、
あとは結婚式場に入っているフリーランスとは言わないけど、
個人でやってるみたいな感じはあったんですよ。
やっぱり僕らの20数年前っていうのは、
一つのところで働いて、一つのところじゃなくても長いこと働いて技術を習得して、
独立みたいなのが正解というか、正義というか、本当の美容師だみたいな感じで思われてたんですよ、本当に。
僕最初に勤めてたところを3年勤めて、
いろいろな理由で辞めたんですけども、
その後ですね、先輩が経営してるハクリのお店、ハクリたわえのですね、
お店で働きながら、あともう一つ、
美容師さんのつながりで個人でやってる方、夫婦ですね。
夫婦で経営してるサロンの2つを駆け持ちして、フリーランスというか駆け持ちしてやりながら、
途中から夜のお姉ちゃんのヘアセットみたいな感じで呼ばれて、
空いてるやついないかみたいなノリでですね。
空いてるやつイコールフリーな人、今でいうフリーランスなんですけど、
03:04
そういうふうにお声がかかるようになったっていう感じですね。
本当にカットし始めてまだ1年ぐらいで、
もう本当にペイペイ中のペイペイ。
売り上げもテクニックとか技術とかで売るとか、スタイルでデザインとかで売るじゃなくて、
もう接客とか、僕の個性を好きな方、お客様をつけていったので、
皆さんみたいに実力でとかじゃなくて、
僕はもう自分、本当に生のロニーっていう感じで売ってたんですよ、本当に。
技術なんて本当に下手くそでした。
だけど、1個上の先輩の数字を追い抜くとか、
2個上、3個上っていうふうに数字を作ってたわけですね。
だからちょっと生意気でした。
僕数字作れるんだよ、みたいな。
本当に23、4ぐらいの時ですかね。
で、フリーランスになったというか、
本当に給料、半分給料で辞めたみたいな感じですね。
給料をもうちょっともらえないとちょっと苦しいみたいな感じで、
もう体使えば稼げるんでしょうみたいな。倍やればいいんでしょうみたいな感じで、
人の倍って言ったら16時間とか17時間ぐらい働けばいいでしょうみたいな。
本当にね、もうやっぱり焼き割ってたんで、
持ち前の体力と元気でそういうふうにやってたわけなんですよね。
で、本当に倍稼いでたんですよ。
掛け持ちというか、夜も働いてたんで、
じゃあ1個の例えば皆さんみたいに給料をもらいますよね。
それが2つ、2.5倍ぐらいあったんで、
じゃあ1つは生活費とかなんか普通に使う。
あともう1.5人前は全部貯金してたっていう感じですね。
すごい見る見る見る見るお金が若いのに、
普通の美容師さんとは違う金額が溜まってたわけなんですよ。
で、僕すっごい楽しそうにやっぱり友達から見ると見えたし、
仲いい友達も僕のことほんとチラ美容師みたいな感じで、
フラフラしやがってみたいな。風天美容師みたいな。
そういうふうに結構言われてたわけですよ。
で、僕もね、すごい風当たりが強かったなというふうに思ってて、
賛否すごいあって、
本当に美容師一本でやってきた先輩方とか、
元々お世話になった美容室の方だったりとかにも、
06:00
なんかあんまり近づきたくないなみたいな。
あとは一匹狼だなみたいな感じで言われてたんですけど、
方や僕ね結構友達とか後輩とかやっぱり多かったんで、
すっごい充実してたんですよね。
仕事もなんか楽しくなったんですよ。自分で決めれるしみたいな。
で、方やその薄林のところでもスピードよくたくさん美容できた。
それで技術が上がっていった。現場で技術が上がっていったってことも、
人の多分3倍くらい切ってたんでその時は。
っていうのもあるし、先輩のところでは夫婦でされてたんで、
すごく名前出したらないですけど、こういうカット技法とか有名なカット技法を
ばっちり覚えてる先輩だったんで、
薄林でやりながら方や本格派のカットも学べて、
本当にそこは夫婦でやってるんで、
僕も入ってマンツーマンでお客さんをするみたいな。
じっくりやるみたいな感じのところですね。
で、そこが終わって夜、
野宮のクラブの例えばママとかお姉ちゃんたちをセットして、
で、それも僕やっぱり他の方々よりも元気があって、
可愛がられてたので、夜のお姉ちゃんからも、
直接お店にうちの専属みたいでやらないみたいな感じで言われて、
専属っていうのもちょっと負担が大きいなと思ったんで、
半分くらい専属みたいな感じでやってたんですね。
で、そこからお店出してあげようかみたいな声とかもやっぱりあったんですけど、
断りつつ上手いことフワフワやってたわけですね。
途中でまたこれは違う先輩から、
今ちょっと忙しいんだけど3日くらい来れないかなとか、
今日休みが出ちゃったんだけど来れないかなみたいな感じで、
結構オファーがありまして、
本当にあいつは呼べばすぐ来るみたいな、
本当にそういう感じでやってたんですよ。
だから僕はフリーランスっていうのは、
自由が利く人みたいな感じですね。
仕事はあるけど自由が利く人っていう感じですね。
自由じゃないと一人になった意味がないみたいな、
っていう風に考えるようになって、
結局実は2年ぐらい、2年弱かな、
休みなしで働いてたんですよ、気づいたら。
で、自由じゃないじゃんみたいな感じも思いつつ、
でも自由に毎日やってたみたいな、
心の自由みたいなところもあって、
09:00
すごい複雑な気持ちになってきたわけですよ。
だからそこからちょこちょこ旅行に行くようになって、
休みをがっつり取ったり、アジアに行ったり、
ヨーロッパに行ったり、
最高3ヶ月ぐらい行ったりとか休んで、
それもやっぱり自由だったんで、
一応駆け持ちしてやったりしてたんですけど、
その方々が本当にみんないい方で、
いい方というか、いつも通じ作ってくれてるから、
たまには休めみたいな、
逆に休めみたいな感じで言ってくれる人が多くて、
本当に日本の旅とか行ってましたね。
それも本当に友達と言ってないですよ、
一人なんですよ、全部。
本当に一人が良くて、その時は。
だから仕事もそういう風に、
外から見れば一匹狼で、
風天なやつなんですけど、
本当に一人で動きたいとか、
そういう風にやってきたんですよ。
そういう風にちょっと余暇を取るようになって、
いろんな全然美容師とは違う文化とか、
国とかに触れる中で、
いやー日本ってやっぱりちょっとキュッとしてるなって思ったんですよ。
美容師の中ではかなり自由な方で、
その当時本当にみんなからそういう風に、
白い目で見られてたぐらい自由だったのに、
外国行ったらもっと自由だと思ったんですよね。
イギリスでカットした時にですね、
同い年ぐらいの女の子が、
イギリス人の彼氏が来たんですよ。
どうやら彼氏はもうバカンスを取れたらしいんですよ。
彼女もいいねみたいな感じで、
僕を挟んで向こうにオーナーに、
彼がバカンス取れたから、
私も何か撮りたいんですけど、
まあいいわよみたいな感じになったんですね。
え?みたいな。
で、いつから?みたいな。
今日この後予約入ってないし、
今日から撮っていい?みたいな。
わかったわ。
ロニーいるから大丈夫?みたいな。
でも次の日、指名のお客さんが入ってるんですよね。
で、その子はね、
ロニー任せたねみたいな。
じゃあ楽しんでくるね。チューみたいな。
ほっぺにチューみたいな。
え?
そういうのをね、経験して、
すごいカルチャーショックを受けたんですよ。
だから海外の人って長期休暇取れるんだ、
人に任せれるんだって思ったんですよ。
12:00
で、僕一人でずっとやってきて、
そうやっていろんなところから声かかって、
すごい気持ちよかったんですね。
自分自身も求められてるっていう。
だけど人に任せるってことなかったんですよね。
そこですっごい思って、
うわあ、なんかいいなあみたいな。
やっぱり一人じゃなくて、
誰かと働きたいなっていうふうに
なんとなく思い出したんですよ。
で、海外から戻った時に、
稼げなかったんですよね、僕らの時代。
だから夜の姉ちゃん達のセットっていうのを、
もうチーム作って人に任せようかなみたいな感じで。
で、売り上げの50%やるから来いと。
で、売り上げの50%でめちゃくちゃいいんですよね。
普通の昔の美容師さん、
20数年前の美容師さんだったら半分もらえる。
やった半分もらえるって最高なんですよ。
っていうふうにやったんですよ。
そしたらどんどんみんないいチームができて、
みんな稼げるみたいな感じで
副業で実はやってたんです。
これって今のあれじゃないですか。
業務委託とかフリーランスの体系と似てません?
50%とか55%とか。
それの始まりだったんですよ。
それを24、55の時に実はやっていたんですよね。
いった時にいろんなことができたんですよ。
本当に着物のパーティーがあるっていうと、
そのチームで着物のパーティー行って、
着物のパーティーのヘアセットと
着付けができる子たちを呼んで、
結構そういうのってお金いただけたんで、
そういうのをみんなで分け分けしたりとか、
新しいプロジェクトみたいなのも
実はそこで生まれていったわけなんですよね。
やっぱりいいなこれ。
なんか開けたんですよね。
友達はいっぱいいた。
すごく充実して遊んでた。
けど仕事のパートナーって意外といなかったな。
もちろん先輩のところでやったりとか、
呼ばれたりしてやってたんですけど、
自分が作って、
自分がモデルを作ってというか、
それでみんながすごく楽しそうにやってるみたいな。
そういうのにうまみを覚えちゃったんですよね。
そこからなんですよね。
一人ってうーんって思い出したのは。
もう15分になっちゃったので、
この話はまた次回話したいと思います。
一人はうーんからの次の話しましょうか。
一人じゃなくてみんなで、
自分が作ったものでいけるってすごい楽しいねみたいな。
15:03
その話をしましょう今度。
長くなりましたが。
はい、では皆さん良い旅を。
15:16

コメント

スクロール