1. 冨士原圭希 日曜のウラ
  2. 芸能事務所のウラ..
            芸能事務所のウラ
2022-11-13 10:24

芸能事務所のウラ

渡る世間は裏ばかり、表ばかりじゃ浅すぎる。RKBアナウンサー冨士原圭希が、森羅万象のウラを語る番組。第7回は、芸能事務所のウラ。テレビと共に歩んできた芸能事務所。時代の潮目に際して見えてきた裏話です。

Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:00
ウラにはウラがある。 表ばかり見ていると羨ましいし恨めしい。
なら見てみよう、ウラ側を。 聞いてください、ウラ話。努力はきっと裏切らない。
ウラにしかできない、人生のさよなら勝ちを目指して。 藤原玉樹 日曜のウラ
おはようございます。RKBアナウンサー藤原玉樹です。 11月13日日曜の朝です。
いかがお過ごしでしょうか。今日は、 茨城県民の日だそうです。
明治時代に、廃藩地県で茨城という名前が初めて使われた日。 茨城県民の日。
茨城です。 茨城じゃないんですよ。
茨城。 何を口酸っぱく言ってるんだって思いますよね。
私、かつて筑波エクスプレス沿線に住んでまして、茨城が大変近かったんですよ。 茨城県民の方は、茨城って言われることに対して大変センシティブ。
あの茨城はさ、茨城?茨城って言ったか? 茨城だ!
って感じですよ。本当にね、TBSの研修私受けたんですけれど、 茨城って言ってくださいって結構言われましたからね。
茨城県民の皆さん、気持ちでもね、わかりますよ。 これ人の名前でも同じですよね。
山崎山崎、小木原萩原、あと中島か中島かとかもありますもんね。
中島智子さん、中島なんですけど、福岡とか九州だと中島って言われがちみたいなんですよね。
各有私も藤原なんですよ。 普通藤原さんの方が多いでしょ。
大抵間違われるんですよね。藤原、いや藤原ですみたいな。
私、初泣きって言ってアナウンサーが初めてニュース読む時も、それではニュース伝えてもらいます。
藤原アナウンサー?って言われましたからね。 ニュース読むやって最後に、
RKBアナウンサー藤原玉樹がお伝えしました。 わざわざ訂正っぽく言うっていうね。
いやみったらしいね、嫌だね。 でもそのぐらいね、ちょっと自分の名前間違われるっていうところは結構気になるところなんですよね。
私漢字もなかなか難しかったりするんで、浮かん無理じゃなくてわかん無理ですとかね。
藤原がふどはら土になってる戦士の詩みたいなことも結構多いんですよ。 最近はね、指摘を諦め出してるんですよね。
黙り始めると危険推移ですよ。
03:03
なので茨城県民の皆さんも結構たまってると思います。 現に恐ろしきは名前の恨み。
それでは今日の恨みテーマじゃないですよ。 今日の裏テーマ参りました。裏テーマはこちらです。
芸能事務所の裏。 芸能事務所の裏怖いよ。
大丈夫、そんなね怖い話じゃありません。
キング&プリンスお三方脱退、それからタッキーの退社なども重なってニュース大変盛んにやってますよね。
ショックだという方も多いと思います。 ただ近年、芸能事務所を対象して個人で活動するという方も増えてますよね。
米倉涼子さん、柴崎幸さん、ジャーニーズ所属の皆さんも比較的最近は多かったりしますよね。
これは芸能事務所というそのもの自体が時代の起路に来てるんではないか。 じゃあそもそも芸能事務所ってのはどうやって成り立ってきたんだという歴史の舞台裏を今回調べてみました。
さかのぼること70年ほど前になりますが、戦後1950年代、芸能の中心は映画にありました。
五者協定って聞いたことありますか。 映画、五者が協定を結んで、貸さない、借りない、引き抜かない。
貸さない、借りない、引き抜かないっていう、もう警察の標語みたいな、そういうものがあったんですよね。それぞれの看板俳優を貸したり借りたりしない。
引き抜いたりもダメっていうね、独占しようっていう、そういう協定なんですけれど、それだけ映画に力があった。
そんな中で50年代後半になるとテレビが急速にグッと普及してきます。
オリンピックなんかもね、その近くでありますけれども、テレビがグーッと上がってきて、テレビと共に湧き上がってきた、勃興してきたのが芸能事務所なんですね。
1955年に渡辺プロダクション、鍋プロが生まれてます。 鍋プロすごいですね。花はじめとクレイジーキャッツ、ザ・ピーナッツ、ドリフ、ジュリー、森真一キャンディーズ。
テレビと一緒にたくさんのスターを輩出してるんですよね。 そして大手も続々生まれていきます。1960年堀プロ、1962年ジャニーズ事務所。
ジャニーズここなんですよね。1968年サンミュージック、1968年アサイ企画、1970年オスカー。
どんどんとテレビと一緒に芸能事務所が生まれていく。一方で映画なんですけども、時を同じくして5社協定が事実上崩壊しまして、そしてテレビの方がグーッと上がってきて、映画は社用だなんていうふうに言われる時代になってきます。
そんな中でテレビは60年70年、芸能事務所と一緒に走ってきたわけなんですが、ここ最近で大きな変化ありましたね。
06:05
インターネットの大盗。個人で仕事をする人も増えました。ユーチューバーですよね。それからSNSが普及して、スターのプライベートを隠す、否得するというよりは開示する、どんどん開いていく方向に変わっていきましたよね。
そしてサブスクリプションがどんどん生まれて、みんなが知ってるっていうものが崩壊していった。そういう時代の潮目において芸能事務所のあり方が今変わってきているんじゃないかというようなそんな意見もたくさんあります。
この潮目、言ってしまえば映画からテレビへという時代の変化に非常に似てるんですよね。テレビからインターネットへという時代の変わり目という中で、ただエンタメ自体はあり続けるわけですから、どう変化にみんなで対応していくかっていうところですよね。
5社協定映画、先ほど話ありましたけど、5社協定の終わりは三船俊郎さんと石原雄二郎さん、三船さん東宝、石原さん日活で黒部の太陽っていうのを一緒に作ったんですよね。2大スターが時代に風穴を開けた格好なんです。5社協定をガッと破っていったんですね。それによってエンタメの世界をより外に開いた。
そこで言いますと今回のキング&プリンス、海外での活動という話もありましたけど、韓国のアイドルは海外っていうのを基本にしてますよね。時代の転換点は大変な痛みを伴うわけですけれども、そのおかげでエンタメ界がまた先に進むということも考えられます。
ひょっとしたら今回の出来事、王と王子たち、令和の黒部の太陽になるのかもしれません。
さてお時間になってしまいました。この番組ではラジオをお聞きのあなたからのあの裏を知りたいというリクエスト、裏ドリクエストをお待ちしています。
番組への裏表のない感想もぜひ送ってください。
メールはura.jp、URA.jp、ファックスは0928448844、0928448844でお待ちしています。
またハッシュタグ日浦、アルファベット小文字でハッシュタグ日浦でつぶやいてくださいね。見てますからね。ぜひ感想をお願いします。
藤原珠希、日曜のうら。この番組は出演藤原珠希、演出藤原珠希、編集藤原珠希、音講藤原珠希でお送りしました。
放送局的に今日の話は大丈夫だったのかな。若手ラジオ、頑張ります。
それでは来週もどうぞ裏からお入りください。ご機嫌よう、さようなら。
バッテン少女隊の春野きいなと、青井梨奈です。
RKBラジオでお送りしているガールズパンチバッテン少女隊のバッテンラジオ隊はポッドキャストでもお楽しみいただけます。
09:05
ラジコ、スポティファイ、アップルポッドキャスト、アマゾンミュージック、ユーチューブミュージックでバッテンラジオ隊と検索してフォローお願いします。
10:24

コメント

スクロール