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048『急に具合が悪くなる』を観たよ
2026-07-23 30:39

048『急に具合が悪くなる』を観たよ

※7月初めに録ったものです


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感想

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00:04
こんにちは、パーラーかぜまち🍨へようこそ。 ということで、小説家記の風待葵です。
いや、なんかマジで急に夏風邪をひいたんですけど。 で、まぁなんで夏風邪ってわかったかっていうと、普通にあの病院に行きまして
で、お医者さんに言われたのが、まぁちらほらそのインフルとかコロナとか 出てるんで、ちょっと検査していいですかって言われて
私もさすがに写すのはやばいなと思ったのでお願いします っていうことで検査してもらったら
両方陰性なんで風邪ですねって言われて、普通に風邪薬をもらって帰ってきたんですけど なんで皆さん本当にあの体調に気をつけてくださいっていう感じですね
でまぁ私がそうなんで風邪ひいたかってなんとなく 心当たりがあるとしたら、なんか最近っていうか今年あんまりなんか暑くない
というか暑くないというとあれですけど なんか去年の6月末とかってもうすごい気温だったと思うんだよね
35、36度ぐらい普通に行ってたと思うんですけど 今年って結構なんかこうなんだろうなその日によって気温に差があったりとか
夜涼しかったりとかして結構その寝る時の服装と布団 をなんか洗濯をずっと私間違い続けてて
暑すぎたり寒すぎたりしてて 調節がなんかあんまうまくできなくてっていうのがあったんですよね
だからあんまり多分ちゃんとその寝てる時のコンディションが多分良くなくて 冷えたりとかして
っていうのかなぁと思うんだけど なんかね普段は別に服装とかまぁ気をつけるから
あれだけど結構寝てる時ってわかんないんだよね あとなんか私の部屋がね正直暑いのか寒いのかわかんないんですよね
もともとすごい湿気の多い部屋なんですけど でなんかそのひんやりしてるんだよね結構
まああんまりだからその体感としてそんなにこう快適な感じ のひんやりじゃなくてなんかこう
ホラー映画的なひんやり感というか そうちょっと湿気がありつつ気温が低いみたいな
そういう感じの体感なのでよくわかんなくて余計っていう感じですね 今日はね別にあの合わせたわけではないんですけど
あの急に具合が悪くなるを ちょっと前に見てきたんで
それの感想をちょっと言いながらなんか他の話もしようかなーっていうところなんです けど
えっとまぁタイトルですよね映画のタイトルが急に具合が悪くなるっていうやつで えっとまぁドライブマイカーとかを
監督された浜口さんっていう方の映画で まぁドライブマイカーは映画館じゃなくて配信で見たんですけど
原作が村上春樹の短編集で 私映画の後に短編集読んだんですけどなんか全然違う話で映画と
ちゃんと原作として機能もしてるみたいな すごい不思議な映像家だなぁと思ってあんまり見たことがないタイプっていうか
03:06
単純にその忠実に再現みたいなことではなくて 作品のエッセンスをパラレルワールドみたいな感じで再構築してっていう印象でしたかね
で ドライブマイカーに関してはまあ短編集のタイトルは女のいない男たちっていうものなんですけど
その中に入っている表題作というかドライブマイカーと あと
昨日?昨日とシェイラーザードじゃないかなと思うんですけど シェイラーザードに関しては割とわかりやすくセリフとかで引用というかそのまま
扱ってる部分もあったかなっていう感じですよね 急に具合が悪くなるに関しても同じようなというかそのエッセンスを
抽出して全く違う映像作品だけど その魂は
入ってるみたいなそういう感じの映像化でしたかね でまぁこれに関しては原作が初刊集
初刊集って言うんですかね 往復初刊 文化人類学者と哲学者の
往復初刊で 10往復 だから20通分ですかね
が一冊にまとまっている本があるんですけどそれが原作でした だからねそもそも映像化とはみたいなさ原作なわけですよね
で映画の方では フランス人と日本人の交流っていうことで描かれて
いてフランス人の方は 文化人類学を勉強してて
今はその介護の 介護施設で働いている
マリールーっていう女性 もう片方がその哲学の勉強をして今はその
あれ何だったんだろう劇 演劇のプロデューサーか とにかくその制作側
に関わっている女性 日本人女性のマリっていう
2人の交流の話なんですけど でそのマリールーに関しては
日本で勉強してたという設定なのに日本語がわかる で
マリの方もフランス語がわかるっていう設定なんで 2人ともそのなんていうんですか
日本語とフランス語がわかるっていう 設定になっていて
それがすごくなんかね面白いというか 結構見たことがない会話劇みたいになるんですよね
で私はその映画のタイトル見た時なんかどっかで見たことあるなこのタイトルって思っていて
多分本の情報をどっかで見たことがあったんじゃないかっていう気がするんですけど
でまぁただ私は別に調べようとかは思わずにそのドライブマイカーの監督の映画っていうので
06:04
私は割とドライブマイカー好きだったので あーじゃあ今度は映画館で見に見たいなみたいな感じで
見に行ったっていうところなんですけど でまぁ
だから本当に何だろうタイトルとその 何だろうな私フィルマークスかなんかで調べたのかな
ちょっと覚えてないんですけど あらすじというかなんか映画の紹介文みたいなあるじゃないですか
あれをなんかちょろっと読んでいったぐらいの感じ まぁあとすごい上映時間が長いっていうのだけ分かった状態で行きましたけど
急に声が悪くなるとどういう意味かっていうの全く分からずに言ってるんですね
私が勝手にそのタイトルだけから想像したのは まぁあのなんて言うんですかねえっと夜明けのすべて的な
感じなのかなと思ったんですよ 夜明けのすべてってまぁ映画なんですけど
多分ね感想喋ったと思うので 遡ってもらったらあると思うんですけど
三宅監督っていう方の 原作は瀬尾舞子さんかな
の同じタイトルの小説なんですけどもあの PMSですね
PMSの女性とパニック障害の男性のそういうなんか 支え合いなのかケアの物語みたいな
ストーリーなんですけど まぁこっちはちょっと原作読んでなくて映画しか分からないんですけど
映画の内容はそういう感じだったのでそういう 疾患ですよねその繰り返しその
症状が出てしまうみたいな体調不良の話を想像してたんですよね あれも一種の急に具合が悪くなる
あのことだと思うのでなんですけど実際は 原作もそうなんですけども
映画だとその日本人のその 舞台に関わっている方の人ががんを患っていて
でもう治らないというふうに言われていて 急に具合が悪くなる時が来て
それが来たらもう死に向かっていくんだみたいな話が最初にされるんですよね 結構映画の最初の方
にされるんですけども つまりその繰り返される体調不良としての急に具合が悪くなるではなくて
その終わりの始まり的な あのタイトルの意味だったんだっていうのがわかってきて
なのでなんか単純にそのケアをは多分テーマ というかまあ要素重要な要素ではあると思うんだけど
マリールーンも介護施設で働いている人なわけで 結構ケアっていうのが主要な要素ではあるんですけども
なんか私がその映画を見た印象で言うとあんまり いい意味で全面に出てない
っていうのが 良かったと思うんですよね私はすごく良かったと思っていて
うんなんかケア まあまあそう言いたいのはわかるみたいな感じでしたかね
09:05
基本的になんかその2人の対話というかそのおしゃべり おしゃべりっていうのは結構あの重厚な内容ですけど
交わされる会話がね なんですけど基本的にはそっちメインかな
と思いました マリールーンが実践したい
介護の なんだろうあれ技術なのかな一応技術
スタイルみたいなやつでユマニチュードっていうのが出てくるんですけど まあそれは原作には出てこない話なんだけどそのユマニチュードをどう実践するかみたいな
ことをすごい考えている人なんですよね そのメリットとかを現場の人に説明するんだけど現場の人はなんかそれはちょっと手間かかり過ぎるし
みたいな 実際な危険なこととかも出てくるからやれないみたいな
ことを結構言われたりとかするっていう まあその激突みたいななんかもう描写があったりするんですけども
でまぁなんかこのあたりも結構その原作の初巻の内容を踏まえているところがあって 踏まえ方が結構すごいんだよねなんかあれどうやったらああいうエッセンスの抽出の
仕方ができるんだろうって思うんですけど おそらくそのユマニチュードを入れる入れないみたいな
話ってその初巻の中で言うとリスクを取る取らないとか の部分かなと私は思ったんですけども
つまりこういうリスクがあるからこれはやらないとかですね まあそういう部分を反映しているのかなと思いました
なんであんまりそのケアとの話としてはあんまり見なかったかな私は なんかむしろその
人間の なんか強さって言うと結構そうですねなんか対比が強すぎるんですけどなんか
しぶとさみたいな まあ粘り強さって言うと結構綺麗な感じになっちゃうけど
しぶとさの方がいいかな っていうのを描いてる気はしていまして
うーんまあ初巻でちょっとあったのが多分患者
とそれを支える家族なのかなんかその 二項対立みたいな役割がもう与えられてしまってその通りの動きをするしかない
みたいな状況に陥るみたいな言及があったと思うんですけど でまぁその映画の中だと
劇中劇みたいなまあなんかドライブマイカーでもなんかそうだったんですけど 劇中劇があるんですよね
ドライブマイカーの場合はねあのチェホフのワーニャオジさんっていうまぁ 古典までいかないのかな
名作ですよねを取り上げたんですけど今回も全然 多分この映画のために作られた劇結構前衛的というか
割とその普通のこう 例えば極端な例でその劇団式みたいな感じの舞台ではなくて
12:00
なんかもっとこう衝撃情景というか割とこうなんかし思想がある感じの っていうと乱暴だけどまあ劇なんですよ
でそれはまあ扱っての精神病院だったかなイタリアの精神病院みたいな イタリアにはそういう精神病院がないんだみたいな
話をする劇なんですよね めちゃめちゃ大掴みに言うとその正常と異常の垣根がないみたいな
そこまで言うと言い過ぎなんだかもしれないけどそういう話ですよね でなんか映画もその劇を最後に
劇中劇が多分2回 2回かな2回上演されるんですけど映画の中で
2回目がそのマリールーが働いている介護施設 で上演するっていう感じになるんですよね
そこでやっぱ起きる何か 出来事
っていうのがまさにその劇で言われていることの何か再現みたいな風になっていく つまり
なんていうのかなその正常と異常がこう なんか境界が曖昧になるみたいな感じのことが起きる
ですけど 結構ラストシーンに私は悪い感じだというかなんていうのかな
だから単純な二項対立じゃない っていうのをすごくなんか言葉にすると簡単だけど
目に見える形で 表現したというかだからまぁ映画としてちゃんと表現したって言えばいいのかな
っていう感じになっていたと 思いますね
でまぁそうですねその書館の方で結構印象に残ったのが輸送 と徒歩旅行の対比なんですけどまぁちょっと今本が手元にない状態で喋ってるんであれ
なんですけども 輸送は何だったかなその発想元と
その受け取り元みたいなのが点と点で 点と点がそのままギュッて繋がっちゃうみたいな
感じなんだけど徒歩旅行はその出発とゴールの間を 間でその何だろう移動するもの
人間だったら人間が変化するみたいな景色を見て綺麗だなぁみたいな とかまあそういう何かしらの変化みたいなものが
生まれるよねみたいな あの話が出てくるんですよ
映画の方でも結構印象的なんですけどお大事にって言えないみたいな 話なんですよねでそのマリの方ですねガン
お患ってマリの方は特別待遇としてその介護施設マリールーがいる介護施設 でそのまあ演劇に関わってる人なのでそのワークショップを
担当してくださいみたいな感じになって ワークショップを担当しながらその介護施設に住んで
適切なそういうなんていうのが週末医療的なものを受けながら 仕事をしていくみたいな風に最後なっていくんですけど
15:03
そこでそのまあ一緒に演技をやっていた あの長塚さんという俳優さんですね
演じてる そのまあ俳優です俳優役なんですけど俳優がそのベッドに横になっているそのマリ
に対して別れ際になんて言っていいか わからないみたいななんかもうすごいそこの場面のなんかお芝居がすごかったんだけど
っていう場面があったんですよ つまりそのお大事にって言っても
意味がないというか もう治らない人なのでっていう葛藤があるわけですねその
発話側に お大事にってもある意味記号的なやりとりだと思うんですけどだからあんま何も考え
ずに言うことだと思うんでね例えば私冒頭でなんか風邪引いちゃったみたいな 言ったんですけどだいたいなんかあのお大事にスタンプとか送るじゃん
LINEであのご自愛みたいな だけどそれを言えるのかどうかみたいな
ところで だからなんて言うんですか患者患者という役割にその
相手を押し込める まああるいはその自分からそういう役割に入っていく場合もあると思うけど
それによってこう やりとりが
まあ輸送的になってしまうというか こういう時はこうしましょうねみたいな
そういうこう接し方もあるみたいな感じになっちゃうねみたいな話だと思うんですけど 確かそう例も出てきたと思うんだよな
上司部下の関係においてはこういう伝え方をすべきみたいな 最近LGBTの人にはこういうふうに伝えるべきだみたいな
なんかそういうことじゃなくないみたいなことが確か書いてあったんですよね 実際その映画の中ではそういうふうに言い淀んでいる
その俳優に対してマリは別にお大事にって言っていいんだよみたいな ことを言うわけですよね
それって別になんか それ以外に言いようがないから別にそうやって言えばいいんじゃない
っていう意味じゃなくて なんかお大事にと言ってその記号的なやり取りをしても
この人は治る見込みがないからお大事にって言えないじゃん で終わるんじゃなくていやそれでもお大事にって言っていいって言う
ことだからまあ結果としては同じだけど なんていうかまあプロセスが違うよねみたいな話かなって私は思ったんですけど
だから書館の中ではもうその二人の間にやっぱりさ そんなに長くその付き合ってた二人ではないけれども
書館を通してだったりとか まあその知り合ってからその書館外のところでやり取りとかで結構その関係性
構築みたいなのが進んでいったんだと思うんですよね多分 だからその書館の方ではなんか死ぬんじゃねーぞって書いてあったりするんですけど
18:08
なんだろうなその患者じゃない側が死ぬんじゃないって 声をかけても変わらないけれどもそれでも言うと
いうのは別にその関係性の中ではあり得るし そのその再現不可能な二人の間だったらそれが成立するっていう
話だなっていうふうに思ったんですよね 今なんか私が結構印象に残った
セリフっていうのはねあの フランスと日本を行き来する
映画なんですけどで日本でその マリさんが
まあもうそのお医者さんにもうちょっと まあすごい直接的に言い方すると死ぬ準備を始めてくださいみたいな
ことを言われて実家にそう日本の家に戻るみたいな ところがあるんですけどそこでこう二人でマリールーもついていくんですよ
マリールーと一緒に なんか朝ごはんをねなんか山で食べるシーンがあるんですよね
早朝にそこで確かそのマリールーがその 死ぬの怖いみたいなことを確か聞くんだよね
とにかくなんかその死にゆく人にそれ聞くんだみたいなことを聞くんですよね その時にそのマリが
ありがとう勇気を出してくれてっていう風に返すんですけどなんかここがめっちゃすごい って思って
まああの聞く人もすごいけど ここでその勇気を出してくれてありがとうって言えるのもめっちゃすごくないみたいな
思ったんですよね このやり取り成立するのもすごいなぁって私は思ってまぁ
これはね映画の中にしかないやり取りですけど なんかその勇気っていうものについて
考えた時に なんか本当に本人次第みたいな
よくその最近よく聞くのがなんて言うんですか その頑張れるのも環境がいいからだみたいな
こととかあると思うんですよでまぁ別にそれ 嘘だと思わないというか絶対そういう要素あるし
誰もがそんなに屈強に生まれついているわけではないからそういう環境とか周りの人の 助けとかあって頑張れるとかなんかそういうのはあると思うんですけど
なんかこの勇気を出すみたいなところにおいては 本当に本人次第だなって
最近よく思うんだよねなんか その別に条件が全部揃ってるねやっぱ出さない人は出さないし出せない人は出せない
もんだなって思うんだよね勇気って だから周りがどんなに応援しても本人が勇気を出せないとそこで終わりみたいなことって結構ある
なーっていうのを思うんですよ だからこれ
21:04
って結構大事なセリフだったのではと思って だからそこでなんか勇気に対してありがとうっていうのってなんか最大の称賛だなぁと
いうふうに思いましたでなんかそうですねだからこの絵が割とその急に具合が悪くなるっていう タイトルなんですけど割となんかねあの
そんなに弱さの話じゃなくて むしろ強さの話だった
しぶとさの話だったってなんか 思いましたね
私最近あの ドストエフスキーの
カラマーゾフの兄弟を読んでるんですけど今やっと中間終わったぐらい まあ新潮文化だと上中下って今上中まで来たみたいな感じなんですけども
ドストエフスキーの小説私読んだことないんだけど すごいなんか登場人物全員
がなんかすごい強いんですよね まあ強いというか
強烈
なんですよ で私その
最近の なんだら文芸誌とかもいろいろ読んだりとかしてて
まあこれはちょっと言い方が難しいんですけども 最近のものって弱さにフォーカスしたものが多いと思っているんですけど私は
あえて相手の強さみたいな相手強さを書くみたいなのもありなんかなぁと最近私は思ったりしてるんですけど
だからドストエフスキーの小説読むと まあみんなすごく
ノタ打ち回るというか
まあでもそうですね 読んでてもなんか卑劣っていう言葉がすごい出てくる
ですよねつまりその弱さが卑劣さとして発露するみたいな ところがその
まあ今んとこあるのかなっていう感じがするので別にその弱さに言及してないわけでは ないと思うんだけど強さみたいなところすごい印象に残って
て 私は割とそういう小説の方が好みとして好きなのかもしれないとも思ったん
ですよね なんかねその新しい
分 文芸まあなんて言ったらいいんだ新しい小説家創作とか
文芸誌に載ってるようなものなんか読めば読むほど 結構自信がなくなって
くるんですよねなんかあのいいいいと思えないみたいなのがすごい しんどくて
今なんか世の中に流通しているものをいいと思えないって結構つらいんですよ 自分が書いている分その書いているものが
合わないのかなみたいな思ったりもするしまあはなくても別に書くのをやめるって いうことではなくて
まあでも好みの問題もまああるんだろうとは思うけどとはいえみたいな 好みの問題があるとはいえやっぱりよく良さがわからないってちょっと問題あるん
24:05
じゃないかなっていうのずっと思っていたんですけど まあその今回の
急に具合が悪くなるをまあ見たり読んだり して
そういう考え方とかスタンスの違い っていう
ことで一旦いいのかなみたいな はなんか思えるようになりました
だからそのカラマーズ風はめっちゃおもろいですねその意味で あの強いからねみんなそれぞれに強いっていうか
難しいんだよなぁなんか何て言ったらいいんだろうこれ カラマーズ風の場合
場合 まあなんか読んでて思うのはねその
な傷を追い続けるんだよねそのあらすじちょっともう めんどくさいめんどくさいとか言って長いからさ
あらすじ言うのめんどくさいんだけどまあみんなその傷つき続けるっていうところ だよね
なんかまあ最近中華さ割とその傷であるとか何かそういう ものを描くってなるとやっぱその1回のトラウマであるとか
前にこういう経験をしてこういう傷つきがあるのに今こういう状態なんですよね っていう立て付けのものが多いんですけど
多い気がするんですけどそのカラマーズ風を読んでるともう全員なんていうかその リアルタイムで傷を追っていく話だなと思ったんですよね
過去がどうとかじゃなくてなんかなんだろうなその次々立ち現れてくる現実に対して その都度その都度新鮮に傷つき続けるみたいな
話なんですよねだからそれがすごく面白くてまぁ読んでる方としては関係ないからさ その私が傷ついてるわけじゃないから結構そういう面白さがあるっていうかね
でまぁそれがだいたいその主要人物がさ まあ何人って言ったらいいのあれなんかその結構長く退場したりとかするのでも
あれなんですけど周りと何人かまぁいるいるんですよ曖昧急に曖昧みたいな まあ何人かいてそれぞれの人物にこうフォーカスが当たっていくんですけども
全員が新鮮に傷つき続けているのでなんかそれが面白いんだよね でなんかそれでも全然なんか
大丈夫とは言わないんですけどそれでもまぁ生きてるというところが非常に面白い ですよね
面白がっていていい ですけどまぁ実際の人生じゃないからねっていう感じでしたね
ちなみにその急に具合が悪くなるの方 まあそのそうですね初感の方に関しては
えっとその哲学者の方が病気を抱えてるんですけどもがんを抱えてるんですけど その哲学者の方に関してもやっぱすごくその
強いみたいな精神的にすごく強いし何か5周年があるみたいなことが その相手のね
27:03
文化人類学者の方から結構言及があったりとかするから なんかベース結構強い人間の
奇跡というか強い人間が残したものっていうような 感じではあるんだけど
でなんか私前にもこういう話した気がするんですけど この創作物なのかまぁ何でもいいと思うんですけど何かが生まれるとか
生み出すみたいなことにおいて なんかこういう過去であるとかこういう
状況であるとかなんかこういう環境とかあるいはこういう 傷を受けたみたいなことが
絶対条件になる場合っていうのがあると思うんですね そのカラマーズオフとかに関してもドストイスキー自身が結構一回そのお前死刑ね
みたいなことを言われたりとかしてる経験もあるので結構壮絶な経験
があるんですけどやっぱそういうものがなければ生み出し得なかったっていうことが まあなんかあるんですよねその芸術というかその傷つきみたいなものが
必要必要っていうかそうそれが起きてしまったが故に生み出されたものみたいな のが結構
あるんですよね私はそこに関しては別に肯定しないっていうかなんかそういう作品を 作れたから過去のこういった出来事は
正当化されるみたいなことは絶対に言いたくなくてそれは絶対やっぱない方が良かった っていう立場なんですけど
まあその急に具合が悪くなるに関してもやっぱり
その哲学者の方 があの状況にならなければ多分出せなかった言葉っていうのがおそらくあるんだけど
そんな言葉を別に生み出せなくても人間は生きていけるのだからみたいなことはやっぱ 思うっていうかなんかそこの堂々巡りってあるなぁっていうのを結構
考えててなんか別にこれ結論は出ないんですけどやっぱりその堂々巡りするしかないのかなぁって今の時点で思ってるんだよね
だからなんていうのはこれがなければ生み出せなかったけど その出来事なり経験をその作品を生み出したことによって正当化はできないみたいな話は結構ずっと考えて
いて だからなんかこうその受け手っていうか
になんかできるのってなんかやっぱそれをきちんと受け取ることでしかないみたいな ことなんでしょうけど
いうことをすごく考えましたね まあドストエフスキーの話はちょっとまたしたいですけどね
さすがに時間かけて読んでるからさ
なんかちょっと振り返っといたほうがいいだろうなと思うんでね あれをね読み返すの嫌ですよ私
30:05
めっちゃ時間かかるもんだってなんか本当にめちゃめちゃ大変だからちょっと本当に忘れたくない もう忘れちゃうんですけど
ちょっとその短期間で 2回とか読みたくないからちょっと1回どっかで話したいなとは
思ってます はい
はい ということでね今回はこのあたりでおしまいにしようかなと思いますはいお聞きいただきありがとうございました
30:39

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