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みなさん、おはようございます。 雷鳴龍馬です。
今日は、ある人がおっしゃった人生論について分かち合いたいと思います。
どうも人生論には、一般的に二つ、二種類ですね、あるようです。
一つ目は、いつか幸福になるための人生論。
言えるもの、お金や、肉体的な健康や、物質的な成功ですね。
そういう現実的な成功を実現して、喜びとか楽しみを味わうことが、きっと幸せな人生なんだというふうに思う人生論です。
一方、二つ目は、すでに幸福であることに気づくための人生論です。
以前、申し上げました。
いろんな試練、いろんな苦労というのは、自分を成長させてくれるための返事なんだということです。
心を豊かにするもの、いかなる状況にあっても、幸せを実感できるようになった状態を目指す、それが真の人生の目標であるという人生論。
これが二つ目の人生論です。
生まれてきて長い間、教育を受ける中で、こうすれば幸せになれるよと目指してきたものは、一体どちらの人生論だったでしょうか。
私はすごく長い間、一番目の人生論の保持者でした。
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ある時、二番目の人生論もあるのではないか、そういったことに気づき始めていたのです。
今まで行ってきた決断、選択、判断はすべて正しいのです、と言われた時、と気づかされました。
作るために、自分はそういうふうな決断、判断を、選択をしてきたんだと。
そしてこれからも、この自分の魂が成長、もしくはある一歩でも一つでも階段を上るための、そういうふうな試練が自分に舞い降りてくるだろうと。
すべての出来事は、順調なんだということを考えるようになったのです。
悩みというのは、ほぼほぼ物理的なものを満たす、生というものを満たすための不必欲、お金ですね、お金か関係。
おおよその悩みは、この二つのどちらかかではないでしょうか。
一定のところまで成長できたと思っても、何や恐怖や、そういったものに自分の心を占領されてしまう時がありますよね。
今ここに集中できていない状態です。
私はこの二つの人生論の中で、やはり今も二番目の人生論を追求していきたいと思っています。
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さて皆さん、ご自身を振り返ってみられていかがですか。
信じる人生論は一番目の人生論ですか、それとも二番目の人生論ですか。
今日は、ある方が唱えられた、二種類の人生論を皆さんと分かち合いました。
どうも一日健やかにお過ごしください。ありがとうございました。