角川武蔵野ミュージアムの神社と物語の入口
こんにちは。こんにちは。あの、巨大な岩がですね、地面からにょきっと生えているような、街並みというか、なんかファンタジーのような景色が埼玉にあるんですよ。
あー、所沢のやつですよね。そうなんです。えーと、今日はですね、資料を送ってくださった方からいただいた、角川武蔵野ミュージアムの田んぼ置きを深掘りしていきます。
建築家の熊賢吾さんが設計された、まさに巨大な岩石みたいな建物ですよね。 えー、本当に。今回のミッションなんですが、ここがただの図書館とか美術館じゃなくて、どうやって出版文化を巨大なアトラクションに昇華させているのか。
まあ、そのあたりのカラクリを解き明かしたいなと。 アトラクションですか。いや、すごく面白い切り口ですね。
まず私が面白いなと思ったのが、出版社が敷地内にいきなり神社を作っちゃったところなんです。 武蔵野令和神社ですね。そうです。
怒りと穏やかさを持った大魔神像の横を抜けると、ガラス張りの車殿にメタリックな鳥居が現れるんですよ。
まあ、ぱっと見は、なんか木を照らった演出に見えがちですよね。 本当に。最初はただの客寄せのギミックかなって、ちょっと疑っちゃいました。
でも実はこれ、アマテラス大神神とスサノオの巫女と合わせた言霊大神を祀っているんです。 言霊の神様ですか。
はい。言葉とか物語を扱う企業が、その事業の根幹であるフィクションの力を神話レベルで視覚化しているんですよね。
だから単なる装飾じゃなくて、非常に論理的なアプローチなんですよ。
なるほど。建物に入る前からすでに小説の世界に迷い込んだような、精神的な儀式を行う空間なんですね。
本棚劇場は知識の迷宮を体験する空間
その通りです。外の神社が精神的な入り口だとすれば、館内にある空間は差し詰め大聖堂といったところでしょうか。
4階から5階を貫く巨大な本棚劇場のですね。
初代館長の松岡聖吾氏から、現在の池上明氏へと続く系譜を感じますよね。天井まで約8メートルの高さに本が敷き詰められていて。
そこにプロジェクションマッピングが投影されるんですよね。ただ、私一つ矛盾を感じたんですよ。
と言いますと?
上の方にある本にはどうやっても手が届かないじゃないですか。図書館なのに本が取れないってちょっとおかしくないですか。
そこがポイントなんです。つまりここは情報を探す場所ではないんですよ。
あ、探す場所じゃないと。
はい。ウンベルトエイコーとかホルフェ・ルイス・ボルフェスが描いたような、本の迷宮っていう物語の世界を物理的に体験させるための装置なんです。
人間のちっぽけな理解力を超えた圧倒的な知識の量に囲まれて、あえて迷子になる快感を味わうわけですね。
そうですそうです。知識のラレツーじゃなくて、感情を揺さぶる空間を作り出している点に大きな意義があるんです。
漫画・ライトノベルとラーメンを含む文化の生態系
知識を読むんじゃなくて、空間として浴びる感覚ですね。でもそういう高尚な大聖堂の機能がある一方で、1階には漫画とかライトノベルの図書館があるんですよ。
3万5千冊以上もあるという場所ですね。
資料を送ってくださった方によると、大興奮する空間なのに意外にも人が少なくて、かなりの穴場だったそうなんです。
それはなぜだと思いますか?
私が思うに、上の階の圧倒的なアート空間にエネルギーを吸い取られちゃって、純粋なサブカルチャーの空間が少し浮いているのかなって。
なるほど。興味深いですね。
ただ、田んぼ機の最後に敷地内のラーメンウォーカーキッチンでラーメンを食べて閉めたっていうエピソードがあって、ちょっと見方が変わったんです。
ラーメンでですか?
つまり、神話からアート、ラノベ、そしてラーメンまで、これら全部が一つの巨大な物語のエコシステムとして機能しているんじゃないかって。入館料は安くはないですけど、十分その価値がある体験だなと。
エコシステムですか?でも、少し意地悪な言い方をすると、単に自社の知的財産を並べただけのお金のかかったテーマパークとも言えませんか?
ああ、痛いところをつきますね。でも、テーマパークが用意された物語を受動的に消費する場所だとしたら、ここは文化のグラデーションを自ら行き来できる場所だと思うんです。
グラデーションを行き来する?
手が届かない高尚なアートとしての本を見上げて、次に実際に手に取って没入できるラノベを読んで、最後は日常的な食文化のラーメンで腹を満たす。この極端な肯定さを行き来できるからこそ独自の生態系と呼べるんじゃないかと。
確かに、知識の象徴に圧倒された後に、極めて身体的で日常的なラーメンで着地する。その一連の落差こそが計算された体験設計と言えますね。
物理的な本の巨大空間は何を意味するのか
スリリングな分析ですよね。さて、最後にこの資料を送ってくださった方へ、一つ思考の種をお渡しして終わりたいと思います。
どんな問いでしょうか?
スマホ一つであらゆる本がデジタルで読める現代において、あえて物理的な本を天井まで積み上げた巨大空間を作る意味って何なんでしょうか?
非常に現代的なテーマですね。
本が読むものから空間体験へとシフトしていく中で、未来の人々はこの空間を終わりゆくメディアの巨大な墓標として見るのか、それとも新しい空間芸術の誕生として評価するのか。
デジタル化が進む世界で必ず直面するとても深い問いだと思います。
ですよね。ぜひご自身でも思いを巡らせてみてください。それでは次回の配信もお楽しみに。さよなら。
さよなら。