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みなさん、おはようございます。 雷鳴龍馬です。
今日は、高松からお送りいたします。
先日、ある回に出ておりましたら、こんなお話がありました。
AIによって、どういう影響を人間が受けるんだろうか。
極めて単純な質問ですけれども、ずっと、ここ2年ぐらいですか。
いろんなところで議論されてきた議題です。
その回で、その主催者は、このようにお話ししてました。
人間を二分化するであろうと、
その二分化する極、究極のものは、シャローとディープであると。
このシャローというのは、浅いという意味ですね。
ディープは深いという意味です。
聞いてみると、シャローというふうに定義付けられる方々は、
AIに聞けば何でも教えてくれるので、考えが浅くなるという意味だそうです。
確かに、いろんな物事を、なぜ、なぜ、なに、なに、どうやってという形で、
ホワイ、ホワット、ハウの疑問形のものを、AIに投げると、すべて何らかの回答をしてくれます。
それも知識量というのは、自分たち個人個人が持っている知識よりも何倍でもあるわけですから、納得感もあるはずです。
そうなってくると、物事を深く考えるシャローな状態に陥るというんですね。
まさしくありがちなことなのかなと思います。
一方、ディープな方々というのは、その物事の本質を探求し、
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自分の中である意味、なぜ、もしくは道を極める的なこだわりの中で、そのなぜを繰り返し、
本質的な回答を求めようとすると、そこにディープさ、深さが出てくるというんですね。
この二分化するポイントは一体何なのか考えてみますと、
自分の在り方次第によるのではないかと思うんです。
引っかかりとか、何か感じるとか、自分のこだわりとか、もしくは好奇心であるとか、
そういったものが、この二分化された人間を作る一つの分かれ目になるのではないかと思うんです。
めんどくさいとか、ちゃっちゃとやっとこうとか、そういうふうな在り方でいると、シャローな方に流れるのかなと。
さて皆さん、今皆さんはシャローな方に行かれていると思いますか、それとも自分はディープな方に行かれていますか。
今日はこのシャローとディープ、二極化についてお話ししてみました。
身体根堅創命リーター根子一体雷鳴照光、地層木柱加速水田、生きとし生けるものに平安を、愛はの世を作る。
今日も一日、健やかにお過ごしください。
ありがとうございました。