風の時代の定義
こんにちはー。人生経験豊富で成熟しちゃった、癒し経熟長らない氏のりっぴーです。
はい、最近はすごい、あのー、零水だったりとかね、いろいろで、なんか、あれでしたけど、だんだんね、元に戻っていこうかなと、思っております。
はい、で、今日はですね、あのー、風の時代ってね、あのー、なんか軽やかに言って言うけど、
本当に努力と根性とかね、いらないでね、大成功できるの?っていうね、お話をしようかと思います。
風の時代って言うとね、あのー、どういうことなの?っていうのを言うとね、
まあ、先生術的な感じでね、あのー、なんだ、えーと、なんか、重たいのは軽くなったよ、みたいな感じになってるんですね。
もともとは、あの、土の時代って言ってね、あのー、物質的なものとか、本当努力と根性みたいな感じとかね、
えーと、我慢とか、あのー、年功序列みたいなとか、あれとか、まあ、修身雇用みたいな感じだったりとかね、
まあもう、これを言われたらこれをやらねばみたいな、昔のなんか部活とか、なんかスパルタな感じみたいなでも耐えるみたいな、耐えれば何かちゃんと成功が来るみたいなね、ようなのだったりね。
だからもう、本当に気合、気合、根性みたいな、努力っていうね、感じでしたね。
そして、いつかはマイホームみたいな感じの、ね、そういう感じだったんですよ。
でも、あのー、風の時代っていうのは、あのー、嫌なことを頑張って食いしばってやるんだみたいなのをやらなくてもいいんだよ、みたいな。
でも、自分のことをね、なんかこう、解放するみたいな感じかな。
うん。
だからそういう、もう我慢しなくていいみたいな感じにと、捉えられがちみたいな感じなんですよね。
なんだけど、風の時代になったら、今度必要になってきたものっていうのは、やっぱり自己理解とか、自分と向き合うとかね、自分って何が得意なのかな、何が大切なのかなとか、
自己理解とチャレンジ
そういうのを、あのー、気づきを得て、それに向かってやっていくみたいなのが大切なので、
ただ努力しない、嫌だからやらないとか、なんかこれ嫌だから、もやっとしたからやらない、これは直感的に違うみたいな感じの判断でね、やっていくのはね、なんか違うんじゃないのかな、みたいな感じですね。
だから結構軽やかにチャレンジするとか、そういうのをとりあえずやってみるって言って、それで、なんかこれいいねと思ったらもうちょっとやってみようみたいな感じだったりとかね。
それとかあと、あのー、一馬力で奮闘みたいな感じじゃなくて、みんなで多馬力でやろうみたいなのとかね、つながり共感とかね、世界観が大切。世界観ってよく言いますよね。
だから自分のこういうようなビジョンみたいなのがあって、それを持って、そこに向かって軽やかに突き進むよ、みたいな感じ。
なので、なんか一人じゃなくてね、みんなの循環みたいな感じで、お金とかを回すみたいなね、お金の使い方とかもそうですけど、
土の時代の時って普通にお金を使って欲しいものを所有するみたいな感じだったんだけど、お金を流す、回す、循環させる。
だから、お金を生む、お金の使い方をするとかね、そういうのも大切かなって思います。
お金の時代だから、すいすいってなって、努力もしてないのにも大成功して、すごいわーみたいな人がいるように見えるのかもしれないんだけど、
それは、その人が楽しそうだなっていうのは、自分のやりたいことをやってるんだけど、そこに対しての努力はしてるですよ。
ただ、自分のやりたいことに対しての努力っていうのは、嫌な努力ではないから、それに対して大変だと思いながらも、自分の目標に向かって頑張って突き進んで、そこに至るんだみたいなのがあるから、
それは、すごい歯を食いしばっているようには見えないみたいな感じ。
だから、自分の会う場所とか、やり方もストレスの少ないやり方を自分で選んで、それで頑張ってるっていう。
だから、お金の時代だから、頑張らなくていいっていうわけじゃないんだけど、
頑張っているんだけど、頑張っているっていう自覚が、感覚が自分に無かったりするんですよね。
だから、楽しいよってなるんですよ。大変だけど楽しいんだよね、みたいな。
大変さが本当に大変だとしても、周りの人からは楽して成功しているように見えるっていう感じなんですよね。
なので、根性とかね、そういうのは不要なんだけど、自分が今何をしているのかなとかね、それがどうありたいのかなとか言って、
そこに向かってどうやって動いていったらいいのかなみたいなのが分かって、それに向かっていくぞってなっているから、進めが早いんですよね。
だから、自己利監っていうのがすごい大切。
直感と感覚の危険性
それで、うん、そこに絶対行くぞ、えいえいって言うのではなくて、
よし、あそこに行ったらこんな状態だわ、ワクワクっていう感覚に、それには?みたいな感じで自分を合わせていくので、
未来のワクワクの感覚とのすり合わせがとっても大切で、それがそこに至るためのガソリンっていうか、そんな感じになるんですよね。
そういうのが、ビジョンがないままに直感って言っても、その直感自体がどこに行きたいのか分かってないから、
そういうシグナルが出ているので、あの、なんていうのかな、モヤモヤってして嫌だなっていうのは、今の時点の自分の波動というかなんていうのかな、
目的地がないままにモヤッとしてしまうことがあるんですよね。
目的地がボヤボヤしていると、そこに向かうルートがこっちですよっていうのがさせないんですよね。
だから、どうするのか決めたらとか、自分と向き合ったらとかのサインだったりするかもしれないし、
今やっていることが向いていないんですよ、モヤッというよりは、あなたはもうちょっと自分のことを見つめた方がいいですよ、モヤッだったりするかもしれない。
なんだけど、そうじゃなくて、やっぱりこれ自分向いてないんだなとか、転職しようかなとか、そういうふうに思ってしまう場合があるんですよね。
やっぱり自己理解とかってすごい大切だよね、なって思ったりします。
なのでね、感覚的にね、風邪の時代っていう時に私はすごく引っかかるのは、軽やかに行くよって言って、
これ嫌だと思ったからやらないんだよって言って、今モヤモヤしたからこれは今やるべきことじゃないんだと思うとか、
そういうことを言ったりするのを聞いて、いやもうモヤモヤするかもしれないけど、
どこに向かっているの?そのモヤモヤってなんだと思う?みたいなところまでは深掘りせずに、
ああ、これやっぱ向いてないんだみたいな風になりがち。
それ今やるべき時じゃないって、早いセリフが言ってるんだみたいな感じで、
いや本当?みたいな感じで。
カードとか引いたりすると、これをやるべきじゃないって言っていいんじゃなくて、
どれやりたいのか優先順位決めなさいよとかね、それとかちょっといっぱいやりすぎじゃないとか、ちょっと休んだらとか、
そういうようなモヤだったりする場合もあって、これをやるなっていう場合じゃないことがあるんですよね。
だから風の時代だから感覚で生きるってよく言うけど、半分は正解なんだけど、半分はちょっと危険なんですよね。
その感覚を全部信じて、これはそうだ、そうで、勝手に自分の都合のいい判断にしてしまう場合があるんですよね。
だから風の時代だからこうなんだよ。これで直感がこうだからこうなんだみたいな風なのが、
私はそう?って思う時もあったりしてね。
本当に向いてないなーって直感で向いてないって自分が思った時に、
それが本当に向いてないみたいな場合だと、なんかすごいめちゃくちゃエネルギーが消費している気がするとか、
なんか何をやってもダメかもしれないとかね、そういうのはあってないんだけど、
そうじゃなくて、まだそれを挑戦中とか、まだそこの目的地に未達の状態で、
なんかうまくいかない、できないとか、なんか分かってもらえないとか、思ったより意外と簡単じゃないなとか、想像よりやること多いなとか、
そういう風に思ったりするのは、これから成長するみたいな時の入り口のもやなんですね。
みんなやろうかなって、だから提唱しましたって言って、新しい職場に行きました。
あれなんかいつもとシステムが違う、なんかちょっと新たなことやれって言われてて、
こんなのできるかな、もや、あ、向いてないかもとかってなっちゃうけど、
挑戦と成長の重要性
いやいやそれ今からやるところだよみたいな感じだったりね。
何をやるにしてもそういうもやみたいなのは起こって当然というか、そうなんですよね。
だから、向いてないかなっていうのは、ちょっと勝手に自分が元通りに戻りたいとか、
今までの現状からはみ出たくないとか、変わりたくないっていう抵抗。
もともとの元通り、いつも通りの穏やかに何にも挑戦しない、淡々とした、
まあまあこのまま行くのが安全ですよって言ってるんですよ。
だからもう挑戦しないでそのまま行った方が楽だよみたいな感じで、
何かやろうとするとね、それもやってするようにできてるんですよね。
なので元に戻るために守ろうとしていてね。
何をしても、だって今までいた方が安全じゃないですかね。
安全だと思ってるんですよ、のはね。
だからそういうふうに言っていくんですよ。
だけどその苦痛っていうかね、えいって言ってうんもやってて、
それを乗り越えるた先に進化っていうか成長があるんですよ。
だからそんな自分の知っている範囲の中で行動をして、
何か変わらない、変わりたくない人は変わらなくてもいいんだけど、
今からずっと進んでいった先の何年、10年、20年、30年先が見えてる、
もっとバーンと行きたいって思ったら、やっぱえいやーみたいなのが必要なんでしょうね。
そこにはやっぱり多少の苦痛は伴う。
だけどそれも苦痛だーって思うよりかは、よし試練だーとか、
これを乗り越えるぞーとか言って、これを乗り越えたらレベルアップだーって言ってね、
ほいみを身に付けたよみたいな感じで、
これができるようになったよ、これもできるようになったよってなっていった時に、
ドラクエだったら天職のダーマの神殿、みんなわかんないね、ドラクエ3ね。
レベル20になったらダーマの神殿に行けるわけですよ。
そうしたらね、色んな職業が選べたりとかしてね、
それで、自分がこれだけ経験してきたからこんな色んなものが選べるんだーみたいな感じになるんですよね。
だからやっぱり新たな経験をしないと新たなものは身に付かないんですよね。
それを保守的になってしまうとかっていうのはもったいないなって思うし、
でもね、天職したよ、そしてその先がいまいちだったよっていう場合あるじゃないですか。
それでも総力試練を乗り越えるみたいなのも大切だし、
それは本当に試練なのかとか、そう捉えてしまう自分の問題みたいなものもあったりするかもしれないし、
どこに行っても何かもあるんですよね。
失敗と思うこともあるかもしれないし、
だけどそれをやっぱり、何でこれが失敗なのかとか、
何で自分はこう思っているのかっていうのを他人のせいにしないみたいなね。
環境とか状況とか、これがこうだから、周りがこうだから、
お給料がこうだからとか、そういうふうにね、
全部周りのせいにしてしまうことがあるんだけど、
それを自分軸に戻して考えてみると、また新たに違うものが見えてくるんじゃないのかなって思ったりしています。
成功と努力の関係
なのでね、風邪の時代だからってフワーって言って、やったーっつってね。
私の先生はね、3年ぐらい、4年かなって、1ヶ月1.5億稼げるような人になってしまったんですけど、
でも軽やかですけど、めちゃくちゃ時間ないんですよ。
本当に努力してるし、暇ないし、そんな踏ん刻みですか、みたいな。
それって軽やかって言うって思うかもしれないんですけど、
軽やかに見えないかもしれないけど、好きなことでご飯を食べてるんですよね。
でも休みたい、疲れたとかたまに言ってますけど、それでもやってるからそこに行くんですよ。
だから大成功してる人が、本当に毎日アフタヌンティーしてね、成功できるかって言ったら、そうじゃないよねっていうね。
やっぱりね、人の5倍とかね、やってるんですよね。
だけどそれが本当に5倍をやらされてるんじゃなくて、自分で選んでやってるっていうところの違いじゃないかな、なんて思っています。
はい、また長くなっちゃいました。
はい、今日はまたね、あの頑張って楽しく、頑張るって言いやがりますね。
頑張る、私は頑張る好きなんですけど、努力も根性も好きなんですけど。
だけどね、軽やかに自分がやりたいことをやるっていうね、やりたいって思ってやる。
やりたい、好きなことがやりたいことじゃなくて、そこに至るためにやるべき、やりたいと思っていることをやる。
という意識でね、今日ちょっと考えてみてもらえるといいかな、なって思います。
何か気づいたこととか、なかったコメントもらえると嬉しいです。
はい、ではでは、今日もいい1日になりますように、ハッピーを引き寄せましょう。
ではでは。
あとすいません、明日の夜の9時半からスピリチュアル飲み会を開催します。
はい、ぜひスタエフのライブもやるので来てください。
概要欄にも詳細載ってます。
はい、ではでは。