The Real Friends! The Real Friends! Sit back,relax, and come enjoy the The Real Friends!
レイル・フレンズイン東京にようこそ!
この番組は話題の新作、黄年の名作、謎を聞き作からぶっ飛びB級映画まで、あらゆるフィルムを倫理、宗教、歴史に陰謀、多様な視点から切りまくる映画専門チャンネルです。お相手はパーソナリティーのマコと
オウェン公園に行きたい。オウマです。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
オウェン上映ですか?
オウェン上映です。
何のですか?
マイケルです。
その名を口にしろよ、本当に。マイケルですよね。行きたい。
今日、ショッピングモールに行ってたまたま買い物があったから。映画館があったからさ。
そういえば25日過ぎたなと思って見てみたんよ。
はいはい。
オウェン上映やってんすよ。
やってんすよね。
めっちゃ行きたいと思ってさ。
これ歌っていいんでしょ?みたいな。
歌っていいんですよ。
めっちゃ歌ってる。
歌っていいんですよ。
ヒーヒーと言えるんですよ。
だからあれでしょ?最近ショート動画とか出てきてるさ、映画上映前にヒーヒーって言うとみんな子供ってこう言うみたいなのが。
そうね、アメリカのね。
アメリカのあれはオウェン上映なのかそれとも普通なのかよくわかんないですから。
あれは多分アメリカの普通なんでしょうね。
わかんないんですよ、各国の雰囲気がね。
たまたま先週だったかな。
親父とお袋と会いまして、なぜかしら昔の話をしたんですよ。
昔の映画ってこうだったよねみたいな。
少なくとも俺らが子供の頃はまだ予約席は一般的じゃなくて、完全な自由席だったし、だからチケットを買おうが並ばないといい席は取れなかったし、何なら立ち見もあったし、何だったらタバコの煙もくもくして見にくい上映もあったし。
タバコに関しては日本中吸っちゃいけない場所がなかったからね。
なかったよね、全然。
ジェールとかでも普通にあったし、俺大学生くらいまで別に駅のホームに喫煙所なんて普通にあったしさ。
新幹線の目的もあったし。
喫煙車両がありましたね。
あったあった。だから映画館という空間がもっとタバコの有無というか日常の延長線上に位置づけられていたなみたいな。
誰だよちくしょうみたいなこと言ってるおっさんもたまにいたりとか。
全然あったし。
ブツブツ言ってたよね。
ブツブツ言いながら2人でポップコーン食いながらみたいな、そういう空気感もあったし。
さすがにスリラーのマイケルほどではないかもしれないけれども、かなりリラックスした。
だからお家でカウチポテトしながら見るのと同じような空間でもあったななんてことをちょっと思い出して。
結局それが今は喋っちゃダメ、音立てちゃダメ。
ポップコーン食っててもうるせえって言われることもあるとかさ。
ポップコーンだんだん少なくなってきて、底の方のやつガサゴソ取ろうとすると怒られるとか。
そんな交渉な場ですかみたいなふうにちょっと思ってしまう節もあったりするんだけど。
なんでそれが起きたのかな?なんでそこまで綺麗になっちゃったのかなって思った時に、やっぱり家で映画見れるようになったからなんじゃないかっていう。
特別感というか。
そうそうそう。変な人の中に、かつての映画館が持っていた役割、画面で映画見ながらぶつくさ文句言ったり、自由にリラックスしながら見るっていうのは、
そういう役割はもう家での市長にもう完全に取って変わられて、わざわざ金出して映画館に来たんだから、そこは特別で片肘張った空間であれみたいな。
そういう方向にもうちょっと分化したんじゃないのかななんてことを勝手に思ったというお話なんですよ。
確かにね。それはすごいあると思う。実際。
今回僕もさプレミアシート買ったわけさ。
ちょっとした荷物置きもありの、シートもふっかふっかの普通よりも大きいシートでさ。
たぶん僕の後ろの席の人は非常に迷惑したろうけどさ、プレミアシートの段差って少しこう普通のシートより高さがさ、なんか高くなってるじゃん。
前の人の頭を気にしなくてもいいようなシートになってたりしてさ。
ちゃんとこう距離が保たれてるから気にならないんだよね。
そういうので、もしプレミアシート買って後ろがギラギラしてたりとか隣がギラギラしてたりしたら、確かにちょっとイラっとするわなっていう気がする。
そうなんだよ。僕はプレミアシートに座るほどお金持ちじゃないので、一般的な席にしか座らないんですけど。
いやらしい話しやがってみたいな空気感にリスナーのヘイトをオーマーに向けさせる小技なんですけど、
どうしても一般的な席だと距離感っていうのがあって、日本列島は狭いんだなと思いますけど、もうあと20センチ離してほしいなっていうのがあるんですよね。
身長高い方が別に前に来られるのは全然構わないです。僕も身長は高いんで。ただやっぱりお座高が高いとですね、がっつりスクリーンを隠してくるみたいなのもあるし。
さらには僕も背高いんで、どうしても足が前の座席につきそうなくらい近くなって、ちょっと窮屈感も感じてしまうんですね。
そこの辺を考えるとですね、もう少し広くしていいんじゃないっていう。
回転とか収益率みたいなところが関わってくるから、できる限り日本というマーケットにおける最大値を収めるっていう方向で設計されてると思うんだけど、
でもやっぱりそういうあそこを特別な場所をたらしめる方向になってきてるのであれば、観客のマナー云々だけじゃなくて、全部プレミアムシートぐらいの空間でいいんじゃないですかとか。
あるいは野球の特別なシートとかも広がっているように、ベッド席があるとか、ソファー席も完全な二人掛けソファー席があるとか。
そういう特化型のスクリーンみたいなものがどんどん広がっていくと、それはそれで面白いんじゃないのとか思ったりしますね。
なんか今回プレミアムシートで座ってさ、一番快適だったのさ、肘掛けどっち使っていいの問題がなかったのがすごい一番快適だったかもしれない。
そうね、なんかねやっぱり隣同士、知り合いとか友達とか恋人といったら、間が一緒になってるっていうのがまたちょっと嬉しかったりするわけじゃないですか。
特に女の子といったりとかね。
そうそう、手が重なり合ってとか、あるいはその真ん中にポップコーン置いて二人で一緒につまむみたいな、嬉しいじゃない。
でも両サイド知らないおっさんの可能性はあるんですよ先生。
全然あるね。
あるいは両サイド、なるべく我々ぐらいの世代のおじさんとは人生において片時たりともすれ違いたくもないと思ってらっしゃる若い女性である可能性もあるんですよ。
そうなった時にこの我々おじさんはもうどうしたらいいかと言ったら、なるべく身を縮まらせるしかない。
そうすると両サイドの肘置きなんて使えるはずもないんですよね。
ないです。本当に就職面接かっていうようなピシッとした格好をして、足も広げようなものなら横から下打ちくるからね。
あーってね。怖いんですよ本当に。
速攻写真撮られてアップされるんで。
そうだね。我々には自由権も平等権もありませんから。
身の程をわきまえてね、小さく縮まって生きていくしかないというふうな感じになるんですけど。
まあじゃあそんなわけでね、今回はそんな不遇な時代を過ごす少年がですね、夢の世界へと逃げていくお話を。
身を縮まらせながらね。
そのお話を扱っていこうかと思います。それでは本日も参りましょう。
はい、ということで本日のテーマは少年時代企画第2弾。映画ジャイアントピーチ。童話は誰のための?ということでやらせていただこうかなと思います。
誰のためシリーズ。
誰のためシリーズでございます。いやー少年時代企画まさかのまだ第2弾だったという。
間にいろいろ挟みすぎてるね。
そうなんだよね。始まったわりにまだ第2弾ね。結構時間は経ってる気がするんですけど、わずかな第2弾でもすでにとんざしかけている中、ようやく持ってですね、ジャイアントピーチに取り掛かろうというところなんですけれども。
いかんせんですね、このジャイアントピーチをやると決まってから2週にわたり全然違う映画を取り上げた結果ですね、我々ジャイアントピーチを見た時の記憶がちょっと薄れ始めております。
なんか必死にいろいろ考えてですね、もろもろ考えて準備をしてきたんですけれども、そのためにちょっと必死にメモした情報も赤の他人が書いたメモ書きのごとく、自分でよくわからないという状況なので、
これをいかに喋りながら整理していくのか、喋りながら記憶の引き出しを開けていくのかという、そこらへんの手腕が試されているんですね。
先に言っておきますけど、僕はもうボロボロな予感しかしないですね。
怖いですね。
なんか説に関して今ちょっと読み直してるけど、面白いこと言うねって。
面白いこと言うねならいいじゃないですか。もうなんか本当にこれ論士通ってるのかなみたいな、そういう不安感が僕はありますから。
もう全然通ってないもん、びっくりした。
いや怖いですね。
もう暴論すぎてビリで。
そんなわけで今回はジャイアントピーチでございます。
じゃあまずは簡単な概要説明毎度のことながら2分間で。
はい、いきますよ。
はい、ということで今回は1996年公開のティム・バートン製作、ヘンリー・セリック監督のジャイアントピーチについてお話しいたします。
このコンビはナイトメア・ビフォークリスマスのタグですかね。
そうなんだ。
そんなわけで今回のジャイアントピーチはロアルド・ダールという人物、イギリスの小説家・脚本家が書いたお化け桃の冒険の映画家になります。
実写映像とストップモーションアニメーションを融合させた作品で上映時間79分、子供にも楽しめるような物語になっております。
主人公は9歳のイギリス人少年であるジェームス。
父親がよくニューヨークのエンパイアステートビルのポストカードを見せながらいつか一緒に行こうと言っていたため、彼はニューヨークに強い憧れを抱くのですが、
ある日、真っ黒な雲と共に巨大なサイが現れて、両親を食べてしまうという。踏み潰されたんだっけ?わかんないですけど。
なんか殺されたとしても。
そうですね。故事となったジェームスがスポンジおばさんとスパイカーおばさんという悪意に満ち満ちた二人に引き取られて、丘の上の古い家で虐げられながら暮らしていると。
ある日、ジェームスはピョンピョン飛ぶ謎の魔法を込めたよくわからないネジみたいなやつを謎の魔法使いっぽいおじさんからいただいたんですけど、そいつをこぼしてしまって、結果庭の桃が巨大になると。
さらにその土中に吸い込まれていった中で恐らく虫たちにも何か変化が起きたのか。ミミズやクモ、テントウムシ、ギリギリス、ムカデ、土ボタルとかと一緒に桃の中に入って、おばさんから逃走して、海を漂ったり空を飛んだりしながら最終的にニューヨークへ到達すると。果たして彼らは今幸せになれるのかということですね。
ストップモーションと実写を一気にしながら楽しめる動画でございます。
今気づいたけど、iPhoneのアラームもさ、アラーム画面変わったんだね。
そうなんですか。知らないですけどね。
仕様が変わったらしいです。
iOSが変わったんですかね。ということで、これはストップモーションなんで、制作にはやっぱり2年かかってると。しかも130人くらいのチームで。
デジタル効果も組み合わせつつというところで、一方で実写のパートは絶妙に作り物感があるセットでやってるんで、そこのチープさみたいなものが、それはそれで童話っぽさみたいなのを漂わせててよかったですけどね。
そうだね。さすがティム・バートンだよね。
そうね。見るからにミニチュアで撮ってますよみたいなのを、そのまま見るからにミニチュアで見せてくるっていう感じが、ティム・バートン監督の作品でいうと、ビートルジュースのオープニングあたりとかすごく共通性を感じるというかね。
ストップモーションと実写の融合みたいな点においても、ビートルジュースと重なるなというふうな気がしておりますが。
そうだよね。そこの移行がすごくシームレスにちゃんと感じられるし、違和感がないよね。
そうね。なんか良かったですね。実際僕らも子供の頃に見ているんで、小学生の頃にね。僕はレンタルビデオで借りてきてみましたけど。
ふんわり終わったなって、今なんかこうストーリーを思い出そう思い出そうと思って頑張ってんだけどさ、
なんかスンって終わった。
まあまあね、じゃあちょっとそれを思い出しながらジャブを入れていきましょうか。
僕からいきますよ。あの、おばさんたちがハマリ役すぎるっていうね。
あれおばさんたちってさ、ここの作品で見たことあるかな?
俺ないと思うんだよね。マジで。全然知らない。
キャストは?
何に出てらっしゃる方なんだろうっていう。
ていうかその、どれがそのおばさんなのかちょっとわかんないんだよなキャスト見ても。
ミリアム・マーゴリーズさんがまず一人じゃない?
この方はね、結構見たことあると思うんですよ。
こっちの方は僕知ってる。
ベイブにも出てる。ベイブのあのおばさん?
ていうかリトル・ショップ・オブ・ホラーズにも出てますね。
それは絶対見てないな。
ロミオとジュリエットにも出てるんだ。
ハリーパッターに出てるらしいよ。
あー出てるね。スプラウト先生だ。
スプラウト先生か。
薬草学の先生じゃなかったっけ。
薬草学のあれだよね。マンドラゴラ引き抜いた時の。
だったと思いますけどね。
たぶんジョアンナ・ラブレーがあれだな。もう一人の。
もう一人?
そうそう。すごい怖い感じの。
あーそうだね。
ジョアンナ・ラブレスか。
これなんか見たことある気がするんだけどな。
この方のキャリアはなんだろうね。
ウルフ・オブ・ウォールストリートに出てるらしいけど全然わかんない。
日本のだと記事が少ないですけど、外国だと割とあるみたいですかね。
何ならコープス・ブライドでも声当ててるらしいですから、
ティム・バートンとの2回目のあれなんですね。
あれコープス・ブライドってゾンビと恋する少年の話だっけ?
恋するというか、謝って結婚してしまう。死体と謝って結婚してしまう。
普通に結婚したかったけどヤンデレにつきまとわれる感じのやつか。
間違えてたから結婚しちゃうっていう。
あれでも声を当ててるらしいですね。
へー。
ウルフで出てるぞ。
すごいパティントン2とかでも出てるみたいですし、結構キャリアも長いですね。
長いね。
結構いろいろと出てらっしゃる方。とにかくハマリ役で、本当にだって怖かったもん。
シンプルに。シンプルに怖かったっすね。
マジでどうしようっていう、もう墨棚人生っていう。
とにかくジェームズの絶望感をものすごいね。
この2人のおばさんがものすごい煽ってくれてね、素晴らしかったなっていう気がしましたね。
そうですね。
おばさんたちにちょっと関わる話なんだけどさ、絶対あの車にもあのミドリムシ入ったよね。
魔法をかけるやつね。
そうそうそうそう。
出なきゃおかしいよね。
出なきゃおかしいよね。
あの謎の孤島から海を渡ってですね、潰れた状態でニューヨークに到達するという脅威の走破力。マジで。
なんならあんだけ水が侵入しながら走ってたことを考えると、おばさんにミドリムシ入ってた可能性がある。
可能性あるね。
そういう何かしらの力が働いてないとおかしいよね。
追っかけるぞっていうその希望をあのミドリムシは叶えた可能性がある。
何よりミドリムシみたいなものを渡してくる俳優さんも結構イギリスの有名な俳優さんでいろいろ出てらっしゃる。
サイモン・キャローって方?
サイモン・キャローって名前だったっけ?
誰だろう?
結構インパクトのある、ピートさんですね。ピート・ポスルスウェイトさん。
ピート・テリーじゃなくて?
ピート・アピバー?
何よりアイリアン3に出ているっていう。
出てたっけ?
たぶん囚人のうちの一人なんじゃないの?
たぶんそうだと思いますけど。
ブラス出てたね、そういえば。ブラスは覚えてる。
ブラス?
ブラスっていうね、たぶんこれ超マイナー映画なんですけど、イギリスかどっかで本当に昔ながらの吹奏楽をやっているおじさんたちの話ですね。
それのなんかね、たぶんトランペットみたいな楽器を扱ってて
トランペットって言われてめっちゃブチギレるシーンがあったんだよね。
なんとかかんとかだよ!って言って。別のこういう楽器なんだよみたいな。
ユーフォニウム?
ユーフォってデカいやつでしょ?
じゃなくて、トランペットの指がないバージョンみたいなのを吹いてたよ。
なんていうやつか知らないけど。
よくお祭りとかで少年たちがぷくぷく吹いてるような、いわゆる日本のラッパーって呼ばれるやつでしょ?
そうそうそうそう。そのシーンだけすごい覚えてるけど、他どういうストーリーだったか全然覚えてないよ。
まあなんかとにかく名優らしくていろいろ出てらっしゃる。
実は今回もね、非常に重要な役どころで始まりと終わりにしか出てこないけど、彼によって物語が前進していくわけですからね。
そうだね。
あとそういえばロミオとジュリエットの神父さん役じゃなかったっけ?
そうなんだ。
違ったっけ?ディカプリオの方のさ、ロミオとジュリエットの方のさ。
確か神父だった気がするんだけど違ったっけな。
だとしたらヘイトが向きますね。ロミオとジュリエットの物語において最も先端は神父ですからね。
全部あいつのせいだからですよ。
ようやくすると全部あいつのせいだから。
あいつがもうちょっとちゃんとしておけばよかった。
LINEしとけよってね。
LINEねえから。
普通に隠しとけばよかったじゃん。
そう、別に。
状態なんて隠す場所いっぱいあるんでしょ。
ほんとね、その辺ちょっとお前もうちょっと上手くやれようの世界なんですけどね。
なんかもうちょっとこうあれだろうみたいな。
ちょっとできないね。できない人に対して聞きたくなるような気分になりますけどね。
じゃあこっからもいいですか?
どうぞどうぞ。
ジュースを作るシーンがあるんですけども、桃の。
桃のジュース。
食料がねえって言って、ここに桃があるじゃないかっていう。
桃ジュースっていうシーンなんですけども、
キリギリスがね、おもむろにこの桃をね、パルカなんかの上で潰し始めるんですよ。
ズボンめくったのよ。
当然、まぁまぁまぁ素足かなと思ったら、
その後、テントウムシに向かって靴を脱いで、靴の中に入ったジュースを直近に入れるシーンがあって。
純粋に汚ねえって思った。
そうね。
それに、あの製法は普通にワインの作り方なんで、
未成年飲酒です。足で踏んでね、発酵させて飲むわけですから。
伝統的なワインの醸造の仕方なんで、ダメですね。
ダメですね。
かもさないでください。
あれはね、でも確かにね、意図的に汚く見せてますよね。
そうだね。
でもなんかそれがね、一つの意味合いになってるんじゃないのかなって気もするんですよ。
これ別に俺の本筋には関わらないですけどね。
だからジェームスってものすごい抑圧されてるじゃないですか、家で。
とにかく、もうちゃんとせえみたいな、やれやれって言われてる中で、
本当に規律みたいな、理不尽に突きつけられる規律を守らなくてもいいという、
逸脱行動への憧れがそこに全部出てるんじゃないのかなっていう。
だからもちろん。
お行儀良くじゃなくて、物を食べるとか。
とにかくどんなに汚してもいいし、好きに振る舞っていいっていう風なことへの
欲求がそこに現れてるのかなみたいなことをちょっと思ったりはしましたね。
あとね、ムカデやらかしシーンありましたね。
俺に任せとけみたいな、5つの海を釣って7つだろうみたいな話とかあって、
結局そいつに全部舵を任せた結果、北極圏に到達するみたいなね。
完全にその後ムカデを見直すくだりありましたけど、
ムカデがコンパスを手に入れて帰ってきて、
いやーよくやるじゃねえかみたいな見直すぜみたいな感じになってたけど、
普通にただ自分の犯したことに対してケツを拭いただけで、
そもそも舵が取れてれば別にコンパス取りに命をかける必要もないし、
結果的にジェームズとクモも命かけることになっちゃってるし、
何も見直されることないよねっていう。
何も見直すことではないよねみたいな。
そこでクモがちょっと惚れるみたいなしょうもないくだりあるじゃないですか。
待ちポンプだよね。
それを理解してやってたとしたらムカデは作死ですよね。
一回自分を下げてあげることによって、好きにさせるみたいな。
釣り返し効果も狙うっていうね、ちょっと命の危険にさらして。
超作死ですけどね。
何よりそこであれじゃないですか、あいつ出てくるじゃないですか。
ジャック出てくるね。
そう、ジャック・ザ・スケリントンが出てくるんですよ。
確かに、このジャック、僕ね今、ジャブのメモにジャック出てきた草って書いてあるんだけど、
ジャックって誰だよってずっと考えたの。
そのジャックだ。
そのジャックです。
ジャック・ザ・スケリントンが出てくるんですね。
しかもそれを一目見てムカデが、スケリントンって言ってね、もうジャック・ザ・スケリントンという存在を知っているという。
メタ発言ですね。
メタ発言ですね。
あれはどっちが先なの?
当然あれですよ。
あっちが先?
あっちが先ですよ。
ナイトメア・ベイバークリスマスが先です。
だからジャック・ザ・スケリントンが出てくるというね。
別にあそこでジャック・ザ・スケリントンが出てくる必要性は皆無ですけれども、あくまでサービス仮面を出演というイメージですかね。
そうですね。
あのシーンも無駄だったな。
まあでもいいんじゃないですかね。わーって終始悪役なジャックが出てくるっていうさ。
新しいね。
そう、新しい感じがしましたね。
あとあれ、すっごい東電もいいところなんだけどさ。
結構冒頭のシーンなんですけど、初めて桃を食べるシーン。
あれうまいこと考えたなって思った。
でか桃にね、少年が手をズバッて入れてズボッて出すんですよ。
そしたらおそらく丸々剥いた普通の桃がズボッて出てくるわけさ。
少年が手を入れて掻き出したように見せて、手に持っているのは多分一般市販されている桃を普通に剥いただけなのよ。
なるほどね。
あ、上手と思った。
そういうことね。撮影上のテク的な感じね。
テク的な感じで。
なるほどね。
そうくるか。
関心がありましたっていう感じです。
僕はでも桃に関して一言言いたいのは、
白桃じゃねえんだっていう。
応答好きじゃない。
応答好きじゃないの?
好きじゃないよ。
あんなに中華料理食ってるのに?
いや、そう。全然好きじゃない。
え?だって中華料理に入ってるのってほとんど応答のイメージじゃん。
あんにん豆腐に浮かんでるやつとかな。
そうだよね。
でも先頭って白桃のイメージじゃない?
確かに方針縁起で出てくるのは白桃だよね。
先頭って応答だったみたいな説あんの?どうなの?
俺あんまり今までそこを気にしたことなかったな。
俺めっちゃ気にするよ。
どんなにそれでものすごい力が手に入る、人数力が手に入ると言われても応答だったら食わねえかなっていう。
マジで?
そのぐらい別に応答好きじゃないんですよね。
貧乏で桃食べると言ったら缶詰の応答みたいなさ、そういう記憶があるから。
どうしても貧乏暮らしの缶詰も連想してしまうんですよ応答を食べると。
いいじゃん。
好きじゃないよ。
白桃をナイフで剥いて、ペリペリって剥いた毛深いさ、うなじみたいなさ、ちょっとお上品な毛深いうなじをベロベロって剥いで、
滑らかな真っ白に透き通るような果肉をギャブって食べるっていう。
あの白桃の楽しみってやっぱりこの丸かじりの気持ちよさなんですけど、応答にそれはない。
これは缶詰。だから別にあんなジャイアントピーチがあっても僕は何も嬉しくないです。
俺応答って生のやつ見たことないかもしれない。
ないないないないない。ないよね確かに。
缶詰以外のイメージないもん。
でしょ?
だから別にあんなでっかい応答があったってなってもそんなに心躍らないよ。
でもフルーツポンチは応答の方が良くない?
良くないって言われるけど、そもそもフルーツポンチに白桃入ってたことないから分かんないよね。
比べたことないもんだって。
確かにそれはそうだ。
そこだよだからそもそも。
なんか何かなというふうに思っちゃいましたけどね。
あとね、しょうもないこと言うとクモが一足ずつ全部ちゃんとハイヒール履いてるのなかなかいいよねって。
細けぇけど。
細けぇ足にちゃんと一足ずつハイヒール履かせてるっていうところも素敵だなっていうふうにちょっと思いました。
彼女おしゃれだからね。
おしゃれだね。
おしゃれですね。
ちょっとでもフランス感あったよね彼女はね。
髪型がね。
ベルボンをかぶってるし。
パリジェンヌ的な。
そんな感じがあるね。
もうないの?
あと一個。
土ボタルって何?
土ボタルって確かにね、言われてみれば何だろうね。
事前に調べろって話なんだけどさ。
オケラみたいな変な形のおばあちゃんだったじゃん。
ハエらしいよ。
ホタルじゃなくて。
ヒカリキノコバエ。
ヒカリキノコバエっていう。
ハエモクらしいしかも。
ハエモクキノコバエかヒカリキノコバエ族。
の昆虫の総称土ボタル。
特に幼虫が青白い光を発するため土ボタル。
グロウワームとして知られているという。
これ俺知ってる。
これ知ってる。
これはね、俺のキモい虫シリーズの中でグロウワームって聞いて思い出した。
グロウワームやばいよこれ。
グロウワーム。
ドゥルドゥルしたやつをドゥルドゥル垂らして。
丸いボールチェーンあるじゃん。
鍵とかキーホルダー付けるボールチェーン。
寝息をボールチェーンみたいに洞窟の天井から垂らして。
そこにそのキラキラ光るやつに釣られて寄ってきた虫を、羽虫とかをその寝息に絡めとって。
幼虫は食って成長するんですよ確か。
へー面白い。
確かにめっちゃ綺麗なの。
たぶんね、土ボタルで画像検索したら出てくると思うんですけど。
出てきます?
オークランドのワイトモグロウワーム堂っていうやつが出てくるんですけど。
ライトアップされててめっちゃ綺麗ね。
めっちゃ綺麗なんだけど、これが虫が出した寝息なんですよ。
これ頭ついたら絶叫だね。
ほんとだよね。
ほんとだよね。
それです。
だから僕らがイメージするゲンジボタルみたいなさ、そういうやつじゃなかったもんね。
あの土ボタルの婆さん。
確かに。
しかも衝撃的な事実なんだけどさ、あの婆さんさ、婆さんだけど幼虫だったんだね。
じゃないとおかしいな。
じゃないとおかしいな。
いやでもあれじゃない?
まだあいつ進化残してるんだよ。
いや違うよ、さすがに。
さすがにちゃんと成虫になったら光るんでしょう。
時効して。
そうなの?
あれどうなんだろうな。
でもホタルだからひょっとするとあれかもしれない。
あのネオテニーするやつかもしれないね。
メスは。
でもなんか成虫はほんとにハエだよ。
だってあの人幼虫だったじゃん。
でもだからあれじゃない?
あ、でもこれお腹をひっかわらせてる土ボタルのメスっていうの出てきましたよ。
ナショジオが言ってますからね。
じゃあ間違いないか。
我々のナショジオへの信頼と。
でもやっぱりネオテニーしてますよ、絶対これは。
幼虫っぽい体つき、でも足ちゃんと生えてるな。
ちょっと微妙ですね。
分かんないですね。
まあなんかちょっとその辺はぜひ今後調べていきましょう。
ジャイアントピーチの話と全然関係ないっちゃ関係ないんで。
楽しいですねでもね、土ボタル。
土ボタルいいね、彼女は。
成虫は何も食べられないんだ。
あれなんだ、カイドウと同じシステムなんだ。
だからもう幼虫のうちに栄養を成虫して、成虫になってからはもう完全に生殖のためだけに動くみたいな感じですかね。
あとね僕はね、二ついいですか。
一つはエンパイアステートビルが最も高いっていうのがなんかちょっと時代感があって好きですね。
実際さ、あの当時どうなの?
だから実際あの当時はそうじゃないっていう。
ああそうなんだ。
あの当時はってその公開年が1996年だからその時点ではもうワールドトレードセンターあるでしょ。
ああそっか。
確かそうだね、もう特にあるはずだから。
でもだからあの物語上ではエンパイアステートビルが最大っていうね、ニューヨークのシンボルだったというところでもうすでにちょっとワクワクする感じ。
だからなんかこう、東京タワーは日本の天井だからなーとか言ってるのと同じようなワクワク感。
そんなクダ巻いたオッサンの映画は知らない。
そんな映画は知らない。
もうちょっと少年のワクワク。
そんな映画は知らん。そんな映画は知らんけどなんかそういうイメージ。
まあまあまあまあちょっとオールウェイズとかでなんか言ってそうな感じすれば。
そういう感じがあってよかったよっていうのが一つと。
あとはね、結局悪い祭って何?っていう。
謎だよね。
謎だよねっていうね。
その辺もちょっと気になっておりますけれども。
エンパイアステートビルで俺ちょっと思い出したんだよ。
なんすか?
エンパイアステートビルより高いはしご車って何?
確かに。
他にも言ってもおかしいんで。
確かにそうだね。その通りだね。
ツリーを入れて戻さなきゃいけないわけじゃん。
確実に一時期はエンパイアステートビルよりも絶対的に高い。
少なくとも桃の縦の高さ分高くなきゃいけないわけじゃん。
どうなってるの?
本当だよね。実際にエンパイアステートビルに火災が発生したことがあるみたいです。
火災どこじゃないの?
エンパイアステートビルB-25爆撃機衝突事故っていうのが1945年に起きてるらしいです。
B-29が衝突してんの?
B-25。
45年。
へぇー。
でもまあハシゴ車が届くはずはないわけですから、結構な大変だったみたいですね。
いやでしょうね。
いやー。
当時の写真とかなんかありますね。
うーん。という感じだそうです。ということでジャブはこのぐらいにしますかね。
じゃあ今日は大間から行きますか。
行きますかと言ってもなんか俺何を言ってんだろうなっていうのを未だによくわかってない中は喋りますので、
あとでマコPTに整理してもらおうと思ってます。
じゃあ映画ジャイアントピーチ。
アメリカ万歳説。
おーいいじゃないですか。
というところなんですけれども、
この映画ね、表向きはいじめられっ子の少年が巨大な桃で大冒険するファンタジーっていうところなんだけれども、
出来事をもう一回ちょっと整理してみると、
古いイギリスで虐げられた少年が社会から嫌われ者の虫たちと一緒に海を越えてニューヨークにたどり着いて、
大監修の前でいろいろスピーチをした結果受け入れられるっていう話なんですね。
だからこれファンタジーのかぶった完全に移民の物語なんじゃないかなと。
はー面白い。面白いねもう今日はそれで。
本当?
面白いわ。それなかったなそうしては。面白いな確かに。
へー面白い。
なんかすごいハードル上げられてすげーどんどん。
俺自分で描いてることよくわかってないからさ今。
今もう完全にあの時の勢いを失ってるから、ちょっと本当にハードル上げないでこいから。
別にそれを狙ってんのことじゃないんだけど、本当に面白い視点だなと思って。
いやーこれはすぐに語らなかったことを後々すごい後悔するような仕上がりになりそうですね。
そのぐらい。
やめてくれ。
ネタが良すぎる。ネタが良すぎる。面白いわ。
この映画を通してアメリカという国が自分自身について語ってきたこの都合のいい自己像みたいなのが
桃の形をして転がってくるっていうような映画なんじゃないかと。
登場するものを一個ずつ見ていくと、まずイギリスっていうのが古党だよね。
崖の上の古党でイギリスと同じく灰色の空がずっとあって、毎日変化のない毎日があって。
だからこれがいわゆるイギリスの古い階級社会みたいな。
生まれた場所だったりとか階級だったりとかっていうところで人生が決まってしまうような世界観っていうところ。
確かなんだけど、たぶんこの映画、もともとジェームスが暮らしてた場所って一回も言及されてないと思うんだけど。
でもおそらくは、そういう綺麗なイントネーションだったりとかさ。
明らかにアメリカに着いた時のアメリカの人たちのイントネーションと、
おばさんとジェームスってちょっとイントネーションを分けてるんじゃないかなっていうのをすごく感じて。
だからこれイギリスの目ってことを言いたかったのかなっていうのが一つ。
あとおばさんたちのなんとかとかなんとかっていうところなんだけれども、
ジェームスを働かせてご飯を与えなくて、完全にネグレット状態で育てていってるわけなんだけれども。
これがイギリスの当時の移民政策がどうのこうのってなっている時の支配階級だったり、
搾取だったりとか、あるいはイギリスという国の閉鎖性みたいな旧世界の権力そのものを表してたんじゃないかなと。
だからジェームスっていうのも両親を失って虫ケラ以下の扱いを受けてる子供で、
これが移民せざるを得なくなったぐらいイギリスで生きていくことが難しくなった難民っていうふうにも捉えられるかもしれないと。
昆虫たちもムカデ、クモ、バッタ、ミミズ、テントウムシ、あと謎のツチボタル。
ツチボタルはよくわかんないけれども、少なくともこのラインナップって、
テントウムシは若干あれだかもしれないけど、
人間社会では少なくとも気持ち悪がられるような虫たちだし、
あと踏みつぶされる側の存在、だからこの社会から嫌われている存在、
イギリス国内ではうまく生きることができないっていうような人たちのところを指していたのかなと。
桃に関してはちょっとよくわからないからすっとばすんだけれども、
海っていうのも移民で海を渡っていくっていうところで、
その桃が移民船とかそういうふうなことになってくるのかなと。
最後ニューヨークにたどり着くと。
ニューヨークっていうのはやっぱりアメリカにおける自由と許容と成功っていうところの一番象徴的な場所。
自由の女神があるぐらいだからさ。
そこですごく大事なのはスピーチをするジェームスっていうのが一番大事なんだろうなっていうのをちょっと思っていて。
だからここで言論の自由によっていろんな差別だったりとかっていうものを取っ払って、
本人の能力さえ高ければ誰でも受け入れられるんだよっていうところを表してたんじゃないかなと。
出てきた者たちっていうのを一対一で見てても、
イギリスからの移民っていうところが割と説明つくんじゃないかなと。
老人なんですけど、魔法使いの最初と最後にチラッと出てくる老人。
ジェームスに光る緑色のやつを渡して、「素晴らしいことが起こるぞ!」って約束だけして。
あいつ何なんだっていうところなんだけど、移民の物語として読むんだったらちょっとよくわかんないんだけれども、
でもアメリカの話として読むんだったら、
あの人の見てくれと格好が、一個アメリカの歴史にバチコーンって当たるものが僕ちょっと思いついちゃって。
アンクル…アンクルジョンだっけ?アンクルサムか。
アンクルサム。
I want you でしょ。
I need you だっけ?
I want you だっけ?
もうアメリカのプロパガンダのポスターといえばこれっていうような、
アメリカ柄の服を着たおじいさんが愛が必要だって言って指を指すポスターがあるんですけれども、
なんか見た目すごい寄せてきてるよねっていう。
おついち なるほどね。
面白いな。
旧世界で強いてあげられてる人とか、今の社会で生きるのがなかなか難しい人っていうところが、
君には素晴らしい未来があるって言って、自分の手を汚さないでなぜか消えていく。
だからそのポスターの機能そのものだと。
しかも面白いのが、行き先を決めたのは老人じゃないんだよね。
あくまでジェームスがアメリカに行きたい、ニューヨークに行きたいって言ってスタートしたら行ってるんだよね。
だから構造として、その謎の魔法使いのおじいさんに関しては、手招きも何もしてないんだけど力だけ与えていってる。
これアメリカの移民政策が行われた時の状況。
アメリカに行けば全てがうまくいったりするんだよっていうような還元のもと、アメリカに連れて行って、
好き放題ができるぞみたいなところからスタートしていってるし、
アメリカの自由っていうところを語っていくときに、
第一次世界大戦、第二次世界大戦においても、祖国を守るために君らのパワーが必要なんだって寄せていったっていうような背景もあるとすると、
もしかしたらあの老人っていうのがアメリカに呼び寄せるため、
あるいはアメリカの国というものを建国するとか維持するためのパワーそのものっていうところが、
おじいちゃんだったのではないかなと。
アメリカに関して最初のニューヨークに着いた時っていうところなんだけれども、
アメリカに着いてエンパイアステートビルに桃が刺さって行った時に、最初誰もおいでいらっしゃいよろしくねなんて誰もやってないんですよ。
なんだあれは。
ルーカシンが目で見て、撤去しろって言って撤去した先に、
いろんなおばさんがやってきたりとか、それをかっこよく虫たちが退治したりとか、
あるいは少年がジェームスが声を上げてスピーチをしたりっていう風な色々出てくるんだけれども、
最初は本当に化け物扱いで武器向けたりとかっていうことがあるんだけれども、
ここで多分映画の中心というか核心の部分で、その状況を打ち砕いたのがジェームスのスピーチなんだよね。
ジェームスが群衆の前に立って語る。この虫たちは化け物じゃない、僕の家族だってファミリーなんだ。
自分たちはどういう風にやってきて何があってどういう存在だったのかみたいなことを自分で自己開示をしていく。
だからアメリカっていうのは無条件で誰でも歓迎する国として描かれていなくて、
自分を自己開示したりとか、自分はこういう能力があるんだよとかっていうことを表現していくことで、
市民権として勝ち取れる国として描かれていると。黙っていたら確かに化け物のまんまなんだけれども、
自分はこういう存在なんですっていうことを語っていける能力がある。
あるいはその語るだけの能力があるっていうところがあれば、羊とか犬なんていうの。
生まれ持った海藻とかじゃなくて、その国で生きられるっていうのがもうアメリカンドリームの文法そのまんま出てくるっていう。
なんていうんだろうな。
おばさんたちが最初ちょっと旧世界の支配階級みたいなところを表してるっていうところも、
アメリカでそれがボコボコにされるんですよね。
しかも公衆の面前で、僕は勝手に彼女たちをイギリスの権力者っていうふうに考えてはいるんだけれども、
その権力者がアメリカに来たときに、いろいろ言ったりとかひにくったりとか、
なだめつかしたりみたいなことをしてみるんだけれども、結局それらは何も力を持たずに、
アメリカという国の中では無力に処理されていく。
というのも、移民をした後のアメリカっていう国がどう育っていったのかっていうところを表現するになるんじゃないかなと。
だから、旧世界のイギリスというものから、新世界のアメリカといったときに、
どんだけアメリカが素晴らしくイギリスというものから育っていったのかっていうところを表現するところの一つになってる。
ここはちょっと自信ないというか、確か自信ないなって思いながら書いたなっていうところがあるんですけど、
サイなんですけど、あれは多分ストレートに読んでもトラウマの象徴なんだとは思うんですよね。
この説の中でいうトラウマって何だろうなっていうのはちょっとよくわかんないんだけれども、
イギリスという国での何かがトラウマになってるんじゃないかなとは思うんだけど、
ここはちょっとよくわかんないです。
サクッとまとめていくと、このジャイアントピーチっていうのが虫ケラ扱いされた人たちっていうのが
海を越えたアメリカで人間扱いされる話。
だから、旧社会で生きられなかった移民前の世界線の人たちっていうのが、
その移民をしてアメリカの自由っていうものを中に飛び込んでいくことで、
初めて人間として、市民として受け入れられるっていうところが語られている
アメリカ万歳のプロパガンダと言ってもいいような映画だったのではないかなと。
ただ、若干これもしかしたら皮肉なのかなとも思っていて、
この映画が例えてるアメリカってどんなアメリカだったかって変なやつでも切れるよ。
質字じゃなくてその人の能力だったりとかスキルだったりとかっていうところで評価されるよ。
古い支配から逃げてきたものにチャンスを与えて、
自分の言葉で語ることができたら市民になれるよっていうようなところなんだけども、
それでこの映画公開当時もそういうアメリカって存在したんですか?っていうところ。
実際、人種差別問題がどうたらっていうのは昔からアメリカで言われてることだし、
それはヒスパニックだったりとか有色人種だったりとかっていうところのいろんなところで言われてるんだけれども、
現実のアメリカではこういうことって起こり得てないよねっていう皮肉の内容でもあるのかもしれないなと思いつつ、
でも少なくとも表向きに関してはアメリカに移民を行った時、
あるいはアメリカという国というものがどういうふうに成立していってるのかっていうような、
アメリカ移民してアメリカ万歳だよっていうような映画になったのではないかというのが今回の僕の説でございます。
なるほどね。良いんじゃないでしょうか。
はい。
でもそういう見方できるはいいなという感じはしますね、確かにね。
なんかこう終わり方のそのなんていうのかな、頑張ったねーみたいな、頑張ったねーみたいな、
それで上からの締め付けの象徴としてのおばさんたちがもうコテンパンにやられて終わるみたいな、
なんかそういう感じの、冒頭にも言ったような大きなクエンドがその論だったらそれでいいんだろうなっていう、
気がしてくるし、まあ確かにそういうとも読めるなっていう気がしましたね。
良かった。
いいじゃないですか。ちょっとな、今回俺じゃあ弱いかもしれないわ。
おお。
はい。ちょっともう僕のも言っちゃっていいですか?
いいですよ。ぶちかまして言ってください。
はい。ジャイアントピーチ、事実上の、コジのセルフセラピー映画説。
ちょっとあれ、弱いからエコーかけなかったの?
うん。もう弱いから、別にそんな物々しく語れないんじゃないのかなっていう気がしておりましてね。
まあ要はですね、今回の作品っていうのがその実写とストップモーションの融合っていう、
そういうアプローチを行っているのと同時に、それがそこまで行き来しないっていうところもね、大きいんじゃないかな。
要するに導入が実写で、ちょうど展開がストップモーションで、また下げが実写っていう風な構造になっておるわけなんですけれども、
それ自体はもう構造的に、あそこが空想の世界への入り口なんじゃないのかっていう。
要するにあれは本当に起きた出来事なんですかっていうね、そこへの疑問の投げかけが僕の論です。
まあそんなのはみんな言ってることだと思うんですけど、そんな風に見えませんでした?
いやもうガチンコで僕そうだと思って、何とか他のやつねえかなって言って、移民説を出しました。
で、やっぱりそこにみんな落ち着くだろうから、それをなるべくやっぱりちゃんと深めて提示しなきゃなっていう風に思ったのが僕のお話なんですよね。
まあなんて言うんでしょうかね、桃の旅なわけじゃないですか。
桃の旅ですよね。
だからあれは冒険ファンタジーではなくて、本当に完全に孤立してセラピストもいない、そしてトラウマっていう言葉さえもまだちゃんと成立していないような状況下で、
虐待を受けている子供がたった一人でセルフサイコセラピーを行ったら、それがどういう風に起こりうるのかみたいなものを描いてるんじゃないのかなという。
だからその旅の仲間で虫たちがいっぱい出てくるんですけど、あれも外的な友人とかではなくて、完全に分断された自己の共造だったんじゃないのかという。
だから全員ジェームズだったんじゃないのかというお話をしたわけですね。
まず本作が結局童話なんですけれども、書いたジェームズはイギリス人なんですよね。
ロアルド・ダールという、ロアルド・ダールはチャーリーとチョコレート工場、自動文学の偉人であるというふうによく言われますけれども、日本でロアルド・ダール作品を全部読んでますみたいな人はそんなにいないと思いますけど。
どうなんですかね、皆さんいらっしゃるんでしょうかね。
ちゃりチョコとジャイアントピーチぐらいしか読んだことないですね。
あとマチルダとかね。
マチルダね、聞くけど読んだことないな。
そんな感じですね。ダールはその1916年生まれですね。1916年で何が起きたのかな。ロシア革命が起きる1年前ですね。何があったんだろうな。
そんなパンパン出てくるね。
彼は実は結構大変な幼少期を送ったようです。3歳で姉と父が立て続けになくなり、母親は未亡人になって、ダールを含め4人の子供を抱えてイギリスへやってくると。
7歳で寄宿学校に入るんだけれども、そこは英国寄宿学校制度の中で大罰や虐待みたいなものを受けて育っていったと。それを彼自身は幼少時代を実感してるんですよね、実際に。
高校で校長だったり上級生によるムチ打ちがあるみたいな。まさしく狂弁ですよね。狂弁を振るうとか言いますけど、今はもはや狂弁なんて存在しないものになってますけど、言葉だけ残ってますけどね。
本当にムチ打ちをされる。屈辱を受け、孤立していく自分の内面みたいなものを、おそらくロアルド・ダール自身がある意味、寄宿学校の中ではそれこそ孤児と同じような、誰にも頼ることができない環境の中で、ずっと屈辱的な、抑圧的な、そういう環境の中で育ってきたっていうふうな経験があったと。
そういった中で彼が書いていったのが、後のジャイアント・ピーチで、彼の最初の長編児童文学であるという、ここにも大きな意味合いがあるんじゃないのかという気がするんですね。彼自身の幼少期のトラウマみたいなものが実はそこにはあって、それを処理する作業工程の中で生まれたのがこの物語だったんじゃないのか、みたいな。
そう考えると、ジェームスの両親がいきなり冒頭で消えるわけですよね。サイに踏みつぶされたか食べられたかわかんないですけど、あれも結局子供に対して面白おかしく、ジェームスが孤立する様を描いたわけでは実はなくて、
子供から見た時に、両親みたいな頼れる家族の存在がいきなり消える理不尽さって、つまりこのぐらいのことなんだよってことを言いたいんじゃないかと。だってサイなんて人食べないし、空からやってこないじゃないですか。
そうだね。 だからとんでもないサイの幽霊だかわかんないし、潰したか食ったかわかんないですけれども、そういう何かしらの凶暴で得体の知らないものによっていきなり奪われるのが死であるっていう。その衝撃や恐怖っていうものがずっと心の中にあるっていうのがその孤児の心のありようなんじゃないのかっていうことをそこで皮肉的に描いてるんじゃないのかななんてことを考えたりするわけですね。
このジャイアントピーチで出てくる舞台っていうのが1948年ですね。1948年のイギリスってのは一体何かって言ったら、1503年ですよね。
そうなんか。 そうですね。1500間もない頃の社会っていうのはやっぱり戦争の傷っていうものを抱えて生きてるわけで。
この1948年のイギリスにも当然心を病んだ人たちはいっぱいいたんじゃないのかと思うわけですね。
実際第一次大戦の時には、これは僕らが中学生の頃に動画を授業で見たかもしれないですけど、シェルショックと呼ばれるPTSDの映像を見たことがあるはずなんですけど、我々は授業で。
ちょっと記憶にないみたいですね。残豪戦でずっと鳴り響く爆撃の音の中でいつ死んでもおかしくない。しかも地面はぐちゃぐちゃで、とんでもなく過酷な環境でずっといた兵士たちが、完全に心の傷で全く使い物にならなくなってしまう。
日常生活も全く遅れなくなってしまうみたいなのがシェルショックというふうに読んだわけですね。第二次大戦の後も戦闘疲労みたいな形で呼ばれていて、この時代においてはまだ心に心的な外傷っていうものを表す言葉っていうものがまだそんなに安定して存在していない。
だから社会の中でも医学的なアプローチにおいても、そういう心の傷みたいなものがまだ抑えられていなかった時代ですね。そういう時代をあえて舞台に選ぶっていうのも、手がかりがない、自分のセルフケアに対する手がかりが存在していない世界で、ジェームスみたいな子どもがどうやって生き抜いていくのかっていう、
そういうことを描きたかったからそういう設定にしたんじゃないのかなっていうふうに思ったわけですね。今回ストップモーションを使っているんですけれども、ストップモーションっていうアプローチも非常に暗優的に感じられて、ストップモーションってもともと命がないものに命を吹き込む作業じゃないですか。
あれらの模型には命がないんですけれども、それらを本当に手作りのストップモーションもちょっとずつ動かして静止画で撮って、それを連続させて流すことによってアニメイトするわけじゃないですか。
この作業ってある種トラウマ処理にも似てるんじゃないかという、自分の心の傷ついて動かなくなってしまった部分をどうにかして動かしていく中で命を吹き込んでいく、そして修復していくみたいな、そういうアプローチと重なる部分があるんじゃないのかなっていうふうに思うと、
あのストップモーションで描かれているパートっていうのはジェームスの心の中の心象風景が少しずつぶつかり合いをしながら、だんだん豊かに育っていくっていうふうな、そういうプロセスを描いてるんじゃないのかっていうふうに感じることができるんじゃないのかなっていう気がするんですよね。
そんなことを考えていくと、面白いのが出てきて、先ほど一番初めにも言ったように、僕はあの虫たちはジェームスの心の中の様々な部分をそれぞれ分断した事故として何かを投影してるんじゃないのかみたいなお話をしたんですけれども、
このリチャード・シュワルツっていう人の内的家族システム療法っていう。
シュワルツ。
IFSです、IFS。
内的作業療法モデルじゃなくて。
内的家族システム療法ですね、インナーファミリーシステムですかね。
えっと、べったりじわじわのやつか。
べったりじわじわのやつ、ちょっとわかんないですけど。
はい。
これはですね、いわゆるシュワルツっていう人は、患者が自分の心について語った時、しばしば私の中の何々な部分が、みたいな言い方をすると。
私の臆病な部分が、みたいな。私の怒りっぽい部分が出てきちゃって、みたいな。
これって要するに、本来統合されている事故っていうものを、個人がそれを分断させた視点で見ているという。
でも、この感覚って結構みんなが共有できる部分でもあって。
実際、あのあれですね、インサイドヘッド、ピクサーの映画でやったじゃないですか。
あったね。
あれなんかも、まさに事故の中に何々な部分っていうのが、それぞれ分断された状態で独立して存在している、みたいな設定だったりするじゃないですか。
あれのまさに走りというもので、要するにそれぞれ心の中には複数のパートがあって、それぞれ役割を担っているんじゃないのかということなんですね。
そういう色々な部分っていうものがたくさんあって、それら全体を統合する核としてのセルフという、自分自身がいるという。
健康っていうのは、核になる部分がそれぞれの色々な部分ですよね。
こんな部分、あんな部分というものと対話して、それぞれ認め、統合していくことによって、心の健康が保たれているんじゃないのかみたいなお話だったりするんですけど。
これを結局、虫たちに当てがけて考えていくと、例えばミミズ。
あいつはもう完全に臆病な事故なわけですよね。
とにかく怖い怖いって言ってて、しかもサングラスをかけてますよね。
地下に潜っているミミズがサングラスをかけてるんですよ。
あれは文目のメタファーじゃないの?
だからあれはまさしく何も見たくないという。怖いから何も見たくないっていう。
たぶんそういうことなんじゃないのかなっていう。
逆体を受けて萎縮してしまった事故の投影なんじゃないのかなっていう気がするんですね。
傷ついてしまった、自分の傷を負っている事故がミミズに当てがわれてるんじゃないのかなと。
対してムカデですね。
これはIFSによればファイアファイターって呼ばれるらしいんですけれども。
要するに自分の傷ついた部分、痛みが浮上してきた時に、それを衝動的あるいは破壊的に消化する。
要するに痛みを誤魔化したりだとか、痛みを積極的に消すための対処的な行動を起こす部分のことを言うんですけど。
ムカデはまさにそんな感じですね。衝動性あるいは万有ですよね。
危険を顧みず飛び出すような、そういう衝動のつかさどる部分で。
痛みから逃げるためであれば無謀でも何でもしてやるんだっていう、そういう無公密な性格の部分っていうものがムカデに当てがわれてるんじゃないのかと。
でも本当はそうしたいけれどもできないのがジェームスなわけですから。
だからそんな彼のしたいけどできないっていう部分を代行してくれる存在としてのムカデみたいな感じだったのかなっていうふうに思ったんですね。
対してキリギリスですよね。
こいつはもう完全にムカデと相対する形でいつも反発し合ってるんですけれども、あいつは完全にマネージャー的な感じ。
白色で品があって、文化を愛しみたいな。
真摯的に振る舞っているっていう。あれってある種理想の大人相談じゃないのかという。
ジェームスからするとね。
一緒に楽しむときは楽しんでくれるし、しかもなんかこう、より豊かな表現みたいなものを教えてくれるし、論理でもって相手を説得しようとするし。
だからある種ずっと敷いてあげられてきたジェームスがずっと僕は子供のままじゃいられない。
早く大人になって自分を制御したりだとか、自分を守らなければいけないみたいなそういう流行る気持ちの中で、
本来両親と接する中でね、自分に向けて欲しかった感情を持っているような理想的な大人相として、ギリギリスが存在してたんじゃないのかなっていう気がしますね。
で、スパイダーですね。
スパイダーもこのクモさんは完全にお母さんだよねっていう。
明確にスパイダーが主要な母親としての機能を全て持ってるんじゃないのかと。危険なところに行くときも一緒についてきてくれるし、いつでもケアをしてくれる存在。
しかもまた彼女はクモですから、糸でもって何かと結びつけるみたいな行為をたくさん行うんですよ、この映画の中でも。
だからやっぱり母親っていうものとのアタッチメントというかね、彼が得たかったけど得られなかったつながりっていうものを象徴しているのがこのクモだったんじゃないのかなっていう気がするんですよ。
だとすると本当に主要な場面において、彼女が糸を出してジェームスを時には助けたりだとか、あるいは敵を巻き取ってしまったりだとか。
そういう糸が一つ、彼がイメージする愛情、アタッチメントの愛情的なね、何かしらそういうメタファーになっているんじゃないのかなっていう気がするわけですね。
母親にはそういう機能をすごく求めているっていうことがそこに出てるんじゃないのかなと。
だとするとテントウムシは何なんだってなるんですけど、テントウムシこそおばあちゃん的な感じですよね。レディバグですから。レディなんですよ。
レディなんですよね。需要的な感じで。ある種、スパイダーは本当に積極的な母性なんだけれども、テントウムシは本当に観察をしてくれている感じですね、常にね。
だからどちらかというと祖母のような、常に需要はしてくれるよみたいな感じの存在だったんじゃないのかなっていう。
当然、ジェームスの中にもジェームス自身は存在するわけで、それがこのあらゆる自分のパートを統合する核としてのセルフそのものだったんじゃないのかなっていうふうに見てあげると、
桃での旅の中での出来事の一つ一つも、あくまでジェームスの心の中での葛藤だったり対話だったりっていうものそのものなんじゃないのかなという気がするんですよね。
時にだからぶつかり合うこともあるけれども、ゆくゆくは最終的にそのぶつかり合いの中でこんな自分あんな自分を全部認めていくことになるじゃないですか。
そして最後の最後何が起きたかっていうと、サイを打ち破るわけですよ。
あれは結局のところ、両親を失ったことによって生まれてしまった巨大な傷跡だったり、巨大な不安の象徴なわけじゃないですか。
常に理不尽に晒されていく中で、だからその理不尽なものに対する恐怖、あるいは真っしそのものに対する恐怖、大切な人を失っていくことへの恐怖みたいなものを、
結局彼は自分自身を統合することによって打ち破ることに成功したんじゃないのかということなんですよね。
結局最終的には彼はエンパイアステッドビルに辿り着いて、ニューヨークの人々に桃を分け与えて、そして虫たちの存在を認めてもらうわけですよね。
あれも結局あくまで心の中での出来事だというふうに考えてもいいし、あるいは本当に彼はその後大人になってニューヨークに行ったと考えてあげるとどうだろうと思うわけです。
そう考えると彼が結局桃を分け与える、あれは物語を分け与えている。そしてこんな自分あんな自分というものを虫たちを認めてもらうというのはこんな自分あんな自分ですよ。
自分の中に分断されていた様々な様子をこんな自分あんな自分も全部周りの人たちに認めてもらうわけです。
そしてその物語というものを人々に分け与えていくということを考えるとロアルト・ダール自身じゃないですかっていう。
なるほどね。
そう、みたいなふうに読み解くこともできる作品になってるんじゃないのかななんていうふうに思いました。
読み方は自由だし別にそういう読みをしなくても全然おもろいんですけど、わざわざトップモーションを組み込んできたっていうところで考えるとそういう意図があるんじゃないかなっていう。
まさしくそれが結局何の意味があるのかって言ったら、それがある種インナーチャイルドを癒す的なね。
それぞれみんな大人の中にもかつて傷ついた子供の心が残ってるんじゃないのかみたいなお話があって。
だから子供の頃に満たされなかったものっていうのを大人になってからちょっと歪んだ形で満たそうとしてしまうみたいなところもあったりするわけですよ。
子供の頃にずっと厳しく禁止されていた漫画を狂ったように読み漁るとかね。
アホみたいにゲームやるとかね。
そうそうそうそう。そういうのも結局同じだけれども、それはまだ直接的に出てるだけいいじゃないですか。
得られなかった関係性っていうものを自分で得るために支配的な関係を人と結んでしまうだとかね。
そういう歪んだ形で出来てしまうケースもあるから、インナーチャイルドを癒さないといけないよねみたいな。
それで考えるとジェームスがやったことっていうのも、実は今の傷ついた大人たち、自分の心の中に傷ついた子供を飼っている大人たちも
同様にこのジャイアントピーチと同じようにですね、自分の中に存在しているいくつかの自分と対話をして少しずつ癒してあげようよと。
そうしていく中で、そんな自分を全部認めて、いずれは人々に喜びを与えられるような存在として昇華させていくことができるんじゃないの?みたいなことも言ってるように感じ取れるんじゃないのかという。
なるほどね。
そんなお話でありました。
いつもと逆だったね。
そうね。確かに。今回はいつもと逆のパターンでしたね。
そうだね。
そうだよね。普通にストレートに見ていったらさ、明らかにこの少年のトラウマをどう処理していくかって映画になってくるし、
多分それのメタファーたちっていうのが虫だったりサイだったり、あるいはおばさんたちもそうなのかもしれないね。トラウマそのものの姿とか。
あるいは両親をサイが失ったって言ってるけど、あるいは両親そのものがそもそもいなかったのかもしれないしね。
幸せだった両親との生活自体がジェームズの自分の心を守るために作り上げた記憶である可能性もあるよね。
そうそう。だから僕の本当のお母さん。
ファミリーロマンスね。
そうそうそうそう。実際にはもうサイに殺されちゃって、今このおばちゃんたちしかいないんだけどみたいな。
そうね。それをジェームズが口走っているのをスパイキーおばさんとスポンジおばさんはせせら笑って何かとこすってきてるのかもしれないしね。
サイに殺されるとは言えんでもみたいなね。
あれなんか露骨に本当の死をあえて言及してないように感じさせる話し方でしたもんね。
そもそも心地だったのかもしれないなっていう。
可能性はあるね。
まあ楽しくはあったんですけど、そこまで繰り返し見たくなるような作品かと言われるとちょっとやっぱりもう今一つだよなっていう。そこなんですよね。
当時は僕本当に大好きで何回も何回も見たんだけど、大人になってから見返すかなって言うとちょっと怪しいね。正直。
なんかね、やっぱり工業収入的にも失敗作ではあったんで。
あ、そうなんだ。
そうですよ。全然そこまで古ってないですし。
だから、ナイトメアビフォークリスマスもそこまでなんですよね。
後々こう流行ったってことで。
そうそうそう。じわじわと。
だからそう考えると後々もじわじわ来てないジャイアントピーチってどうなんだろうっていう。
確かに。
たぶんナイトメアビフォークリスマス好きだけど、ジャイアントピーチは別に存在すら知らないって人も結構いるかもしれないんで。
せっかくだからこの機会にジャイアントピーチ見ていただいて、っていう風にちょっと考えていただけるといいのかなという気がしますね。
一見の価値は絶対あると思いますんで。
一見は絶対した方がいいと思う。
刺さる人もいるかもしれない。ちょっとミュージカル的な感じで面白おかしい映像も楽しく。
ストップモーションでミュージカルやるって相当難しいですから。
しかもこのストップモーションとかさ、ティム・バートンの映画のこれいいなと思ったところがさ、あえて映像を古く作ろうとしているから、今見ても別に古く感じないんだよね。
あーそうね。それはあるかもしれない。
これは本当にこの先何年経っても、これが古いというよりかは古く作ってる映画に見えてくるっていう、そういう要素はあるかなって思って。
そこもでもさ、人によりきりだけどね、古い映像をどう感じるかみたいなの。
古い映像に対して古かったらもうちょっといいかなってなっちゃう人もいれば、最近は古いやつほどエモいみたいなことを言う人もいたり。
どのくらいエモいのって言って見せてもらったら別に普通の平成の動画だったりみたいな。
何こいつって思って。バイジョンとかもだろうみたいなね、思ったりしますけど。
まあなんかその辺は感じ方個人差ありますけどね、まあでもなんかこう独特な質感があってよかったですよね。
うん、よかったです、本当に。
はい、まあじゃあそんなところかな。
そうね、今日なんかさっくり終わったね。
最近結構いい感じにさっくり終わってきてますんで。
うん、そうかい。
どうなのかな、それいい感じなのかな。
前期より長くなかった?
そう?分かんないですけど感覚はバグってるだけかもしれない。もうすでに一応1時間26分は喋ってるんで。
え、嘘?
いや、本当ですよ。
俺ちょうど今1時間ぐらいかなって思って。
違いますね、違いますね。1時間26分喋ってますんで。
結局感覚はバグっておりますね。
じゃあなんか気になることがあればお聞きいたしますが、いかがですか?
そうですね、特になんかあんまりコメントもないんですけど、僕は柔らかい桃よりも多少歯ごたえのある桃が好きです。
俺たちの物語、誠大間でお送りいたします。
お尻の話ではないですよね。
いや、なんかやっぱ桃ってさ、何かとお尻に例えられるじゃないですか。
なんで僕がいきなりこの性的な話をし始めようと思ったの?
そういう人間だからですよ。柔らかいより硬い方がいいんだなっていう。
そういう意味で言うと柔らかい方が好きですね。
あ、そうなんですね。
割とでも弾力があった方がいいんじゃないですか。
まあそうだね、歯ごたえ。
歯ごたえはやめなさいよ。歯ごたえはやめなさいよ本当に。
いやでもね、桃は俺は柔らかい方が好きですかね。
あ、そうなんだ。
なんかでも確かにね、食感って割と大事みたいで。
柿とかもそうじゃないですか。硬いまま食べるのが好きな人と、ぐじゅぐじゅに熟してるのが好きな人といるじゃないですか。
柿はぐじゅぐじゅが好きだな。
なんでやねん。
でもリンゴはね、俺はやる気のないリンゴと呼んでるんだけど、半分ミキサーにしてそのままギュって固めましたみたいなリンゴたまにあるじゃん。
全然よくわかんない。何それ。
柿っていう感じじゃなくてさ、すりつぶされた後に頑張って固まりましたみたいな感じの歯ごたえのリンゴ。
あー食感がね。
食感が食感が。
品種によるってこと?
わかんない。食べる時期によるのかもしれないけど。
あのリンゴがね、俺どうしてもダメで、一口目でダメだったら本当に食べれないんだよね。
あー出たこのすりおろしリンゴってなって食べれなくなっちゃう。
でもリンゴは品種が多すぎてね、どれなのかわかんないんだよね。
わかんない。本当に青森県民はあれをちゃんと見分けられてるのって思うよね。
見分けられてんじゃない?
俺なんかよくわかんないけど、子供の頃下敷き使ってた下敷きが、リンゴの品種が写真と特性のコメント付きでズラーって並んでる下敷き使ってたんで。
マジ?
それを割とよく見てましたね。よく読んでましたよ。
青森とか富士、三富士とかなんか書いてあって。
へー。
ジョーマンゴールドみたいな。
そうそうそうそう。それぞれがどの品種から発生したのかみたいなのも載ってましたね。
割と詳しいな。
楽しかったですけど。でも確かにね、食感は結構大事だね。そう言われてみるとね。
大事だと思う。
好みに大きく影響するのかな。
黄桃と物の違いも一番は食感な気がする。
あー、かもしんない。
黄桃シャクシャクだけどさ、白桃はゾブって感じじゃん。
そうね、ゾブりって感じね。
ゾブりって感じじゃん。
なんかあのー、肉って感じのステーキの塊をビスケットオリバーが噛んでるような感じ。
言うと思ったらゾブりって言った瞬間、あ、これバキするなと思ったよ。
最近ちょっとダメですね。バキネタ挟みすぎですね。
これちょっと折れ物でさ、ちゃんとバキ紹介しよう。
そうですね。
俺たちのバキ語りしなきゃ。
しばらく引きずってしまうことでバキ熱が良くないですね。
まあそんな感じでね。どうしますか次回は。
どうしようね、このノスタルジーリサイクルをまた続けるのか。
でもね、ある意味、羊探偵団はね、たぶんこれからの子供世代のノスタルジーリサイクルになると思う。
絶対ならないじゃん。だって大ヒットしてないじゃん。
だってベイブだって当時そんなにヒットしたか?
したよ。したよ。
したか。
動物物としては、動物物としては偶然の大ヒットじゃないのベイブって。
だってお前前世だって2億5400万ドルって書かれてるぞベイブ。
動物物でこれは異常だってマジで。
そうだね。たぶんあの呪文にみんなやられたから。
そうですね。
だったらもうベイブやればいいのよだから。
でも俺さ、今ベイブ見れる自信ある。
そう。絶対楽しいんじゃない?
じゃあベイブ行くか。
ベイブ行こうよベイブ。ベイブないで見れるの。
ベイブ今ないんだろうね。
業力あったらベイブ都会へ行くもん見ようね。
そうだね。俺見たことないからそれは。
プライムビデオで見れるらしいね。
U-NEXTで見れるわ。
この人そうだよな。
もしかしてヒューゴ・ウィーヴィングってさ。
うん。
あれだよね。マトリックスのあの人だよね。
そうですね。
マトリックスの。
そうだよね。
ミスター・アンダーソンって言ってる人ね。
ミスター・アンダーソンじゃなくて。
ミスター・アンダーソンじゃない方ね。
出てたっけ?
そうなのよ。
全然覚えてねえや。
そういう驚きもあるからやっぱ見ないと。
そうだね。
ですね。
じゃあ見てこのジェームズ・クロウウェルがいかにベイブで跳ねたかっていつか聞くぞ。
いかに跳ねたかって。
いやでもただの寡黙な人でしかなかった気がするから。
そんなにな気がしますけど。
ほぼセリフなかったよねたぶんね。