魂が学ぶ愛と不調の意味
みなさん、おはようございます。 雷鳴龍馬です。何のために地球上に生まれてきたか。
一人一人の人間が、その魂が愛を学ぶために生まれてきた、という教えがあります。
その愛について、ある一節をみなさんと分かち合いたいと思います。
不調が来た時、実は魂が、愛が欲しいと思ったら、それだけだということらしいのです。
その愛を他に求めて、思うようにもらえない自分を嘆いているということ、エネルギーとは無意識で言って自然に流れるもので、
恋に生み出したり、思いや状況によってコントロールされるものではないそうです。
生まれ出た我が子の姿を見ていて欲しいと思う。
野に咲く花を見て美しいと思う。
何の思考もプロセスもいらず、ただそこに流れているものなのです。
追い求めているのは、そういった本物の愛のエネルギーだということです。
自分の内側にある愛
それでなければ満たされない、と言います。
しかし、そういった本物の愛は、人に求めて都合よく出してもらえるような類のものではないと言います。
愛とは人からもらえないものらしいのですね。
自分が目を向けて感じるものだということです。
人からもらうことにこだわらなければ、
人間はこの地球のそこここに流れている本物の愛を知るだろうともおっしゃいます。
いつも見えない手で守られ、尊重され、認められているということらしいのですよ。
大丈夫なんですね。
その愛に己を託すな。
自分の目で、耳で、そしてハートで、自分を満たすことが必ずできるのだ。
済んだものを見て、自分の中にもその愛のエネルギーが流れていることを感じなきゃいけないのです。
肉体をいたわり自分を知る
必ず自分の中に既にあるということらしいのですね。
それを本当に腑に落ちてわかれば、
ハートは開く、そして心は満たされる、そして呼吸が楽になり心臓は鼓動し、
肉体は健やかに保たれるということです。
その肉体を大切な魂の入れ物としていたわってやらねばならないのですね。
耳の声に耳を傾け、ともに歩んでいかなければならないのですね。
実際に不都合が生じたとき、それを分析し理解することは、すなわち自分を知ることにつながっていくのです。
さてみなさんいかがでしたでしょうか。
やはり愛というのは、誰かに与えてもらおうとは思っていませんか。
私もそうです。
いただけるものだと思っていました。
でもどうも違うようですね。
中にある、そして自分を見つめ理解し、そこに愛というものをいただける土台ができる、そんな気がします。
まだまだ、まだまだですが、
愛についてみなさんと分かっちゃいました。
身体根源創命をリーター君子一体雷鳴症候地位層目標加速水田
生きとし生けるものに平安を愛はのよう作る
今日も一日健やかにお過ごしください。ありがとうございました。