いやいや恥ずかしがることないですよ。
本音を言えないことが問題じゃない気がするんですね、やっぱりね。
本音であってもなくても良くて、
やっぱり一歩関係進めるためのリスクテイクできないみたいなことですよね。
うん、そうですよね。
わかりすぎもそうだし、本音を言えないっていうのも確かにそうかもしんないけど、
その先の浸水は、
ちゃんとそのリスクを追えるか、
じゃないと信頼関係ってなかなかアップデートされていかないっていうか、
どこまでこの人に言っていいのかなっていうのって調整していかないとダメじゃないですか。
ギャグにしても、ちょっとした指摘にしても。
それではこの人にはここまで言えるんだとか、あると思うから。
今の現代で相手を思うばかりとか、
他者に対して想像力を働かせるとか、
自他分離をしっかりして、自分の課題と相手の課題を切り分けて踏み込みすぎないとかって、
良いこととされてるじゃないですか。
良いことを完璧に実践すると誰とも関係構築できない中はちょっと…
そうなんですよね。本当そう。
分かりますよ。
どっかで踏み込んで衝突が起きることというリスクを取って踏み込まない限り進まないし、
踏み込む以上トラブルって起きるじゃないですか。
踏み込まれたくないところに踏み込んでしまって嫌な思いをさせてしまうとか。
それはそれで、それが起きたらごめんねってちゃんと言った方がいいと思うんですけど。
今の現代のモラルがあればあるほど、そこから逸脱しないといけないっていう、
すごいジレンマ最近あるなって思ってます。
もちろん加害するってことは良くないことだと思うけれども、
コミュニケーションそのものが加害性の塊だから、
そもそもコミュニケーションを取ることは加害性があるんだよっていうことが、
あんまり加害というものの解像度を上げずに加害性ばっかり言っちゃうと、
じゃあコミュニケーションを取らないしかできないねみたいになっちゃうっていう難しい時代になっちゃってますよね。
解像度を上げていかないとっていうね。
何も聞かない、何も言わないが一番最適になっちゃうなっていう。
取らないと閉じ込まっちゃいますよね。
理想はいいけど。
しかも双方の関係性で成立するものだから、
このBさんにやった場合にはそれは加害にならなかったけど、
Cさんにやったらそれは加害となってしまったってこともあるから、
やっぱ常にそこの掛け違いが起こることってあるから、
その掛け違いが起こった時に、はいアウトってしちゃうと、
じゃあこの一発退場だったらもうコミュニケーション取らない、こうしたことないねみたいに。
みんなビクビクしちゃうっていうのが。
みんなビクビクしてる気がする。
反省はすべきだけど、一発退場とかそういうことなのかなとか。
でもまだ一発退場だろってやつもいるから。
あるんですよ。
その加害はないだろみたいな。
それはダメだろみたいなのもあるし。
そのラインをみんなで解像度高く議論できればいいけど、
感情論になっちゃうし、そういうのって割と絶対に許せませんみたいになっちゃうから。
そうかっていう。難しいなっていう。
難しい。特におじさんに難しいですよね、これね。
なんかやっぱり、なんていうんですかね。
ある種存在そのものに加害性があるじゃないですか。
いるだけで嫌だって深い感を与える可能性があるみたいな。
ときはそれなりにあるから、なんかむずいなっていう。
で、その立場で、いやだってそんなこと言ったら何も言えないじゃないかみたいな。
それはそれでちょっとあれじゃないですか。
そうなんですよ。
そういうことじゃないんだけどみたいな。
でもなんかどっかで、人対人、個人対個人で関係を深めるときには、
やっぱり相手の領域とかに踏み込むとか、
自分の領域に踏み込まれるみたいなことが起きないと深まんないですよね。
そう。ほんとジレンマですよね。難しいよね。
相手にも侵入できないし、侵入させようとしてもないですもんね。
そう。
言わない、言えない。
そうなんですよね。
相手も言っちゃいけないのかなと思いますもんね。こういう態度で接してるとね。
踏み込みできてない状況ですね。
そういうこと考えてる人は黄色いシートで捕まって止まってるんだけど、
気にしない人が突っ走って加害しちゃうから、おじさんはみんな加害者だみたいになるのもあるんですから。
確かに。
そうあるんですよ。
そこに繋がるんだよ。
確かにな。
そこにいたんだ。
確かに信号物資するおじさんがね、突っ走っちゃうから。
目立つじゃないですか。いっぱいいるんですけど、そういうおじさんは。
みんながみんなそうじゃなくて、黄色いシートで止まってる人もいるんだっていうね。
止まりすぎ。
マジで何もできないもんな。何かを追わないと。
そうですね。
だから、そういうちゃんと配慮とか資料深さを持った上で踏み込んできてくれる人って逆にすごいありがたい存在ってことですよね。
相手がそのように認識できれば。
そう。
お互いその認識があるんで。
そうそう。自分もそうだし相手もそうだって場合には。
一人での問題ですもんね。
両方が一致しないと。自分はめちゃくちゃ考えた上で踏み込んだんだって考えになることもあるし、逆もある。
逆にね。
相手は踏み込んで欲しいって思ってるのに、全然踏み込んでこないみたいなのも、この人衝撃的だなってなるし。難しいよ本当に。
マジで人によって違いがある。
相手が踏み込んできてくれた分、こっちも踏み込んだらえ?ってなる時ともあるじゃないですか。
あるある。必ずしもイコールだったらいいわけでもないみたいな。
そうなんですね。そういうこと考えてるから結局ね、踏み込まないっていう選択をして、誰とも関係がさせて深まらないみたいなことになるんですよね。
そうですよね。安全策取っちゃいます。
安全策取りがち。
いやー、どうしたらいいんですかね。
でも俺も相談ですよこれ本当に。どうしたらいいんですか?
僕と恵比寿さん両方多分苦手だから。
リスク取ってまで深めたいかみたいな問いになっちゃうんですよ結局。
そういう相手に対してだったらリスク、でもリスクエッジ取りません?
まあ唯一無二ってわけではないというか、いろいろどういう場面かによりますけどね、この関係においても。しかも恋人とか家族とかで。
既に関係がある程度深い人であれば逆にこれあんまないですよね。相手との距離感とか、どこまで踏み込んでいいかがある程度合意があるから。
それ以上本当に来て欲しくないとこまで踏み込まないしみたいな。これでも本音を言えないってどういう時なんだろう?本音って。
えーでもなんか脇肩よーとか。
デリカシー。
デリカシー。デリカシーってやつ。
でも思いっきりしすぎると。
口臭いよーとかそういうことですか?
まあでももうちょっと一緒にいたいとかもそうだろうし。
誘えないも多分一番ピンときたんですよね。
うんうんうん。その一種かなとは思ったんですよね。誘わないも。
それ以外あるかな?
ああでもこういうのはあるかも。相手のなんか癖というか特徴みたいなのでこっちは結構ダメージを受けているようなことがあってできればそれを知ってもらってもうちょっと調整してもらえたら嬉しいなってこともなんかこうでも言ってもなんか傷つけるかなと思って言わずに我慢しちゃうみたいなのがあるかも。
うーん。
そういう時はそっと離れるからな。
目立たない。
環境を多分構築したいと思わないんだよな。
うーん。誰、どういう人と環境を構築したいと思うんですか?ってなんか思ったことありますか?この人ともっと仲良くなりたいなとか。
でもなんか本当に、なんて言うんですかね。結婚して特に子供生まれてとかのなんか中で、なかったんですよ本当に。別に、なんて言うんですか。誰かと関係構築する必要もないし、欲求もないしみたいな感じだったんですけど。
それこそこのめいめいとかもそうですけど、上水さんとか壮和さんとかとお話していたりとか、桃山翔司さんとかもちろんトトメスさんとかゲイちゃんの皆さんとかと、なんか仲良くしたいなという気持ちが本当に何十年ぶりかに芽生えましたよ。
嬉しいですね。
嬉しい話ですね。いい話じゃないですか。
何十年ぶりかな。
すごい天空のシュロラピュタの楽園、400起動した。
なんか用があるコミュニケーションができるじゃないですか。会社とか仕事だと。
それで結構満足というか、期間が割と長かったし、今でもそれはそれで別に大丈夫だと思うんですけど。
確かにな。
20年ぶりくらいかもしれないですね。
案外っすね。
いいね。
それ振り返ると結局学生の時とかって本当に用のあるコミュニケーションとか起きないじゃないですか。
はい。
めったに。
なんか用がなくてもコミュニケーション取るみたいなことの、コミュニケーションが目的化された関係を作んなきゃいけないみたいなのが、
なんか生活の中で必要だったりするじゃないですか、学生時代とかって。
で、仕事し始めたりとか、自分の場合だと結婚して恋愛みたいなところから別に恋愛市場に参入しなくてよくなるみたいなタイミングで、
必要がなくなったんですよね。
用のないコミュニケーションとか、用のないコミュニケーションを目的とした関係構築みたいなものが。
っていうのが結構あったなって思います。
それはカンタさんの社会だったんですね。
そうですね。
なんだろうね、みんなすごいなと思ってました。
社会人になって友達いる人みたいな。
あー、はいはい。
どうやってるんだろうとか思ってましたね。
そこにでも羨ましさとかはなかったんですか?
羨ましさはなかったです。
普通にどういうことなんだろう、どうやってるんだろうみたいなのは思ってましたけど。
必要なのかなとか思ったりしたんですか?
例えば、愚痴じゃないけど、ちょっとした会社のこと、家のことみたいな。
自分のサードプレイスみたいな。
全然なかったですね。
求めてなかったし。
たぶん今もそんなに求めてないと思うんですね。
愚痴を聞いてもらうとかは。
完結してはいるんですもんね。
でも分かります。
私は別に恋人が欲しいとかはないから今。
そこに別にポジションが特に求めてるわけではないから、
その感覚はなんとなく分かる気がします。
だから本当にコミュニケーションを目的とする関係構築?
っていうのが本当に20年ぶりぐらいだから、どうしていいか分かんないは確かに今あるかもしれないですね。
誘えない問題とかの根本には。
結局話がこう巡ると、傷ついてこぜってことですね。
みんな傷つこうぜってことですよね。
そうだね。
それはそう。
そういうことですね。
自分の相手も時には。
確かにな。
だから傷つくという代償を負ってまで得たいものがないから別に参入しないみたいな状態な気がしますね。
自分の場合は。
だからこれはこの現象は起きてるけどこの現象に対してポジティブでもネガティブでもないみたいなのは、
その代償を負ってまで何がしたいんだっけみたいなところがあったかもしれないですね。
それがこの20年間。
この20年間。
最近変わってきたと。
最近変わってきてる感じはしますね。
いい話でしたね。
いい話でしたよ。
いい話なのかな。
なんかすごい人間観点みたいな話だったんですよ。
覚えてきたっていう。
AIが人間性を覚えてきたみたいな。
誰かとつながっていきたいって思えるのって、
プラスアルファって人生のもう一つの側面というか。
気がしますよね。
全然話広げちゃってあれなんですけど、
なんかAIが出てきて、
AIと話してると知識欲とか知的好奇心って結構満たされるというか、
何でも知りたいこと分かりやすく教えてくれるし、どんな質問をしてもちゃんと答えてくれるから、
人間と会話してそういうものを得るみたいなことに全く興味がなくなったんですよ。
そうすると何で人間と会話するんだろうっていう話を、
AIと相談したことがあって。
今人間と話す意味あんのかなみたいな相談というか、
AIと話したんですよ。
AIがそれ言ってくれたわけじゃないんですけど、
AIと対話しながら自分のことを思ったのが、
人間ってバイアスの塊じゃないですか。
AIってある種あんまりバイアスがないというか、
すごい平均的なんですよね。
確率的に挙動して、確率的に一番起きそうなことをやるし言うみたいな感じなんで、
すごい平均的な回答をするし、
バイアスも自分のバイアスの鏡写しというか、
自分の対話から学んで色々最適化してくれるけど、
そうやって自分のバイアスの鏡というかコピーとして機能するんですよね。
人間と話すと、思ってもないバイアスがかかった人からレスポンスがあるみたいな、
バイアスと触れてるみたいなのが結構AIとじゃ得られないことだなって思ったんですよね。
っていうふうに人間との会話を考えると、
バイアスに触れてるっていう時最近楽しいなっていう。
すごい変な人とか偏った人と話すの結構最近好きなんですよね。
人間と面白いですよ。
というので、やっぱり人間、AIで知識欲とかが満たせれるようになって、
一周回って人間とのコミュニケーションのためのコミュニケーションが
楽しさが見出せるようになってきたみたいな。
思い通りにいかないずれみたいなのがまた心を動かしますもんね。
生命感を感じさせるっていうか、
私最近結構キレキレというか、
生きてるって感じしますもんね。
わかるな、わかるな。
バイアスとバイアスで殴り合ってるみたいな時に、
確かに生きてる感じするんですよね。
だから本音ぶつけた時の方が本音ぶつけられる相手って気持ちいいなというか。
特に感情を思った時に、
特に装飾せずに伝えられる相手って貴重な存在だなと思って、
めっちゃ好きなんですけど。
確かに相手の気持ちをモンパかるって、
AIっぽいっていうか、平均的な回答をするってことですもんね。
そうですね。
自分がチャットGPTみたいなことですよね。
チャットGPTの気持ちになって回答するみたいなことになってますもんね。
チャットGPTのGを自らにします。
そうですね。
GPT現象。
GPT。
なんかAI感あるなって。
AI感ある。
AIになってる感ある。
だから今のカンタさんを見習えと、
もうつけ足したいですね。
なるほど。
AIから人間に。
新たにコミュニケーションを分かることの楽しみに目覚めたというか。
そうですね。
一周回って。
ごめんなさい。
全然話を収束させにいかなくてあれなんですけど。
いいですよ。
今のカンタさんも輝いてる。
輝いてます。
もともと10年ぐらい前から、
ここ数年前まで、
身体っていらないなって思ってたんですよ。
邪魔くさいなと。
燃費悪いし、毎日ご飯食べないといけないし疲れるし眠くなるし。
物理的な制約がいっぱいあるから、
いらないなって思ってたんですよね。
広角軌道体って分かります?
好きな人多いですよね。
広角軌道体の世界観みたいなのが結構好きで、
脳だけインターネット空間にいて、
身体から解放されたいみたいなことをずっと思ってたんですけど、
さっきの人間と話す意味みたいなところの流れから、
最近、身体というものに興味が出てきたというか。
ほんとDVDからの解読が。
自分の身体に対する解像度を上げていくみたいなのに、
最近結構楽しさを覚えてきて、
すごい今、人間に興味が出てきてるっていう。
自分が人間化していくことに興味が出てきてるっていうのが最近の変化ですね。
自分が人間であるっていう認識であるがゆえに、
他者ともコミュニケーションを取れるっていう感覚があるのかもしれないですね。
身体に興味があるってまず自分の身体でもある。
でもそれって人と違うっていう部分はどうしてもあるじゃないですか。
それが手の形にしても、
自分の手とこの手の違いだし、
それがオリジナリティだし、
人間めいてますよね。
確かに。
美容とかも全然興味持てなかったのが、
多分自分に興味ないし、
自分に興味がないと、
他者との差異が確かに、
差みたいなものに意識が全くいかないから、
それってよく言えばコンプレックスを感じにくいとか、
人と比べないみたいなことなんだけど、
別に比べないっていうのは自分の軸があるとかじゃなくて、
軸そのものがないみたいな感じっていう。
確かに。
自分に興味を持ち始めて、
他人に興味を持ち始められてるような気はしてるんですよね、最近。
赤ん坊もそんな感じじゃないですか。
左手を流せるみたいな。
そうそうそうそう。
あるぞ、動くぞ、みたいな。
っていう存在を知っていくっていうか。
だからリバースってここから始まるって感じですね。
確かに、確かに。
リバースした感じする。