#ホラー映画 『#聖なる鹿殺し』 罪を許すための最低条件
2026-03-28 1:34:37

#ホラー映画 『#聖なる鹿殺し』 罪を許すための最低条件

"It's the only thing I can think of that's close to justice." ― Martin / The Killing of a Sacred Deer(聖なる鹿殺し)

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毎度どうも。映画談義パーソナリティのまこです。 今回取り上げるのは #聖なる鹿殺し です。

ヨルゴス・ランティモス監督による、静かで美しくて、じわじわと怖い作品🦌 タイトルの物騒さとは裏腹に、画面はどこまでも冷たく整っていて。そのギャップがまた不気味で、ずっと引きずられる。

ニコール・キッドマンの圧倒的な存在感、コリン・ファレルの追い詰められていく様子——その中でバリー・コーガンが放つ、あの底の見えない不気味さ。この子、本当にどうなってるの😨

罪って、本当に消えるんでしょうか。自分の中に収めていれば、なかったことになるんでしょうか。本作が突きつけてくるのはそういう問いで、その問いへの答えは「許し」なんかじゃない。もっと冷酷な何かです。

誰しも抱えている、人には言えないアレ。それとどう向き合うか、一緒に考えてみましょう。

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podcasterの まこ(@_macobana)が、語り足りないアレコレを一人語りするポッドキャスト番組、『#よもやまこばなし 』(#まこばな )にて展開された映画談義がついに専門チャンネルに。 語りたい映画なんて尽きることない! エピソードの公開は毎週or隔週となります。

ご感想は是非 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠#リルパル #ReelPal でツイートをお願いします。 いただいたツイートは番組の中で取り上げることがあります。

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これからも番組をよろしくお願いします。

【English Version】

"It's the only thing I can think of that's close to justice." ― Martin / The Killing of a Sacred Deer (2017)

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Hey, thanks for tuning in. I'm Mako, your movie talk host. This episode is all about #TheKillingOfASacredDeer ( #聖なる鹿殺し ).

A quietly beautiful, slowly terrifying film from director Yorgos Lanthimos 🦌 Despite what the title suggests, the film itself is restrained — cold, immaculate, almost clinical. And it's that contrast that gets under your skin and stays there.

Nicole Kidman commands every frame she's in. Colin Farrell carries the weight of a man slowly coming apart. And then there's Barry Keoghan — radiating that bottomless, unplaceable dread. What is going on with this kid 😨

Does guilt ever really disappear? Does carrying it in silence mean it stops existing? The film presses these questions hard, and the answer it offers isn't forgiveness. It's something far colder.

Whatever it is we carry that we can't say out loud — let's think through it together.

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Podcaster Mako (@_macobana) started out spilling all the movie thoughts that couldn't fit on a solo talk show called #Yomoyamakobanashi (#まこばな) — and now that movie talk has its own dedicated channel. There's never a shortage of films worth talking about! New episodes drop weekly or bi-weekly.

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00:15
The real friends, the real friends, sit back,relax, and come enjoy the real friends!
Reel Friends in TOKYOにようこそ。この番組は、話題の新作、往年の名作、謎を聞き作から、ぶっ飛ぶEQ映画まで、あらゆるフィルムを倫理、宗教、歴史に陰謀、多様な視点から切りまくる映画専門チャンネルです。お相手は、パーソナリティのマコと…
四月の準備が終わんねぇ。
オーマです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
いや、そういう時期ですね。
いやぁ、マジで本当の超バタバタで、明日も多分休日出勤だわ。
いやぁ、そうなりますよね。僕も同じ。
もう、しんどいわ。
同じ。
明日、そもそも必要な用事が2つ入っててですね。
はいはいはい。
その間ですね。昼ごはんの時間を削って、職場に行かなきゃいけなくなったという。
いやぁ、つらい。
まぁ、そんなもんだろ。
まぁさ、なんかこう、やっぱ上手な人たちっていうのは、3月入ったと同時にもうそこらへん見通してやってるんでしょうね。
まぁ、それができりゃいいんだけどさ、3月の半ばぐらいまでさ、
結構出張が多くてさ、まとまった時間作れないのよね。
するともう、3月中盤からやりますかってなるとさ、山のように仕事が溜まるじゃん。
そうなるともう、手をつける気にならなくなってきて、いい立ってるっていう感じ。
まぁ、何でしょうね。
3月っていうか、人生って必ずどこかで何かリセットしなきゃいけないタイミングがあるじゃないですか。
ほう。
わかります?
ちょっと泥沼になりかけた彼女とか?
それはまぁリセットと呼ぶべきかどうか知らないですけれども、
気持ちを整理して次に行くとか。
例えば部活もそうじゃないですか。
結局部活動をやって、一生懸命やっても、ずっとそれに関わりながら生きていく人っていないじゃん。
03:02
本当に数限られた人たちしか。
でもほとんどの大勢というかね、大多数がそのスポーツを仕事と絡めてやっていくわけではないんだけれども、
しかも一生懸命やって、どんな結果が出ようが、結局その瞬間に一生懸命やったって事実ぐらいしか残らないのかもしれないけれど、
やっぱり一生懸命やるわけじゃないですか。
そうだね。
僕はそれが昔全然よくわかってなかったんだけど、なんでなんみたいな。
でもそれを振りかざしてね、だからやる必要ない、帰宅部イエーイみたいな。
そういう人でもなかったんで、一生懸命さを共有できないことにちょっと罪悪感を感じながらも、
でもやっぱり楽しくやりたいみたいな感じのちょっとフワフワした気持ちだったんですが。
そこで頑張って頑張って、でもある程度の結果みたいなものがあれば出たり出なかったりするんだけど、
ここでスパッとここまでやったらもう次からは新しいところで、あるいは新しい他の何かに取り組めばいいじゃないっていう区切りがないとさ、
ずっとグダグダやっちゃうじゃない。
何が生み出したのか、自分が何を生み出したのかとか、何を得たのかみたいなこともはっきりと振り返ることもなく、
ずっとダラダラやっても結局意味がないなというふうに思うので。
そういう線引きが大事だから、年度とか、あるいは学校とか、学校の何年生とか、
そういうのっていちいち何かと区切りをこっち側に伝えてくるじゃない。
会社とかも多分そうでしょうけど、納期がとかいろいろ言うけど、結局線がないとみんな何も成し得ないんじゃないのかなって。
また線があることで、諦めもつくというか。
そうそうそう。
多分時間が無限にあったらもっといろいろ出るかもしれないけど、ここに線があるから今自分はこれで良かったんだとか、
これはこれで良かったんだみたいなふうに思うためにあるんだろうなというふうに考えると。
だからそういうことを理解してる人は多分3月に慌てないし、我々みたいにそこら辺の線引きが苦手なというかね。
もうちょっとやりたいみたいな気持ちになっちゃう人とかいうのはやっぱり3月に片付けができないんでしょうね。
そうね。これなんか昇進してった時に部下に迷惑かけそうだから怖いね。
そうだよね。
あいつまだ始めねえけど大丈夫なのかみたいな。
みたいなさ。
すげえギリギリになって、それがこれさあみたいな。あいつさあみたいなさあ。
06:03
絶対言われるんですよ。
こっちが悪気なくてもこれもうちょっとできないかなとか思ってやり始めちゃったりするからさ。
そうするとこれやれってことみたいな。まだ足りてねえって言いたいのみたいな感じのメッセージで受け取られてしまうみたいなこともありそうですしね。
そう考えると恐ろしいですよ。
そんなわけで今回はどう繋げばいいんだろうね。
そんな一区切りをつけられなかった男と一区切りをつけさせない男の子の物語と。
ということで。
はい。
じゃあそんなわけで本日も参りましょう。
はい、ということでね。今回はリスナーリクエストということでベッチさんですね。毎度お世話になっております本当に。
ありがとうございます。
なんでしょうね、我々ファンに恵まれてますね。
いや本当に。
温かい。
ベッチさんからメール来たからさ、今週エイリアン聞き直してました。
本当ですか。
本当こんな拙いラジオ番組に何かとメッセージを寄せてくださり、そればかりがいつも温かい応援メッセージをくださると嬉しいことが思えないですね本当にね。
誰でもない我々がですね、自分勝手に好きなことを語っているだけの番組ではあるんですけれども。
そんな中でですね、こうやって楽しんで、一緒に楽しんでね雰囲気を共有できる、してくださるという方がいることで、僕らも続けられるんだなというふうに思っておりますので、本当に今後ともぜひ応援よろしくお願いしますと。
よろしく。
いつになく真面目なことを言うとね。
そうだね。
時々こういうふうに伝えておかないとね、やっぱり感謝を忘れないっていうのがすごく大事だなというふうに思いますね。
そんなわけで、今回はですね、「聖なる鹿殺し」という作品なんですけれども。
じゃあ本日のテーマは、ホラー映画の聖なる鹿殺し、罪を許すための最低条件といった具合でどうでしょうということで。
割とシンプルだけど結構難解なやつきたね。
そうですね。これいつもタイトルこういうふうに言っときながら、ちゃんと最後に回収する回答もすっかり忘れて個々に語って終わるときあるから、注意しないといけないんですよ。
09:01
少なくとも今日悪いけど、俺回収する気ゼロできてるから。
最後にちょっと考えられたらいいね、余裕があればね。
そんなわけで、今回非常に難解な作品ではあったかなというふうに思いますので、一旦語り切るかわかんないですけど、あらすじからいきましょう。
はい、じゃあいくよ。
ということでですね、本日は2017年公開のヨルゴス・ランティモス監督作品、「聖なる鹿殺し」についてお話しいたします。
かぬ国際映画祭では脚本賞を受賞したということですけれども、非常に不穏で不気味なサイコホラーというふうに言っていいんじゃないでしょうか。
主人公は心臓外科医のスティーブンという人間です。
有名俳優のコリン・ファレルさんが演じておりますが、ニコル・キッドが演じるところの美しい妻と健康で離発そうな長女と長男ですね。
イチヒメ・ニタロウということで、非常に郊外の豪邸で特権階級的な生活を送っている。
何不自由なく見えるんですけれども、謎に定期的に会っている謎の少年マーティンという男がいるんですよね。
スティーブンとマーティンの関係って一体何のかっていうのは当初は全然描かれないんですけれども。
どうもそれはかつてスティーブンが手記帯で外科手術をして死なせてしまった患者の息子であるということが徐々にわかってくると。
初めのうちは謎の距離感でずっと接してるんですけれども、マーティンを家に招いてからですね。
まず息子のボブが突然歩けなくなり、娘のキムも同じように歩けなくなり。
一体何が起きてるんだ、どうなってるんだと思ったらマーティンが家族のうちに誰か一人を選んで殺さないと全員死ぬよと。
いよいよ始まったんだねみたいなことを言って、マーティンの呪いだったんだっていうことがわかります。
さてスティーブンは誰か一人を選ぶのか、あるいは選ばないのか。
選ぶとしたら一体誰を選ぶのか。
家族の絆が試されているのか。
それともそもそもこの呪いって一体何なの。
謎が謎を呼ぶホラーです。
ピッタリでしたね。
本作は非常に難解とは言ったんですけど、ストーリーラインは何回でも何でもないですね。
ストーリーラインはすごくシンプルだよね。
そうですね、本当に。
何だろう。
関係図か。
関係図というか、絡み合う要素みたいなのを拾っていったら難しいけど、
12:05
非常にストーリーラインと人物像は偉くシンプルに作っている気がした。
これをホラー映画というふうに呼ぶのであれば、
ホラー映画というジャンルが描きたがるところをあえて非常に描いていない。
呪いとは一体何なのか。解くための方法は何なのか。
なぜそんな力があるのか。その力は一体何に由来しているのか。
おそらくそういうところを超自然的な何かで、ビジュアル的なものも含めて描きたくなりそうなところですが、
そこを徹底的に描かないんですね。
だからこそ、それがかえって不気味に見えるみたいなところもいろいろあって、
それがおそらくは本作の主題ではないというところではあるのかなと。
だから一体何がこれを特別たらしめているのか。
この作品の面白さというか、この作品が主張している本質的な指摘って一体何なのかなということを
ちょっと考えたくなるような作品ではありましたねということですけれども。
じゃあジャブをいくつか放っていきましょうか。
行きますか。
ちょっとさ、事前に調べとけって話なんだけどさ。
潤覚えジャブ2ついい?
潤覚えジャブの前に、そういえばまたお便りいただいてるんだったわ。
あら。
忘れてた。
今回もですね、いただいてるんですよね。
スイ君じゃないよな。
スイ君じゃないですよ。
じゃあ読ませていただきますね。
はいはい。
スイ君じゃないか。
あいにく聖なる鹿殺しは見ていないのですが。
見てないのか。
コリンファレルについてお聞きしたいのです。
コリンファレルの代表作って一体何なのでしょうか。
ウィキペディアを見てもいまいちピンとくる代表作がないのです。
微妙な映画に出てるか、微妙な役でしか出てないのです。
全部見てはいるんだけど、コリンファレルがどういうキャラクターだったかというと曖昧なのです。
だというのに僕たち映画キッズ全員がコリンファレルを知っています。
一体どういう経緯で知ったんだ、これが謎なのです。
もしかして夢で見たのでしょうか。
コリンファレルこそがディスマンの正体だと言われてみれば眉毛が異常に濃いです。
15:06
怖いです。助けてください。
マフさん、オウマさん、コリンファレルの謎を解き明かしてください。
このままでは僕は、なんだ今の物事は。
ああ、窓に、窓に。
ということでね。ふざけてますね、本当にね。
ラストもクトゥルフウォッチみたいな感じになってますし。
そうね。
まあでも、コリンファレルの代表作って言われると確かにちょっとなんだろうねっていう気になるのはわからないでもない気はする。
今さ、コリンファレルの作品をちょっとバーって見てるんだけどさ、出てる作品をね。
例えばザ・バットマンとかさ、ザ・バットマン2が来年に公開されるらしくて。
あとはアレキサンダーとか、あとはスワット、ファンタビー。
あとはモンスター上司、デアディビル。
あとはなんだろうね、ダンボ。
モンスター上司懐かしいな、すげえふざけた格好ですよな。
そうだね。
あとなんだろうな、オールドディズニーの約束とか、なんか知ってそう、見たような作品がいっぱいあるんだよね。
でも何一つこれ出てたっけっていう記憶しかないんだけどさ。
そうかな、俺としては結構名バイプレイヤーって言っていいんじゃないのかなという気はしてます。
もちろん主演もいっぱいやってるんですけどね。
フライトナイトはこれ確かリメイクだったと思いますけど、隣に住んでる吸血鬼の役やってました。
このフライトナイトっていうホラー映画は非常にこれまさに名作でですね。
少年が隣に住んでる男が、あいつ吸血鬼なんじゃねっていう疑いを持って、実際そうだったっていう。
吸血鬼物っていうのはアメリカの郊外に落とし込み、しかも隣人の秘密みたいな、いわゆる小規模なさ。
ちょっとしたスリラー的なフォーマットに古典ホラーの代表的なモンスターを落とし込むっていう結構面白い試みで。
さらにそこにティーンの夏休みみたいなものを当てがうっていう素晴らしいミックスジュースなんですよ。
それをコリーンファレルがやってましたけど、おそらくコリーンファレルの顔ってすげえイケメンなんですけど、何考えてるかっていうのがわからないんですよね。
18:14
眉毛が下がってるから、しかも眉毛の存在感も強いんで、ちょっと悲しげ?
一緒に撮りしてる感じで、いつも。
不思議な雰囲気を感じさせてるんじゃないですか。だから実際は悪役も多いですしね。地味に。
面白いことにさ、この人の優しそうな顔をしてるけども、ガチガチの悪役からさ、本当にもの優しそうなお父さんからさ、いろんな役やるよね、この人ね。
そうね。モンスター上司に出てくるコリーンファレルはマジでハッチ上げてますけどね。
どんな役やつだっけな。
ハゲを髪型で隠してるような、すげえイケてないけど自信満々な、うざいパワハラ。パワハラっていうかバカな。
アホ丸出しな上司みたいな。
だったっけ?
それをコリーンファレルがやるっていうところも一つのボケになってるみたいな感じだと思いますけど。
ちょっとまた見直そうか。
絶妙でしたよ。
こいつか。はいはいはい。バーコードのやつね。
すごいよかったっす。
いたいたいた。
そんなところでね、またお便りお待ちしております。
ということで、じゃあジャブいくつか。
ジャブ。いいっすか?
いいっすよ。
これ本当に勘違いだったら大変申し訳ないんだけどさ、病院あるじゃん。
はい。
あの病院さ、ジョーカーが爆発した病院と違う?
え?そうなの?
え、なんか似てない?
似てるかな?
あれ?これジョーカーの病院かなって調べろって話なんだけどさ。
まあ、わかるはずもないので。
ロケ地とか、たぶんそんなものはわからないですよ。
わかんないですね。
ロケ地はシンシナティって書いてありますけどね。
GPTさんによると違うらしいです。
はい、以上です。
おつかれさまです。
じゃあ僕いいですか?
はい、お願いします。
パパのスティーブンですね。
21:03
スティーブンが息子に話す秘密がぶっ飛びすぎてて面白いですね。
僕はチンチンが小さかったんだっつってね。
で、父親を手解きする。
そうそう。あれはダメです。
あれはね。
ちょっとね、さすがの息子もドン引きしてたよ。
そうですね。
それはね、それ言われた後にね、じゃあ僕の秘密はねって言えないよ。
言えないね。
僕も多いけどねとか言えないよね。
僕も父さんのやったことあるみたいなこと言われたら、えーってなるもんね。
ちょっとなーと思いましたけどね。
あれも実はなんか深い意味があるかもしれないけれども、
ちょっと僕が考えた切り口からはあんまり触れられないのがちょっと残念ですね。
ここをちょっと詳しく説明するとちょっとだいぶセンシティブになるので、
何の話をしているのか知りたい人はぜひ見た上でという感じですけど。
少なくとも僕がそこから読み取ったのは似た者夫婦だなっていう。
はい。
そこぐらいでしたね。
目的のためだったら手を使うぞっていう。
なるほどね。
はい。
他にありますか?
もうちょっとうろ覚え案件いいですか?
なんすか?
あの長女なんだけどさ。
はい、キム。
あっ、キム。
あれさ、スノーホワイトに出てなかった?
それはだから、スノーホワイトに出てて、スノーホワイトってだいぶ前のやつ?
あのめっちゃ戦うスノーホワイトみたいなやつ。
はいはいはい、あったねそんなやつ。
あれの子供の時の役さ、あの子じゃねえのって思ったんだけど。
そんな前の映画に出てますか?こんな若い子が。
え、違う?
そんな前。
ほんと調べろって話なんだけどね。
そうなんだよ。
あのー、いくらでも時間あったからね。
そうなんだよね。
えー、ラフィキャシリーさんですね。
すげえキャシリーなんだ。
あ、やっぱそうだよ、そうだよそうだよ。
スノーホワイト、幼少時のスノーホワイトって書いてありますね。
おーい、きたー、俺久しぶりに当てたぞ。
ダークシャドウにも出てますね。
え、ダークシャドウ出てんの?
幼少時のアンジェリー・クプシャールド。
へえ。
まあ聖なる鹿殺し自体が2017年だから、スノーホワイトに出てたのは5年前に当たるんですね。
え、トゥモローランドにも出てたんだ。
トゥモローランド、あったねこんなの。
24:02
えー。
なんだこれって思いましたけどね、ちょっとお話それるんで。
えー、正解。
ありがとうございます。
じゃあ、いいですか次。
はい。
えー、そんなお姉ちゃんなんですけど。
はい。
絶妙に歌そんな上手くなくねっていう。
すごい思った、すっごい思った。
とか言ってるけど、なんかちょっと地味に外れてんだよね。
あれもなんか、なんていうのかな、お金もあり、満たされた環境の中で生きてる子たちって、
まあそういうぬるい世界で褒められて育つんかなみたいな、そういう描写なのかなっていう。
そうそうそう、とすら思いましたけど。
おかげで歌うシーンあったじゃん。
下手くね?って思った。
そうなのよ。
お前なんか選ばれたんじゃなかったな、あなたみたいなさ。
そうなのよ、なんかこう味わい深いと言うにはまだちょっとなあという感じのね。
かすれ声とかさ、弱々しい声みたいなので歌うっていう歌唱方法はもちろんあるよ。
例えば手島葵のテルーの歌みたいな感じでさ、
あれはあれで、あの歌い方でやってるからすごくいいんであるんだけども、
あの人ちゃんと声が出るのにあえてやってるから、きれいに通った声であの歌になるわけじゃん。
あの子肌から声出てると思えないんだよね。
そうね。
ある意味では非常にただの女の子っていう表現になってたのかなというふうには思いましたけど、
非常に引っかかる描写で、それが意図したものであれば非常に機能しているなというふうに思ったという話ですね。
なるほど。
長女繋がりあと2個あるんだけどさ。
もう多いな。はいどうぞ。
また出たよって話なんだけどさ、長女ゴリラ問題っていうのがあって。
ほう。
あの階段をさ何回もさ往復してさ手で這いつくまでいて、
外のさ結構車で行かなきゃいけない距離までさ、上半身のみでさ。
あれはやばいっすね。
いやーちょっとね、長女ゴリラ問題がすごく強く出てしまって、また出たよこのゴリラ問題って話なんだけどさ。
まあ何でしょうね、イメージわからないんじゃないですかね。
27:01
やっぱりねこの手だけの力で体支えて引きずることのしんどさみたいなものがさ。
視力尽くしてるからって言えるかもしれない。
あるいはもう呪いだしっていう。
そもそも呪いなんてものが何の説明もなしに出てくる世界ですしみたいな。
そのおかげである程度の不条理はこっちも飲み込めるみたいなところあるかもしれない。
まあそのぐらいでしょみたいな。
なんか脚本家ってさ、ゴリマッチョしかいねえんじゃねえか説がさ浮上してきてるんだよね。
それぐらいできるでしょみたいな。
かもしれないね。
しかもこの階段降りるのよくあの子やったなと思ってさ。
いやそうだよね。本当にね、階段降りるがまずやばいよね。
やばいよ。
まずやばいよ。
だってそもそもね、体の向きを変えた状態で降りることも難しいですから。
足を先に下ろしたらできないから。
相当なもんだよなというふうに思いますけど、呪いがある世界ですし。
まあそっか。
というふうに僕は納得しています。
じゃあお姉ちゃん僕9どうぞ。
僕いい?
長女、親の性行為覗いてた説っていうのが僕の中でありまして。
冒頭さ、親の性行為のシーンが出てくるんですよ。
ありましたね。
お父さんちょっと特殊シチュエーションのマグロ好きじゃないですか。
そうですね。特殊性癖の方でした。
ちょっと特殊性癖の方じゃないですか。
長女が性行為っぽいシーンになった時に、服脱いでお母さんの真似するのよ。
そうですね。全く同じでしたね。
お母さんから学んでるんだなっていうのをあっこでちょっと見て取れて。
お母さんと同じようなセリフ吐くじゃん。どう?綺麗?
絶対覗いてたろって。
まあ尺見てますよね。
見てるだろうね。
見てないとああはならないよねって。
しかもじっくり多分観察してたからね、最初の方から。
出ないとあの行動には行ってないから。
なんかこうそういうこの家族のいびつさみたいなものが、そこかしこに覗き見られるような構図になってるなというところが非常に上手いなというふうに思いましたね。
僕はじゃあちょっと息子さんに対して、
マーティンが来た時にちょっとなんか会話するんですよね。
2階でキムとマーティンとあと弟のボブだけ。
30:10
で、ちょっと簡単な会話をするんだけれども。
ボブが好きな曲を聴くんですよね、マーティン。
君はどんな曲を聴くの?みたいな。
言った直後にヘッドホンつけるんだよね。
お前聴く気ねえじゃんっていう。
しかもまして僕はパンクやメタルを聴くんだって言ってるから流れてる曲もめっちゃハードな曲流れてるんだよね。
もう相手の回答が聞こえるわけないのよ。
もうあそこの面白さね。
だからある意味ではそれがなんかこう、ボブがマーティンのことを実は心から歓迎しているわけではないというメッセージになってるなというふうにも見えてくるんですよ、後々。
聴きながら聴かないとか、散歩にはついていかないとか、脇毛生えてるけど別にうちのお父さんほどじゃないねみたいな。
脇毛マウントとか。
僕はあなたを歓迎してませんっていうセリフではなく、そういう細かいところで出していくっていうのが、日々を描くのが面白い、上手だなというふうに思いましたね。
あとまだあるんですけどいいですか?
いいですよ。
さっきまこちゃんもちょっと言ってくれたけど、医者医科もかなりサイコパスじゃねっていう。
すごい思ったのが、同僚の麻酔会の家に行ったときに、お父さんがあいつこの間所長来てさ、みたいなことを言って。
その後に本人のお父さんが、そんなこと言うもんじゃねえよって内心思ってたら、長女がマーティンに普通に言うっていうね。
あ、私この間所長来てさ、みたいな。
やべえ奴らだって。
まあシンプルに変な人たちなんだよね。
でもその変であるということが、外側に指摘されることはないんだよね。
あの世界では。
ここまで気候に走ってるこの兄弟に対してさ、あんなにオブラートに包む先生っていうのもすげえなって思った。
33:03
いろいろ思うところは多分絶対あったんだろうなって思うんだよね、あの教員も。
すごく優秀で頑張ってます。月見の闇のことってさ。
いやーあれもね、本当に父親がから出てくる言葉も非常にね、気持ちが悪いですよね。
気持ち悪いね、あれはね。
気持ち悪いんですよ。
気持ち悪さで言うと、僕がすごいこの作品の冒頭からその十数分、二十分に至るかもしれない、ずっと気持ち悪かったのがですね。
ひたすら関係性が見えないっていうのがこんなに落ち着かないとは思わなかったという。
スティーブンとマーティンのシーンが何回も出てくるんですけど、彼との関係が、そのマーティン少年との関係が一体何なのかっていうのが相当後にならないとわかんないんですよ。
毎回マーティンと会うときにはなんかちょっと変な不穏な音楽が流れていて、会話は別に何でもない会話なんですよ。
スティーブンは勤めてマーティンに親切そうに振る舞っていて、マーティンはなんかすげえガキっぽいことをひたすら言うんですよ。
なんか懐いてる感じでね。
でも、こいつ誰なんていうのが全く明かされないままずっと続いていくわけ。
最初息子かと思ったら息子ちゃうんかいっていう。
娘の同級生なの?違うんかい?とか。
もうね、ずっとわからなすぎるんですよ。それが本当に素晴らしくて。
で、僕見終わった後にAmazonプライムビデオで見たんですけど、見終わったら元の画面に戻るじゃない。作品紹介みたいな。
そこにスティーブンには定期的に会っている男がいてみたいな。
で、それは自らの異様ミスで死なせてしまった患者の息子だったみたいな。
それがモロに書いてあって。
よかったこれ読まずに見てと思った。
マジ余計なあらすじ出すなよみたいな。
これは知らないで見たほうが幸せだなっていうふうに思ったんで。
今これを見ないでね、リルパル聞いてる方々申し訳ないですけどね、もう手遅れです。
知らないまま見るべきでしたから。
見事でした。それは本当にすっごく落ち着かなかったもん。本当に。
36:02
よかったなと。
2つあるんですけど、
すげえライトなところから、
アメリカの病院のベッドが狭いくせに柵ついてなくて超怖い問題っていうのがあって、
最高の人生の見つけ方でも思ってたんだけどさ、
シングルベッドにしてはすごい狭いじゃん。
普通に寝返りで落ちるでしょって。
蝶なんか実際落ちてるしさ、
俺も行けるよって言って、
びっくりするくらいのテンプレで落ちてったしさ、
あれ向こうのベッドって柵がないもんなのかね。
やっぱり布団文化がないからさ、
みんなずっとベッドで寝かされ続けてるから、
微動だにしないんじゃない?
こういう状態から。
寝増が多すぎると悪魔とかに疲れたと誤解されるから、
みんな絶対に寝増を良くするみたいな習慣があるんだと思う。
その割にはこのシーツの自分へかけるところとかさ、
枕の扱いとかをすごい大暴れしない?アメリカ人って。
所詮物だからっていう意識じゃない?
ツクモが未来ないから。
あ、そっか。
アニマリズムがない。
そうそう、アニマリズムがないから。
子猫に殴ってさ、シーツをグワーッといってかけてさ、
すごい猫みたいに丸まって寝るイメージがあってさ、俺アメリカ人って。
まあ、想像の世界なんでね。
まあね。
でも確かにね、ちょっと医療現場で使われてるベッドが
そんな落下を防げないなんてのはちょっと困りますよね、と思いますけどね。
どうなんですかね。
いやー、絶対あれ、何件か落下事故起きてるだろうと思うけど。
あそこを柵つけてあげなって思いました。っていうのが一つ。
あと最後のジャブ、僕からのやつなんだけど。
マーティン見てて、サザエさんの堀川君を思い出すっていう。
あー、なんかこう2chかなんかで、サイコ扱いされてネタにされてたキャラクターですか?
でも実際サイコなのよ。
やべえやつなのよ堀川君もそこそこ。
僕が一番好きな話なんだけど、堀川君がね、ある時、
ヒヨコの写真だか絵だかをね、持ってくるのよ、突然。
わかめに見せんの。
わー、かわいい。
うちの子、今度ペットにしたヒヨコなんだよ、みたいな。
39:00
かわいいです。お名前は何て言うんですか?みたいな、たらちゃんが聞いて。
わかめだよ。
なんで私の名前つけたの?ってわかめがびっくりして。
そしたら、もしメスだったら卵を産むからわかめに食べさせてあげられるじゃないか。
全く答えになってないのも怖いですね。
すごいやつなんだよ堀川君。マーティンそっくりと思って。
そっくりではないけどね。そっくりではないけど。
何を言い出すかわからない恐怖ってことですね。
地下室に閉じ込められてからのマーティンと堀川君がすっごい重なっちゃって。
堀川君やんって思いましたって話ですね。
ありがとうございました。
本当に何も生み出さない素晴らしいジャブでしたね。
フェイントにもならない、シュッシュッってやってるだけで。
いいと思います。最高です。
ありがとうございます。
じゃあ今回は僕から行こうかな。
いいの?
いいでしょ。僕から行ってかなって思ってますけど、前回は大間から行きましたし。
じゃあいいですか。
どうぞどうぞ。
比較的ライトに語りたいなと思っておりますので、僕からの切り口はこちらになります。
聖なる死下殺し。事実上の心温まるファミリー映画説。
これライトの切り口かい?
いやー素晴らしいサイコホラーだったんですけど。
これまあなんだろうな、心温まるファミリー映画として読んでみたらどうなるのかなという。
逆説的にという意味なんですけどね。
この映画って家族の中にあるいわゆるぬくもりみたいなものが消えた場合どうなるのかなみたいなところが。
ずっと描かれてるんじゃないのかなって思ったんですね。
前回レザボアドッグスやった時にゲマインシャフトとゲゼルシャフトのお話をしたと思うんですけども。
今回も実はそういう切り口で見いとくことができるんじゃないのかなと。
この映画に出てくるこのスティーブンの家族っていうのは血の繋がった家族ですし。
その家族の中においては、いわゆるゲマインシャフト的な血縁であったり、あるいは情や信頼で結ばれた共同体みたいな。
そういったあり方が実際のところ多かれ少なかれ一般的だと思うんですよ。
家族っていう非常にもっとも小さい共同体の単位としては。
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ただスティーブン一家は極めてゲゼルシャフト的な、いわゆる契約や論理で結ばれた利益関係にある家族なんじゃないのかなというふうに思うわけ。
それが限りなく我々の心をかき乱して嫌悪感を抱かせ、受け入れがたい居心地の悪さを感じさせるという形のホラーなのかなというふうに思ったわけですね。
いろいろ見ていきますけど、そもそもこれ聖なる鹿殺し、ザ・キリングオブっていうふうに言ってるので、鹿殺しという塊じゃなくて聖なる鹿を殺すっていうタイトルなんですね。
つれづれ草的な感じのタイトリングにするなら、聖なる鹿を殺すことみたいな。死後の飴食いたることみたいな感じですね。逆に伝わりにくくなったかもしれないですけども。
全然わからなかった。
これ知ってました? 僕全然知らなかったんですけど、どうも聖なる鹿殺しっていうタイトルの意味は、ギリシャ悲劇のアウリスのイピゲネイアという。
これキムが劇中でイピゲネイアに関しての論文を書いたけど、それが非常によく書けてたっていうのを学校の先生が報告するんですが、
これはギリシャの劇作家のエウリピデスっていう人が書いた、いわゆる古典的な演劇の題目なんですね。
これはトロイア戦争に出世しようとするギリシャ軍のアガメムノーンっていう人が、狩りの時に女神アルテミスが可愛がってた鹿を殺しちゃうんですね。
で、アルテミスがブチ切れて、風を止めてしまうと。だからもうアガメムノーンは船を出せないってなっちゃう。
で、怒りを収めるためには自らの娘、長女のイピゲネイアを生贄に捧げなきゃいけない。
アガメムノーンは苦悩の末に、ギリシャ軍のアキレスですね。アキレス県の元になったアキレスと結婚させてあげるよって。
自分の長女に嘘をついてですね、イピゲネイアを呼び出して、そして祭壇に差し出して殺してしまうと。
そういう伝承に基づいた悲劇なんですけども。
映画との対応関係は明確で、アルテミスがマーティンだよねって。
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で、アガメムノーンがスティーブンで、だとしたらイピゲネイアが娘のキムにあたるというふうな形になっているんですけれども。
で、とりあえずスティーブンの、僕は今回はファミリー映画と読みたいっていう話をしたんで。
ファミリーにちょっとフォーカスを当てて見ていくんですが、スティーブンの家庭って非常に表面的には完璧だよねって。
医者の両親、医者で大変裕福ですし、医学界においてもちょっと名声がありそうだと。
スティーブン自身もパーティーで単独でスピーチするような立ち位置にあり、家はとんでもなく豪華ですしね。
妻は大変美しくですね。綺麗だね、いくつになっても本当に。
もう美魔女だよね、本当にね。
恐ろしいね、本当にこれきっと。
それはさておきですね、子供たちもちょっと離発そうですしね。
養子も短齢ですしということで、現代社会において成功者と呼ばれるために必要なものが一通り揃ってますよっていうふうな感じなんですよ。
でも僕らはこれを見ても彼女たちあるいは彼らにいいなって全く思わないんですよね。
僕は家だけもらえればいいかなって思ってます。
家はいいなって思うけど、彼らにはなりたくないんです。
それが一体何なのかなんですよね。
そうするとコミュニケーションがひたすら気持ちが悪いんですよね。
さっきの所長の話をしれっと出してくるとかはもちろんそうなんです。
しかもそれが娘につつぬけっていうのは、ある種性的なもののゾーニングが全く家族の中でできてないというか。
正しいあり方についても教えられてるふうはないという。
それだけでもちょっと気になるんだけれども、そもそも彼らのコミュニケーションの根底にあるのが、
子供に対する声かけのほとんどに何々しないと何々を取り上げるとか、何々すればこうしてあげるっていう交換条件が常につきまとうんですね。
これは結局スティーブンもそうだし、妻もそうなんですよ。
交換条件全てが取引の言語で支配されている、構成されている。
妻の穴も勤務から携帯取り上げるじゃないですか、平気でね。
それ以外にも飯の場でもいろいろそういう話が出てくるんで、交換条件って一体何かって言ったら、非常に原始的な形の契約ですよねという話になってくると思うんですよ。
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この作品の中では、人と人が全部交換条件で構成されていて、それが家族まで波及しているというふうに言った方がいいのかもしれないな。
実際妻の穴も交換条件で同僚のあれを仕事わけですよね。
まあそうですね。
あれもそうだし、実際スティーブンがずっとマーティンにしてきたこともある意味じゃ交換条件なわけですよ。
患者を殺してしまったことの罪滅ぼし、自分の中でのね、これだけやってあげてんだからいいだろうみたいなのを多分ずっと続けてたわけだよね。
それも結局交換条件で。
そういった中で最終的にマーティンから突きつけられるのは、家族のうち一人選んで殺せっていうふうに言われる異常な空間なんですけれども、あれも結局マーティンからの全く原始的な取引なわけですよね。
お前が一個取ってったんだから、俺も一個取ってっていいだろうという、そういう非常に原始的な交換になっている。
さらにその状況になった時に、家族がどうなるかっていうと、やっぱりずっと交換条件なんだよね。
娘のキムは、パパのために私が死ぬのっていうふうに泣きながら訴えるんだけれども、あのセリフに全く我々が涙しないのは、こう言えば父でもスティーブンは自分を選ばないだろうという打算が見えるからなんですよね。
全くもって彼女はそんなふうには思ってない。そういうことで自分が死を免れるというふうに確信してるからそういう。
息子のボブも、本当はお父さんみたいに心臓外科医になりたかったんだ。お母さんの顔を立てるためにそう言ってただけだよとか言って。
いざ自分が死にそうになった時にようやくですね、父親に散々言われてた紙を切って、ご機嫌取りを始めるわけですよ。
これ全部父親に自分を殺さないって言ってくれという契約を迫っているようなコミュニケーションで、全く心情のトロではないんだよね。
だから家族のコミュニケーションに一切の情が存在していないっていうのがこの家族の非常に気持ちが悪いところで、全ては論理と契約、打算によって作られているという。
だから愛してるから守りますよとか、信じてるから一緒にいるよっていう、ゲマインシャフトにおいては最も重要な形のない信頼みたいな繋がりっていうものが、
全くない家族ってこれだけ気持ちが悪いんですよっていうのを我々に形を持たせて見せてくれるから、
ある意味ではそれを僕らは見ることによって、家族というかね、本当に現代の中で忘れ去られている論理ではない信頼みたいな、
51:11
魂の結びつきを感じる関係ってなんて尊いんだろうみたいなことに、はっと気づかせてくれる作品になってるんじゃないかなと思ったわけなんですね。
いろいろ言いたいことはあるんですけど、
その契約ではない信頼の中において、人に何かをする行為っていうのは契約じゃなくて、贈与だよねというふうに思うんですね。
要するに賭け値なしの感情みたいなことをよく言ったりはするんだけれども、
現代においては人に物をあげると必ずそこに何かしらの契約が生まれちゃうんだよね。
だから近代的な市場経済においては物っていうのは基本的には贈与じゃなくて交換によって成り立っている。
例えば物を買うという行為も、これは結局士兵の持ってる価値と物っていうものを交換することになるし、
そこには必ず義務が発生するんだよね。
同じだけのものを渡さないといけないみたいな。
ただ贈与っていうのはある意味ではそれがない。
そういう義務はないんだけれども、例えば俺が大間に何かを渡した場合に、大間からは何も返ってこないかもしれない。
何も返ってこないかもしれないけれども、返ってくるかもしれないっていうここに不確実性があるわけよ。
それがある意味では関係を維持するために割と重要な装置になっていて、
もしこれが交換によって成り立っている関係性だったら、例えば俺が大間に何かを渡した時に大間がありがとうって1000円を渡した。
これでこの物を贈る行為っていうものは交換に置き換えられて、
この時点で物が開在することによって生み出された関係はもうそこで終わってしまうんだよね。
だからある意味ではゲマインシャフト的な空間において行われている物のやり取りっていうのは、
雑用性によって成り立っているんじゃないのかと。
ただしこのファミリーには雑用性は一切ないよねって。
必ず何か見返りを求めて行動しているし、あるいは何か義務を発生させるために何かを要求するっていう。
やっぱりそういう非常にその場限りの関係によって、
関係にしかなり得ないコミュニケーションっていうものが家族の中を支配しているがために、
彼らには一切の絆が生まれなかったんじゃないのかというふうにちょっと思ってしまうわけですね。
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で、いろいろと言いたいことはあるんですけれども、
まず今までに語ったことにもつながるので、ちょっとやめておきます。
例えば弟子の話もしましたけれども、自己決定理論ね。
内発的な動機づけと外発的な動機づけの話もありましたけれども、
少なからずこの家族の中でこの教育で育てられたら、たぶん将来的には何も頑張らなくなるんだろうなとかいろいろ思うし。
あとはそうね、子供も完全に商品として取り扱われているよねっていう。
スティーブンも結局残すとしたらどちらの方が優秀なのかみたいな話を教員とするし。
妻もね、死ぬなら子供ねみたいな。私たちまだ若いから作り直せるしねって。
対外流星だってできるしねみたいな。
大体可能なものとしてか、商品としてしか子供を見てないっていうところも非常に気味が悪かったですしね。
こういうことを本当に一通り見せられると、人と人とのつながりっていうのは、
現代社会においてはね、本当に市場経済ベースで物事が考えられがちなんだけれども、
決して我々が人間がつながるということっていうのは、
そういうやられたからちゃんとやり返さないといけないとか、
こうしてもらったんだからこうしないといけないみたいなものの考え方から少し外れて捉えてあげた方が、
むしろ血の通ったコミュニケーションができるんじゃないのかななんてことをちょっと僕は思うんだよっていう、そんなお話だったりします。
で、その上でね、最終的になぜ息子が死ぬ必要があったんだという。
あれは本当にたまたまなのかというのを僕はちょっと気になってるんですよね。
これ、あなたどう思います?
いやでも一個ね、今話を聞いて、これかなと思ったのが、
マーティンとの関係性を一切結ぼうとしなかったっていうところは息子にあったのかなと思ったんだけど、
同時に母ちゃんも一緒だよなと思うと、なんでやろうなっていうのはわかんねえやと思った。
そうね、僕はね、息子さんが死ぬということに対して、
最終的にはですね、スティーブがぐるぐるショットガンロシアンルーレットっていう非常にドキドキワクワクするゲームをやってですね、
息子の心臓を撃ち抜くことになるんですけど、
57:00
一見してね、あれはたまたま息子のところで引き金を引いてしまったというふうに見えなくもないんだけれども、
でもなんか本当かなって思っちゃって。
っていうのもあのファミリーにおいては結局、いわゆる信頼というものが全然ないわけじゃないですか。
子供にやらせたいことがあったら、子供を信じるじゃなくて、やらせるために契約を迫るわけじゃないですか。
これしないならこうするよっていう。
だからその環境下で育てられた子供が果たして将来的に自分と良好な関係を結べるかどうかっていうのをスティーブは想像できたろうかというふうに思うわけですね。
そうすると途端に不安になるわけじゃないですか。
実際今自分を苦しめているのは父親を失った青年なわけで、この今目の前でね、自分が選ばれるかもしれないと、自分が選ばれて殺されるかもしれないと戦々恐々としている息子が生き残った場合ですね。
ひょっとすると自分に牙を剥いてくるかもしれない。
だからその我が子を喰らうサトゥルヌスみたいな。
自分の息子にいずれ自分の立場が奪われるかもしれないという恐怖も実はあったんじゃないのかなみたいなこともちょっと今になって思いましたね。
確かにそう考えるとさ、袋をかぶせたシーンでさ、拒否しようとしたの息子だけだったもんね。
やだ。
なんかこうやっぱり息子っていう記号が本作においては、父と子っていう記号が非常に特別に描かれていた感はあったかなというふうには今にして思いましたけれども。
いずれにしてもですね、小規模の共同体において本当に優先すべきコミュニケーションのあり方っていうのは一体何なのかという。
それはだから家族であったり恋人であったり、そういったところで果たして契約に基づいたゲゼルシャウト的な物事の考え方っていうのはどこまで重視されるべきなのかっていうね。
僕は結論から言うと全くいらねえなと。
かけねなしの感情を人に与えられる人になりたいと。
それが結局最終的には不滅の関係っていうものを作り上げていくんじゃないのかというふうに思えたんで、この作品は心温まるヒューマンドラマでしたっていうことで終わりたいと思います。
ありがとうございました。
こんなマインドで見てる人いないと思いますけどね。
いやーそこそこサイコパスなマインドですよ。
いやでもだって深読みマニアにはたまらない一品かもしれないんですけど、僕はむしろ深読みではなく、こんなの良くないね、こうだったらいいのになっていう素敵な気持ちになれたわけですから。
1:00:15
ある意味反面教師映画としてね。
そうそうそうそう。あくまでね。
あくまでね。
これになりたいじゃないのよ。こうでなってはいけないんだなと。
でもそうなっちゃってる自分もいるよねっていう。普段ね。だからそうはなりたくないよねっていう。もっとだからこう、何ていうのかな、何も帰ってこなくていいと。ただただ注ぎ続けたいと思えるような、そういう気持ちをずっと大事に生きていかないといけないんだなっていうふうに思いましたよっていう。
いいこと言うね、今日はね。
いいこと言ったね。
はい、ということで。オーマンどうぞ。
ハートフル。
すごい唐突に振られたけど。
恥ずかしくなってきちゃったよ。
いいかい?じゃあ僕の説。
今日はね、みんな大好き。
ドキドキオカルトタイムでございます。
ですよね。ドキドキオカルトタイム待ってました。やった!
しかも今回、初の試みなんですよ。
はいはいはい、なんですか?
いつもドキドキオカルトタイムってジャブだったんですよ。今回は本題です。
素晴らしいですね。
すごいんですよ。初の試み。というわけで、僕のところの説。聖なる鹿殺し、父が行くべきは京都だった説。
もうね、解散でいいですか?
スイ君からふざけたメッセージきましたけど、我々の説ではふざけないでほしいんですけど、大丈夫ですね。
ふざけてるのはタイトルだけですよね。
タイトルだったの?
もちろんです。
この話をね、京都という大きなテーマで読み解いていこうというところからスタートするんですけど、まず京都というと何のイメージがあります?
大文字焼き?
そうですね、まず音名字というところからスタートですよね。
まず音名堂の話からちょっと入っていくんですけども、音名堂でよく使われるのがその呪いと書いてシュッと読むというところなんですけれども、
その呪いってどんなイメージを持っているかっていうと、たぶん大体の人がエネルギーをぶわって飛ばすとか、
領域展開とか、我に釘打って牛のこくま入りだみたいな、念を込めたら相手に届くみたいな話を考える人が非常に多いと思うんですけれども、
でも音名堂における呪いってそういうことじゃないんですよ。
1:03:06
音名堂っていうのが江戸時代までずっと政府公認の機関としてあるぐらい、非常に論理的な機関であったわけなんです。
この世界には目に見えない秩序っていうものがあって、委員と要だったり、御行だったり、法位だったり、時間汚れ、気の流れみたいなものが組み合わさって世界が動いているっていう前提がまず音名堂にはあります。
委員と要は結構わかりやすいと思うのね。
例えば太陽と月とか昼と夜とか男と女みたいな、その対になるエネルギーが世界を構成している。
御行っていうのが木化と金水っていう5つの要素でこの世界が構成されていると。
単純にこの自然の素材っていうよりかはお互いに生み出したりとか抑制したりするっていうのがこのポイントで、
木が燃えて火になって土になってみたいな。
目が出て膨らんでみたいな。
そうそうそうそう。
よくそこに繋がったね。
ありますよね。星型と横との繋がりみたいなね。
総極。
総極と総括みたいないろいろある繋がり。
ナルトとかでお馴染みのやつですね。
あと法位と時間なんですけども、これが割と音名堂ならではの考え方で、いわゆる風水とかね。
そういうことになっていくんだけども、どの方角に行くかっていうのと、音名堂では何時に行動するかっていうのも吉兆が決まる考え方の一つになってて。
わかりやすいところで鬼門っていう法位の考え方もあるし、
牛トラでしたっけ?
牛トラの方角に神社仏閣が建てられてたりとか、
牛の国参りで、その牛の国の時間じゃないとこの呪いは完成しませんよって言って、
わら人形を討ちに行く人が、今でも清水神社の方にいっぱいいらっしゃるんですけども、
すごいよ。木にね、釘の跡がいっぱいある。
怖くなる。
そういうような言葉っていうのはこの音名堂から来てると。
重要なのがこれが感情じゃなくて、規律としての動きの話だってことだよね。
音名堂によって大事なのは、あいつが好きとか嫌いとかうぜえとか、
そういう話じゃなくて、世界の配列とか秩序っていうのがどう乱れて、どう整えますかっていうのをやってた人たちっていうのがこの音名寺っていう人たちなわけじゃん。
その中で主っていうのが何かというと、言葉とか儀礼とか名指しとか形式っていうものを通じて、
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その秩序にちょっと介入して現実に作用を及ぼすっていうのが主なわけね。
主の本質っていうのは感情じゃなくて秩序にどう働きかけるかっていうのがこの音名堂における主。
だからムカついたから念を飛ばすじゃなくて、秩序を乱れたやつを正しい形で介入するっていうことが必要になってくるわけさ。
楽しいね。
これをもうちょっと噛み砕いていくと、呪いっていうのが乱れた秩序を拘束するわけさ。
整った秩序からそこを乱してその子たちに固定するっていうのが呪いあるいは主っていう話になってきて、
だから誰かに代償を要求してあるルールっていうのを現実に行う力として働かせる。
だから音名堂における主とは、言葉と形式を繋いで見えない秩序を操作して現実の流れを拘束する仕組みだということ。
この阿部の生命っていうのが多分有名どころだと思うんですよね。
足跡の阿部の生命っていったら音名寺のすごい大会の2人だと思うんですけども。
この阿部の生命ってお揃えられた存在っていうふうにすごく言われているんだけども、
その阿部の生命、性格悪いっていうのはたびたびちょっと触れられてはいるんだけれども、
実はそこじゃなくて、この感情廃止で秩序に介入できる技術は非常に素晴らしく持っていたっていうのが彼の怖さ。
だからこの秩序がどうあるかっていうのを読み解いて、そこにどう介入するかっていうのが音名堂だっていうことをまず前提知識として持っておいてください。
まだ話は始まってなかったってことでいいんですね。
そうです。ここからです。
ここからなんですね。
ここから本題になります。
ここでね、映画の呪いをもう一回見てみると。
あらすじでマーコちゃんがしゃべってくれたように、マーティンの呪いには3つの特徴があるんですね。
家族が段階的に発症する。歩けない、食べれない、目から出血、数時間後に死ぬ。
解放条件がある。スティーブンが家族の誰かを自分の手で殺すこと。
3つ目に、なぜかそれが現実に起こるよっていう、この3つの法則がある。
最初の段階的に進行するっていうところで、感情的な呪いってもっとぐわーってきて、呪われたっていうエネルギーが乗り移るみたいなイメージがあると思うんだけども。
でも今回の呪いって順序があって手順があると。
だからこれ、儀礼が行われてるんですね。この段階で。
1:09:00
で、御名堂の祭祀とか呪術っていうのは、手順を必ず踏むことが必要なんですね。
すっごい昔の映画なんだけれども、
どうだっけ、脳の人。
脳の人、野村満載。
野村満載。野村満載がやった…
野村満載、狂言師ね。
あ、狂言師。
野村満載がやった昔の映画に御名寺ってやつがあるんだけど。
非常に素晴らしい、僕の大好きな映画の一つなんですけども、
あそこでよくよく出てくるのが、
足の歩き方、歩法っていうんだけども、そのままで、
歩法が非常に綺麗なんですよ。
ひふみをいつむならやここのたりって言いながら歩いていくんですけども、
その歩法によってだったりとか、この唱える言葉だったりとかっていうのも、
何々をして、次に何々をして、そこで初めて効力を持つっていうような形式をちゃんと取ってるっていうのがあって、
今回もマーティン側がしっかりその儀礼、呪いを成立させるための儀礼をしっかりやってる。
歩けなくして職を失わして出血させるみたいな進行になってる。
しかも順序が絶対に変わらなくて、
出血してから別の誰かが歩けなくなるみたいな逆転が起きないと。
全員が同じ順番で進行していく。
怨念っていうのが貴重面にグワッとしていくっていうのじゃなくて、
今回の呪いは非常に儀式的に行われてたっていうところが一つ。
この開放条件が今回、割とこの怨妙堂の呪いの形式で言うと非常に珍しい形なんですよね。
基本的に怨妙堂だったりとか、
朱っていうものに関しての開放条件がある場合っていうのはあんまりないんですね。
だからこそ、いわゆる呪詛返し。
向こうがやってきた手順に関してそこのプログラムを弄って向こう側に返していくっていうようなことが出てくるんだけれども、
今回の場合は設計化されてるっていうのがルールとして発動している状況になっていて、
スティーブンが自分の家族の誰かを自分の手で殺すと。
この十日交換の論理っていうのはさっき真子ちゃんが言ってくれたんだけれども、
マーティンのお父さんが亡くなって、この死はスティーブンの行為によるもの。
だからスティーブンが自分の家族を死なせることで均衡が戻るよっていう。
だからお前が悪いんだよっていうよりかは、
マーティンの失われた分をどう埋めるかっていうような非常に冷静な請求があると。
この映画ってよく見ると怨念的な映画ではなくて、
どう均衡を回復するかっていうところをマーティン姿勢で言うと。
1:12:02
法律の世界で言うと、
過失の度合いはどうなのかとか、施設名変更金はどうなのかとか、
賠償はどうするのかっていうような話になると思うんだけれども、
この映画っていうのはそこじゃなくてもこの話をしていて、
問われるのはどれだけ悪いかっていうものじゃなくて、
ハムラビ法典みたいに、失われたものを何で埋めるのかっていう、
すごい近代的な話っていうよりかは、神話的だとか儀礼的な責任の話になってると。
スティーブンは単純にミスを犯したわけじゃなくて、
あるべき秩序の破綻を生じさせたものとして扱われている。
だから実はこれマーティンの呪いっていうのは、
スタートはマーティンじゃなくてスティーブンなんですよ。
だから謝罪でも理屈でもお金でも済ませられない。
だからある意味スターブンってなんだ、スティーブンがスタートさせて、
マーティンがそれを加速したっていうような構造になっている。
スティーブンは自分がスタートさせたってことに気づいているんだけれども、
そこの解決方法がまず間違っている。
医学だったりとか心理とか脅しっていうので処理しようとする。
だけど検索して原因を探したりとか、
マーティンを監禁して殴ってみるとか打ってみるとかっていうふうに、
すべて近代の文法で行っていくと。
原因と結果っていう法律の世界の話で動いている。
でも起きていることっていうのは、秩序の均衡を回復させるためのルールが、
今マーティンによって生成されたよっていうことだから、
医学の問題じゃないから解決できないのは当たり前なんですよ。
ここの映画の本当の不気味さってここだと思っていて、
マーティンが怖いんじゃなくて、
スティーブンがずっと戦い方が違うっていうことが怖いんですよ。
だからこれがホラーっていうよりちょっと悲劇になっていくと。
それで、あともう一個ちょっとここで面白いのが、
種っていうのが認識とともに加速するっていうのがあるんですね。
この映画で呪いが一番発動が遅かったのは誰でしょう。
妻。
そうです。ママなんですよ。
子供二人いて二人とも発症して、でもお母さんは大丈夫みたいな構図になってて、
これ単純に子供の方が体が弱いっていうことではなくて、
お母さんって最後まで状況を管理可能なものとして扱おうとしてるんだよね。
秩序の維持者で言おうとしてる。
夫を支えたりとか呪いのルールっていうのは全面的に受け入れていない。
だから子供たちよりも遅れてこのシステムに巻き込まれる。
だから逆に言うと呪いっていうのは知らないと無効になるわけじゃなくて、
これって本当に作動してるルールだって受け入れたところから一気に加速していく。
認識が浸透することで加速するんだね。
1:15:03
これって陰陽道でも同じことがあって、
陰陽道の呪術って名指しと宣告っていうのがすごく大事なんですよ。
お前を呪っているよとか、今この呪術をかけましたっていう宣告が行われると、
一気にゲージが上がるとか、
よく今でも現代でも結構使われるのが神明とかマナーとかっていう言葉があると思うんですけども、
その神明マナーを使うことによってその呪いがきっちりとはまるよみたいなことがあると思うんだけども、
だからこの名前を呼ばれたりとか形式を整えたっていうことを相手に伝えることで
効力を持つっていうのもこの陰陽道における種の特徴になる。
呪いを現実のルールとして認識しないうちに介入できれば、逆に言うと感性を止められる可能性があると。
あとわかりやすいところで言うと疑問っていうところがあると思う。
この北東の方角が悪いとか縁起が悪いとか。
疑問を知らない人に関しては別に北東の方に窓を作ったりとか枕を向けたりしても、
多分なんとも思わないと思うんですよ。
でもそこに疑問があるぞとかそういうのって縁起が悪いんだって知ってしまった人は
北東の窓が気になって仕方なくなる。
例えばご飯と箸を使う文化の人じゃない人が
ご飯の上に箸をぶっ刺して置いておいても多分誰も気にならない。
けれども日本人はそれが亡くなった人のご飯の捧げ方だってことを知っているから
途端にこうやめてくれっていう風になるみたいな。
そういうルールを知ってたりとか、ルールが条件に乗っかってくると
その効果が発動し始めるっていう考え方ができるわけさ。
知ったことで有効になってくる。
だからこの呪いに関しては、この陰陽道とこの映画の呪いっていうのが
全く同じ構造化できると。
最後なんだけれども、父が行くべきは京都だったっていうところなんですけども
スティーブン・マーフィーが頼るべきは土三日時計だったんですよ。
どういうことなの?
土三日時計はご存知だよね?
知らないよ、土三日時計。
誰だよ、土三日時計。
土三日時計知らないの?
土が得意なの?土遁とかするの?
土遁じゃないです。
土三日時計っていうのが、安倍の生命の直系の家系の陰陽字の家系なんだけども
土三日時計っていうのが、安倍の生命っていうのが陰陽字といえばこの人みたいな人じゃん。平安時代の超一流の陰陽字。
1:18:08
安倍の生命の子孫がその土三日時計で、なんと江戸時代まで国家公認で陰陽道を取りちぎっている超エリート陰陽字家系なんですよ。
ただのすごい家系っていうよりかは、全国の陰陽字を管理認定する権限を持っていたっていう意味でもすごい家なのね。
あなたは陰陽字と認めますとか、あなたは違いと思いますっていうのを決める機関で
土三日時計っていうのが、日本において秩序の乱れをどう呼んでどう介入するかっていうのを国家レベルで専門知識として持ち続けてきた一族なわけさ。
土三日時計のお仕事を大きく分けていくと、予防と介入両方があるのね。
例えばその物意味とか法違いとかって言って、この方角に行くなとか、今日これするなとかっていう、その乱れが起きないようにするアドバイスをしたりとか。
介入に関しては、すでに乱れが起こったときに儀式とかお祓いとかにやるとか、あるいは寿祖返しみたいなことで土を回復させる。
この両方を混ぜているのが土三日時計の強み。土三日時計独特のやり方みたいなのもあったりっていうところがあるわけさ。
スティーブンがやったことを音名堂の文脈に直していくと、秩序の破綻を引き起こした者がその代償を認めなかったっていうことが、このスティーブンに起こった出来事だと。
手術中に飲酒していた患者が死んだ。だけどスティーブンはそれをしっかりと認めなかった。音名堂的に言えば汚れを放置した状態になるわけさ。
スティーブンが自分で汚れを持っているって認識しながら、それを解消しようとしない。
汚れっていうのは単純に汚いっていう意味じゃなくて、本来あるべき状態から逸脱した、整えられてない状況のこと。
だから、その汚れを認めずに放置するっていうのが、どんどんどんどん汚れを生んでいく。
有名どころで言うと、多分生成りの話が音名寺とかの話で多いと思うんだけれども、
有名どころの天皇といい仲になって生成りになっちゃったみたいな話あるじゃん。
六条のみやすところじゃないの?
そうそう。恋をしている、それが憎しに変わって、憎しが自分で自覚はしているんだけども、
それが抑えられなくなって、それが汚れとなって、どんどん生成りっていう鬼に変わっていくっていう話になってくるんだけども。
だから、そういうふうにスティーブンも認めなかったことで、この汚れは積み重なっていく。
さらにスティーブンはスティーブンなりになんとかしようとする。
お金を渡したりとかご飯を食べさせたりとかっていうふうにしてるんだけれども、
全部ずれてるわけさ。その汚れを払うっていうよりかは、代償として正しいものを選択してない。
1:21:05
だから失われた均衡っていうのを回収するための形式を踏むことができないわけさ。
だから、心理的に不安定な少年を薬指しくするんじゃなくて、
その呪いを加速させたものに対して、必要をどういうふうに手順で認めて、
正しい手順で代償を示すっていうのがスティーブンには必要だった。
もしね、土味家族家がここにちゃんと介入ができてたらよ、
まず、家族全体にこれは呪いのルールがありますよっていうことを認識固まる前に、
まず介入すると思うんですよ。
で、今どの段階かっていうのが土味家族家が分析して、
仕切っていないから今だったら介入できるっていうのが、土味家族家だったらできるわけよ。
そうだね。
謝ればいいとか、そういう話じゃなくて、
正しいタイミングに正しい形式で正しい代償を示すことっていうのが大事なわけだから、
謝る前にどういうふうに代償を示すべきかっていうのをちゃんと設計できてなかった。
だけど土味家族家はできると。
で、解放条件が家族の誰かを自分の手で殺すっていうことだったんだけれども、
スティーブンはボブを最悪の形で実行してしまうんだけれども、
もし土味家族家に相談していれば、
等価効果の代価手段っていうものを示せた可能性があると。
命以外でこの秩序を改修する方法っていうのを提案できた可能性がある。
六条の宮津子の話でも、子供を殺そうとするんですね。
生成りが家に立たって。
それを人型を作ることによって、
そっちに行為をさせることで危機を晴らすっていうようなことで、
安倍の声明は解決するんですけど、
似たような手段っていうことが踏めたかもしれないと。
なるほど。
そう。
可能性が広がるわけだ。
可能性が広がるわけです。
京都に行けば。
京都に行けば。
もう一つ、スティーブンが失敗した最大の理由としては、
やっぱり医学との問題として処理しようとしたことだ。
マーティンを不審理的に不安定な少年として処理して、
呪いの文法を最後まで理解しなかった。
最終的には、
つちみか道家に行っていれば、
均衡を回復させなきゃいけないよと。
疑礼として踏まれ始めた可能性があるから、
1:24:01
どこかを狂わせたりとか、返さなきゃいけないよ。
家族の認識が深まる前に、
これを介入しないとまずいぞっていうことが、
相談できたわけさ。
だから、聖なる死下殺しの呪いっていうのは、
段階的にルールがあって、解放条件があって、
完全に陰陽道的な構造をしているわけですよ。
スティーブンにやっぱり必要なのは、
呪いの文法を知っていて、
しっかり介入できて、
大化手段を設計できる専門家が必要だった。
それが、つちみか道家ですっていう。
おだしょー これは一体何を聞かされてるの?
音明寺のレビューなんですか、これ。
弟者 これ音明寺の話じゃないの?
おだしょー 違いますね。
おだしょー でも非常に面白かったです。
確かに、でも一個気になるというか、
わかんないのは、いわゆる呪い主が持つ手順っていうのが、
本作においては、
どんな手順が踏まれたのかって、
正直何も見えないよねっていう。
呪いのシステムは明確かもしれないけどね。
おだしょー だから結果としてどういう風に進行していくのかが明確である。
だからおそらくシステムがあるっていうのはわかるけど、
呪いがかかる条件だったりね、
そのための手順ってどんなものがあったんだろうなっていうのはちょっとわかんないなと思って。
弟者 ピックアップする手順だったとしたら、
例えば同じものを食べるとか、
同じ食べるというものを共有をする。
相手から施しを得たりとか同情を得たりっていう手順を踏む。
こちら側のフィールドに相手を短期で呼び寄せて、
相手が不快な状況にしていく。
さらにその代償をどう示すかっていうことを、
とうとうと説明する。
相手にこちら側が持っているルールを説明し始めるっていう手順に関しては踏めてるかな。
でも発動のトリガーとなることに関してはちょっと説明してないので、
そこに関してはちょっと僕も何とも言えないかなっていうところ。
おだしょー まあでも土味稼働権に言えば何とかなるってこと。
弟者 はい。
ちなみにこの土味稼働権は本当に実在していて、
現代もちゃんと系風が続いていて、
男系に関してはちょっと途絶えてしまったんですけども、
女系の家系に関しては健在もご健存ということで。
だからやっぱり京都行くべきだったんですよ。
おだしょー はい。そうだ。京都行こうということでね。
おだしょー 面白かったですけど、
順序はこれでやっぱり合ってたと思いますよ、僕は。
1:27:02
弟者 本当ですか?
おだしょー いいと思います。よかったです。
ちょっと皆さんもぜひちょっと見ていただいて、
この作品が言ってる主題って何かなみたいなことを
ぜひちょっと考えくださいということで、
非常に面白い映画でした。
本当にね、ベチさんありがとうございました。ご紹介いただいて。
弟者 本当に久しぶりにちょっと熱が入っちゃった。
おだしょー はい。じゃあ何もないですか?
言い忘れたこととか。
弟者 ああ、一個いいですか?
おだしょー はい。
この映画見て、
これやっちゃ本当にやっちゃいけないんだなって思うことが一個だけあって、
送り物したときに知らん人とその場でかぶらっしゃダメ。
おだしょー 趣味について語る1時間ポケットで沼を。
このポッドキャットでは、メインパーソナリティの箱べらがあらゆる趣味に余ってしまう。
沼リビットことスマンプーマンを月間にメディアなスポットからマイナーな食品に寄せるまでゆっくり語り続けます。
おだしょー でもなんか、同じものをいろんな人に頼めば、
一個だけ残して全部売ってもバレないよね。
弟者 あの瞬間気まずくなかったのかな。
おだしょー あれは気まずいね。
弟者 これ一瞬じゃんみたいな。あれ絶対気まずいと思うのよ。
おだしょー あの腕時計のシーンは最悪でしたし、
その上でスティーブンという男のそこの浅さがすごい見えた気がします。
だから全然マーティンに対して何かを埋めるつもりが全然ないんだなということだと思うんですよ。
人に物をあげるにもかかわらず、結局選ぶのがめんどくさいんですよ。
おだしょー そうね。
弟者 自分はそれで言って時計に興味があるんですよ。
自分は時計に興味があるんだけど、別に自分はおそらく悪くないと思ってます。
本当に最後までスティーブンは一度も謝らないんですよ。
おだしょー そうだね。
弟者 だから根源的に本当に根っこのところでは全然反省してないし、
マーティンに申し訳ないとも実は思ってないわけで。
おだしょー 思ってない理由っていうのがおそらく腕時計から読み取れると思うんですよね。
だから思ってないから選ぶ時間も来たくないんですよ、別に。
弟者 多分なんならボブに対しても申し訳ないとも思ってないんじゃないかなと思って。
おだしょー 仕方ないになっちゃう人なんだろうね。
弟者 なっちゃうんだろうね。恐ろしい男だよスティーブン。
おだしょー でも面白かったからいいや。
弟者 ちょっとまたね、オンミュージ1,2見たいですね。
おだしょー ちょっと違うんですけどね。今見たらどういうふうに見えるんですかね。
気になり始めました。CGとかも使われてましたよね。
弟者 いや使ってたよ。すごかったんだから。
1:30:02
なんかすごい逃げてるだけかと思ったら、ゴボウ星作ったのかーみたいな。
おだしょー 次回オンミュージですかね。
おだしょー じゃあちょっと前向きに検討させていただきますけれども。
弟者 次は映画。
YouTubeで300円から見れますね。
おだしょー はい。じゃあいいよ。
最近ちょっと疲れてきちゃったから、大河でも見ようかなと思ってましたんで。
じゃあオンミュージいきますか。
弟者 ちょっとね、俺言っといてなんだけどね。
Amazonでもあるね。Amazonでも400円である。
あるんだけど、ワンツー見てたぶん何も出てこない気がするけどね。
おだしょー こったないよ。何か見つかるはずなんでね。
おだしょー うちの番組は、何を言ってもいいんだという前提のもとでやっていきたいと思ってるんですよ。
映画っていうのは、世に出た瞬間に誰もがそれぞれの解釈で読んでいかるべきものだと思ってるんですね。
やっぱりものを作るってそういうことだと思うんですよ。
だから僕らが発信したことに納得いかなかったから納得いかないでもいいし、好きな作品を僕らがロスクソに言ってたとして、それは別にあなたを否定したことにはなりませんし。
だから本当にこんなこと言う人たちもいるんだ。こんなふうに捉えられるのか。
いや僕は捉えられないけどねぐらいのスタンスで聞いてくれればそれでいいかなと思ってやらせていただいているので。
大宮寺に関してもですね、とんでもない読みを用意して、きっと大間がやってくれるはずだと思いますので。
俺ただカッケーってなって終わっちゃう?その気がする。
ただカッケーだけでもいいよ別に。そんな高尚なうんちくたれ番組でもないんで別に。
うんちくはたれてるけど、別にそれを楽しんでるだけだからいいだよ別に。
そうだからカッケーだけの1時間で全然問題ないし。
多分そんなね、おおよそたしからしそうなことを何かしら行々しい肩書きを持っている人が語ってる番組を聞きたいようなコアな人たちはそっち行きますから。
うち来ませんから。
そうね。
全然うちに会ってないのでね。そういう人たちはそういう人たちで好きなものを選べばいいっていう時代ですから。
好きなものを聞いていただければいいかなというふうに思います。
ぜひ僕らの作品というか、僕らのこの番組っていう作品を楽しんでくださる方はぜひ今後とも応援いただければというふうに思います。
1:33:01
なるべく面白い話をしていきたいなと思っておりますので。
次回は音名字1,2,0で。
おーい。どっから出てきたん0?
0はね2024年の作品。
最近。
いいですよ。
マジかよ。だいぶ経ったな。まあまあまあいいや。やってみれば絶対楽しいはず。きっと面白い読み終えするぞ。よし。
1,0でもいいよ。
いえいえ。ちゃんと発表年の順番で見たいんで。発表年ごとに行きたいと思います。
お聞きいただきましたのはリールフレンズイントーキョー。今回はホラー映画聖なる鹿殺し、罪を許すための最低条件でお送りいたしました。
番組では投稿フォームを通じて寄せられた感想やリクエストを実際に番組のテーマや構成に反映しながら制作しています。
面白かった、ここは引っかかったなどの短い言葉でも大歓迎です。またXでハッシュタグリルパールをつけたポストも受け取っております。
いただいた声はこの番組の中でご紹介させていただくこともありますので、ぜひあなたの声をお届けください。
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リールフレンズイントーキョーはアップルポッドキャストをはじめとする主要なポッドキャストアプリで配信しております。
本日のお会いとは誠、
大間でした。
それじゃまたね。
またねー。
リールフレンズイントーキョー。
Where movie lovers from around the world cometogether.
01:34:37

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