ア スパイラル イズ there の続き
残念ながら、青森の旅の音記録は途中で断念。代わりに映像つくりましたでもって本日間違え電話をしたら、久しぶりになぜか時報が聞こえてきました。結構心地良かったので、ここに音を上げておきます。さてさて、これをきっかけにスパイラルの次のプロジェクトを考えたいと思います。
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20240708二ツ井の校長先生に駅まで車で送ってもらう。18時半頃秋田駅に到着。 音声は祖父の昭和20年8月17日
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20240708現二ツ井小学校の校長室で校長先生と学校史をみる。また先生と一緒に『昭和20年』も読む。学校史には祖父が敗戦してから数日後に訪ねた二ツ井小の校舎や先生の名前が載っていた。 音声は祖父が過ごした昭和20年8月15日
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20240708現二ツ井小を校長先生のもと案内してもらう。林業が盛んな地域で校舎の木材はすべて地元の木とのこと。いくつかこ小学校を統廃合してできた校舎だが、いまは生徒数がとても減ってしまったそうだ。 音声は祖父が過ごした昭和20年8月14日
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や20240708秋田県二ツ井に到着後、校長先生に車に乗せてもらうと乗るやいなや「この辺、クマが出るんですよ」と教えて貰う。先生は過去、車に乗車中にクマに5回も遭遇したとのこと。そのうち一回は車に突進してきたそう。クマはときに画像の能代川も泳いで対岸に移動するとも。小学校跡地に行ったあとは道の駅へ。昔っからある、じゃっぷぅという食べ物を推められ食べる。 音は祖父が過ごした昭和20年8月12日
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2024年7月8日 秋田県二ツ井に行き、祖父が戦後数日後に訪れた小学校へと向かう。京都から事前に現校長先生に電話をして祖父の日記に二ツ井の小学校が出ていることを伝えていたので、二ツ井に行ったら会いましょうとなっていたので現地に着いたときに校長先生に電話。車を出して迎えに来てくれた。画像は二ツ井の駅と、迎えに来てくれた校長先生の車と昭和20年時に二ツ井小学校があった跡地。 音声は祖父の過ごした昭和20年の8月11日
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20240708秋田県二ツ井に向かう前に弘前で途中下車。乗り換えまでの80分間で、赤れんが美術館に向かう。蜷川実花展。ぎらぎらしているいつものようなものうなもののほか、父をテーマにした静謐な写真作品も並んでいた。 音は祖父の昭和二十年八月二日
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20240708七戸十和田から新青森で乗り換え弘前へ。 音声は祖父が過ごした昭和20年7月31日
A Spiral is There! 昭和20年7月30日
—-青森・秋田旅行の振り返り。令和6年7月8日。青森蔦温泉から、秋田に向かうため七戸十和田駅に行く。 —-音声は今回の旅に持ってきた、祖父の日記の『昭和20年』。空襲が頻繁に起こる東京で疎開を考え、秋田に向けた荷造りをしている様子が分かります。
A Spiral is There! 秋田に入る前に フォロワー限定
令和6年7月7日。翌日の秋田入り前に青森の蔦温泉に行く。ここは関西と文化が全く違うので面白い。緑の質感が違う、ご飯が違う、人が違う。 録音は一家で東京・神楽坂から秋田に疎開することを決め、飯田町駅に荷物を作って送る祖父の日記をお友達が音読したものになります。祖父が生きた、昭和20年7月22日如何に。※有明とよさんは、大曲に住んでいた人。どうやら祖父は有明さん宛に荷物を送っていたもよう