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みなさん、おはようございます。雷鳴龍馬です。 今日は、ある方が、鈴木大節老子のお話を書いていらっしゃいましたので、それについて、みなさんとシェアしたいと思います。
A dog has four legs.
A dog has four legs.
犬が四本の足を持っている、という英語の表現をもって、鈴木大節老子は主体はどこにあるのかという問いを投げかけていらっしゃるそうです。
日本語ではどうでしょうか。犬には四本の足がある。犬には四本の足がある。というふうに表現しますよね。犬が四本の足を持っているという表現にはならないんですよね。
てはて、この問いは一体何なんでしょうか。象は鼻が長い。象は鼻が長い。この主体は何なんでしょうか。
日本語というのは、そのままあるという表現、主体をあえて持たないという表現ありますよね。あえて主語を置かないという表現もまま使いますよね。
英語の場合は大にして主語と動詞、熟語がある。その中の一つにI was bornという言葉もあるそうです。
私は生まれた。私が主語なのですが受け身ですね。
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さてみなさんいかがでしょうか。こんなこと考えたことがなかった気がします。犬には四本の足がある。英語ではa dog has four legsともと英語を表現する言語として使っている国の人間、人々の考
え方と日本人の考え方。
そこに微妙な差がある。自分という主体は一体どこにあるのか。というのを考えさせられた次第です。
鈴木大節老朽の言葉をみなさんと分かち合いました。
身体根腱臓、苗栗板、根趾一帯、雷鳴、症候、痴走、目中、加速、水田、生きとし生けるものに平安を、愛は農業を作る。
今日も一日健やかにお過ごしください。ありがとうございました。
ご視聴ありがとうございました。