1. ラーメン×本が好きな日々のつぶやき
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#035 ラーメンの歴史part.3
2024-06-05 05:24

#035 ラーメンの歴史part.3

【自己紹介】
ラーメンが好きすぎてラーメン屋をやりたいと思いたち、いつの間にか100席のカフェの店長をやって、気づいたらカフェでラーメンを出してた平凡なサラリーマンです。

そんな経験をしているサラリーマンならではの、思い立った日常を発信します。何かのお役立ちになれば幸いです。

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主にラーメンのことをポストしてます。
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00:06
みなさん、おはようございます。ラーメン大好きめんぱぱです。 今日もよろしくお願いします。
今日はですね、ラーメンの歴史3回目ということで、お話ししたいと思います。
1回目、2回目で、室町時代と三戸三国港のお話、 横浜中華街で南京そばが渡されて、
日本人がよく広くラーメンを食べるように なってきたというところまでお話ししました。
でですね、長崎の辺りで、いわゆる今でいう 長崎ちゃんぽんが始まっていくわけなんですね。
中国の福建から長崎に来た陳平淳さんが、 福建で伝わっている麺料理をベースとして、
長崎で採れる海産物ですね、野菜。 海産物とか野菜をトッピングして、
長崎に当時いた留学生に、中国の現地の味ということで、 留学生に提供をして、非常にブームになっていたというふうに言われています。
当時はですね、品うどんとか言われていたんですけれども、 長崎で今でいう長崎ちゃんぽんが広まっていって、
これが後に九州の豚骨ラーメンに広がっていくということですね。
九州の豚骨ラーメンがどういうふうに広がっていくかというのは、 今回はちょっと割愛しようかなと思うんですけれども、
この時期ですね、東京の方では1910年ですね、東京の浅草で日本人が、 日本初の店舗型ラーメンの専門店ということで、来来券を開業するわけですね。
ラーメンがですね、流行っていって、 これ俺もラーメン屋やってやるぞ、みたいな日本人が出てきて、 ラーメン屋をやるというのは自然な流れだったのかなと思いますね。
来来券で醤油ラーメンが提供されて、すごい人気だったと言われています。
これ人気が広がっていくと連鎖反応で、じゃあ俺もやろう、俺もやろうということで、 店舗は広がっていったんだろうなと。
東京界隈でこの同様なというか、 醤油ラーメン、中華そばですね、南京そばと言われていましたけれども、
修行して各地でラーメンがどんどん広がっていくというのが想像されますよね。
それで、どちどちで文化とか色々違うので、そのニーズに合わせたラーメンというのが広まっていったんだろうなというのが想像できますね。
03:12
ただですね、戦争が起こるわけなので、第二次世界大戦の始まる前、始まる後というところで、状況は変わってくるわけなんですけれども、
終戦を迎えて1945年ですね、昭和20年ですが、その戦後で戦争が終わって、中国大陸から多くの日本人が帰国してきて、
そういった人たちが中国にいた頃に得たラーメンの製法というところを日本に持ち込んで展開するということで、さらにですね、ラーメンが広がって、日本で広がっていくということになるわけです。
この時にラーメンの屋台というのが非常に多く町の中では出てきて、当時はいろんな原料が安くて、安い材料で、なかなか当時は栄養を取る、食を楽しむというよりは栄養を取るというような目的が高かったので、
栄養がバランスよく含まれているラーメンというのが本当ですね、その当時物資が乏しい時代においては本当に人気を集めたようで、爆発的にラーメンというのが日本全国に広がっていたということですね。
この後はいよいよチキンラーメンが生まれて、インスタントラーメンというのが広まったことによって、さらに日本人の生活にラーメンというものが深く浸透していくわけですね。
またこの後1970年代に入っていくわけなんですけれども、一旦今日はここまでにしたいと思います。
今日も聞いていただきましてありがとうございました。またよろしくお願いします。
05:24

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